【第十八話(2)】 500円の覚悟(後編)
その時、彼は稲妻と化した。低い姿勢から大地を蹴り上げ、土煙の中を駆け抜ける一筋の稲妻。
セイレイはコボルトの群れの中に入り込み、大振りに剣を振り回す。
「弾けろぉぉっ!!!!」
怒号にも似た掛け声と共に繰り出される一閃。その剣戟は闇夜を照らす天明のように。悉くコボルトを蹴散らし、その姿を灰燼と変える。
鬼に金棒、そう表現するのが適切であろう。スキルを得た彼は、まるで鬼神の如く敵を蹴散らす勇者であった。
[すげぇ]
[間違いなく勇者だよ、セイレイ]
[まだ必要だろ、使え 1000円]
[あ、じゃあ俺も 1000円]
[スパチャ送るのは良いけど慎重に使ってな。俺もう送れないからさ……]
[勿論だよ。無茶されたら困る]
[撃破数……多分7]
舞い上がった土煙を振り払うように、剣を振り下ろすセイレイ。だが、彼は灰燼の中に潜むコボルトに気づかなかった。
「ガゥッ!!!!」
同士を討たれたコボルトは、敵討ちをするように手に持った長剣で一矢報いようとその剣を振りかぶる。その動きに気づかなかったセイレイ。
「おわっ!?」
初撃こそ躱すことが出来たが、バランスを崩し尻餅をついてしまう。
「セイレイッ!!!!……っ」
noiseもフォローに回ろうとするが、その前にコボルトに囲まれてしまい救援に向かうことが出来ない。目の前のコボルトの攻撃を対処するのに精一杯だ。
コボルトの振り下ろす一撃がセイレイを貫こうとした、その時。
「私のことを忘れて貰っては困りますね」
突如室内に響く連続した射撃音。脳天を打ち抜かれたコボルトは、その姿をゆっくりと灰燼に変える。
「……ライト!ありがとう」
「セイレイさん、油断大敵ですよ。まずは戦況把握、落ち着いていきましょう」
ライトはすかさず銃を正面に構えながら周囲を警戒。物陰に隠れながら、じっくりと戦況を見極める。
「……大丈夫そうだな」
noiseはコボルトの喉元に短剣を突き立てながら呟いた。次から次に襲いかかるコボルトの剣戟の隙間を縫うように躱しながら、彼女は徐々にその数を確実に減らしていく。
[ライトさん冷静で助かる]
[安定して見ていられるな]
[ストーがいた時は豪快で気持ちよかったけど、メンバーが替わるだけでこうも戦い方が変わるのか]
[バックアップ体制が取れているのが大きいんだろうな]
[あー、確かに]
[撃破数:11……あれ、残り一体は?]
視界に映る敵を全て灰燼に変えた勇者一行。彼等は戦闘が終了したと思ったのか、コメント欄の内容に気づくこと無く緊張感を解く。
だが、コメント欄を眺めているホズミは違った。
『まだ敵が残っているはずです、警戒を怠らないで!!……サポートスキル”熱源探知”!!』
彼等に警戒を促しつつ、ホズミはすかさずスキルを展開。赤いターゲットマークが表示されたのは、何もいない空間の中。
ホズミの声で勇者一行は再び身を引き締め、各々戦闘態勢に戻る。
それと同時に、空間は歪む。背景と同化していた赤黒い毛皮に覆われたコボルトが姿を現す。
「……先手必勝ですね」
すかさずライトはそのコボルト目がけて銃弾を叩き込む。だが、コボルトはその銃弾を手に持った長剣で難なく弾いた。
その現実離れした神業に、ライトの目が驚愕に見開かれた。
「なっ……」
「油断するな、前のダンジョンでもこんな魔物はいたっ!!」
noiseは先陣を切るように、その赤黒い毛皮のゴブリンに斬り掛かる。だが、銃弾を難なく弾く戦闘技術を持つコボルトは、流星の如く続くnoiseの剣戟をひらりと踊るように躱す。
その隙を突くようにセイレイは駆け出した。デスクに飛び乗り、そこから大声で宣告する。
「スパチャブースト”青”っ!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
淡く青い光が彼の足を纏うと共に、セイレイは高く跳躍。まるで重力が反転したかのように天井に張り付く。彼の真下は、コボルトの頭上だ。
そこから天井を蹴り上げて急降下。天井が瓦解し、崩れた天井が土煙を舞い上げる。
「貫けよっっっっ!!!!」
彼の叫び声と共に、天地を貫くような一撃がコボルトに襲いかかった。
「ガゥアッッッ!!」
苦悶の声と共に、セイレイが放つ一撃がコボルトの防御姿勢を貫通。その皮膚に深々とファルシオンを突き刺した。
「っと、まだ終わってねえよな」
セイレイは剣の柄から手を離し、コボルトと距離を取るようにバックステップ。それに重なり、コボルトに突き刺さっていたファルシオンが光の粒子となり消えた。
「グァァッ……ガゥッ!!」
痛みを堪えるようによろつきながら、大地を蹴り上げセイレイへと低い姿勢から強襲を仕掛けるコボルト。だが、彼女は既に宣告していた。
「スパチャブースト”青”」
[noise:影移動]
そのシステムメッセージがコメントログに表示されると共にnoiseの姿が沈むように、影に消えた。
地面を這うように動く影は、やがてセイレイの影に重なる。
「これで終わりだな」
影から飛び出したnoiseはその短剣を、深々とコボルトの喉元に突き刺した。
「ガゥゥ……ッ!!」
徐々に、その肉体は灰燼に変わる。noiseは剣に付着した灰燼を拭い取りながら、小さく息を吐いた。
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「スパチャブースト”青”……ですね」
[ライト:リロード]
ライトが宣告すると共に、拳銃からガシャリと軽く金属が擦れるような音がした。拳銃のマガジンを取り出してみると、戦闘の中で使ったはずの銃弾が全弾装填されている。
「……不思議な力ですね。セイレイ君といい、noiseさんといい」
「……そうだな。ホズミ、総支援額の変動はどうだ?」
己が持つ短剣をじっと見つめていたnoiseは、ふと思い立ったようにドローンに声を掛ける。すると、キーボードを叩く音がした後、ホズミの声が響いた。
『現在総支援額は3500円――セイレイ君とnoiseさんのスキルが一度に500円、ライトさんのスキルで1000円消費したようです』
「……厳しいですね。毎回この戦いが続くとなると消耗する他、スキルを多用も出来ないでしょう」
ライトの見解は最もだった。
敵の群れを殲滅するのに、今回は2500円使用している。継続して戦闘するとなれば、戦いとしては厳しいものとなるだろう。
ましてや、一度の配信で受け取ることの出来るスパチャにも限度はある。彼等の脳内に、[何度かに配信を分けるべき]と打ち込まれたコメントが過った。
ただ、それを考えるのは後で良い。noiseは残骸の中から魔石を拾い上げ、それから室内を探索する。
「目的は光源の確保だ。ひとまず室内を散策しよう」
勇者一行は、静かになった医事科の室内の中から懐中電灯がないか探し始めた。
だが、やがて彼等は想定外のものを見つける。
「ね、姉ちゃん!ちょっと来て!!!!」
セイレイが動転し、上擦ったような声を上げた。あまりにもただ事とは思えないその声に、noiseとライトは慌てた様子で駆けつける。
「どうしたセイレイ!!」
「セイレイ君、どうしましたか!?」
二人が駆けつけたのを確認したセイレイ。震える指先と共に、彼は呟く。
「ねえ、これって追憶のホログラムだよね……!?」
「……は?」
セイレイが指差す先にあったのは、七色に輝く結晶。
記憶にあるものよりも明らかに小さい。しかし確かにそれは間違いなく、以前家電量販店ダンジョンで見つけた追憶のホログラムと同様のものだった。
ダンジョン入口付近、しかもダンジョンボスとは到底思えないコボルトが護っていた先にあったもの。
明らかに、異質な状況だった。
「……間違いない。とりあえず触れてみよう」
noiseはそう言って、追憶のホログラムに手をかざす。
[早くない?]
[いやおかしいだろ、家電量販店のボスであれだぞ]
[銃弾を弾くのもやばいけど、それでも前回のボスに比べると……]
困惑するコメント欄を余所に、目映い光が配信画面を白く覆い尽くした。
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デスク上に置かれた受話器を、オフィスウェアに身を包んだ女性が取った。
慌ただしく行ったり来たりを繰り返す事務員の姿が、そこにはある。
「はい。こちら――病院。受付の――です。はい、はい――」
「入院患者様来られました。病棟へ繋ぎます」
「すみません、こちらのファックスなんですけど――」
ホログラムは、病院の受付として懸命に働いている者達を映し出す。
それは、間違いなく追憶のホログラムとして作動している証拠だった。
呆けた表情でそれを見ていたライト。しばらくその光景をじっと見ていたが、やがて全身がガタガタと震えだす。
そして、全身を抱きかかえるようにしてその場にへたり込んだ。
「ああ、ああ……これは、これは……まさしく、私の……」
それ以上は言葉にならず、彼はついに涙をこぼした。
[実際働いていた人からしたら懐かしい景色だよなあ]
[ごめん、場違いなこと言うけど普通に作動したこと自体がびっくりだよ]
[まあな。でも俺はこの光景、どこか懐かしいよ。あの時は嫌だって思いながら仕事してたけど、求められているって本当に幸せだったんだな……って今になって思うし]
[それはそうだけど、感情が迷子だわ]
十年前の魔災に奪われた、かつての居場所を奪われた森本 頼人。彼は今目の前に広がる追憶のホログラムが映し出す、かつての光景に思わず涙した。
「……ライトさん」
セイレイは心配そうに、その床にへたり込んで嗚咽を漏らすライトを見つめる。だが、noiseはセイレイの肩を叩き、首を横に振った。
「今は、そっとしておいてやろう。それよりも、やはりこれは追憶のホログラム……だよな」
彼女の言葉にセイレイは頷く。
「うん。じゃあこれでダンジョンは攻略完了って事?呆気なくない?」
『私もセイレイ君に同意です。まだ、このダンジョンには何かがある……少なくとも、先ほどのコボルト、で良いのでしょうか……は、ダンジョンボスとしては力不足でした』
「だろうな。あのホブゴブリンは、紛れもなく私達の強さを軽く凌駕していた……。このダンジョンの謎が解決するまで、スケッチは後回しだ。いいな?」
明確に、総合病院内にダンジョンに隠された謎。
明らかに早すぎる追憶のホログラムの登場に、セイレイ達は困惑を隠せなかった。だからこそ、このダンジョンに秘められた追憶を全て解明する必要がある。
「分かってる。描くには足りない材料が多いもん」
noiseの提案に否定する理由が無かったセイレイ。彼はnoiseにそう返した後、ライトの下へと歩み寄った。
「……ライトさん。そろそろ、ホログラムを消すけど大丈夫かな?」
心配そうに顔を見つめるセイレイの言葉にハッとしたライト。慌てて涙を拭い、どこか恥ずかしそうに顔を上げる。
「……すみません。取り乱しました……これで、ダンジョンは攻略、したと言っても良いのでしょうか?」
ドローンのスピーカーから、ホズミが『いいえ』と答えた。
『明らかに、こんな大規模な病院の入口に追憶のホログラムが配置されていることはおかしいんです。noiseさんは、以前”ダンジョンの最奥地に配置されている”と言っていました。もしかすると、追憶のホログラムがこの他にも存在するのかも知れません』
「そういうことだ。解明しよう、もしかしたら大きな手がかりが得られるのかも知れない」
noiseはそう言った後、ふとディルがいった言葉を思い出す。
――全ては、一つの結末のために。
「私の身に起きたこれも、何か一つの結末に関係しているのか?」
彼女の呟きは、誰の耳にも入らなかった。
各々の思いが過る中、ホズミはドローンを操作。再び空を泳ぎだしたドローンは、徐々に追憶のホログラムに近づいていく。
『では、ホログラムを融合させます』
ホズミはその追憶のホログラムへとドローンを姿を重ね合わせる。
一瞬、目映く光ったかと思うと、やがてその光はドローンに完全に吸収された。
[information
光源が解放されました。対象:病院受付]
To Be Continued……