【第二十五話(1)】 もう二度と、繰り返さない(前編)
雲一つない、快晴の青空が隅々まで隠すことなく、その惨状を移し出した。
植えられた木々を管理する者が居なくなり、生い茂った雑草。見るも無残な姿になってしまったガーデニングの成れの果て。
風化し、塗装が剥げてしまったベンチは真っ二つに割れてしまい、腰掛けることすら困難となってしまっている。
ひび割れたタイルの上を勇者一行は進む。その中心部、色褪せた大理石の上で七色に輝く、追憶のホログラムへと。
だが、その空間にそぐわない存在が一つ、ホログラムを守るように立ちはだかる。
「うっわ、気持ち悪」
引きつった笑いを浮かべながら、ディルは思わず後ずさりした。普段なら彼の言う言葉に嫌悪感を示す彼らだが、今回に関してはその意見を否定することはできなかった。
その魔物を一言で言うなら、臓器だ。
全身は赤黒く、弾力性を含んだ皮膚に覆われている。ドーム状になった肉体からは、同じく浮腫んだような四肢が姿を覗かせた。その皮膚の隙間から悲鳴にも似た表情の顔が全身のあちこちから覗く。
勇者一行の身長をゆうに上回るその異形の存在に、彼らは呆然と立ち尽くした。
すると、コメント欄にシステムメッセージが表示される。
[追憶の守護者:亡者の果て]
『……?これは、初めて見るシステムメッセージですね……』
ホズミがそのシステムメッセージが示す表記に困惑する。勇者一行はそのホズミの言葉に、一同にドローンに視線を向けた。
noiseは眼前の異形とメッセージを交互に見比べ、それから自身の見解を述べた。
「恐らく、この魔物の名前だろうな。前はこんなメッセージは出なかったはずだが」
「まあアップデートでもしたんじゃない?あははっ」
ディルはいい加減な返事をするが、この際どうでもよかった。
セイレイは右手に力を籠め、光の粒子と共にファルシオンを顕現させる。それから、アタリを付けるように剣を正面に構えた。
「そんなことはどうでもいい、この亡者の果て、か?こいつを倒せばこのダンジョンは攻略なんだっ!!」
その言葉に、noiseは短剣を鞘から抜き、隙のない構えで立つ。
ディルはうんと背伸びをした後、チャクラムを顕現させ、くるくると指で回しながら遊ぶ。
三人の後ろに着くように、ドローンが空を泳ぐ。
ドローンのスピーカーから、ホズミがキーボードを叩く音がした。それから、インカムを介して彼女は叫ぶ。
『——live配信、開始!!』
その言葉と共に、勇者一行は亡者の果てに向けて勢いよく駆け出した。
風が唸りを上げ、土煙が舞い上がる。衣服をはためかせながら、勇者一行は徐々に魔物との距離を縮めていく。
「「「ア゛「コワイ」ア゛ア゛ア゛ア゛アアァァァ「タスケテ」」ァ!!」」
まるで合唱のように重なった悲鳴が、大きく轟く。時折、意味のある言葉の悲鳴が重なる。
「もう苦しませるわけにはいかないっ!!」
noiseは左右に大きく動きながら、亡者の果ての注目を率先して集める。狙い通り、亡者の果てはnoise目掛けてその巨大な腕を振り下ろした。
「っ!」
それを横っ飛びで躱すnoise。大理石でできたタイルは大きくはじけ飛び、地響きと共に病棟を大きく揺らす。
当たれば、死に近づくのは間違いないだろう。
「——セイレイっ!!」
姿勢を立て直した彼女が向ける視線の先は、背後に回り込んだセイレイ。既に上段に構えた剣を大降りに振り下ろすところだった。
「はああああああっ!!」
振り下ろした剣が、深々と亡者の果ての背部を大きく抉るように切り裂く。
何が起こるか分からないため、すかさずセイレイはバックステップし距離を取る。
「——なっ!?」
その瞬間、不可解なことが起こった。
突如としてセイレイの目が驚愕に見開く。noiseは彼の表情の意味が読み取れず、「どうした!?」と叫ぶ。しばらくして、セイレイから返事代わりの困惑の声が届いた。
「傷がすぐに治った!?」
「ちょっとどいてー、セイレイ君ーっ!」
下がったセイレイの前に躍り出たディル。彼の周りを踊るように螺旋を描くチャクラムで、亡者の果てへと切りかかる。
右から、左から、上から、下から。
何度も連撃を浴びせるが、全ての傷は瞬く間に修復していく。
そんなディルに対し、まるで飛び交う蠅でも見るように、亡者の果てはじろりと視線を向けた。
「はぇ?……あっ、スパチャブースト”緑”」
[ディル:単体防御力上昇]
そう宣告し、システムメッセージが表示される。ディルの全身を淡い緑の光が覆うのと同時だった。
「わぶっ」
亡者の果てが振り向きざまに放った鞭のようにしなる腕の一撃が、ディルに直撃した。
轟音と共に大きくはじけ飛び、枯れ木に背中から激しく叩きつけられる。
枯れ木は悲鳴を上げるようにへし折れ、土煙が激しく舞い上がった。
「ディルっ!?」
慌ててセイレイは駆けつけるが、ディルはなんてことのないようにゆっくりと起き上がる。
「あー……大丈夫、大丈夫……油断したなあ、あははっ」
『僧侶:体力四割減少。態勢の立て直しを推奨します』
ホズミがそう伝えると、ディルはスウェットに着いた土埃を払いながら宣告した。
「スパチャブースト”黄”」
[ディル:全体回復]
そのコールと共に、屋上庭園全体を緑色の光が覆いつくす。
現状、ダメージを負ったのはディルだけであるはずなのだが。
「——なんか、その使い方勿体なくないか?」
セイレイは困惑した様子でそう尋ねるが、ディルは「いいのいいの」とあっけらかんと笑った。
その間にも、noiseは隙を見て”ふくろ”からダガーを取り出し、投擲を繰り返す。
「なあ、こいつどうやったら倒せるんだ!?」
亡者の果てにダガーが幾度となく突き刺さるが、その都度修復する皮膚に押し出される。魔物の周りを囲うように、ダガーが次から次に金属音を立てながら落ちていく。
「姉ちゃん、悪いけど囮をお願い!!——スパチャブースト”青”っっ!!」
セイレイはすかさず宣告し、低い姿勢から大地を蹴り上げ駆け出した。
吹きあがる風がセイレイの前髪を搔き上げる。加速力と共に、セイレイは勢いよく跳躍。空高くからの強襲を仕掛ける。
「ぜあああああああああああっっっ!!!!」
重なる臓物のような皮膚に深々とファルシオンを突き立てた。
「「ア゛「イタイ「ナニスルノ」」ア゛ア゛ア゛゛ア゛「ワダジハ」ア゛ア」」
脳に響くような悲鳴と共に、鮮血のような血が勢い良く噴き出す。
セイレイはすぐにファルシオンから手を離し、亡者の果ての体から飛び降りる。顔に付着した血液を拭いながら、姿勢を整えた。
のたうち回るように体を大きく揺らし、悲鳴と共に叫ぶ。
だが、やがてその動きも徐々に落ち着きを取り戻していく。しばらくして、吹き出す血も徐々に収まりを迎える。
——ついには、完全に傷は塞がり元の状態へと戻ってしまった。
「嘘だろ、これでもダメなのかよ!?」
セイレイはファルシオンを再び顕現させ構える。その間にもドローンのスピーカーからはホズミがキーボードを叩く音が響く。
『サポートスキル:支援射撃!!』
そうホズミが宣告するのに連なり、配信画面にレティクルが表示される。彼女はそのレティクルを亡者の果てに浮き出た顔に合わせて、キーボードを叩いた。
ドローンから伸びた腕が火を噴くと共に、鋭く空気を穿つ銃弾が亡者の果ての顔を貫く。
「「ア゛ア゛「ウタレタ「ウタレタ」」ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛「グルジイ」「ナンデ」ア゛ア」」
重なる悲鳴に、再びのたうち回る。
しかしやはりというか徐々にその皮膚に空いた風穴は塞がっていく。
『そんなっ!?……一体、どうすれば……!?』
ホズミのドローンスキル、[支援射撃]のクールタイムは1分。連続使用ができるスキルではない為、何度も試みることが出来ない。
その間に懸命に彼女はコメント欄を活用し情報収集に努める。
[なんだこいつキモイ]
[わかる]
[ディルのスキルを重ねた上で4割も削るのかよ!?]
[一発もろに喰らえば終わりだな……]
[あのさ、もしかしたら、だけど。]
[どうした?]
[あー、旨く説明できないんだが、亡者の果てってさ、顔いくつもあるだろ?もしかしたら、継ぎ接ぎの身体なんじゃねえか?]
[継ぎ接ぎ?]
『……もう少し、詳しく聞いてもいいですか?』
ヒントになりそうなコメントが流れてきたことにホズミは注目した。深堀りをするべく、そのコメントに向けて尋ねる。
すると、しばらくして再びコメントが流れ始めた。
[そう、考えてるうちに思考纏まってきたわ。多分、あいつの中に複数の核が存在して、お互いにそれを補い合ってる]
[一体の巨大な魔物じゃなくて、複数の集合体ってことか]
[確かにそれなら顔がいくつもあることにも説明がつくな]
[ただ、その核をどうやって見つけるか?]
[あ、物は試しでさ。熱源探知が使えないかな?]
[あーーーー、いいアイデアかもしれないね。ホズミさん、試してみようよ]
ホズミはキーボードを素早く叩き、それから再び宣告する。
『わかりました……サポートスキル、”熱源探知”!!』
すると、配信画面内に複数の赤色のターゲットマークが表示された。それは亡者の果ての全身各部位に表示される。
[読み通り]
[6か所か]
[ただ、どうやって貫く?]
[支援射撃とセイレイのスキルくらいじゃないか?noiseとディルは火力不足だ]
[どっちも時間が掛かりすぎる、じり貧だ]
[かといって、浄化の光をディルが使ってくれるとは限らねえよな]
[↑絶対使わねえしあいつに華を持たせるのは癪だ]
[んなこと言ってられねえだろ]
『——全員、ドローン付近に集合!』
ホズミはコメント欄を眺めながら、勇者一行を呼び寄せる。その指示に反応した彼らはすかさず退避し、ドローンの元へと駆け寄った。
「どうした、ホズミ?」
『配信画面を見てください。これが恐らく、亡者の果ての弱点です。このマークが表示されているところを攻撃できれば、大きくダメージを与えられるでしょう』
彼らはまじまじと、その配信画面に表示されたターゲットマークと、実際の亡者の果てを見比べる。
ただ、ディルは「うーん」と首を傾げた。
「でもさ、正直その画面通りの場所を攻撃するのは無理。ほら、だって僕ら戦ってる時画面見えないよ?」
その言葉に、セイレイとnoiseは顔を見合わせる。
「……それは、確かに……」
「何とかしてやってはみる……が……!?」
『っ!?総員、退避!!』
ホズミがそう叫ぶと、勇者達は散り散りに大きく離れた。その彼らがいた場所を、亡者の果てが振り下ろした鉄槌の一撃が叩き潰す。土煙を舞い上げ、衝撃波が彼らの衣服を大きくはためかせた。
「っ、ひとまず動きながら考えるぞ!」
「分かった!」
「はいはーいっ」
noiseの提案に、セイレイとディルは同意。再び亡者の果てを囲い込むように駆け回る。
そんな最中、ゆっくりと屋上庭園へと続く扉が開く音がした。
漆黒のスーツに身を包んだ、一人の男性がその場に姿を現す。
To Be Continued……