【第二十四話】 過去の自分を乗り越えて
[東館7階]
ここを抜ければ、いよいよ屋上庭園が見えるはず。
土埃と瓦礫が埋め尽くす病棟廊下を進む。もはや何の音も聞こえない静寂漂う空間の中、勇者達は慎重に、堅実に進む。
——やがて、彼らは屋上庭園へと続く廊下へとたどり着く。
「この先に、屋上庭園がある」
noiseはじっと正面を見据えながらそう言った。
彼らの眼前に立ちはだかるのは、無数のゾンビ達だ。重なるように群がったゾンビ達は、ゆっくりとこちら側へ歩み寄る。
まるで、それは常世に誘おうとしているようだ。
だが、勇者達は死ぬわけにはいかない。
「あははっ、君達はもう生きちゃいないんだよ?とっとと消えなよ、死人は大人しくこの世から消えるべきさ」
ディルの右手に光の粒子が纏うと共に、チャクラムを顕現させた。それをくるくると指に引っ掛けて遊ぶ。欠伸を噛み殺しながら、気だるげな表情で勇者一行へと視線を向ける。
「さ、正面突破は避けられないね?どーするの?こそこそ隠れて戦うなんて小細工が通用しないけど」
セイレイは低く腰を落とす。そこから右手を後ろに引き、ファルシオンを顕現させた。
それから、ちらりとディルの方へと視線を向ける。
「ディル、俺にあの緑色の光を覆わせるスキルを掛けられるか?」
その問いに「何のこと?」といわんばかりにディルは首を傾げた。それから何か心当たりがあったようで手をポンと叩く。
「君も無茶しようとするねぇー、いいよいいよ、僕そんなお馬鹿さん大好き」
「……言ってろ、スキルの出し惜しみはできないからな」
まともに取り合おうとしないセイレイに、ディルはつまらなさそうにしながら手のひらをセイレイに向けた。
「はいはい、スパチャブースト”緑”」
[ディル:単体防御力上昇]
そのコメントログが流れると共に、セイレイの体を淡い緑色の光が包み込む。
「言っておくけど、完全にダメージを遮断できるわけじゃないよ?痛いことは痛いし。僕だってホブゴブリンの一撃を受けた手が痛くって痛くって……」
茶化すように手をぶらぶらと振るうディル。だが、セイレイには彼の茶々に取り合う気などない。
身をさらに低くかがめ、足を強く踏み込んだ。
セイレイに合わせるように、noiseも短剣を鞘から引き抜く。
「……行くぞ、セイレイ」
「うん、ここを超えたら、もうすぐゴールだ」
「あ、おねーさんも行くの?じゃあついでにはいっ。スパチャブースト”緑”」
[ディル:単体防御力上昇]
再度システムメッセージが流れ、彼女の全身をも淡く、緑色の光が包む。
noiseはディルに「助かる」と小さく会釈した後、再び前に向き直った。
決意に宿る炎が、二人の目に宿る。示し合わせたわけでもなく、セイレイとnoiseは同時に宣告する。
「スパチャブースト”青”!!」
「スパチャブースト”青”」
システムメッセージが、同時に流れた。
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
[noise:影移動]
セイレイの足に纏った淡く、青い光が螺旋を描く。うねるような螺旋は、ゾンビ達の中で弾けた。
「ぜあああああっ!!」
敵陣の最中に躍りかかったセイレイ。ゾンビ達の打撃をファルシオンで受け止める。ひらりと身体を翻し躱す。隙を見て剣を振り下ろし、確実にゾンビ達の命を奪っていく。
「セイレイっ!支援する!!」
セイレイの足元の影から、ぬるりと漆黒の闇に包まれたnoiseが現れた。二人はお互いの背後をカバーするように、ぐるりと囲うゾンビ達の群れに対峙する。
『支援は任せてください!』
ホズミのドローンが二人の間にゆっくりと浮上した。スピーカーからキーボードを叩く音が響く。
勇者一行は、群がるゾンビ達に各々が持つ武器を向けた。
もう、逃げはしない。
[盗賊:左3]
[勇者:右2 左1]
[スパチャまだ送れる奴は送ってくれ!!どうせ使うことのない金だ、出し惜しみするな 1000円]
[負けるな!!]
[撃破数:15]
[残り:10]
勇者達が振るう剣の軌跡が、光に照らされる。逆境でもくじけない想いは、人々に勇気を与える。
ゾンビが振るう一撃をセイレイはファルシオンで受け止める。それからドローンへと視線を向けた。
「ホズミ!!支援は頼んだ!!」
『サポートスキル”支援射撃”!!』
キーボードを叩く音と共に、ドローンから伸びた銃口がゾンビの頭部を貫く。ゆっくりと後ろに倒れたゾンビは、ピクリとも動かなくなった。
それをちらりと横目で見やったnoise。自身も、度重なるゾンビの攻撃を掻い潜る。
「スパチャブースト”青”」
[noise:影移動]
静かに宣告したnoiseの姿が、影に消える。ゾンビは狼狽えた様子でnoiseの痕跡を探すが、すでに彼女はゾンビの背後を取っていた。
「こっちだ」
そう言うや否や、的確にゾンビの首元を短剣で貫く。ずるりと崩れ落ちたゾンビを見下ろした後、直ぐに次の相手へと駆け出した。
三人が徐々にゾンビを切り崩すのを眺めながら、ディルは退屈そうに欠伸する。それから思い立ったようにゆっくりと手を高く掲げる。
「ふぁあああ……ねっむ……まあ頑張ってるからサービスね?スパチャブースト”黄”ーっ」
[ディル:全体回復]
すると、緑色の光が勇者達を覆いつくした。瞬く間に、じりじりと減っていた体力ゲージが回復する。
「ありがとう、助かる」
セイレイは感謝の言葉を発しながら、敵対するゾンビの前で低く腰を落とした。それから、すかさず宣告する。
「スパチャブースト”青”っ!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
すると、セイレイの両脚から青く淡い光が再び出現する。そのままゾンビに背を向けるようにして両手に地面を突き、躍りかかるゾンビに向けて後ろ蹴りを喰らわせた。
「がぁああっ!!??」
腹部にセイレイの蹴りを喰らったゾンビは、大きく吹き飛ぶ。壁に大きく叩きつけられたゾンビ。ずるりと壁に沿うように崩れ落ち、それから動かなくなった。
「なるほど、蹴り技に応用したのか。結構幅が利くスキルだな」
noiseはスキルの使い方に感心しながら、最後に残ったゾンビの首を短剣で掻き切った。
[撃破数:25]
[残り:0]
★☆☆☆
noiseは、屋上庭園へと続く扉に手を掛ける。
「ここを進めば、恐らく追憶のホログラムがあるはずだ。ただ、これだけの規模のダンジョンだ……何が出るか、想像もつかない」
前回の家電量販店ダンジョンで、生きるか死ぬかの土壇場に立たされたnoise。彼女の手が思わず小刻みに震える。
だが、ディルだけはのんびりした口調でnoiseに話しかけた。
「えー?おねーさん怖いの?あははっ、ビビりだなあ。あれだけ前に進むって言っておきながら、いざとなったら尻込みしちゃうんだ、っへー」
煽る。煽る。ディルはにやにやと嫌みの籠った笑みを浮かべ、noiseを煽り続ける。
[いや怖いだろ]
[そりゃ死にかけたもんな]
[ディルが異常なだけ]
[noiseが普通だろ]
[ふざけんな]
コメント欄はディルを批判する文面が流れる。それを眺めながら、ディルは毎度の如く「あははっ」と楽しそうに笑う。
「そうだよー、僕はあんまりそういうの分かんないからさー?進めば答え分かるのに勿体ないなーとしか思わないの、わかるー?」
その言葉は、紛れもない彼自身の本音だったのだろう。だが、彼の皮肉めいた口ぶりのせいでまともに聞き入れることなどできない。
セイレイは苛立ちを隠しきれず反論した。
「おいディル、姉ちゃんは、ホブゴブリンとの戦いで死にかけたんだ!死を恐れない人間なんているもんか!?」
「分かってないなー、生きることは死ぬこと。死を超えて生があるんだよ?生きるためには死ななきゃ、死ななきゃ新しい生き方はできないんだよ?」
「さっきから何を言ってるんだお前は!?」
セイレイはディルの言いたいことの本質が理解できず、困惑した。ディルもそれは織り込み済みだったのだろう。にやにやと楽しそうな笑みを零しながらセイレイにずいと顔を近づける。
「いい?セイレイ君。皆、死を知らないから死には敏感なだけなの。分かる?君はもしかしたら知らないかもしれないけど、ニュースで訃報を聞いて初めて人が亡くなったことを知る、なーんてザラにあったの、ねーみんな?」
[それは、認めたくないけど……]
[心当たりがあるのは確かにそうだよな。俺も実際、そうだった]
[確かに訃報の記事でその人を知るなんてことよくあったわ……]
事実を突きつけられた視聴者は、彼の言葉を否定できない様子だ。ディルはそのコメント欄を見て満足そうに頷いた。
「でしょ?皆死を知りたいだけ。死ぬことってどういうことなのか分からないから、皆興味があるだけなんだよ。知らないことは怖いよね?で、そこでおねーさん!」
「……なんだ」
突然話を振られたnoiseは気だるげにディルの方へと目線を向ける。
「おねーさんは何回死んだ?男としての自分が死んで、魔災で大切な人達が死んで、どうしようもなくなって人殺しになって自分の尊厳さえ死んで、そして命さえ失いかけて……おっきな死を一番経験してるのはおねーさんだよ」
「……」
「死ぬことでしか気づけないことがあるんだよ?君は一体、何に気づいたのかなぁ?」
「……私は……」
気づくとは、気づかなかった自分が死ぬこと。
そして、新たに気づいた自分が生まれること。
ディルの考え方は、この期に及んでも間違えることはなかった。
noiseは彼の言葉を真摯に受け止め、自分の中に取り込んでいく。
「……守りたい大切な人がいたんだ。でも、大切な人も、あまつさえ自分自身さえも守る術を持たなかった私がこうなることは当然の結果だったのかもな……」
「うんうん、守りたい人、ね」
ディルは彼女の言葉をフィードバックしながら、満足そうに頷く。
彼女は腰に携えた短剣を確かめるように触り、それから大きく深呼吸した。
「でも、今は違う。新たに守りたい人達がいる、守ってくれる人達がいる、そんな人達がいることが私がここにいていい理由になる……そう思うよ」
『noise、さん……』
noiseの言葉を聞いたホズミは、静かに彼女の名前を呼んだ。noiseはこくりと頷き、改めて屋上庭園へと続く扉のドアノブに手を掛ける。
「今までの映像の流れからするに、追憶のホログラムは私に関係した映像を映すんだろう。進もう、きっと大切な答えがそこにあるはずだから」
「……答え、か」
セイレイは、彼女の言葉を小さく反芻した。
「俺は……俺の価値観の根底は、一体何なんだろうな……」
彼女の言葉を聞いて、改めてセイレイは自身の存在について疑問を抱く。
誰も、その答えを理解することはできなかった。
To Be Continued……




