【第十九話】 最悪の強敵
病院受付奥の事務所に滞在していたコボルトを殲滅。設置されていた追憶のホログラムを回収した勇者一行は、再び事務所のドアを開けて総合病院ダンジョンの受付に戻る。
彼等の視界に映った景色。それは彼等の表情を驚愕させるのに十分だった。
「電気が、付いている?」
ダンジョン潜入当初は明らかに、ブレーカーが起動せず真っ暗になっていたはずの病院受付。それがどう言う訳か天井の電灯が機能しており、辺り一面を明るく照らしていた。
その彼等の困惑した様子を撮影しているドローンから、ナビゲーターのホズミの声が響く。
『セイレイ君。聞こえる?』
「ホズミ、一体これはどういうことか分かるのか?」
明らかに異質な情景を映し出しているのにも関わらず、波長の変わらないホズミの声音。セイレイは彼女が何か情報をつかんでいると判断しそう問いかける。
しばらくすると、彼女がマウスのホイールを操作している音が響いた。恐らくコメントログを遡っているのだろうとセイレイは判断。彼女の返答を待つ。
その間にもセイレイ達は変わらず周囲を警戒し続ける。いつ何処で魔物が潜んでいるか分からないのだ。
『……はい。追憶のホログラムを融合させた時に通知が届きました。病院受付の光源が解放された、と』
「さすがに、こうもイレギュラーが続くと頭が痛くなるな」
幾度となく単騎でダンジョン攻略を行ってきたnoise。だが、彼女にとっても今回のダンジョンは不可解なことが多いのか、思わず眉間を摘まんで険しい表情を浮べる。
「ただ、受付の明かりが付いたと言うことは」
「……他の所を探索したら同じように光源が付くかもって事だよね」
遠くの景色を眺めるようにして一点を見つめながらそう言葉を漏らしたライト。セイレイは頷き、彼の言葉に己の考えを続けた。
彼と同意見であったライトは「そうです」と強く頷く。
「ただ、このダンジョンの目的地が見えませんね……あまりにも広すぎます」
「それなら」とnoiseが二人の会話に割って入った。
「姉ちゃん、どこか当てがあるの?」
「いや、当てがあるという訳では無いんだが、確かめたい場所がある」
「確かめたい場所?」ライトが不思議そうに首を傾げる。そして、noiseは顔を上げ、天井を見つめた。爛々と煌めく蛍光灯が彼女を照らす。
「私が入院していた病棟……そこなら、何か掴めるかも知れない」
[noiseここに入院していたことあるのか?]
[どこか身体が悪いのか]
[いや、でも健康面に問題あったら今こうして生き延びるのも厳しいよな]
[じいちゃんも薬無くなってから、亡くなるまで早かったな]
「……」
ライトは、その流れたコメントにふと視線を向ける。そしてどこか悔しそうに眉を顰め、唇を強く噛んだ。
「……決して救おうとしなかったわけじゃないんだ……私は……」
誰にも聞こえないように、それでも自分に言い聞かせるように。ポツリと呟きを漏らす。
ライトの言葉は、誰の耳にも、配信にも反映されることなく虚空に溶けて消えた。
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「今です、セイレイ君」
体勢を崩したコボルトに、すかさずライトは銃弾を一度に叩き込む。乾いた音と共に、赤黒い体毛に覆われたコボルトの頸部から灰燼が零れ出す。
「――スパチャブースト”青”!」
青く、淡い光を足に纏ったセイレイ。その鋭い光がコボルトの脳天に剣を突き立てる。
「ガゥ……」
生命力を失ったコボルトは、あっと言う間にその姿を灰燼に変えた。
それを確認したセイレイは、剣から手を離す。光の粒子となった剣がやがて大気に溶けて消えたのを確認し、仲間の元を振り返った。
「とりあえず探索は順調だけど、ここまで奥まで来ると引き返すのが怖いな……」
セイレイ達は、順調に総合病院内のダンジョン探索を進めていた。
魔物達とは遭遇こそするものの、ホズミの”熱源探知”に伴う敵の捜索。そして、ライトという後衛がいることによる戦闘のバックアップもあり、比較的安定した戦闘が可能となっていた。
だが、それでもいつどこで魔物と遭遇するか、強敵と邂逅するのかは想像が付かない。ずっと続く緊張感に、徐々に勇者一行は疲弊しつつあった。
それは、コメント欄の人々でさえも同様だ。
[ごめん、ちょっと集落の整備あるから落ちる]
[お疲れ]
[まあ仕方ないか。でも俺もそろそろ画面見続けるの疲れてきたな]
[もう少し俺も頑張るけど……]
閲覧している人々に協力して貰うという都合上、視聴者もどこか緊張が抜けない。明らかに、継続した配信に疲弊している文面が流れ始めた。
その状況を早期に察知したホズミは、リーダーであるセイレイに提案する。
『セイレイ君。ここの探索を終えたら一度引き返しましょう。そろそろ配信限界かと』
「……そうだな。今は検査科、だよな?」
セイレイは元総合病院の医者として勤務していたライトに確認する。
ライトはこくりと頷き、自身達がいるかなり幅が広く取られた廊下を見渡した。両脇には番号が振られた、[X-P][検査室]などの文面が表示されたスライドドアが並ぶ。
「はい。ここは主に入院患者様や、病院に外来で来られた患者様の検査をするところですね……正直、これほど静まった検査室は本来あり得ないのですが」
「確かに、いつも混み合っている記憶しか無いな。ベンチはいつも譲り合いだったよ」
感慨深く語るライトに重ね合わせるように、noiseも自身の思い出を語る。二人の話について行けないセイレイはつまらなさそうに露骨に頬を膨らませる。
「ぶー、そう言う話は俺の居ないところでしてくれないー?なんか寂しいんだけどー」
「あはは、ごめんセイレイ。探索に戻ろうか……さて、ホズミ。そろそろ探知を頼めるか?」
話を振られたホズミは、素早くキーボードを操作する。
『はい、分かりました。サポートスキル‘熱源探知’……あれ?一体だけ、ですね……すぐそこの検査室からみたいです』
ホズミは困惑した様子で報告するとほぼ同じタイミングだった。
セイレイは剣を顕現させ、敵襲に備える。
「ア……ヴァ……アァ……」
彼等は、かつて無いほどの強敵と出会った。
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勇者一行が対峙したのは、病衣に身を包んだ、全身がくすんだ灰色の皮膚に覆われた中年女性。
不規則な歩行で、ゆっくりとセイレイ達に近づく。その手に持っているのは、一本の剣だ。
「ヴァ……ア゛……ァァ……」
涎を垂らしながら、徐々に勇者一行に近づく。
生気を感じない、白濁化した瞳が彼を捉える。
対峙するセイレイは、まるでメドゥーサに睨まれたかのように全身が硬直し、動けなくなっていた。
「……あっ」
ガシャリ。
彼の手から剣が零れ落ち、ファルシオンが光の粒子となり世界から消える。
セイレイの脳裏を過るのは、三年前、魔物の襲撃を受けたかつての集落。魔物によりその命を奪われ、目の前に転がった中年女性の生首がフラッシュバックする。
「……違う、俺は、俺、は……」
「……セイレイ……? 」
noiseがセイレイを呼びかけるが、その声は彼には届かない。
過る、過る、過る。
人々の死の瞬間が。助けを求め続けた、人々の命の散り際の断末魔が。
やがて、それはセイレイの理性の限界を超えた。
「ああああっ!!うあああああああああああっっっっ!!!!……俺は、俺は……あああ……!!!!」
フラッシュバックした過去の記憶に堪えきれず、配信中とも、戦闘中と言うことも忘れたセイレイ。己の脳裏によぎる映像をかき消すように、激しく叫ぶ。
そんな彼にゆっくりと近づく、ゾンビと化した女性。まるで操り人形のような動きで、ゆっくりと無機質に剣を持ち上げる。
「セイレイっっ!!!!」
ゾンビの前に割って入ったnoise。すかさずゾンビに体重を乗せた体当たりを喰らわせ、彼等の間に距離を生み出す。
「――っ、おい、ライト!撃て、撃てっっっっ!!!!」
彼女は長い髪を振り回しながら叫ぶ。そのままライトの方に視線を向けた。
しかし、彼も目を大きく見開いたまま、荒い呼吸を繰り返しその身体を震わせている。
「わ、私は……撃てない、撃てない……っ……こんな、こんなことが」
「……くそっ!!ホズミ、撤退だ!!」
『……あ、あっ……はいっ!』
ホズミの返事にも時間差があった。明らかに動転している様子がその返事からも窺える。
[え]
[ごめnてがふるえtえうまくうてな]
[ごめんなさいごめんなさいごめんなさい]
[なあ、こんなのってあんまりだと思わねえか。許せない。魔物じゃねえだろ、人間だろ]
[酷い]
コメント欄からも、困惑と静かな怒りの伝わる文面が加速する。
「……どこまで人を弄べば気が済むんだ、お前らは……!!」
noiseは心の苛立ちを抑えきれず、震える声音で呟いた。
かつては自分と同じ人間であったはずの中年女性が、同じ人間である自分達に刃を向く。そのように仕向けられた現状が、彼女は許せなかった。
「俺……俺……ごめんなさい、ごめんなさい。嫌だ……なあ……」
「私は……何のためにこの拳銃を持っているのか……」
戦意喪失したセイレイとライト。今戦えるのは自分自身と、辛うじて冷静さを保っているホズミのドローンだけだ。
「……悪く思わないでくれ。ホズミ、撃てるか」
『っ……サポートス、スキル……”支援射撃”』
躊躇しながらも、彼女はその中年女性だった者に向けて、スキルを発動。銃弾を胸元に撃ち込まれた女性は大きく仰け反る。あまりにも隙だらけな動きを見せるゾンビは、他の敵と比較すると対処自体は容易いはずだ。
――自分達と同じ、人の姿をしていなければ……の話だが。
「私なら、やれる、できる……あの日の再現をする、だけだ……」
『……noiseさん…………?』
ホズミの声も、今は彼女の耳には届かない。
noiseは自らの思いを振り切るように。かつて自らの師を殺めたあの日のように。
「倒れろ……倒れろよ……」
己を押し殺し、手に持った短剣を感情のままに振るう。
抑えることの出来ない濁った感情を、刃に変えて。
「っああああああああああっっっっ!!!!倒れろっっっ、倒れろっっっっっっ!!!!」
護るべき対象だったはずの人達。そんな人達に何故刃を向けなければならないのか。
その答えを見出すことが出来ないまま、noiseは何度もその中年女性に刃を突き立てた。
何度も、何度も、何度も。
やがて、ゆっくりとその中年女性だったものは頭から後ろに倒れた。
「あああ……っあ……ああ……」
noiseの手から短剣が零れ落ちる。
床にへたり込んだ彼女。
頭を抱えるようにして蹲り、トラウマに悶えるセイレイ。
呆然と立ち尽くし、空虚な瞳でその光景を見つめるライト。
果たして、勝者はそこに居たのだろうか。
[なあ、何のために配信を見ているんだろう、俺達……]
[こんな、こんなことって]
[知りたくなかった。見たくなかった。こんな戦いがあるなんて]
[なあ、一体何と戦っているんだ?]
答えは、一体何処に。
To Be Continued……