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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
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【第二十話(3)】 配信を続ける意味(後編)

夜間の道の駅というのは静かなものだ。魔災以前でさえ、閉館時刻が早かった道の駅。

一応太陽光発電に伴い夜間灯が機能しており、かろうじて足元は確認できる。

だが、それでも。

静寂は孤独を呼び寄せ、どこか自分以外の誰も彼もがいなくなってしまったような感覚に(おちい)らせる。

泣きそうなほど静かな夜の中、瀬川は恩師を探し続けた。

もしかすると既に眠っているかもしれない。

でも、瀬川は千戸に確かめたかった。

「俺が、俺である理由……」

なんとなく、目の前の困難に立ち向かってきた。

なんとなく、他人が困っていることが嫌だった。

そのなんとなく、の答えを明確にする必要があるのだと瀬川は感じていた。自分の行動の根底は何なのか、ヒントを求めたかった。

やがて千戸を、公園内中央部にある屋根下のベンチに腰掛けてメモを見返しているのを見かける。

「……センセー」

瀬川はどこか躊躇うように千戸に声を掛ける。彼はちらりと瀬川に視線を送ると、ゆっくりと立ち上がった。

「眠っていなかったのか」

「うん。なんだか眠れなくて」

「そうか」

瀬川の胸中に秘められた思いも十分理解はしているのだろう。それでも、千戸は多くは問いかけなかった。

「まあ座れ」

ベンチの端に移動し、空いたスペースに瀬川を誘導する。その空いたスペースに、瀬川はどこか遠慮がちに座った。


二人は静かに空を眺める。電気が通らなくなったこの街並みでは、一段と星空が輝く。

何気なく空を見上げていると、雲が月を隠す動きが鮮明に見える。星がちかちかと輝く姿がくっきりと見える。

ずっとこうしていたいような気持に瀬川は駆られた。そんな中、千戸は口を開く。

「セイレイ」

「……どうしたの、センセー?」

「セイレイは、これからどうしたいと思う?森本さんから話の大筋は聞いた」

「……」

瀬川はその問いに何も答えることが出来なかった。

答えに窮した自分自身を誤魔化すように、月を自分の視界から隠すように手を伸ばす。

「どうしたい、か……配信は続けたいな、というのは何となく思うんだ」

「お姉さんとの約束、だったか?」

千戸はかつて瀬川がそう言っていたのを思い出す。『将来姉貴とネット配信をしたいな、って約束した』と彼はいつかに話していた。

だが、瀬川は「ううん」と首を横に振る。

「きっと、それだけじゃないんだろうなってのは思う……意地?なのかな」

「意地張ってるだけならやめた方が良いと思うぞ」

千戸は呆れたように苦笑を漏らしながらそう返した。どこか皮肉ぶったその態度に、瀬川は露骨に不快感を抱く。

「……センセーも、俺が本心で物事を喋っていないと思う?」

「本心がどこにあるかは俺は分からんけどな」

どこか答えを明言するのを避けるように、口を濁す。それから、夜空を見上げて言葉を続けた。

「誰かの為、とかじゃなくてもっとシンプルに考えるべきじゃないのか、って話だ。お前は配信を介して、何をしたい?」

「……俺は」

千戸のアドバイス通り、瀬川は思考をシンプルにすることを意識する。目を(つむ)り、自身の思考を洗い出す。

今まで瀬川がやってきたこと。困難の為に立ち向かってきたこと、その過程でnoiseに始まり色々な人に出会った。配信を介して、様々な意見を持つ人達と交流した。

皆と力を合わせて、ダンジョンボスを倒して、追憶のホログラムを起動させて。


——かつての景色を描いた。


ゆっくりと瀬川は目を開く。どこか頭の中で渦巻いていたモヤが紐解け、思考がクリアになったような感覚を覚える。

「……そっか、俺は知りたかっただけなんだ。俺の知らない景色を見たかっただけなんだ」

「答えは出たか?」

千戸の問いかけに、瀬川は強く頷いた。

「うん、俺はやっぱり知りたいよ。何もこの世界のことを知らないまま終わるなんて、嫌だ」

「その過程で、またあんな思いをするとしてもか?」

もしかすると、またダンジョン内で死者を弄ぶような魔物と邂逅(かいこう)する可能性も十分に考えられる。それでも、瀬川の意思は変わらず首を縦に振った。

「そうかもな。俺にとってやっぱり、あの思い出は辛いものだし正直思い返したくない。それでも、何も知らずに終わるよりはマシだ」

魔災以前の記憶をほとんど持たない瀬川にとって、かつての世界を知ることはどれだけ貴重だったのだろう。

自分が何故配信を続けているのか、その答えがどこか掴めた気がした。


そんな二人を遠巻きから眺めるようにして、前園は木の陰に隠れる。

「……皆、前に進んでる。それなのに、私は、何一つ変わっていない……」

どこか自分が置いて行かれているような感覚。自分を置き去りにして、皆が遠くに行ってしまうような感覚。

彼女は心のどこかで、そう感じていた。

自分の足元を見ると、何一つ土埃が付着していない、傷みのない靴底が彼女の視界に入る。

「センセーは安全地帯でいることで私の本領が発揮されるって言っていたけど、本当にそれだけでいいのかな……」

その答えを見出すことは、今の彼女にはできなかった。


★☆☆☆


そして、長い夜は明けた。森本が提供した食事を食べながら、前園は半ば日課のようにSympassを起動する。

隣には、千戸が座って前園がパソコンを操作するのを眺めている。だが、その表情は苦虫を噛み潰したような、複雑な感情を織り交ぜたような顔色をしていた。

「……穂澄。あんまりそういうの行儀良くないと思うぞ」

「私はこの方が集中できるので」

何度も千戸から注意されてはいるが、前園はそう言って話を聞かない。

「……分かった」

淡々とした前園の返事に、千戸はあっけなく引き下がった。

一応注意した、という体裁にしたかっただけなのだろう。

それ以上千戸は何も言ってこず、ため息をついて椅子に深く座り直す。

家電量販店ダンジョンで手に入れたヘッドホンを装着。彼女は手慣れた動作でSympassを起動する。

作業BGM代わりに最近動画投稿を始めたというバーチャルシンガーの楽曲を流しながら、コミュニティを開く。

「……開かなきゃ、ダメ、だよね」

正直、気乗りはしなかった。

昨日の配信内容で、noiseに対して嫌なコメントが浴びせられているのではないか、そう感じていたからだ。彼女自身も一ノ瀬の過去については初めて知った。

瀬川の反応を(うかが)うに、彼は知っていた様子だったが前園はあえてそれに言及(げんきゅう)することはしなかった。あまり気のいい話ではないし、興味本位で掘り下げるのはどこか気が引ける。

そんなこともあって、あまり憶測で語ってほしくない。

だが、情報担当としての役割を遂行する必要がある。そう割り切って彼女は渋々コミュニティを開いた。

[こんにちは、ホズミです。昨日は申し訳ありませんでした]

[こんにちは。昨日はびっくりしたよ]

[noiseさんの言っていることは本当なの?]

[正当防衛、か。自分が生きるために他人を殺すのか。それって良いことなのかな]

[法も機能していないからな。俺らはかつての倫理観だけで動いているだけだし。いつnoiseみたいになってもおかしくはない]

[人殺しが勇者の仲間か?]

[おいやめろ]

[だっておかしいだろ。人の命を殺めておいて、それで人助けをしようだなんて、道理が通っていない]

[あいつにはあいつの事情があるだろ、自分のようにはなってほしくないって言ってたの聞こえなかったのか]

[聞こえたわ。でもそれが殺人を許容する動機にはならんだろ。お互いに協力して生きてきた俺らはどうなるんだ。]

[確かに生きるために命を奪うのは道理って言ってたけどさ。意味が違うじゃん、それを許したら戦争とかどうなるんだよ。自分が生きる為に他人を殺すってことになるじゃん]

[↑実際そうだろ]

[今その話は関係ない]

[おい話から逸れてるぞ。本質は俺たちと同じ人間が勇者の敵として出てきたってことだろ]

[↑ごめん。そうだな。でも、そもそも同じ人なのか?]

[まあ映画のゾンビみたいだったよな?]

[確かに]

やはり、あまり気のいい話ではない話題が続く。前園は自分が意見を述べることでかえって話がこじれると判断し、黙ってそのコミュニティのメッセージが流れるのを眺めていた。

しばらくして、コミュニティ内にある報告が入る。


[おい、ディルの配信を見ろ]

[どうした急に]

[あいつ、セイレイ達が入ったダンジョンに向かってる]

[は?]

[この動画だ。http;//……]

[Dead配信?なんだそりゃ]

[多分セイレイ達が言ったLive配信になぞらえたんじゃないかな]

[不吉な予感しかしないが]

[一度、セイレイ達にも報告します。一体ディルさんの目的は何なのでしょうか]

[わからん。けど嫌な予感がするよな]

[とりあえず呼んできた方が良いと思う]

[ありがとうございます。一度失礼いたします]


前園は隣に座って同じくコミュニティを眺めていた千戸に声を掛ける。

「センセー、セイレイ君達を呼んでください。多分一ノ瀬さんと共に広場の外れに居ると思います」

「……分かった」

千戸は慌てた様子で小走りで駆け出し、食堂を後にした。

彼を見送った後、前園は改めてコミュニティに送られた動画URLを開く。

そこには、ポップなサムネイルと共に[ディルのDead配信:総合病院ダンジョン]というタイトルがつづられていた。

「ディルさんは、一体何を考えているんだろう……?」

昨日の一件の後に開かれた彼の配信。その動画には、明確な意図があるはずだと前園は考えていた。


To Be Continued……

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