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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
40/322

【第二十話(1)】 配信を続ける意味(前編)

彼等は、大切な人達のために戦っていた。

もう、誰の命も魔物に奪わせはしない為。失った世界を取り戻す為。

決して、かつての同胞に刃を向ける為では無かったはずだ。


「……」

「……」

「……」

彼等の間に、会話は無かった。いつもなら彼等を支援しているはずのコメント欄も、今は流れること無く停滞していた。

静寂漂うダンジョン化した総合病院の中を勇者一行は歩く。

『……サポートスキル”熱源探知”……大丈夫そうです』

今はただ、配信ナビゲーターとしての役割を持つホズミの平坦な声がドローンのスピーカーから流れるのみだった。

何も語らず、ただ口を固く結んだ勇者一行。

幸いにも魔物と遭遇すること無く、彼等は遂に病院受付まで戻ってきた。陰鬱な気持ちの彼等とは反して、天井の蛍光灯は爛々と彼等を照らし続ける。

彼等が沈めば沈むほど、ダンジョン内の光は目映く輝いて見える。

「……なあ、皆」

入口の自動ドアが眼前に迫った時、セイレイはドローンを見上げた。明らかに憔悴した表情を浮かべ、問いかける。

「俺達は、一体何と戦っているんだ?この剣は、何を斬る為にあったんだ?」

そう言って、右手をじっと見つめる。ファルシオンを顕現させようとするが、手が震えて思うように力を込めることが出来なかった。

彼の質問に答えるように、止まっていたコメント欄が流れる。

[さっきの人は、元々死んでいたようだったな]

[そうだね。倒すことは正しかったのかも知れない]

[でも、でも。こんなのって酷い]

[noiseさ、最初に会った時さ生きる為に命を奪うのは道理、って言ってただろ?お前はどうなんだ?]

求めた問いの答えは、noiseに託された。どこか躊躇(ためら)うようにため息を付いた彼女は、ドローンの真正面に立つ。

「……私は、批難されることを覚悟の上で話すが、人を殺したことがある。正当防衛、と言えば聞こえは良いが」

「姉ちゃん、その話は」

「黙ってろ!!」

セイレイは彼女の話を止めようとするが、感情に身を任せたnoiseの言葉を止めることが出来なかった。

言葉を発する度、徐々に言葉が震え始める。

泣きそうな声音で、震わせた身体で。ぽつり、ぽつりと自らの後悔に満ちた言葉を紡ぐ。


「私が生きる為だった。そうしないと私という人間が死んでしまうと思ったから、必死に生存本能のままに短剣を振るった……。私があの日、生きる為に命を奪うのは道理、と言ったのは自分への言い訳もあったのかもな……っ」

彼女はそこで堪えることに限界を迎え、配信中と言うことも忘れ床にへたり込んで子供のように泣きじゃくり始めた。

嗚咽を漏らしながら、彼女は懸命に語りかける。

「でも、それでも。私は死んでしまった。人を殺すという手段を、経験した、私が出来ちゃった。もう、あの日の私には、戻れない……嫌だ、誰も、私のように、なってほしくない……ごめん、ごめん……」

それ以上は言葉にならなかった。

ドローンのカメラは、彼女がただ後悔に苛まれ泣きじゃくる姿を映し出す。

コメント欄はそれ以上流れることはなかった。


『……それでは、配信を終了します』

ホズミは、周囲の安全を確認した後、配信を切った。


★☆☆☆


「一ノ瀬さん……!」

ドローンを回収した前園が、床にへたり込んで泣き続ける一ノ瀬の傍らに駆け寄った。瀬川も心配そうに、彼女の肩をさすっている。

森本は、悔しそうに顔をしかめて総合病院内を見渡していた。

「ごめん、セイレイ。ずっと隠すつもりだったのに、言っちゃった……」

「いいよ、姉ちゃん。その話は、一旦帰ろう」

「うん、うん……」

一ノ瀬はよろよろと立ち上がる。同じく心配そうな表情を浮べた千戸が、ふらつく一ノ瀬の肩を支えた。

「大丈夫か?一ノ瀬。歩けるか?」

「……ありがとうございます。千戸先生。ごめんなさい、肩を貸して貰って良いですか」

「分かった……俺達は一足先に集落に戻る。お前達も歩けるな?」

一ノ瀬の肩を支えて歩き始めた千戸は、彼等の方を振り返る。瀬川は浮かない表情のまま、こくりと頷いた。

二人の後を追うべく歩き出そうとした瀬川。だが森本は瀬川の腕を引き、彼の歩みを止める。

「セイレイ……いえ、瀬川君。前園さん。少し、私と話をしませんか?」

「森本先生……?」

前園は困惑した様子で、森本の顔を見る。睨むような目で瀬川を見つめ続ける森本に、どこか彼女は恐怖を抱く。

瀬川は項垂れながらも、彼の提案に頷いた。

「うん。分かった」

「ありがとうございます。それでは、私に付いてきてくださいますか?できるだけ静かなところで話をしたいので」

森本はそこで言葉を切り、黙って歩き始めた。二人は顔を見合わせた後、静かに彼の背中を追いかける。

徐々に、彼等は総合病院から遠ざかった。


----


「単刀直入に言います。配信はもうやめにしませんか」

道の駅集落近くにある、木々に囲まれた沢の中。川のせせらぎが流れる音を背景に、森本は開口一番にそう言った。

瀬川の目が丸く見開かれる。

「……どうして、だ」

その問いかけに、森本は呆れたようにため息を付いた。

「……わかりませんか?」

徐々に、隠していた苛立ちが表ににじみ出るような雰囲気を感じる。

そして、次に言葉を発した時、森本は彼等の知る森本では無かった。


瀬川の胸ぐらを思い切りつかみ上げ、髪を乱して瀬川に怒号を浴びせる。

「一ノ瀬さんの話を聞いて何も思わなかったのか!!!!彼女は、批難されるのを承知の上で、あんな話を曝露(ばくろ)したんだ!!一度発した言葉はもう二度と取り返しが付かないと知りながら!!もう二度と、配信を見る人が、彼女をまともな目で見れなくなると知りながら!!」

「……っ」

「これ以上配信を続けば、皆、傷付くんだぞ!!君も、彼女も、前園さんも!!人の死と向き合うことも知らないくせに!!!!」

森本は溢れ出る感情を抑えることが出来ない。

胸ぐらを掴まれ、揺らされても瀬川は黙って彼の言葉を聞き入れることしか出来なかった。

前園は割って入るように、森本を止めようとする。

「森本さん!!止めて!!セイレイ君は知ってる!!人の死を目の当たりにしてるっっ!!」

「じゃあ、助けようとしたのか?その人を」

前園をも睨み付け、森本はそう尋ねた。

「……それは……」

何も言い返すことが出来ない。ただ無力だった彼は恐怖に怯えて、隠れることを優先したのを知っているからだ。

沈黙を否定と取った森本は呆れたようにため息を付いた。

「……千戸先生から聞きました。昔、『他人を助ける資格は、自分を助けることの出来る者にしかない』という言葉を教えたと」

「……ああ、そうだ。俺は森本さんが配信に参加するのは反対だったからな……」

「では尋ねましょう」

森本は、瀬川を掴み上げていた手を離し、改まって二人の方を見る。

「二人は、何の為に配信を続けているのですか?一体、何を守ろうとしているのですか」

「何の、為に……」

質問の意図が掴めず、瀬川はどこか怯えた様子で問いかけた。森本は、彼の目を逸らすこと無く答える。

「危険だと知りながら。下手をすれば死ぬと知りながら。何故、何の為に。ダンジョンに潜り続けるのですか」

「俺は、居なくなったストー兄ちゃんの行方を捜す為に」

「もし、須藤さんが見つかったら?君はさっぱりと、配信を止めるのですか。瀬川君……いや、勇者セイレイ」

あえて、森本は瀬川のことを勇者セイレイと言い換えた。瀬川は言葉に詰まり、唇を強く噛む。

「……森本さんは、何が言いたいのですか」

未だに彼の言葉の真意を理解できていない前園は、失礼だと知りながらもそう問いかけた。

だが、森本は彼等に背を向け、沢へと歩き出した。川原に立ち、流れる水を片手ですくい上げる。

「最初は、とても小さな手だ。目先の救える命だけを救っていれば良い。だがな……」

一度すくい上げた水を落し、今度は再び両手で川の水をすくい上げる。零れた川の水が、手の隙間から零れ落ちて水面を叩く。

「手が大きくなるほど。救える人が大きくなるのに比例して、救えない命も増えていく。それは君にとって大切な人かも、守りたかった人かもしれない」

「……森本さん」

そこで森本は救った水を思い切り川に叩き付けた。それは激しく水面を揺らし、あちこちに水滴を飛散させる。

「分かるか?力を持てば持つほど、期待されればされるほど、『救わなければならない』と自分に課せられる責任は大きくなる。勇者になるとは、そういうことだと。……わからないか?」

「俺は、俺は……」

「なあセイレイ、こっちに来い」

未だ彼の質問への答えを見つけることの出来ない瀬川。黙って森本の元へと歩みを進めた。

やがて森本の傍らに立った瀬川。そんな彼に対し、森本は。


川の水を再びすくい上げ、思い切り瀬川にぶつけた。

「ぶっ!?」

慌てて顔に付いた水滴を拭い、意味も分からず顔を濡らした森本に食って掛かる。

「ってめぇ!!??何すんだよ!?」

「……怒れるじゃないか?何故感情を表に出さないんだ」

「――っ」

森本の指摘に、瀬川は思わずたじろぐ。答えを遠ざけるように、身を遠ざける彼に森本は更に近づく。

「瀬川君。君は一体何を考えている?何を理由に、戦っている?見えないんですよ。本心が」

「だから、ストー兄ちゃんを助ける為にっ」

「瀬川君」

分かっていない。瀬川の言葉を遮り、そう言わんばかりに森本は首を大きく横に振った。

「それは結論ではない。私は、その先を聞きたい、君が何を思って配信をしているのか、何が君の軸なのか」

「その先……?」

彼が何を求めてそう問いかけているのか、瀬川は理解できない。答えに窮し、黙り込んでいると前園が割って入った。

「ただ、他人の為。それだけでは駄目なのですか?」

「駄目だ」

森本はきっぱりと言い切る。

そして、前園にも冷たく、睨むような視線を投げた。

「前園さん、君もです。何の為に彼等に協力するのか。今の貴方は瀬川君の腰巾着ですよ」

「だ、誰が腰巾着だと……」

前園は否定するように食ってかかろうとした。しかし、森本の鋭い眼光の前に、彼女は思わずたじろぎ言葉を詰まらせる。

「君からは、意思が見えない。周りに同調しようとしているばかりで、君自身が何を考えているのか、それが分からないんだよ」

「……」

二人は森本から与えられた問いに答えることが出来ず黙りこくる。その様子を見た森本は、沢から出ていくようにして歩き始めた。

「一度、自分の本心と向き合ってみてください。本当は、出会って間もない子供にこんなことを言うのは良くないのかも知れません。ですが、貴方達が『勇者』を名乗り続けるというのなら、改めてその意味を考えるべきだと思います。それまで、配信は止めておきましょう。一ノ瀬さん――noiseさんの事もありますから」


To Be Continued……

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