【第三十話(2)】 広がっていく力(後編)
食堂に慌てて勇者一行は戻ってきた。一ノ瀬はすかさずパソコンの画面を食い入るように睨み、恨み言のように呟く。
「あいつ、とんでもないことをしやがった……!!大変なことになるぞ……!!」
彼女の怒りにも満ちた表情の意味が分からず、瀬川は困惑する。
「え、姉ちゃん。戦える人が増えるのは良いことじゃないの?」
「違う、違うんだセイレイっ。魔素吸入薬と同じだ。なんの知恵も持たない人間が、いきなり大きな力を得たら何が起こると思う……!?」
その言葉に瀬川は顎に手を当てて彼女の意図を探る。だが、やがて彼女の言わんとしていることが理解できず結局首を横に振った。
「……ごめん、姉ちゃんの言いたいこと……俺馬鹿だから分からない……」
「いや、良い……あるはずだ、きっと私の言わんとしている動画が……」
一ノ瀬はSympass内にある動画サムネイルに素早く目を通していく。ダンジョン配信、と謳ったタイトルをいくつも開いていくが、悉く動画を開くことは出来ない。
代わりに、いずれも黒地に赤文字でシステムメッセージが表示される。
[このアカウントは非公開です]
「何で!?どうして開くことが出来ないの!?」
「一ノ瀬、落ち着け」
千戸は静かに諭すように一ノ瀬に声を掛けるが、動揺を隠せない彼女の耳には入らない。
「ディル、余計なことをするなっ……くそ……ッ!!」
「あっ、一ノ瀬さん!動画が開きました!!」
前園が叫ぶと同時に、[ダンジョン初配信!!]というタイトルの動画が読み込まれる。
しばらくの読み込み時間の後、パソコンから突如として悲鳴が響く。
映し出されたのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
『ひっ、助け……うわああああああ!!』
『死にたくない、死にたくない、いやだ、いやだ』
『す、スパチャブース、ト……えっと、“青”……なんで、なんで出ないんだよ……!!』
男数人の悲鳴と断末魔が響き渡る。配信画面の左下には四人分の体力ゲージが表示されているが、既に一人のゲージは底をついていた。
配信用に使っていたであろうスマートフォンは地面に転がり、画面端に血溜まりと倒れ伏した男性を映し出す。
「……っ」
瀬川は思わず顔を伏せた。耳を塞ぎ、現実から目を背けるようにして蹲る。
「一ノ瀬さん、代わってっ!!」
「わ、分かった!!」
一ノ瀬を押しのけた前園はインカムを装着した後、走るようなタイピングと共にコメントを送る。
[ホズミです コラボ受理をしてください]
すかさずコラボ依頼の文面を送るが、配信画面を確認することの出来ない男達にはそれを知る術は、ない。
ただ虚しくコラボ配信依頼のシステムメッセージが表示されるのみで、男達の体力ゲージが徐々に目に見えて減っていく。
「お願い、コラボ受理して……!!」
急かすようにパソコンを指で叩きながら、前園は配信画面をじっと睨む。
しかし、当然というかその声は彼等には届かない。
『……ぁ……』
ついに、最後に残った一人の消え入るような声がパソコンのスピーカーを介して響き渡った。
それと同時に、配信メンバー全員の体力ゲージが底を尽きる。
――次の瞬間、配信画面にノイズが走ったかと思うと、画面が暗転。
やがて、画面中央に赤文字でシステムメッセージが表示された。
[このアカウントは非公開です]
アカウントの非公開。
いくつもの動画が開くことが出来ず、代わりに表示されたその無機質なシステムメッセージ。
そのメッセージの正体が、配信者の死を現していることを一ノ瀬は悟る。
「……っ、あいつ、こうなることは予測できただろ……!!」
一ノ瀬は拳を強く握り、俯いて唇を噛む。
「ひっ、なんで……なんで、みんな……死んじゃうんだよ……」
瀬川は蹲って、肩を震わせる。
彼を再び、三年前の後悔が襲いかかった。救えなかった人々の姿がフラッシュバックする。
「……大丈夫か、セイレイ」
千戸は、静かに瀬川の肩を支え、ゆっくりとソファへと誘導した。
静かに横たわらせ、瀬川の頭を優しく撫でる。すると、徐々に瀬川の強ばった表情が和らいでいく。
「……ありがとう、センセー……」
「穂澄。お前も一旦パソコンを閉じろ……お前が責任を感じる必要は無い」
「……」
千戸の言葉に前園は静かに頷く。それから配信画面と共に、Sympassを閉じた。
やりきれない思いを抱いたまま、前園は千戸が座るソファの向かいに座る。
そして静かに、じっと、千戸の目を見据えて問いかけた。
「……センセー……ディルがしたことについて、どう思いますか」
彼女の問いかけに対し、千戸は顎髭を触りながら明後日の方向へと視線を投げる。口をへの字に曲げて、しばらく逡巡する姿を見せた。
だが、やがて意見が纏まったのか、改めて前園へと視線を合わせる。
「……ディル。あいつは、何か明確な意図があるんだろうな。きっと、あいつが言う目的の為に」
「……そんなことを、聞いているのではありませんっ」
望むような答えが返ってこないことに対し、前園は首を大きく振った。
やがて彼女の瞳に、徐々に涙が潤み始める。それから、鋭く千戸を睨んだ。
「センセー!!……っ、千戸 誠司!!あなたは、人の死についてどう思うか!!私はそれを知りたいんです!!」
「……穂澄?」
「……穂澄、どうしたんだ」
千戸は打って変わった前園の態度に、目を丸くする。瀬川も、彼女の豹変した態度に困惑し、ゆっくりと身体を起こす。
だが、前園の怒りの矛先は千戸へと向けられたままだ。
「ずっと思っていました、貴方は他人の死について無頓着すぎると!!セイレイ君が死にかけた時、いや、死んだ時でさえ!!三年前だって、沢山の人が死んだ時でさえ!!私はてっきり、私達の命を案じていただけだと思っていた、信じたかった!!でも、あまりにも他人の死について無感情なんですよ、センセーは!!」
「……」
千戸は、彼女の続く言葉を静かに待つ。その気遣いが、更に前園を狂わせた。
長い黒髪を大きく振り乱し、前園は涙に潤んだ瞳で恩師に向けてまくし立てる。
「ディルに出会ってから特に貴方は何かを隠しているようで!!私達を見ているようで見ていない!!分からない、貴方が一体何を考えて、何を見ているのか!!」
やがて、徐々に前園の声のトーンは落ちていく。声を殺し、嗚咽を漏らして前園は背中を丸める。
「セイレイ君にも、私にも優しい貴方だからこそ、私は信じたい、信じたいんですよ……」
「……穂澄ちゃん……」
肩を震わせてむせび泣く前園の肩を抱き寄せるようにして、一ノ瀬は彼女の隣に座って寄り添う。それから、彼女も表情を崩すことの無い千戸の方へと、じっと視線を向けた。
「……私は、恩師である貴方を悪く言うつもりはありません。ですが、穂澄ちゃんがこれほどまでに強く感情を出すのを、私は初めて見ました」
「俺は……」
「教えてください。千戸先生。貴方は、一体何を見ているのですか、この魔災に落ちた世界で、一体何を見据えているのですか」
「ま、待ってよ二人とも。センセーは俺達の事を想って行動してるだろ、冷静な判断をしてくれたから俺達はここまで……!!」
瀬川は起き上がって、慌てて彼女達に割って入る。だが、前園は静かに首を横に振った。
「……セイレイ君。明らかに、おかしいの。センセーの本質が見えないんだよ、一体何を考えているのか、何を見ているのか。ディルと出会ってからは特に」
「そ、そんなことないよ、だって、センセーは……ずっと俺達に寄り添ってくれてる!!だよね、センセー!?」
金髪の髪を激しく揺らしながら、瀬川は千戸の方を振り向く。
だが、千戸はそれに答えること無くゆっくりとソファから立ち上がった。そして、静かに出入り口の方へと歩みを進めていく。
「……センセー……?」
「……お前達が知る必要の無いことだ。俺は、俺の信念に則って行動しているだけだからな。お前らが俺を信用できなくなったとしたら、それは仕方の無いことさ」
「待ってください、私達は、私は!!」
一ノ瀬は声を張り上げて千戸を呼び止める。だが、千戸の歩みは止まらない。
「俺は元々、戦力外だろ。優先すべきは、これ以上不必要な配信者達の犠牲を生み出さない為に行動することだと思うがな」
そう言って、千戸は食堂から姿を消した。
To Be Continued……