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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
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【第二十話(2)】 配信を続ける意味(中編)

言葉を一度表に出してしまえば、二度と引っ込めることは出来ない。

もう、後戻りなんて出来ないのだと分かっていたはずだ。

「今までの気づかなかった自分が死に、そして新たに気付いた自分が生まれる……さて、皆は一体何に気付いたんだろうね」

ディルは、配信アーカイブを閲覧しながら楽しげにクスクスと笑っていた。

それから、木々が生い茂る森の中、背筋をうんと伸ばす。

差し込む木漏れ日が彼を照らしている。

立ち上がってクルクルと回るディルの姿は、まるでスポットライトに照らされているようだった。

「たまには、死んで貰わないと。セイレイ君……まだ君は不完全なんだよ、あははっ」


----


道の駅集落へと戻ってきた瀬川と前園。二人は静かに、広場のベンチに腰掛けてそこから見える草原を呆然と眺めていた。

空は青々と澄み渡り、集落に住まう人達が散歩している姿が目に映る。

――何が君の軸なのか。

二人は森本から問われたことの意味を考えていた。

「……ねえ、セイレイ君」

「穂澄……どうした?」

「君はさ、良く世界を描きたいって言ってるよね……それはどうして?」

それは、瀬川が配信内でよく口にしている言葉だった。

描く。

何気なく発していたその言葉の意味を、二人は改めて考える。

「どうして……か。嫌なんだよな、皆暗い顔で生きてるのがさ……」

「うん、それは私も嫌だよ。皆に笑っていて欲しいと思う」

前園の言葉に、瀬川は強く頷いた。

「それは当然だよな。暗い顔しているよりも笑っている方が良い」

「……それって、セイレイ君自身も含まれているよね?」

「俺自身も?」

言葉の意図が理解できず、瀬川はその言葉の断片を反芻する。前園はこくりと頷き、それから空を見上げた。

「自分を助ける、ってのはさ……心のことも言うのかな……」

「心……?」

「皆が幸せそうならそれでいい、って訳にもいかなくてさ。自分も『皆』だってことを忘れちゃ駄目なのかな、って……」

「……」

瀬川は何も言い返せなかった。

他人の為に戦うことばかり考えていた瀬川。その戦い抜いた先の景色に自分が何を求めるのか、その意味を考えたことがなかった。

改めて、今その意味を問い直さざるを得ない。


ふとその時、彼に近づく一人の足音があった。

「……君が教えてくれたことだよ。恩人がどうでもいいはずがないってさ、セイレイ」

「有紀姉ちゃん、大丈夫なの?」

そこには、一ノ瀬 有紀の姿があった。目元が赤く腫れた彼女は、どこか照れくさそうに頭を掻いて彼から視線を逸らす。

「うん、心配を掛けた。ごめん……」

彼女はそこで話を切り、二人の前に回り込む。ぐるりと集落に住まう人達を見渡した後、瀬川と前園に問いかけた。

「ねえ、あれを見てどう思った?」

あれ、とはダンジョン内で遭遇したゾンビ化した女性のことだ。

その映像がフラッシュバックした瀬川。思わず前を向くことが出来なくなり、再び目眩に蹲る。

「……っ、俺は……」

「セイレイ君!!」

前園は慌てた様子で彼の身体を支える。

消えることのない後悔。救えなかった、守れなかった命が彼自身を責め立てる。

――なんで、あの時助けることが出来なかった。なんで、逃げろの一言が言えなかった。

なんで、なんで、なんで。

彼自身を蝕む呪いが、全身を這う蟲の如く襲いかかる。

一ノ瀬はそんな彼と目線を合わせるように、しゃがみ込む。

「……ごめん、辛いことを聞いたよね。でも、向き合わなくちゃいけない。辛くても悲しくても、過去の後悔は消えることは無いんだ」

「っ、はぁ、はぁ……姉ちゃん、俺は……」

「大体の事情は分かるよ。君も自分が生きることを優先したんだよね。ねえ、私も知りたいよ。二人が今までどんな事を見てきたのか、どんな人達と出会ってきたのか」

彼等の持つ記憶は、パンドラの箱だった。開かれることはないだろうと思っていた、自分達だけで抱え込むんだと思っていたもの。

「一ノ瀬さん、私は……私達は……」

迷いが拭いきれず、口籠もる前園の肩に一ノ瀬は手を乗せる。それから、二人を抱き寄せるようにして、自らの身体を寄せた。

「大丈夫だよ、一緒に背負うよ。一緒に後悔と戦うよ」

彼女の温かな体温を感じる。本心から瀬川を心配しているのだと如実に伝わり、心の奥底が温かくなる。

「……俺は……っ……俺は……」

「君達も沢山抱え込んできたんだよね。気付いてあげられなくてごめん」

「……っ……!」

こみ上げてきたものが抑えきれなくなる。

瀬川は、一ノ瀬のカッターシャツを濡らすように強く抱きしめ、静かに声を押し殺しながら泣いた。


----


「……そっか、魔物がダンジョンを離れて集落を襲うなんて、そんなことが……。そう言えばあの時もそんなこと先生と話してたっけ……」

「……はい。私達は突然魔物の襲撃に遭って、命からがら生き延びたんです」

「そっかぁ……」

一ノ瀬は彼等の三年前の話を聞いて、考え込むように顎先に手を当てた。

そして、何か引っかかったことがあったのか、どこか躊躇いがちに瀬川に問いかける。

「ねえ、セイレイ」

「……どうしたの?」

「セイレイってさ、あんまり自分のことで怒らないよね。いつも怒るのは他人のことで、だよね」

その言葉に驚いた様子を見せたのは前園だ。ハッとした様子で、瀬川の方へと視線を送る。

言われてみれば、彼がプライドを傷つけられた、とかそんな理由で怒っているのを見たことがない。

実際に前園が瀬川に怒鳴られたのは、三年前。集落を魔物に滅ぼされる様子をドローンで撮影していたことに対してだった。それも、大切にしてくれた人への冒涜だと瀬川は考えていたのだろう。

「……それって、何か悪いことなの?」

「ううん、悪いことじゃないよ」

当の本人である瀬川は、不思議そうに一ノ瀬の目をじっと見続ける。

一ノ瀬はそんな彼の頬を引っ張った。

「いふぁい」

「ふふ……セイレイ。でもね、君はもっとワガママになっても良いんだよ?誰かの為に頑張ってくれているのは分かってるよ、穂澄ちゃんも、私も、千戸先生も……多分、森本さんも分かってる」

「……」

そう言いながら、瀬川の頬を何度も楽しそうに揉みほぐす。

「……一ノ瀬さん?」

前園は困惑した様子でそれを眺めていた。

「だからこそ、君自身が、何をしたいのか。それを考えて欲しいな。誰かの為じゃなくて、君自身が何の為に配信を続けようと思うのか」

一ノ瀬はそこで瀬川の頬から手を離す。自分の頬を摩りながら、瀬川は彼女の言葉をポツリと反芻(はんすう)した。

「俺のため、に……」

「そ、穂澄ちゃんもだよ。大切なセイレイ君の為に頑張ってるのは分かってる、けど他人ありきの行動原理はいつか瓦解する」

「っべ、別にセイレイ君の為じゃあ……」

サラッと一ノ瀬が口走った言葉に前園は顔を赤くして項垂れた。そんな彼女の様子に一ノ瀬は微笑む。

「まあ、今日一日で答えを見出せなんて言わないよ。でもまあ、もう少し、君達は年相応にワガママを覚えるべきだと思うな」

「俺自身がどうしたいか……」


常に他人の為を思って戦ってきた瀬川にとって、考えたこともない視点だった。

――いや、本当は忘れていただけかも知れない。自らの後悔に囚われ、もう二度と同じ事は繰り返さないんだと思ったあの日から自分を押し殺していただけなのかも知れない。


ただ、彼は心のどこかで一ノ瀬の言葉を完全に理解することが出来ていなかった。


★☆☆☆


月明かり差し込む、その日の晩。

森本から、「好きに使って良い」と与えられた食堂に彼等はいた。

昔ながらの教室を彷彿とさせる、木造建築の室内はどこか温かさを感じさせる。

その部屋の一角に配置されたソファの上で横になった瀬川。同じく向かい合うように配置されたソファに前園は座った。


「……ね、セイレイ君。起きてる……?」

「……ん?ああ、どうした、穂澄」

もぞもぞと瀬川は体を動かし、前園へと視線を向けた。

声を掛けたはいいものの、その言葉を発するべきなのかわからない。彼女はどこか逡巡した様子で、目元が震える。

やがて意を決したように、大きく息を吐き、背中を丸めてじっと瀬川の目を見た。

「セイレイ君の本心って、どこにあるの?本当に、純粋に、楽しいって思って動いてる?」

前園の脳裏を過るのは、新たな場所を訪れた際に決まって、無邪気にはしゃぐ瀬川の姿。その姿を前園は改めて疑問に感じていた。

瀬川は彼女から目を逸らすように、器用に寝返りを打つ。

「……楽しいもんは楽しい。当たり前だろ」

「……そっか、繕っている訳じゃないのなら、別に良いんだ。ごめん、夜遅くに……おやすみ」

前園はそれ以上何も問わず、自身もソファに横たわる。しばらくして、彼女から寝息が聞こえ始めた。

その様子を確認した瀬川はゆっくりと起き上がり、食堂の窓ガラスを通して、外の景色を眺める。月夜に煌めく景色。真っ暗闇の中、唯一存在する光源であるそれが瀬川を照らす。

じっと自分の右手を見つめる。幾度となく魔物と戦う為にファルシオンを握っていた自身の手を。

「繕ってなんかいない、俺のこれは……本心だ。何が、違うと言うんだ……」

まるで、今までの自分を否定されたような感覚を覚える。

一ノ瀬も、前園も、森本も。瀬川自身が本心だと認識しているそれを、本心では無いと、そう言っているような気がした。


「……センセーは、俺をどう思っているんだろう」

そう言えば、千戸からは自身に対する思いを聞いていない。そう思うと、瀬川は居ても立っても居られなくなった。

前園を起こさないように、静かに立ち上がる。

「起きてるかな……」

足音を殺し、瀬川は静かに食堂を後にした。


「……繕っているのは、私もか」

彼の呟きを聞いていた前園は、誰も居なくなった食堂でポツリと呟く。


To Be Continued……

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