【第二十二話】 生と死が交わる時
徐々に、漆黒のスウェットに、ぼろきれのようなスカーフを首に巻いた少年の後ろ姿が映る。
セイレイとnoise。二人の足音が聞こえたのだろう、彼は跳ねるように、踊るように、振り返った。スマートフォンを持ったディルだ。
彼は悠長に欠伸をしながら、複数のゾンビと化した病人の前に立っていた。
だが、その誰も彼もが彼が放つ光の螺旋が織りなす拘束に囚われている。
「ディルっっ!!お前、一体何が目的で配信してるんだ!?」
ディルはちらりとゾンビ達に視線を向ける。そして「ぶっ」と何故か吹き出した後、弾んだ口調で返事をした。
「あはっ、お決まりの台詞だなあ……僕が何かやらかすんじゃないか、何か余計なことをしようとしてるんじゃないか、ってところかな」
「……っ、ああ、そうだ!俺はお前が何をしようとしてるのか理解できない。理解できないからここに来たんだ!」
セイレイの言葉には、意味が宿っていた。
「……へぇ」
彼はそのセイレイの言葉に興味深そうに瞳孔を開く。そして、にやりと楽しそうに笑った。
「君はまた一つ、勇者としての素質を得たんだね」
「あ?……お前は一体、何を言っているんだ?」
その問いかけには、何も答えることはない。ディルはそう言わんばかりに再びゾンビの群れに首だけを向けた。そして、ゆっくりと手を高く掲げる。
ゆっくりと、けれどもはっきりと、彼は宣告する。
「もう君達に用は無いよ、スパチャブースト”赤”」
[ディル:浄化の光]
システムメッセージが、配信画面のコメント欄に流れる。それと同時に、ディルの掌を中心として光が集い始めた。
「……あはっ、あははっ」
笑い声が大きくなるのと同調するように、辺りを激しく照らし始める。
「……っ」
セイレイとnoiseは、その眩さに目を開くことが出来ず腕で視界を覆う。
そんな二人を余所にディルはそれを、手のひらを、ゾンビの群れに向けた。
すると収束した光が、巨大な光線となって伸びる。廊下を覆い尽くすように、熱光線と化した光が検査室を飲み込む。
まるでそれは、終焉の光だった。
壁に触れた光が、爆発を引き起こす。轟音が、配信内に、ダンジョン内に響く。
土埃が激しく舞い上がり、ディルの姿を飲み込んでいく。彼を取り巻くように、土煙を切り裂くように、天井は崩落する。
その中、ディルはまるで狂ったように大声で笑っていた。
「あっはははははははは!!!!これだよ、死だよ!!死ぬことこそが人生だ!!なんて美しい死の輝き!!あはははははははっっ!!!!」
スマホを向けながら、ディルは心から楽しそうに、腹を抱え込むように笑う。開けた土煙の先には、ゾンビ達の塵一つさえ残っていなかった。
[ひどい]
[ごめんやっぱこいつ許せねえわ]
[まじでふざけんな]
[あいつらだって生きていたんだぞ]
[お前何がしたいんだよ!!マジで!!]
ディルへの怒りに満ちたコメントが次から次に流れる。そんな最中、セイレイとnoiseは静かにディルの元へと歩み寄り始めた。
「……おい、ディル」
noiseが先だって、ディルに声を掛ける。彼は笑うのをいったん止めて、彼女の方に視線を向けた。
「あは……なぁに?美人のおねーさん」
「お前、何をしたのか分かってるのか?」
その問いかけに、何を当たり前のことをと言わんばかりにディルは「ぶっ」噴き出した。
「当たり前でしょ?どうせ死んでる身だし、楽にしてあげただけ。ほら、おねーさんが昨日やったのと同じだよ」
「一緒にするなっ!!!!」
「おおこわーっ」
noiseの激昂にも動じることなく、ディルはへらへらと笑う。それから、次にうつむいたまま表情の読めないセイレイの方へと視線を向けた。
「セイレイ君も同じクチかな?人の命を弄ぶなってクチ?もう死んでるのに?あははっ」
相も変わらず人の神経を逆撫でるような発言を繰り返すディル。そんな彼に、セイレイはポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「ああ、俺はお前のことが理解できない。なんでそんなことが出来るのか、理解できねぇよ……」
「……だろうね?」
「だけど、俺は正直迷ってるんだ……。お前に刃を向けるべきかどうか。既にこの世を去った人達に対してのお前なりの優しさなんじゃないか、って思う俺もいる」
その言葉に動揺したのは、他でもない、話しからけれているディル本人だった。
「は?は?いやいや、おかしいでしょ。僕のどこに善性を見出してるのさっ?」
「おい、セイレイ!?どうした、お前」
味方であるnoiseでさえも、セイレイの言葉に困惑した様子で振り向く。
徐々に、セイレイはワガママになっていた。自分の目的を達成するためなら、手段を選ぶ訳にはいかないのだと、そう考える。
「ディル、俺達に協力してほしい。俺は知りたいんだ。このダンジョンの正体を、そして、お前の行動原理をも知りたい」
『セイレイ君、君は一体何を言っているの……!?』
[セイレイ何を言ってるんだ]
[どこからディルを信じようってなるの!?]
[嘘だろ……]
[うーん……]
[まさかのコラボ依頼かよ]
ただ、セイレイはひたすらに純粋だっただけなのだろう。
その純粋さに、味方も、誰も彼もが、狂わされ始めた。
セイレイは真っすぐにディルの目を見据える。曖昧な返事を、いい加減な返事を許さないとばかりしっかりと彼の一挙一動をその瞳が捉える。
のらりくらりと自分の本心を誤魔化し続けるディル。だが、この時ばかりはそんな彼でさえも激しく動揺していた。
「……は?君さ、一体何言ってんの?」
「聞こえなかったのか?俺達に協力しろと言ってるんだよ」
その提案に同じく動揺を隠せないのは、同じく彼と行動をともにするnoiseだ。
彼女は引きつるような愛想笑いを浮かべ、セイレイに諭すように話しかける。
「セイレイ、君さ、本気?だって敵かもしれない、裏切るかもしれない。こんな得体の知れない男の手なんか借りる必要ある?」
困惑のあまり、配信という事も忘れ普段の口調が戻っている彼女。そんな彼女に賛同するようにディルも激しく赤べこのように頷いた。
「そ、そうそう、美人のおねーさんの言うとおりだね?僕が君達の味方だという保証がどこにある?」
「お前は黙ってろ」
「へーい」
noiseに睨まれたディルはヘラヘラ笑いながら一歩下がる。
だが、セイレイの表情は硬いまま変わらない。
「……セイレイの為を想って、だろ?その言葉に嘘が無いというのなら協力しろ」
それは、道の駅集落に到着した彼らの前に突如現れたディルが発した言葉だ。
何を言っているのか分からないとばかりにディルは眉を顰めながら鼻で笑う。
「はぁ?そんなこと僕言ったっけ?」
「言ったよ、その言葉に嘘が無いというのなら行動で証明しろよ」
『セイレイ君、君は一体何をしようとしてるんですか……?』
どこか困惑した様子で、ホズミは曖昧な質問を繰り出した。
セイレイは、ディルが放ったスキルによって激しく損傷した廊下を見ながら答える。
「今優先すべきはこの総合病院ダンジョンの攻略だろ?ヒントを得られるってディル。お前自身が言ったんだ、ちょっとくらい手伝ってくれてもいいだろ」
「ほんっとに余計なことばっかり覚えてるなぁ……」
ディルは自分の失言に嫌気がさしたようにため息を吐いた。そして、自らの悩みをかき消すように頭をかきむしる。
「っあー……わかったよ。コラボすれば良いんでしょ、コラボすればっ。でも必要以上に手は貸さないよ?あくまでも主役は君達だからね」
「それで良い、頼む」
釘を刺すようにディルはそう言うと、セイレイは深々と彼に対して頭を下げる。
会話の主導権を握っていたはずのディル。彼は徐々に動揺が隠せなくなり、そっぽを向きつつため息を吐いた。
「あーもう調子狂うなあ……わかったよ、今回だけ」
そう言って、ディルはブツブツと文句を言いながらポケットの中にスマートフォンを戻しつつ歩き出す。その後ろ姿を見ていたセイレイに対し、noiseは困惑した様子で突っかかった。
「セイレイ!お前一体何を考えているんだ!?どう考えたってあいつを味方に引き入れるのは悪手だろうが!?」
[noiseに一票]
[確かに予想がつかない提案だったな]
[セイレイは一体何を見越してこんなことを言ったんだ]
noiseとドローンのホログラムが表示するコメント欄を交互に見やるセイレイ。彼は彼女、そして視聴者に自分の意思を伝える。
「姉ちゃんさ、言ったよね。もう少しワガママになれって」
「……言ったが……」
「俺さ、知りたいんだよ。このダンジョンが一体何を示しているのか、ディルが一体何を考えて行動しているのか。その為なら何でも利用するよ」
それは間違いない彼の真意だった。セイレイの覚悟の全てを悟ったnoiseは呆れたようにため息を吐いた。そして、腰に携えた短剣の位置を確認しながらセイレイに釘を刺す。
「……分かったよ。でも、もしディルに不審な動きが見られたら私があいつを斬る。それでいいな?」
「……うん。分かった」
「分かってるなら良い。どうせディルも分かっているだろうが、恐らくこのフロアにも追憶のホログラムはあるはずだ、それを探そう」
セイレイはnoiseの提案に深く頷き、再びディルについて行くように検査室の更に奥へと進み始める。
「ねぇ、聞こえてるよー?酷いと思わないー?僕だって生きてるんだよー?ミミズだって、オケラだって、ディルだって生きてるんだ、友達なんだよー?」
「うるさい、黙れ」
茶化すように小言を漏らすディルの言葉を、noiseは一蹴した。
To Be Continued……