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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
48/322

【第二十三話(3)】 栗色の髪の少女(後編)

[いや、さすがにそれは冗談だろ]

[俗に言うTSってやつだろ?昔漫画で見たわ。でも現実では絶対あり得ない]

[信じられると思うか?]

[とりあえずホログラムを見ようぜ]

ホズミのドローンが映し出すホログラムは、noiseの話す言葉には否定的な意見が多く流れている。

そのコメントを見ながら、彼女は自嘲の笑みを浮かべた。

「……当然、信じられないだろう。もちろん、()もそうだった。考えてもみろよ?一番最初の細胞分裂で何が決まる、性別だろ?」

noiseは自暴自棄に吐き捨てるようにそう言い放つ。わざと口調を男のそれに言い換えて。

「……姉ちゃん……?」

その精悍な顔つきも、凛と通る声も、セイレイが知る彼女そのものだ。

だが、自らの実情を皮肉めいた口調で語るnoiseの姿は、彼が知る彼女ではなかった。


----


ホログラムが映し出す一ノ瀬 有紀はどこか怯えたようにきょろきょろと周囲を見回す。特に鏡から目を逸らすようにして、俯きながら歩く様子がうかがえる。

『一ノ瀬さん、こんにちは』

突如看護師から話しかけられた一ノ瀬は、『ひっ』と小さな悲鳴を上げて狼狽える。

『あ、え、お、俺ですか……?』

『……?はい。そうですが……どうかしましたか?』

心配そうに一ノ瀬の全身をじっと観察する看護師を振り払うように、一ノ瀬はくるりと看護師から背を向けた。

『……ごめんなさい、なんでもありません……っ』

そう言って、一ノ瀬は駆け足で自らの病室へと戻っていった。


----


彼らの視界から姿を消した一ノ瀬を見送った後、ディルはきょろきょろと病棟を見やった。そして、やがてその視線はnoiseに向けられる。

「……で、結局おねーさんはさ、おねーさんなの?おにーさんなの?どっち?」

ディルは彼女の過去に興味がないようだ。欠伸を噛み殺しながら、彼女にそう問う。

「おい、空気読めよディル。今そんなことどうでもいいだろ」

まるで空気の読めない質問をするディルを(とが)めるセイレイ。だが、悪びれもせずにくるくるとチャクラムを指で回しながらディルは廊下を歩く。

「どうでもいいわけないでしょ?おねーさんが自分をどう思っているかってのはさ、すごく大事なことだと思わないの?ねえ、違う?」

「それは……」

思わぬ反論を浴びたセイレイ。

どこか痛いところを突かれたと言わんばかりに、口を濁す。

noiseの性格の本質を作り出していたのが男性としてのそれだったとしたら。

彼女の価値観を作り出しているものが、セイレイのそれと大きく異なるのではないかと脳裏をよぎる。

『セイレイ君、ごめんなさい。こればかりはディルさんの言う通りかと思います』

彼の意見に賛同したのは、ホズミだった。

「おや、珍しい」

ディルは心底興味深そうに、眼を見開く。

ホズミは淡々とした口調で、セイレイを諭すようにゆっくりと言葉を続ける。

『自分が、自分をどう思うのか。価値観の根底を知ることは、noiseさんを知ることにもつながると思います』

「価値観の根底……」

セイレイは噛みしめるように、その言葉を反復する。

「このホログラムから得られる事実は、”noiseさんが男性だったかもしれない”ということだけです。この先に、noiseさんの考えの根底を知ることが出来るのなら、私はそれを知りたいと思います」

ずっと、魔災以降一人でダンジョンに潜り、魔物と戦ってきた。師を殺めて以降、誰の手を借りることもなく。

勇者一行に仲間入りするまで、ただ短剣を振るい続けた彼女の考えの根底を知りたい。そのホズミの言葉に嘘偽りは何一つなかった。

「でさ、おねーさんは結局どうしたいの?自分の過去が映し出されるかもしれないけどさ、バレたくないの?バレてもいいの?」

話の矛先はやがてnoiseへと振られた。

noiseは黙って彼らの話を聞いていたが、しばらくして、ゆっくりと顔を上げる。

そこには、普段の様子に戻った彼女がいた。

「……すまない、少し弱気になっていた。どうせいつか言おうと思っていたこと、大丈夫だ」

noiseは暗い感情を振りほどくように大きく首を左右に振る。それに連なって、大きく栗色の長い髪が揺れた。

「確かに、姿は大きく変わったよ。でも、心の内に私は、確かにここにいる。それだけは間違いなく言える」

そう言って、noiseは再びナースステーションへと歩みを進め始めた。

その歩みに、迷いはない。


「……だってさ、セイレイ君。ね、おねーさんの価値観の根底、知りたいよね?」

ディルはせっつくように、セイレイを肘で突く。

「なんで俺に言うんだよ、それは思うけどさ……」

怪訝な顔をしてディルを睨むセイレイ。

「やー、だってさあ。セイレイ君ってさあー」

だが、彼は気にした様子もなくくるくるとその場で一回転する。

「……あいたぁっ!?」

そして、振り回した足を病棟の壁にぶつけた。鈍い音が響き、悶絶しながらディルは(うずくま)る。

「……馬鹿だろお前」

「違うよ……」

ディルは涙目で足をさすりながら、フルフルと首を横に振った。

だが、いつまでもこのような茶番をしている訳にはいかない。

彼らは再びナースステーションに戻った。

空を泳ぐドローンのスピーカーを介して、ホズミはnoiseに確認を取る。

『さて、そろそろホログラムを融合させます……noiseさん、大丈夫ですか?』

「ああ、頼むよ。屋上庭園へ向かおう……答えを見出すのはそこからでいい」

『わかりました。追憶のホログラム、融合させます』

その言葉と同時に、ホズミはドローンを追憶のホログラムへと近づけた。

光が、世界を包む。明かりを、取り戻す。


[information

光源が解放されました。対象:6・7階 屋上庭園前]


★☆☆☆


勇者一行は、病室の一角を利用して休息をとっていた。

窓は閉ざされており、恐らくほとんど利用されなかったのだろう。十年という月日が経った今でも、その病室は比較的綺麗な状態が維持されていた。

彼らは各々ベッドに腰掛け、適宜コメント欄を確認しながら状況整理を行うことにする。


[上層階に行けば行くほど、ほとんどゾンビしかいないよな?]

[コボルトはこの配信中数えるほどしかいなかった]

[ダンジョンボスも、恐らくゾンビの類だろう]

[↑同意。でも、なんで霊安室とかじゃないんだろ]

[さあ?]

[遺体安置が出来なくなったんじゃない?ほら、魔災で亡くなった人を置くところって限られるし。腐敗臭が上がってくること考えたらさ、そりゃ上の階に安置した方がってならない?]

[あー、理にかなってる]

[それがゾンビ化……というか、なんでゾンビになったんだ?]

[言われてみれば。言い方悪いけどさ、倒した相手って塵にならなかったよな?]

[死んだ人達が並べられていたってことは、魔災の後だよな?]

[うわ、考えてみればマジじゃん。あとから手を加えられたってこと?]

[そうなんだよな、塵になってなかった。てことは人間の肉体のままなんだよ。そこに何かが加えられた]

[まあ無難に考えたら魔物に近い要素が入ったんだろうな]

[魔素とか]

[↑そんな単語言っていたな。ただそれがゾンビ化するのと何の関係があるんだろう]

[肉体の何かが関係してる?]

[精神、肉体、魂、色々あるよな]

[情報不足だろ。他に事例が無いと何も言えないな]

[事例、ねー……]


流れるコメント欄を退屈そうに眺めながら、ぽつりと彼は言葉を漏らす。

「結局、あのおじいさん戻ってこなかったねえ」

ディルは何気ない雑談を交わすようにそう呟いた。

彼の言う”おじいさん”とは、ライトのことだ。勇者一行は、その彼の言葉に沈黙を貫く。

その空気感がつまらないのか、ディルは頬を膨らませ始めた。

「ぶー、つまんないの。結局ライトじっちゃんも所詮人の命を背負う覚悟なんかないんだよ。生真面目なふりしてさ、結局自分が可愛いだけじゃん、殻にこもってるだけじゃん」

「……はぁ?」

あっけらかんと言い放ったディルの言葉に、noiseは苛立ったように眉を(ひそ)める。それから、すかさずディルの胸倉に掴みかかった。

「お前、言っていいことと悪いことがあるぞ……!!ライトさんを馬鹿にするな!!」

「え?僕間違ったこと言ってる?変化を恐れてるだけじゃん、あのおじいさん。自分の今まで生きてきた考え方がぶっ壊されることが怖いから。殻に閉じこもって逃げたんでしょ?」

「違う、違う!!」

noiseは彼の言葉を振り切るように、更に胸倉を強く掴む。だがディルは詭弁を弄することを止めようとしない。

「何が違うんだよ。いい加減現実見なよ、君達は魔災という変化に立ち向かってる。ライトおじいさんは?現にここにいないよね?てかさあの人、昨日の配信で何か主体的に行動した?」

「あの人は覚悟を持って立ち向かおうとしたっ、自身の役割を理解して立ち回った!十分役割は果たした!!」

「は?どこが?」

ディルは冷ややかに、noiseの言葉を否定する。突然空気の変わったディルの言葉に彼女は思わず戸惑いを隠せなくなる。

だがそんな彼女を他所にディルは冷めた口調のまま話を続けた。

「変わりたい、変えたいっていう割にはさ、行動に見えていないんだよ。自分が持つ能力と現実が見合ってない——セイレイ君はそれを分かっていたみたいだけどね」

「……お前、一体どこまで知っているんだ?」

noiseは思わず怪訝な表情を浮かべる。

彼の言葉が示す内容は、配信内で行われたやり取りではないはずだ。

森本が配信に参加したいといった時、セイレイが反対した時のことを指しているのだろう。

ディルの言葉に、セイレイは神妙な表情を浮かべた。

「……お前の言うとおりだよ。ライトが配信に参加することは反対だった。戦う力を持たないというのはそうなんだけど、ライトにはライトなりの戦う場所があったと思ったから」

セイレイがそう言うと、ディルは楽しそうに指を鳴らす。

「そう、そうなんだよセイレイ!あのおじいさんはただ、”真新しいものに興味を持った子供”と何ら変わりない!あの人にはあの人の役割があるんだよ、それは決してダンジョン配信じゃないんだ、あははっ」

きっと、それは曲がりなりにもディルなりの考えだったのだろう。

ただ、配信を通して魔物と戦うこと、それだけが人を救う方法ではない。希望を見出す方法は一つだけではない。

戦えない者には戦えない者なりの役割がある、それはセイレイも、ディルも、同意見だった。

『……一先(ひとま)ず、先に進みましょう。その答えはライトさんがいないところで出すべきではありません』

ホズミが、ドローンのスピーカーを介してそう伝える。noiseはこくりと頷き、腰掛けていたベッドから立ち上がった。

腰に携えた短剣の鞘を触りながら、廊下へと続く扉に視線を向ける。

「ここから一気に駆け抜けるぞ。私達にしかできない戦いがあるのなら、立ち止まっている場合ではないな」

「うん。進もう、俺達は未来を描かなきゃ」

セイレイは、何度も繰り返した決意を再び伝える。

未来を描くこと、それは現状勇者セイレイにしかできないことだった。


To Be Continued……

ごめんなさい。

会話に矛盾が生じていたので、今後の内容に繋がるように修正いたしました。

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