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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
43/322

【第二十一話(1)】 生きた者、生きる者(前編)

[何しに来たんだよお前]

[余計なことするな]

[お前がダンジョンに入るな]

[帰れ]

ディルはコメント欄に流れる批難に満ちた文章を眺め、楽しそうに笑う。

「あははっ、酷いなあ。勇者様があんなナリだから僕が代わりに配信しようってのに。あ、もちろん無許可だよ?」

ヘタクソなウィンクをしながら、ディルはそう呟いた。ドローンなど持たない彼は、どうやらスマートフォンを持って撮影しているようだ。病院構内を映し出す配信画面は、彼が歩くのに連なって大きく揺れる。

[つーか撮影環境どうにかしろよ]

[酔う]

[てかなんだよDead配信って]

コメントを拾い上げたディルは「ぶっ」と吹き出し笑いをした。それから楽しそうに弾んだ声で返事をする。

「あはっ、だってセイレイ君がLive配信って言うんだよ?生きること、がどうやら彼の主軸らしいけどね。ダメだよ、生きてちゃ。死ななきゃ、死んでこそ人生だよ」

[は????]

[死んだら元も子もないだろうが]

[お前だって魔災を生き延びた人間だろ。何でそんなことを平然と言えるんだよ]

「じゃあさ、僕が人間じゃないとしたらどうなるの?ねえ?僕がもしも、最高峰のテクノロジーから生まれた人造人間だったらどうするのさ?感情も何もない、人間まがいの生き物なら言っても許されるのかな?あははっ」

次々に流れる批難に満ちたコメントに対して、相も変わらず本性の見えない言葉を延々と連ねるディル。


その配信を、前園のパソコンを介して、勇者一行は食い入るように見ていた。

「ディル、あいつ何が目的なんだ……?」

瀬川は画面内のディルを睨むようにして呟いた。彼の意見に同意するように、全員が頷く。

「どうせまともな配信をしないんだろうけど、頼むから余計なことしないでよ……」

一ノ瀬は不快さを隠そうともせず、顔をしかめて呟いた。

毎度毎度、彼の行動は予想がつかず本質をつかむことが出来ない。

森本はその画面を見ながら首をかしげる。

「どうにも、彼の行動は予想が付きませんね。自分から総合病院に向かうように仕向けておいて……」

「……」

千戸は、黙って彼の行動を見守っていた。一つ一つの彼の動作を見逃さないように、じっくりと観察しメモ帳にペンを走らせる。

そのメモ帳には、大きく[ひとつの結末]という文面が殴り書きされていた。

「……念のため、配信準備をします。総合病院前まで移動しましょう」

「で、ですが……一ノ瀬さんは……」

前薗は静かに、リュックサックの中からドローンを取り出して外装に傷が見られないか確認を始めた。

彼女の姿に、森本は躊躇(ためら)う様におろおろし始める。

だが、一ノ瀬は森本の肩を叩いて、深く頷いた。

「私なら大丈夫です。もう、隠すことなんてない」

「そ、そういう問題では……私は……」

それでも納得がいかないようで、もごもごと言葉を濁す森本。

だが、今度は瀬川が振り向いて彼の方をじっと見た。目を逸らすことなく、じっと森本の心の奥底まで覗き込みそうなほどの視線を向ける。

その目に、思わず森本は息を呑んだ。

もう逃げない。

そう言わんばかりにゆっくりと、瀬川は口を開く。

「俺は、分からないのが嫌だ。知らないままで終わるのが嫌だ。だから、誰に嫌われたっていい。ワガママかも知れないけど、ごめん」

「……っ」

それ以上は、森本は何も言い返すことが出来ない。

勇者一行はもはや森本の事など見てもいないようで、ディルの配信を横目で見ながら準備を始める。

森本は命が掛かっているにも関わらず、すぐに行動しようと決意できる彼ら理解できなかった。

おろおろと彼らを交互に見やる森本に向けて、前園はきっぱりと言い張る。

「森本さんは、無理してついて行くことはありません。……昨日教えてくれた問いの答えはまだ見つかりませんが、ただ今は、この配信を止めたくありませんので」

「……前園さん」

森本は呆然とした様子で前園の顔を見た。だが、彼女は話は終わりだと言わんばかりに顔を背ける。リュックサックを背負った彼女は、瀬川と一ノ瀬を交互にみやった。

「皆さん、配信に向かいましょう。緊急で動画を回すことになるので、あまり悠長に出来ないですから」

「分かった……セイレイ、もし昨日のようなゾンビに出会ったら私に任せろ。私なら、戦える」

「ありがとう姉ちゃん。でも、俺も逃げたくないから何とか向き合ってみるよ。きっと、あの人達もああして生きることは辛いはずなんだ」

「……助かる」

既に配信モードへと雰囲気が変わった勇者一行。前園は森本に小さく一礼した後、小走りで食堂を後にした。

千戸はゆっくりと彼らを追いかけるようにして、入り口まで歩く。そこで何か思い立ったように、森本の方を振り返った。

「森本さん。森本さんにも何か事情があるのだと思います。ですが、多分皆は止まりませんよ、なんだかんだ言って、彼らは強いですから……肉体ではなく、心の方が、ね」

そう言い残して、彼等の恩師である千戸も食堂から姿を消した。

残されたのは――森本ただ一人だけ。

彼はそこに呆然と立ち尽くす。そして、空虚な空間でぽつりと呟く。

「私だけが、馬鹿みたいじゃないか……ああ言えば、止まると思ったのに」

森本は、本当は配信を止めさせるつもりだった。どれだけ困難に立ち向かおうとも、助けられない命がある。不可能はある。

その事実を突きつけて、戦う意思を奪おうとした。

無力の証明をしたかった。それなのに。

「はは……」

彼の口から思わず笑みが零れる。その笑いは収まることを知らず、徐々に広がっていく。

広がる。広がる。大きく笑いがこみ上げる。


「あっはっはっはっはっはっは!!!!!!無力なのは私か!!私だけか!!諦めることも知らず!!頼ることも知らず!!それなのにプライドだけは捨てきれず!!何のために、何のために……!!」

その心の悲痛にも似た馬鹿笑いは、壁に反射して空しく自身へと還る。

自分だけが、ババを引いたのだと思っていた。たまたま魔災の時に生き残ったから。たまたま、医者だったから。

そんな中で、勇者一行と出会った彼は。

自分の持つババを勇者一行に擦り付けようとした。

だけど、彼らはババを引かなかった。いや、引くことを恐れなかっただけだ。

「なんで、彼らは諦めることを知らないんだ。どうして、そこまでして戦うことを止めないんだ……生きられるんだぞ?ダンジョンに行かず、その場しのぎの生き方でも……」

森本は、どこか自分に言い聞かせるようにそう呟く。

彼は、ライトとして、どうするべきなのか。答えが出せずにいた。


★☆☆☆


『今、緊急で動画を回しています!!勇者配信、開始!!』

ホズミの叫号の声と共に、配信は始まった。ドローンカメラを介し、セイレイとnoiseは光照らす総合病院内を駆け抜ける姿が映し出される。

「セイレイ、あのディルの配信画面の場所は覚えているか!」

「うん!昨日の検査室だよな!!」

『今ディルの配信を確認しています……合っています、場所も完全に一致しました!』

追憶のホログラムにより解放された箇所には魔物が現れることはない。以前海の家集落に居た際に、noiseが共有した情報からそのことを理解していた二人。

故に彼らは魔物が襲い掛かるリスクに躊躇することなく、その敷地内を走り抜ける。

[やっぱ行くよな]

[知ってた]

[あれ?ライトさんは?]

[勇者らしいと言えばらしいか]

[正直、応援できるかどうかは分からないけど。もう少しだけ信じるよ 1000円]

『……ありがとうございます』

青いコメントフレームに覆われたその文面を見たホズミは、静かに感謝の言葉を呟いた。

それから、ライトがいないことへの事情を説明する。

『ごめんなさい、ライトさんは踏ん切りがつかないみたいなので置いてきました』

[そっか……それが普通だよな]

[ストーもホブゴブリンと戦う前に恐怖していたし]

[だよな]

どこか、ライトに同情するような文面が流れる。

魔物と立ち向かう勇気が無いこと。逃げるという選択肢しか持たない彼等にとっては、どちらかというとライトに共感できることの方が多かったのだろう。

むしろ今、困難に立ち向かう、配信画面に映る二人の方が希有な存在なのだ。

セイレイとnoiseはその間にも、瓦礫を飛び越え、ボロボロになったベンチを飛び越え、勇者達はディルの姿を必死に追い求める。


----


[何か見えるな]

[やっぱりあの一体だけな訳ないか]

[戦えるのか?]

[2回目だから少しは見れるけど……]

『二人とも、止まってください!』

穂澄の指示に従い、二人は急ブレーキを掛けるようにして立ち止まる。煩雑に転がったストレッチャーの物陰から出てきたのは、一体のゾンビだった。

這いずるようにしてゆっくりとそれは姿を現す。

恐らく、かつてはそれなりに端整な顔立ちであっただろう。そのゾンビは、セイレイほどの年頃の少年の姿をしていた。

「アゥ……ア゛ア゛……アァ……」

ただ、そのゾンビには、左足は無かった。その為に腕を使って這いずるしか無かったようだ。

「……っ」

セイレイは息を呑みながらも、目を離さずに対峙する。動揺を隠しきれず、剣を持つ手が震える。

彼の胸中を察したnoiseはセイレイの前に立った。

「セイレイ、私がやる。言葉は悪いが今は悠長にしている時間が無い」

彼女の言うことは最もだった。だが、セイレイは強く首を横に振る。

「ううん、俺にやらせて欲しい。きっと彼も苦しんでいるはずなんだ……俺がやらなきゃ」

覚悟を決めたように、剣を正面に携える。切っ先は小刻みに震えていたが、セイレイは決して逃げることをしなかった。

対峙するゾンビは、セイレイ達を目視するや否や、その腕に力が入る。

まるで獣だった。

「ァァア゛ア゛アアアアッッ!!!!」

両腕と右足を器用に使い、大地を低く駆け抜けるゾンビ。

「わっ!?」

そのスピードはセイレイにとって――いや、誰にとっても予想外だった。軽快な動きを見せるゾンビ。

「スパチャブースト”青”!」

[noise:影移動]

だが、noiseだけは冷静だった。すかさず影に潜り込み、地中を移動。

彼女の影はやがてゾンビの影と重なる。

「せああああっ!!」

鋭い短剣が、ゾンビの腹部を貫く。体重を乗せた一撃にゾンビの身体が浮き上がり、大きく横に転がる。

「ヴァァッ……!!」

倒れ伏したゾンビをちらりと横目に見ながら、noiseは再び短剣を構える。

次に、彼女はその鋭い双眸を彼に向けた。

目をしばたかせて、体勢を取り直すことも出来ず狼狽えているセイレイへと。

「セイレイ!!!!狼狽えるな!!」

「っ!?……あ」

転がるようにしてゾンビは起き上がる。既に大地を掴むようにして、クラウチングスタートのような姿勢を取っていた。

「昨日戦ったゾンビとは違う……やることは、分かるな?」

セイレイは、以前noiseが言った言葉を思い出していた。

脳裏を過ぎる言葉と、今隣に立つ彼女の姿が重なる。

それから、強く頷いた。


「分かった、やるしかないよね」

「ヴヴア゛ア゛ッッッ!!!!」

ゾンビは低く、セイレイ目がけて駆け出した。抉られたアスファルトが土煙を生み出す。


『これからも魔物と戦うのなら、命と向き合うことは覚悟しておけ。まあ、これっきりなら別に忘れても良いけどな』


「俺は、何も知らずに終わる気は無いんだ!!」

セイレイは今、かつてこの世界を生き抜いた命と、向き合おうとしていた。


To Be Continued……

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