【第十七話(2)】 広がる希望の輪(後編)
救えたはずの命があった。救えなかった命があった。
これから救える命がある。
森本 頼人は今ある命に目を向ける。
「森本さん。俺は正直反対です」
自らの後悔を乗り越えるため、勇気を出して共に戦うことを頼み込んだ森本。だが、瀬川は彼を真っ直ぐに見つめ、そう言葉を返す。
まさか反対されるとは思っていなかったのだろう。森本は目を大きく見開いた。
「どうして……ですか?」
「戦う力を最初は持っていなかった俺だから分かる。戦おうという意思があっても……どうしても不可能はあるんだ。だから、俺達に任せてくれませんか?」
「……セイレイ」
かつてダンジョンの中で初めて瀬川と出会った一ノ瀬は、彼の言葉にどこか心打たれていた。
他人を守る資格は、自分を守る資格を持つ者にしか無いという千戸から送られた言葉。その覚悟を彼は一時たりとも絶やしたことはなかった。
故に、自分自身を恐らく守ることが難しいであろう森本をダンジョンに連れて行くこと言うことに反対だった。
だが、そんな瀬川に前園は異を唱える。
「いや、森本さんをダンジョンに連れて行った方が良いかもしれません」
「おい、穂澄!!」
そのような提案をするとは思わず、瀬川は彼女に食ってかかる。だが、前園も自身の意見を曲げること無く、しっかりと自身の意見を述べ始めた。
「良い?セイレイ君。今目の前にあるダンジョン化した総合病院は、明らかに規模が大きすぎる。そんな規模を片っ端からしらみつぶししていくの?」
「……それは、スピーカーを介して情報伝達すれば良いんじゃないか?」
至極真っ当な意見を瀬川は返す。だが、前園の提案にはもう一つの狙いがあった。
「確かに、それはそうだよね。でも、配信メンバーがセイレイ君と一ノ瀬さん二人だけはあまりにも心許ないんじゃないかな。後方支援の役割を持つ人がいた方が、バックアップ体制を取ることが出来る」
それは、彼女が先ほどコミュニティで指摘された配信の問題点だ。徐々に彼女の狙いが明確になっていく。
森本を後方支援として、配信に加えようという算段だ。
一ノ瀬は彼女の狙いを読み取ったのか、”ふくろ”の中を漁りだした。収納容量が無限大の、彼女の身が持つ麻袋。
まるで一ノ瀬の行動を予見していたかのように、前園は彼女へと視線を送る。
「一ノ瀬さん、勿論持っていますよね?拳銃とか、クロスボウみたいなものを」
「言うと思ったよ」
ふくろの中から取り出したのは、一丁の拳銃だった。漆黒のボディに、全体的に角張ったそれは、重厚な印象を受ける。
腰に付けるホルスターと共に、拳銃を森本へと手渡す。
思いの外重たかったのか、受け取った森本の手が少し沈んだ。
「……重いですね。一ノ瀬さん、これは一体どうしたのですか?」
「警察署に忍び込んで、拝借したものです。マガジンはこれ一つなので、かなり貴重ですが無いよりマシでしょう」
ここまで会話に入ってこなかった千戸は、ふと疑問に感じたのだろう。振り返り一ノ瀬に尋ねる。
「一ノ瀬はどうして拳銃を使わなかったんだ?明らかに拳銃を用いた方が臨機応変に立ち回れるだろうに」
その問いは、彼女にとって想定内だったのだろう。首を横に振り、それに釣られて長い栗色の髪が揺れる。
「先ほども言いましたとおり、弾数には限りがあります。私一人で戦っていた時では、一度のプラン崩壊が生死を左右していました。だからこそ多少威力が劣ろうとも、実質弾数が無限にある短剣の投擲をメイン手段として用いたのです」
「なるほど、そういうことか……そういうことですが、森本さんは構いませんか?」
そう再確認すると、森本は拳銃をじっと見た後、深く頷いた。
「はい。それで構いません。お二人の迷惑になら無いように努めますので、瀬川さん。大丈夫でしょうか?」
「うー、反対してるのは俺だけか……分かった。皆の知識を信じるよ」
自分の知識は他者よりも劣ることを重々承知している彼は、渋々その意見に従うことにした。
そういえば、とふと何かを思い出したように瀬川は森本に向き直る。
「森本さん。俺、森本さんのことなんて呼べば良い?」
「と、言いますと?」
聞き返す言葉に返答したのは一ノ瀬だった。森本の視界に入るようにして、彼の言葉を代弁する。
「配信時に使う名前のことです。私が顕著かと思いますが、noiseという名前がそれに当たりますね」
「なるほど、そこまで考えていませんでしたね……何か良い案はありますか?」
どうやら森本は配信に疎いようだ。自分で考えるよりも任せた方が早いと判断した彼は意見を求める。
それに答えたのは、前園だった。顎に手を当て考えた様子を見せた後、ゆっくりと挙手する。
「えっと、”ライト”というのはどうでしょうか?」
「ライト……なるほど”頼人”の読み方を変えたのですね。良い案です」
「ライト!!格好いいーー!!」
瀬川はその名前の響きに飛び跳ねて喜ぶ。”光”を彷彿とさせるその名前を彼はいたく気に入ったようだ。
「うん、セイレイが気に入ったみたいだしライトでいこうか」
リーダーである瀬川に好評だったことから、一ノ瀬は満足そうに頷いた。森本もそれで納得が行ったのか、「よろしくお願いします」と頭を下げる。
ただ、どこか提案者である前園は不服そうだった。
「むー……」
「どうした、穂澄。何か気になることがあるのか?」
「え、あっ……」
千戸に気に掛けられた前園は、しどろもどろと言葉を濁す。だが、どこか恥ずかしそうに、悔しそうにポツリと呟く。
「いや、私の案が採用されたのは良いんですけど、セイレイ君が喜ぶようなセンスかー……と思ってしまって」
「失礼だぞ穂澄!?」
あまりにも火の玉ストレートで失礼な発言をする前園に、瀬川は声を荒げて叫ぶ。そんな彼に前園は知らんぷりを決め込んだ。
あまりにも和気藹々と話しているものだから、森本は思わず苦笑を零す。
「何だか、今からダンジョンに行くというのに、緊張感の欠片もないですね……」
「あはは……まあ、緊張しているよりは良いと思いますよ。それよりも森本さん」
一ノ瀬は真剣な表情を作って、森本に頭を下げる。その突然の行動に理解が追いつかず、森本は目を丸くした。
「はい?」
「えーと……配信中、多分失礼な物言いになることを許してください」
言葉の意味を探っていた森本。だが、やがて答えに辿り着いたようで両手をパンと叩いた。
「ああ、あのキャラ作りの事ですね」
「キャラ作り……」
それはそうなのだが、もっと言い方があるだろう。一ノ瀬はそう突っ込みたかったが、割と議論するにはどうでも良い内容なので口を閉ざした。
思わず恥ずかしくなり、顔が赤くなった一ノ瀬は小さく咳払いをして目の前の総合病院に視線を移す。
覚悟を決めたように深呼吸をして、二度と動くことのない自動ドアに手を掛ける。
「じゃあ、配信を始めるぞ。セイレイ、ライト。覚悟は良いか」
「おや、配信キャラになりましたね。私もできる限りの支援をしますよ」
「う、うるさい」
からかうように森本に茶々を入れられた一ノ瀬はげんなりと項垂れる。そんな彼女の顔を覗き込むように、瀬川はニヤニヤとした笑みを零した。
「じゃ、配信を始めるよー?ノ、イ、ズさんっ」
「ていっ」
「いたいっ」
茶化す瀬川にすかさず一ノ瀬はチョップを食らわす。割と良い所に入ったのか瀬川は頭を抑え蹲った。
「酷いよ姉ちゃん……」
「ふんっ」
わざとらしく大きく鼻を鳴らして、一ノ瀬はそっぽを向いた。緊張感の欠片も感じない彼等の様子にため息を付きながら、前園はドローンを操作する。
ドローンが勇者一行を取り巻くように空を泳ぎ始めた。徐々にドローンのカメラからホログラムが構築され始め、配信の始まりを告げる。
ホズミは病院敷地内の駐車場のアスファルトの上に座る。そして、家電量販店より持ち出したインカムを取り付けた。彼女の声が、ドローンのスピーカーから鮮明に響く。
勇者一行は総合病院のガラスドアの前に立ち、ゆっくりとその扉をこじ開ける。風化し重くなったドアが悲鳴を上げるように軋みながら、動き始める。
『勇者パーティによるダンジョン配信。これより開始します』
ドローンが放つホログラムから、”Live”の文面が表示された。
To Be Continued……