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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
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【第二十八話(2)】 配信者の素質(後編)

「今日はいろんなことがありすぎて疲れたよー……。大丈夫、僕はしばらくみんなの所にいるから安心して?あははっ。じゃ、またね」

道の駅集落に戻るなり、ディルはそう言ってどこかへ姿を消してしまった。

「あっ、おい!」

一ノ瀬が慌ててその姿を追いかけるが、既に彼はもう勇者一行の視界から完全に消え去っていた。

「……ディルさんの行動は、本当に予想がつかない……」

前園は小さくため息を吐いた。それから、勇者一行の面々を見渡す。

全員口には出さないが、疲弊しているのは明確だ。

——確かに、今回の配信は色々な情報が重なりすぎた。


一つ一つ情報を整理したいところだが、彼らはとっくに体力を使い切っていた。


道の駅の食堂に戻った勇者一行。

「ごめん……もう、無理……」

だが、瀬川はそう言うと一目散にソファに移動した。そして、あっという間に倒れ込むように寝転がる。

一同はその彼の突然の行動にぎょっとした。

「えっ、ちょっとセイレイ。大丈夫なの?」

一ノ瀬は心配そうに瀬川の顔色をのぞき込む。だが、瀬川はうつらうつらとして、すでに寝ぼけた様子だ。

ふやけた笑いを浮かべながら、一ノ瀬の顔を見る。

「……ふへぇ、姉ちゃんだ……なんだか、本当の、姉貴……みたい……すぅ」

そう言って、瀬川はついに寝息を立て始めた。

一ノ瀬はそんな彼にタオルケットを静かに掛ける。そして、ふと周りを見渡すと複雑そうに俯く前園の表情が一ノ瀬の目に映った。

「……どうしたの、穂澄ちゃん?」

首を傾げて一ノ瀬は問いかける。

まさか呼びかけられると思っていなかったのか、前園は動揺を隠しきれず「えっ、あっ」ときょどきょどとし始める。

それもつかの間のことだった。前園は静かに、瀬川が寝ているソファの空いたスペースに座り込む。

幸せそうに寝息を立てている瀬川の頬を撫でながら、前園はどこか寂しそうな笑みを浮かべた。

「……そう言えば言ってませんでしたね……セイレイ君、魔災の時にお姉さんを亡くしたみたい、なんです」

「……初めて聞いたよ。そっか……」

一ノ瀬の脳裏を過ぎるのは、何度も一ノ瀬のことを親しく「姉ちゃん」と呼ぶ瀬川の声。

ただ人懐っこいだけかと思っていた。だが、それだけではなく——。

「私を、セイレイは……亡くした、お姉さんの代わりと見てたんだね……」

確認するように、一ノ瀬がそう問いかける。前園はその言葉にこくりと静かに頷いた。

「……はい。セイレイ君は亡くしたお姉さんと『将来、ネット配信をしよう』って約束をしていたそうです」

「……」

前園は何度も瀬川の頬を撫でる。

「んん……ぅ」

すると、くすぐったくなったのか瀬川は身をよじらせて、前園から顔を背けた。

その様子がおかしかったのか、前園はくすっと笑みを零す。

「本当に、嬉しかったと思いますよ。一ノ瀬さんと、一緒に配信出来て……夢が叶ったんです。どんな形であれ……」

「そっ……か」

一ノ瀬は天を仰ぎながら、息を吐く。それから、彼女も瀬川が眠るソファに近づき、身をかがめた。

「じゃあさ、配信。止めるわけにはいかないね……夢の続きを、ずっと見させてあげよう」

「……そう、ですね。ですから……一ノ瀬さん」

前園は、きゅっと口を結び、それから一ノ瀬の顔を真剣な眼差しで見つめる。そして、深々と一ノ瀬に頭を下げた。

「私にも、戦い方を教えてください。ディル……さんの思惑に乗るのは嫌ですが、私も、セイレイ君の配信を止めたくありません」

「……きっと、穂澄ちゃんには特に厳しい修行になるよ?」

「承知の上です」

ただ安全地帯で居ることが前園がナビゲーターとして活躍するための条件だ。千戸は、確かにそう言っていた。

しかし、前園自身はそれを良しとできなかった。

その決意の瞳を感じ取った一ノ瀬は、次に前園へと自らも頭を下げる。

「じゃあ、交換条件。私に、ドローンの操作方法を教えてほしい。穂澄ちゃんが配信に参加するなら、ドローンを操作する人が必要でしょ?」

「……分かりました!」

前園と、一ノ瀬は硬く握手を交わした。


森本はそんな二人のやり取りを見ながら、温かい目で微笑む。

それから、彼女たちに向けて声を掛ける。

「……お取込み中申し訳ないです。次の配信まで、しばらく時間は掛かりますね?」

森本と千戸が蚊帳の外になっていたことに気づいた一ノ瀬が、慌てた様子で頭を下げた。

「あ、あっ、ごめんなさい!」

「いや、それは良いのですが……次の配信までに少し、魔石について調べようと思いまして」

その言葉に、一ノ瀬はきょとんとした氷上を浮かべた。

「魔石、についてですか?」

「はい」

森本はスーツのポケットに入れていた、一つの魔石を取り出した。それは、食堂の蛍光灯に反射して赤く煌めいている。

「魔素吸入薬の材料以外にも、他に使い方を見出すことが出来ないかと思いまして。せっかく総合病院からも魔物が居なくなったことですし、私はしばらく院内の研究室に籠ろうかと」

「……森本さんは、次の配信に参加する気は……?」

一ノ瀬がおずおずといった様子でそう問いかける。だが、森本は真っすぐな目をして首を横に振った。

「私の役割は、配信にありませんから。君達が戦えるように、私は私の役割を遂行するまでです」

その森本の返事に、一ノ瀬は残念と言った感想を隠しきれなかった。

しかし、その思いを振り切るように首を横に振り、それから深く頷く。

「……分かりました……本当に、助かります。私達は、魔物と戦えるように全力を尽くします」

「ええ、お互い協力しましょう……ところで、千戸さんはどこへ?」

森本は辺りを見渡すが、いつの間にか千戸の姿はそこにはなかった。

「センセー……?」

いつもならどこかに行く時は声を掛けていくはずの千戸が、静かにその場を離れたことに前園はどこか不安を覚える。

徐々に、勇者一行の役割は変化を迎えていた。


★★☆☆


静寂漂う森の中。草木は高く生い茂り、まともに足を置くところを探すのに精いっぱいだ。

清流が静かに草木の合間を縫うように流れる音が響く。空を見上げれば、木漏れ日に重なって鳥のさえずりがハーモニーを奏でていた。

苔に覆われた切り株の上に立ったディルは、大きな欠伸を繰り出す。


彼に近づく人影が、一人。ディルは欠伸を噛み殺して、その人物を見やる。

「ふぁあああ……あ、来た来た。遅いよ、千戸 誠司」

「どうせ俺が来るまでいつまでも待っていただろう?」

呼びかけられた千戸は、呆れた様子で切り株の上に立つディルを見上げた。

「まあねっ、君とはゆっくりと話をしたかったんだ。何せ僕は君が気に入ってるからね」

大きく背伸びをしたディル。彼は切り株の上から、伸びた草木を掻き分けて立つ千戸を見下ろす。

千戸は、そんなディルに向けて深々と頭を下げた。

「……ディル。ありがとうな」

「はい??」

突然感謝の言葉と同時に頭を深々と下げられたディルは、困惑と共にたじろぎ始めた。

徐々に千戸から離れるように後ろずさりを繰り返す。

「あだっ」

そして、ついに切り株から足を滑らせて落ちた。

「……おい、大丈夫か」

千戸が慌てて駆け寄るが、ディルはへらへらと笑いながら起き上がる。

「大丈夫なわけないでしょ?いきなり何を言い出すのさ」

「お前があの配信を始めたことだよ」

「は?」

目を丸くしてディルは呆けた顔を浮かべる。だが、そんな彼の様子をも気に留めず、千戸は言葉を続けた。

「一ノ瀬……noiseがかつて、人を殺めたという話で持ちきりになった時。お前は突然配信を始めたな」

「……まあ、そうだけど」

「視聴者の、一ノ瀬に向くはずだった疑念に満ちた声。それをディル……お前自身が被ってくれたんだろ?おかげで、一ノ瀬に矛先が向くことはなかった。本当に、ありがとう」

そう言って、深々と再び頭を下げる千戸。ディルはどこか気恥ずかしそうに頬を掻きながら、千戸から目を逸らす。

「セイレイ君と言い、君と言い……僕の善性を信じすぎでしょ……そんなのじゃないよ?ただセイレイ君の配信の妨げになりそうな要素を減らしたいだけさ」

「……セイレイ、セイレイ。お前の口からまず出るのは、その言葉ばかりだな……」

「だって事実だし」

あっけらかんとした様子でディルは再び切り株の上によじ登った。苔の付いた手を払いながら、千戸を再び見下ろす。

「……で、感謝の言葉をただ伝えに来たってわけじゃないよね?何がしたいのさ」

千戸は、真っすぐな目をして負けじとディルを見上げた。

「ちょっとした俺の作り話を聞いてもらおうと思ってな。あれから、ずっと考えていた。お前のたどり着く答えとやらをな」

「……へえ?」

興味深そうにディルは眉をアーチ状に上げる。それから、ずいと千戸に顔を近づけた。

「随分と早い課題提出だね?そんなヒントを与えたつもりはないんだけど」

「あまりにも、お前はセイレイに執着しすぎたからな。一つその可能性に気づいてしまえば、そこからは芋づる式だ」

「……へぇ、とりあえず聞こうじゃん」

「そのつもりで来たからな。お前は——」


そして、千戸は己の予想を、ディルに伝えた。

徐々にディルの言葉が、関心から驚き、そして再び関心、笑顔へとコロコロと移り変わる。挙句、ディルはその千戸の考察に、両手を叩いて笑い始めた。

「ぶっ、あはははは、正解!!すごいよ千戸 誠司!!ここまでとは!!そうさ、君の言う通りだよ。でも、それを知ったところでどうするって言うのさ、どうせ君は」

「いずれ死ぬ、だろ?口ぶりからして、恐らく配信中にか?」

毅然とした表情を崩さず、ディルの言葉を遮った千戸。その覚悟の決まった瞳に、ディルは呆れたようなため息を吐く。

「覚悟ガンギマリじゃん。え、何怖い」

「俺が死ぬことで気付きの種を穂澄に与えようって算段だろどうせ。だから、配信の最後にあんなことを言ったんだ」

「……なんでそこまで分かるのさ。怖いよ、僕、怖い」

ディルは首を横に振って、それから話を切り替えるべくゆっくりと背筋を伸ばす。

「正直、君みたいに聡明な人を喪うのは惜しいけどね。プロローグの為に必要な過程なんだ、ところでさ、センセー」

突然話を切り替えるディル。千戸はどこか警戒するようにじっと彼の目を見つめる。

「……なんだ?」

「どうして、僕はセイレイに、そして穂澄ちゃんに配信者の素質があると思ったかわかる?」

その言葉に、千戸は顎に手を当てて考え始める。

だが、どれ程考えてもディルの想定する答えを見出せない。観念して千戸は諸手を挙げた。

「いや、わからないな。コミュニケーション能力、とかそんな話じゃないだろ?」

「うん、違うよ。配信者の素質ってのはね、”純粋さ”にあると僕は思ってるよ」

「純粋さ?」

千戸が彼の言葉を反芻する。ディルは、辺りの木々を見渡しながら言葉を続けた。

「人はね、何を配信に求めると思う?”共感”でしょ」

「……すまん、配信には疎いんだ。もう少し詳しく話してくれないか?」

ディルはウンザリしたように眉をひそめながらも、渋々話を広げる。

「しかたないなあ。皆、”解釈通り”の姿を求めるのさ。与えられた課題を乗り切った達成感、面白そうな企画を立てて、それに対してひたむきに頑張る姿。そうした課題に対して、視聴者は”こういう感情を抱くんだろうな”って知らず知らずのうちに期待するんだ」

「自分の望む姿が、配信に反映されるのを皆期待するってことか?」

そのフィードバックにディルは笑顔で「そう!」と千戸を指さしながらうなずいた。

「人を指差すな」

千戸は淡々とそう指摘すると、ディルはわざとらしくシュンとして項垂れた。だが、しばらくしてから顔を上げ、咳払いしてから話を続ける。

「この前、『スキャンダルを起こした芸能人を前のような目で見られなくなる』って話をしたよね?あれもそう、僕達が今まで見ていた姿と解釈違いになったことで起こりえた末路さ」

「それが、純粋さにどう繋がるんだ?」

話の本質が見えず、千戸はディルに深く追求する。

すると、ディルは楽しそうに声をあげて笑い始めた。

「あはっ、あははっ!!セイレイ君が、純粋であればあるほど!より目の前の困難に対し、笑い、怒り、悲しみ、そして楽しむ!その喜怒哀楽が純粋であればあるほど、視聴者はセイレイ君に感情移入することが出来るんだよ!!シンパシーを感じることが出来るのさ!!」

「シンパシー……」

千戸はその言葉をぽつりと反芻する。

「セイレイ君の真っすぐな感情には、決して視聴者は解釈違いを起こすこともない!!それこそが配信者の素質!セイレイ君が、人々に希望を与える勇者であり続ける素質なんだ!!」

演説でも行うかのように、高らかに言葉を発するディル。彼とは反対に、千戸は顎に手を当て物思いにふける。

「それが、穂澄にも当てはまる。だからこそ、お前は穂澄にも配信者の素質があるといったんだな」

「そういうことー」

ディルはその言葉に満足そうに頷く。それから切り株の上から飛び降りて、千戸に背を向けるようにして歩き始めた。

雑草を掻き分けながら、ディルは徐々に森の奥へと歩みを進める。

そのまま、千戸に背を向けて言葉を発した。

「センセーが、二人に教育する中で一番良かったところは、”解釈違いした姿を見せなかったこと”さ。そのおかげで、セイレイ君と穂澄ちゃんはこんな世界の中、純粋なまま育つことが出来たんだ」

「……」

ピタリと何かを思い出したように足を止め、それからディルは千戸の方を振り返る。

「あ、お節介かもしれないけど。あんまり何も言わずにあれこれやってると、穂澄ちゃんに怪しまれるよ?あの子頭良いからさ、またね」

ディルは、更に森の奥へと歩みを進める。

やがてその姿は、木々に隠れるようにして完全に見えなくなった。


To Be Continued……

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