【第二十三話(2)】 栗色の髪の少女(中編)
セイレイは低く構え、宣告する。
「スパチャブースト”青”!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
すると、彼の足先に青く、淡い光が纏い始めた。それと同時に、セイレイは大地を蹴り上げ、対峙する敵陣の中に飛び込む。
noiseは隙の無い構えから、静かに宣告する。
「スパチャブースト”青”」
[noise:影移動]
すると、彼女の姿は影に沈み、相手の死角に這い出る。そこから、急所へと的確な一撃を与えた。
ディルは楽しそうに笑って、脱力した構えのまま宣告する。
「あははっ、スパチャブースト”青”ーっ」
[ディル:拘束]
すると、彼の手の差す相手の周囲に、光の螺旋が出現。瞬く間に相手を縛り上げ、行動を制限する。
[進め進め 1000円]
[こんなところで終わらせてたまるか。俺達の分まで頑張って 1000円]
[セイレイに賛同するよ。俺だって知りたい。このダンジョンの先にある景色を 1000円]
[俺はもう送っちまったから。頼んだ、任せた。遮蔽物が少ないから、あまり背後を狙うのは現実的ではないか]
[ワゴンを地面に滑らせて、敵の注意を引けないか?]
[病棟って、一周できるようになってるんだよな。迂回路を作って挟撃出来るようにしたい]
[ディルが最適か。コラボだからあいつだけ、別枠でSCB使ってそうだし]
[SCBって何だよ]
[↑スパチャブースト 1000円]
[略すな。あとナイスパ]
彼等が順調にダンジョンを突き進むのに重なって、コメントも加速する。
彼等の戦いを支える白と青のコメントフレームが次から次に流れていく。その一つ一つを確認しつつ、ホズミは状況に応じたアドバイスを行う。
総合病院ダンジョンの攻略は、長い道のりではあるが着々と、堅実に進んでいた。
★☆☆☆
勇者一行はやがて東館5階に辿り着く。
「ねえ、明かりが付いているのはここまで、だよねー?てことはさ、ここにまた追憶のホログラムがあるんじゃないかな?」
ディルはのんびりと背伸びしながらnoiseの方を向く。神妙な面持ちのnoiseは、否定すること無く静かに頷いた。
「……ああ、そうだろうな。お前は分かった上で言っているだろ、ここが私にとってどう言う場所か」
「え?何のこと?僕わかんなーい」
おどけたように、諸手を挙げるディル。恐らく、自らの口から発するように促しているのだろう……と察したnoiseは大きくため息を付く。
「姉ちゃん、やっぱりここって……」
セイレイも何かを察したようで、どこか心配そうにnoiseを見る。彼女はこくりと頷いた。
「ああ――私が入院していた病棟だ」
「……そっか」
それ以上はセイレイはなにも言わなかった。代わりに、廊下の周囲を警戒しながらゆっくりと、確実に先に進む。瓦礫が重なり、土埃被った廊下を。
廊下の脇には、点滴をぶら下げる為の、支柱台が廊下のあちらこちらに並んでいる。
通路脇には破けた非常食の包装が転がっていた。
その廊下の角を切り取るようにして、広々と配置された空間がある。ガラス窓には[ナースステーション]と表記されていた。
――間違いなく、かつて魔災以前は看護師の詰所として機能していた場所だ。
だが、ダンジョンと化した今は――かつて人間だったゾンビ達が群がる巣窟となっていた。
「ホズミ。索敵を頼む」
『分かりました。サポートスキル”熱源探知”……。七体、ですね。その全てがゾンビのようです』
その言葉に、セイレイとnoiseは顔を見合わせる。
「……セイレイ」
「うん、分かってる」
――それでも、もう二度と、迷うわけには行かない。
「行くぞ、俺達は進むんだ」
セイレイの掛け声と共に、彼等は駆け出した。
Live配信は、続く。
[かなり安定した戦いになってきたな]
[撃破数:3]
[残り4か]
[もう見てる内に終わりそう]
『……サポートスキル”支援射撃”!!』
ホズミの宣告と共に、配信画面にレティクルが表示される。流れるようなタイピング音と共に、やがてレティクルと、ゾンビのシルエットが重なる。
『……ごめんなさい。でも、私達は止まるわけには行かないんです』
そう呟くと共に、彼女がエンターキーを強く叩く音が響く。
頭部を撃ち抜かれた腹部だけが大きく膨らんだ男性のゾンビは、静かに床に崩れ落ちる。
ディルはその様子を見ながら、にやりと笑った。
「そうだよ。生きる為には、戦うしかないんだ!安寧の中で過ごしている内に人々は戦うことを忘れてしまった!本当は戦わなければ生きることなんて出来ないのに、出来ないことを棚に上げて!無力なのに平和だけは偉そうに語って!戦うことから逃げて、逃げて、逃げて!!あははっ!!」
高らかに演説を繰り広げるディル。彼は手に持ったチャクラムを踊るように放り投げ、痩せ細った中年男性のゾンビに連撃を浴びせる。全身を切り刻まれ、四肢を千切られたゾンビはゆっくりと後ろに倒れた。
既にゾンビは絶命しているにも関わらず、ディルは冷ややかな目で、その頭部を思い切り踏み抜く。
「……綺麗事なんて、この世で一番汚ない言葉なんか使うんじゃねえよ」
彼らしからぬ、冷酷な言葉を吐き捨てる。ディルは頭部が弾け、緑色の体液を床一面にまき散らすゾンビを見下した。
「お前……っ!」
死者を冒涜するディルに対し、noiseの目がつり上がる。だが、自身もゾンビと退治する彼女はまず目の前の状況への対処を優先。
noiseは三十代ほどの女性のゾンビが殴りかかるのを、ひらりと躱した。彼女とそう年の変わらないであろう女性の頸椎目がけて短剣を振るう。
「……私は、もう二度と……迷わないっ!!」
喉元を切り裂かれたゾンビは、首を押さえるようにしてゆっくりと床にへたり込む。それから、二度と立ち上がることは無かった。
「……すまない」
もう二度と動くことのないゾンビに、悲痛に顔を歪めたnoiseは小さく頭を下げる。その動きに伴い、栗色の髪が大きく揺れる。
セイレイが対峙するのは、二十代男性ほどの左腕のないゾンビだ。
「ヴァアァァァッ!!」
ゾンビはセイレイの喉元に噛みつこうと飛びつく。
「くっ!」
セイレイは大きくバックステップし、その攻撃を回避。そこから身体を大きく捻り、顕現させたファルシオンを振り抜く。
だが、ゾンビもそれを予期していたのだろう。地を這うように、大きく地面にしゃがみ込む。
「っ、頭が回るなぁっ!?」
ゾンビは低い姿勢から両足を軸として勢いよく飛び掛かる。その右腕をムチのようにしならせて、セイレイの頭部目がけて振るう。
鋭い一撃は、当たれば生死に掛かる威力なのは明白だった。空気が唸りを上げ、その軌跡がセイレイへと繋がっていく。
「わっ!?」
セイレイはそれを屈めて回避。
その姿勢から、セイレイは重心を更に下げ、勢いよく大地を蹴り上げた。
一歩大地を蹴り上げるごとに、土煙が激しく舞い上がる。次から、次へと。彼に纏うようにして。
「ヴヴァッ!?」
ゾンビはその素早い動きに対処することが出来ず、狼狽えた様子で悲鳴じみた声を上げた。
煙の中を突き進み、セイレイはゾンビ目がけて剣を大振りに構える。
「俺は、生きるんだ!生きて、全てを知るんだ!!」
想いのままに振るう一閃は、ゾンビの首を薙いだ。
[撃破数:7]
[残り:0]
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「お、やっぱりあった。おーい、こっちだよーっ」
ナースステーション奥の休憩室。そこに追憶のホログラムは静かに配置されていた。
ディルは心躍るのを隠すことが出来ないようで、楽しげに笑いながら勇者達を呼び寄せる。
やがて、セイレイとnoiseはディルに誘われ、合流した。
だが、noiseの顔色は、どこか陰りを帯びたままだ。閉ざされた黒歴史のノートが紐解かれる時のように、明らかに怯えた表情を浮かべている。
「……っ、なあ、ちょっと時間を貰っても良いか?気持ちを落ち着ける時間が欲しい」
「駄目だよ、えいっ」
ディルはnoiseの懇願に耳を貸さず、さっさと追憶のホログラムに手を近づけた。
「あっ!?」
セイレイが悲鳴と困惑が入り交じった声を上げたのもつかの間、瞬く間に光は世界を包み込む。
プログラムにより、病棟内はかつての姿に書き換えられる。
まず、勇者一行の耳に入ったのは、ナースコールの音だ。
無機質な白を基調とした病棟廊下。その中で延々と鳴り響く軽快な音楽を奏でるナースコールは、却って違和感を生み出す。
セントラルモニターのアラーム音がそれに重なる。
『今からラウンドに行きます』
『すみません、今報告宜しいですか』
『はーい、今行きます。はい、分かりましたー』
どこか切羽詰まった様子で仕事をしている看護師の姿がホログラムにより映し出される。
「あ、ごめんなさい……」
あまりにも彼女達が鬼気迫る表情で仕事をしているのでホログラムと言うことも忘れ、セイレイ達は邪魔にならないようにいそいそと廊下に出た。
[ホログラムだから大丈夫だろw]
[いやまあ気持ちは分かる、すげえ話し掛けづらそうな雰囲気してるな]
[うっわ懐かしいこの音。この音聞いたら病院って感じする]
[わかる……]
各々に複雑な胸中を語るコメント欄を余所に、セイレイ達は目的の人物を探すため、ホログラムに映し出された病棟内を進む。
そして、その目的の人物は案外直ぐに見つかった。
不安そうに、辺りを見渡しながら歩く一人の病衣を身に纏った少女。腕には包帯が巻き付けられ、点滴のルートが留置されている。
栗色の髪を揺らしながら、どこか不安そうにブツブツとまるで呪詛の如く言葉を誰にでも無く漏らしていた。
『俺は……一ノ瀬 有紀だ。誰が、何と言おうと……男なんだ。男性なんだ、俺は……』
自分に言い聞かせるように、何度も、何度もその呼称を繰り返すその少女。
腕に巻かれたネームバンドには[一ノ瀬 有紀]と記されていた。
「……”俺”?」
セイレイがまず気になったのは、その少女の一人称だ。全身に怪我を負ったらしいその少女の口調は、まるで男性のそれだった。
ちらりとnoiseへと視線を向けると、彼女は引きつったような表情でホログラムが映す一ノ瀬の方へと視線を送っている。
「……そうだ。私はあの日、この世の理を超えた現象に巻き込まれた……」
「へぇ、noise……いや、一ノ瀬 有紀はある日までは男性だった。それがいきなり女の子になってしまった、ってこと?」
ディルはどこか楽しそうにクスクスと笑いながらそう問いかける。
『ディルさん、さすがにそれはあり得ない話では……』
荒唐無稽なディルが放った仮説に、ホズミは困惑した声で反論する。
生命が生まれる際、細胞分裂の過程で最初に決定される要因である性別。その前提が書換えられるというのは異質と言うより他ない。
故に彼女はその可能性を否定したのだったが、noise――いや、一ノ瀬 有紀は「そうだ」とディルの言葉を肯定。それと同時にホズミの反論を否定した。
「私は……俺は、十年前までは間違いなく男性だったんだ」
魔災という、世界の前提を大きく変えた一件。
それよりも前に、この世の理を超えた現象に巻き込まれた人物が一人、この世界には存在した。
To Be Continued……