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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
56/322

【第二十七話(3)】 relive配信(後編)

自分の意識が、体から離れるような感覚を覚える。

心臓の鼓動が止まったのを自覚する。そこで初めて、知らず知らず、俺はずっと心臓の鼓動を感じ取っていたんだと実感した。

心臓が血液を駆出しなくなったことで、末端から一気に冷え切っていく。

なんだか、寒くなってきたな。冬でもないのに。


「——セイレイ!!おい、死ぬな!!セイレイ!!」

あ、姉ちゃんの声だ。最初に会った時は、死にそうな俺に対しても平然としていたのに。今は、こんなにも必死に俺の名前を呼んでくれてる。

……なんだか、嬉しいな。

「セイレイ君!!知りたいんでしょう!?配信を止めたくないんでしょう!!まだ、こんなところで終わってはダメだ!!」

森本さんが必死に呼びかけてる。ごめん、配信を止めるべきだって言った森本さんの方が正しかったのかな。

でも、止めたくなかった。終わらせたくなかったもん。

……やっぱり、俺は死にたくないよ。まだ何もわかっちゃいない。


この世界のことも。戦い続けた先に見出す景色も。


冒険の書は、まだ始まったばかりなのに。


『——心臓が止まった後も、しばらくは脳は機能しているそうだ。だから俺は聞こえている前提で話すぞ』

……センセー?ホズミのインカムを借りて呼びかけているのかな?

最近、配信でセンセーが語り掛けることなかったから、珍しいな。でも、やっぱりセンセーの声って、安心するな。

センセーの声を聴くと、心の奥がぽかぽかと暖かくなるような気がするんだ。


——心?


『……セイレイ。死んでしまうとは何事だ……俺はお前の人生がそんな結末になるように育てた覚えはないぞ』

うるさいな。分かってるよ、俺だって死にたかった訳じゃない。

生きたいよ。生きてたいよ。

『センセー……セイレイ君は……セイレイ君は……っ。やだ、やだよ……』

ホズミの泣きじゃくる声がスピーカーから響く。

ごめん、ホズミ。お互い家族を喪って、そんな中ずっと一緒に生きてきたのに。

お前とは、図書館で初めて会ったんだよな。

両親を喪って途方に暮れているホズミと、初めて出会った人のことは今でも覚えてるよ。

「一緒に支え合って生きよう」って約束したのにさ、本当にごめん。


……?

何か、緑色の光が見える気がする。それと同時に、何かが俺自身に語り掛けてくる。

誰だろう、誰の声だろう。

分からない、けど俺はその声を聴かないといけない気がして、じっと耳を澄ます。


『おお、勇者セイレイよ。死んでしまうとは情けない』

……開口一番に失礼な奴だな。つーかゲームのセリフだろそれ、知ってるんだぞ俺は。

そう心の奥底でツッコむが、当然それに反応することなく響く声は言葉を続けた。

『そなたにもう一度機会を与えよう。さあ、行け!!勇者セイレイよ!!』


緑色の光が、やがて俺の見る世界全てを覆いつくした。


★★☆☆


「がっ……!?かはっ……!!」

「セイレイ!!!!」

『セイレイ君!?』

セイレイは突然大きく目を見開き、そこから激しくむせ込んだ。

noiseとライトは、思わず彼の顔を深く覗き込む。

そんな二人をよそに、セイレイは横になった姿勢のまま、辺り一面の景色を見渡す。土埃が目立っていたはずの景色は、いまや真紅の世界と化していた。

ディルが放ったスキル[浄化の光]によるものだ。

次から次に破壊しつくされた屋上庭園は、今や真紅の業火が辺り一面を覆いつくしていた。

「——っ、けほっ、けほっ!!」

土煙が大きく舞い上がり、焦げ付いたアスファルトの匂いがセイレイの鼻腔を刺激して再び彼はむせ込んだ。

体力ゲージが底をつき、死亡判定となっていたはずのセイレイが息を吹き返したことにホズミは困惑を隠せない。

『セイレイ君!!大丈夫なのっ!?』

思わずホズミはドローンのスピーカーを介して大声で叫ぶ。

「……っ、う……」

セイレイは、苦悶に顔を歪めながらもドローンのホログラムが映し出す体力ゲージに目を向ける。そこには、底を尽きたはずの体力ゲージが微かに戻っていた。

——それどころか、減少したゲージは微量ずつではあるが元の長さに近づきつつある。

口の中に血の味を覚えながら、セイレイは自らの手を覆いつくす緑色の光を見つめた。

「……ホズミ、俺のスパ、っブ……ストの、っ名は……?」

『……!少し、待って!!』

ホズミは途切れ途切れに紡ぐ彼の言葉にハッとしたようで、慌ててコメントログを(さかのぼ)る。そして見つけたシステムメッセージには、次のように記されていた。


[セイレイ:自動回復]


「……自動、回復」

セイレイは、そのコメントログに表示されたスキル名の名前を読み上げる。彼を死の淵から救いあげたのは、間違いなくこのスキルだ。

確かに、セイレイの全身を痛みは未だに駆け巡る。しかし、徐々にその全身に負ったはずの傷は、瞬く間に塞がりつつあった。

「セイレイ、吸入薬を」

「あ、りが……っう……」

noiseはすかさず”ふくろ”から魔素吸入薬を取り出し、セイレイに手渡す。それを受け取ったセイレイは、大きくそれを吸い込んだ。

口の中に残っていた血の味が、徐々に薄まっていく。それからゆっくりセイレイは手を開いてみる。そこには確かな感触が戻っていた。

「……ありがとう」

セイレイは、noise。ライト。そして、ホズミのドローンに改めて礼をして、それからゆっくりと立ち上がる。


ディルはセイレイが立ち上がったことにまだ気づいていない。

感情のままに、怒りのままに。延々と[浄化の光]を振るい続けていた。ついに、ディルは狂ったように大声をあげて笑い始める。

「あはっ、あははははっ!!スパチャブースト”赤”っっ!!死ねよ、死ね!!セイレイ君を殺した報いを受けろ!!世界の敵だ!!お前らは!!だから、こうなるのも当然なんだ!!!!あははははははっ!!スパチャブースト”赤”あああああ!!!!」

その笑い声は、悲痛な感情を打ち消そうとしているようにしか見えない。悲しみに、絶望に塗れた感情を塗りつぶすように、ディルは笑い続ける。

セイレイはそんな彼の隣に並ぶべく、歩みを進めた。

「……ディル、もういい」

ディルは、涙を流していた。大粒の涙を拭おうともせず、彼はただひたすらに腕を振るい続ける。

「あははははははは!!死ね!!死ねっ!!消えてなくなれよ!!死は救済なんだ!!だから、僧侶である僕がっっっっ!!!!」

そんな彼の暴挙を引き留めるべく、セイレイは声を張り上げる。


「ディル!!!!」

「——っ!?」

思わず、ディルは驚いた様子でセイレイへと振り返った。大粒の涙をこぼす彼の表情は、驚きから悲痛のそれに移り変わっていく。

「セイ……レ……っ、くっ……」

震えた唇は声にならず、震えた腕の置き所が分からなくなり、自分を抱きしめるような形をとる。やがて、ディルはそれ以上言葉を発することもできず、丸くなるようにして蹲ってしまった。

「……っ、うう……っ……」

そこには、皮肉屋として散々軽口をたたいてきた彼の姿は何処にも、無かった。

セイレイはディルの頭を優しくぽんと叩いた後、業火に焼き尽くされた先を見据える。


「スパチャブースト”緑”」

[ストー:CORE GUN]

その瞬間、セイレイの足元を鋭く弾丸が貫いた。激しく抉れたアスファルトに、土煙が舞い上がる。

「セイレイっ!!」

「セイレイ君……!!」

noise、ライトも助けに加わるようにしてセイレイの隣に並ぶ。

『あは♪死ぬわけないじゃんこんなのでーっ、私達を舐めてんの?』

船出とストーは、業火の中からゆっくりと姿を現した。フルフェイスに覆われたストーのアイシールドが業火の中、紫色に光る。

「……お前らは、何が目的なんだ」

セイレイが毅然とした表情を崩さずに、そう問いかけた。

だが、船出は質問には答えず、楽しそうにドローンを介して感情を伝えるように踊る。

「あは、あははっ♪」

しばらくして、漆黒のドローンからホログラムが映し出された。

そこには、長いストレートの黒髪に、赤色のヘアバンドを身に着けた一人の少女が映る。全身をドローンと同じく漆黒のワンピースに身を包んだ彼女は、ホログラムを介してくすくすと楽しげに、どこか艶やかに笑った。

『今日は、ただのご挨拶だよ♪どうせならセイレイ君を殺したかったんだけどねぇー……なーんかシラけちゃった。面白くないのー』

ホログラムに映る船出は、心底面白くなさそうだ。ふわりふわりと空を泳ぎながら、辺りを見渡す。

『……ま、格の違いは分かったみたいだし?出来ることなら配信は止めるのが得策だと思うけどなあ』

「……やめるものか」


『は?』

船出はセイレイがぽつりとつぶやいた言葉に、露骨に不快な顔を浮かべた。そこから、苛立ちを隠そうともせずに言葉を重ねる。

『私達が配信者で居続ける為には君達が邪魔なの、わかる?君達がLive配信なんてふざけた配信をしなけりゃこんなことにはならなかったんだよ?死ぬのは貴方達。あ、でもゆきっちは許してあげる♪』

「道音」

noiseは、ホログラムが映し出す船出に静かに語りかける。

船出はnoiseの言葉に興味を示すようにして、ぴたりと空を泳ぐのを止めた。それを確認したnoiseは、静かに言葉を続ける。

「なあ、教えてくれ。私は一体、お前に何を与えてやれなかった?何がお前をそこまでして狂わせたんだ?」

『え?ゆきっちは何も間違えてないよ?被害妄想もほどほどにしなよ、ゆきっちの悪い癖だよ?』

船出はきょとんと呆けた顔をして、自然体で返した。

「……お前は……」

まるでつかみどころの見えない彼女に、noiseが纏う雰囲気にも再び、苛立ちのそれが募り始める。

それを察知したのか、漆黒のドローンは船出の姿を移し出したホログラムを非表示にした。それから、ストーの後ろに隠れるように空を泳ぐ。

『ま、支援額全部使いきった貴方達は、もう私達に打つ手なし……っと。まがい物君の攻撃も所詮この程度だし』

船出に「まがい物」呼ばわりされたディルは、静かに立ち上がる。そして、漆黒のドローンと、ストーを静かに睨んだ。

「……まがい物は、君達の方だと思うけど?散々荒らし配信をしておいて、真っ当な配信者気取り?ふざけないでよ」

『荒らし配信って!!この惨状を作ったのは君じゃん!!あはは♪』

ディルの言葉が可笑しかったのか、船出は楽しそうな声をスピーカーから響かせる。その発する言葉が、ディルの感情を不快で埋め尽くした。

「っざけんな……!!一回謝れよ、俺の仲間達に!!!!」

セイレイはついに怒りを抑えきれなくなり、船出に向けて激昂した。

だが、取り付く島もないといった様子で、彼女の大きく笑う声がスピーカーより響く。

『あははははっ!!仲間!?そんなのが何の意味を持つん、だっ!!大事なのは個の力だよ、個人が持つ力が結局最強なんだっ、ほら、ストー君、見せてあげて♪』


「——スパチャブースト——」

ストーの静かな宣告(コール)が、業火に満ちた屋上庭園内に響く。

「っ!?皆伏せて!!スパチャブースト”緑”!!!!」

[ディル:単体防御力上昇]

直感的に身の危険を感じたディルが、セイレイ達の前に立つ。すかさず彼も宣告(コール)し、素早く顕現させたチャクラムに光を纏わせる。


「——”赤”」

[ストー:千紫万紅]


「うわあああっ!?」

「くっ!!」

「……っ」

『きゃああっ!!皆さん、しっかり伏せてください!!』

勇者達は各々に悲鳴を上げる。

言うなれば、それは幾度となく放たれるミサイルだった。

赤紫の熱光線が、ストーの背後に生み出された砲口から放たれる。それは、一同にあらゆる方向から勇者一行へと襲い掛かった。

爆風が土煙を舞い上げ、灼熱が元の総合病院の姿を奪っていく。

爆炎が、爆風が、彼らの衣類を激しくはためかせる。勇者一行はまともに目を開けることが出来ず、腕を掲げ顔を覆う。

めくれ上がった大理石のタイルが、セイレイ達に襲い掛かる。

「……っ、くっ!!」

瓦礫が、すかさず振るったディルのチャクラムに弾かれて大きく空へ舞い上がった。

「……ストー……さん……あなたは……」

身を低くかがめたライトが、ストーの身を案じて悲痛の表情を浮かべた。だが、肝心の砲撃を放ち続けるストーのフルフェイスからは、何一つとして感情が反映されることはない。

業火に覆われる。崩落する瓦礫が、屋上庭園を埋め尽くす。


それは、まるで——。

[魔災の時も、こうだった……]

[嫌なこと思い出した]

[最悪だ。最悪だよ船出とやら]

[せっかく希望を見出したって言うのに。こんなのって。こんなのって]

[ふざけるな]


『あっはっはっは!!思い出した!!??これが、私達の配信!!かつての世界を思い起こさせる、追体験させる!!relive配信、だっ!!!!あは♪』

その悪夢とも思える時間は、無限のようにも思えた。


----


しばらくして、その砲撃は終わりを迎えた。

「……皆、大丈夫?……一応ね。スパチャブースト”黄”」

[ディル:全体回復]

ディルは念のため、静かに宣告(コール)した。緑色の暖かい光が、勇者一行を覆う。

「……ありがとう、ディル……でも、これは……」

ゆっくりと立ち上がったセイレイは、静かに顔を上げた。

「……ごめん、僕がまいた種だね」

いつもなら、のんびりとした口調で皮肉の一つでも言っていそうなディルだったが、今の彼にそんな余裕はない。

「……みーちゃん……」

noiseは、かつての後輩の名を呼んで空を仰ぐ。

既に、ストーと船出は屋上庭園にはいなかった。


代わりに、置き土産として業火と、瓦礫で埋め尽くされた屋上庭園の景色を残していた。

『……皆さん、ひとまず、戻りましょう……』

地上で待つホズミは、静かにそう勇者一行に伝えた。


To Be Continued……

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