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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
②総合病院ダンジョン編
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【第十六話】 事実と推測

その事実は、本当に事実だろうか。

厳密に仕分けてみると、事実として存在するものは当然ある。だが、存在しないにも関わらず実在するかのように扱われるものも混在している。

文明の発展に伴い、言葉が持つ役割が大きくなり、何が実在し、何が実在しないのか。その境界が希薄になっていく。

森本 頼人と名乗る道の駅集落の管理者は、改めて今起きている事象の事実と推測を確認しようと提案した。


「さて、前園 穂澄さん……でしたね。Sympassを起動し、前回のアーカイブを確認しましょう」

「あ、はい」

管理室に配置されたテーブルを囲むように、五人はそれぞれ席に腰掛ける。

森本に促され、前園はパソコンを机の上に置く。

そして前回の家電量販店ダンジョンを攻略した際の配信アーカイブを開いた。確認したいところは、須藤が心肺蘇生してから以降の所だ。

ただ、結果的に須藤は息を吹き返したとは言えやはり死を連想させる場面というのは見たくは無い。前園はそのシーンを極力見ないように目を逸らし、シークバーを徐々にずらしていく。

やがて、その動画は追憶のホログラムが吸収されたところを映しだし、前園はそこで動画を一時停止した。

「……この辺りで良いですか?丁度須藤さんの全身を映し出しています」

「ありがとうございます……さて、まずは一ノ瀬さんの見解を聞きましょう。この状態の須藤さんに変化は見られますか?」

マジマジと改めて動画を確認した一ノ瀬は、どこか自信なさげだが首を横に振った。

「いえ、変化はない……と思います」

「そうですね。一ノ瀬さんのデータによれば早期から症状が発現する、ですね?」

「はい」一ノ瀬は深く頷いた。

森本はメモ帳を開き、ペンを走らせる。

「まず一つ目の事実として、須藤さんは魔素吸入薬の過剰摂取によって魔物化を生じたわけでは無い……で良いと思います」

「じゃあ、居なくなった理由はストー兄ちゃんが魔物になったからじゃない、ってこと?」

瀬川は森本に素直な疑問をぶつけた。隣に座る前園は彼を肘で突きながら「敬語」と釘を刺す。

だが森本は柔らかな、しかしどこか緊張感を与えるような笑顔で答える。

「瀬川 怜輝君、ですね。ああ、口調は気にしなくても大丈夫ですよ?……良い質問だと思います、一つの可能性に縛られず、様々な観点から捉えていきましょう」

「とは言っても、他の可能性なんて推測の付けようがないですよね?」

千戸は顎髭を触りながら首を傾げた。森本は千戸の顔を見ながら深く頷く。

そしてメモ帳を軽くペンで叩きながら言葉を続けた。

「はい。ですからまずは明らかに違うと断定できる事物から取り除いていきましょう。案外、冷静に仕分けると事実として存在するものは少ないものです」

「穂澄、俺正直何を話してるかわかんないんだけど……」

瀬川は困ったような笑顔を前園へと向ける。森本が先導する形で始まった分析とは言え、正直難しい話が苦手な瀬川にとっては付いていくだけで精一杯だ。

「とりあえず、一番何をするべきかって分析する為の作業だよ」

「うーん、そうなの?」

どこかしっくり来ないようで首を傾げる。

彼への納得よりも話を纏める方が優先度が高いと判断した前園はそこで話を切り、森本に語りかけた。

「一ノ瀬さんが収集したデータの中で、他に魔物化に関連するデータはありますか?」

そう問いかけると、一ノ瀬はパラパラとノートを捲り始めた。そこで「あっ」と声を出す。

「そうだ、確か人型の魔物は泳げないんだ」

「……泳げない!?」

瀬川と前園は互いに顔を見合わせる。二人の様子が分からないようで、森本は首を傾げた。

「どうしました?」

「いや、ダンジョン配信を終わった後に、センセー以外の俺らで船に乗ってたんだよ。で、姉ちゃんと俺がはしゃいだ結果、船がひっくり返ったんだよな」

「……一ノ瀬さんも、見た目によらずお茶目なんですね」

その話の内容に対し、森本はちらりとどこか哀れむような目線で一ノ瀬に視線を送る。

「いやー……たはは……」

改めて言われると恥ずかしい話の内容。一ノ瀬は背中を丸め縮こめ、苦笑いをこぼす。

「というか一ノ瀬、なんでそれを知ってるんだ?」

「何体か川に突き落としました。すると底に沈んで二度と浮上しなかったんです」

「おい」

相も変わらず無茶苦茶をしている一ノ瀬に、千戸は呆れたようにツッコミを入れた。事実有益な情報として得られているから良いのだが、淡々と研究の過程を語る一ノ瀬にはどこかサイコパスに近しいものを感じる。

そんな彼等の視線に気付いているのか気付いていないのか分からないが、一ノ瀬はそのまま言葉を続けた。

「ひっくり返った船の上には須藤も居ました。もし、万が一須藤が魔物化していたとしたら今頃海の底でしょう」

「それはそうなんだけど、姉ちゃんの言い方が酷い……」

瀬川は困ったように苦笑を漏らす。ただ、これまでの会話から明確となった結論は一つだ。

「身体的変化が見られないこと、次に溺れずに泳げていたこと。……二つの理由から、須藤さんは居なくなる直前には魔物化はしていなかった、という事実が確固たるものとなりましたね。すると……」

「須藤さんが居なくなった理由は、何か他の原因が存在する?」

森本の言葉に続けるように、前園はそう発言した。

「そうなります。魔物が存在する世界、どのような力が存在してもおかしく無いですが……これ以上は全て推測の域を出ないですね」

「……本当に、ありがとうございます」

一ノ瀬は森本に向けて深々と頭を下げた。彼女の行動の意図が読めないのか、森本は首を傾げる。

「どうしましたか?」

「もし、森本さんが協力してくれなければ、私は今頃自分の所為だと責め続けていたでしょう。本当に助かりました……ありがとうございます」

その言葉に森本は困ったように苦笑しながら首を横に振った。

「いえ、対したことはしていませんよ。自責の念は、推測から始まるものも多いですから」

森本は顎に手を当て、何か考え込むような様子を見せる。

「……ただ、他にも情報が欲しい……やはり未知の要素が多いダンジョンからの情報収集は避けられなさそうですね」

「……ダンジョン……」

千戸はその言葉に物思いにふける。

会話の中に、静けさが生まれたその時。

彼は言葉を発する。


「君達理解力ホントに早いねっ、尊敬するよっ♪」

その声は出入り口のドアから響いた。どこか人の神経を逆なでするような、楽しげに弾む声。

一行が振り向いたその先には、部屋から出るのを塞ぐようにしてドアにもたれ掛かるディルがいた。

瀬川の表情が徐々に怒りに満ちていく。

「……テメェ、一体何しに来やがった」

「お前……一体いつから居たんだ」

一ノ瀬も敵意を剥き出しにしてディルを睨む。だが、ディルはのらりくらりとした様子で「おお怖い怖い」とおどけた。

「ストーが消えたのは君達の言うとおり他の大きな力が働いている。それは正解さ。想像も出来ないような大きな力がね」

「それは、お前の言う“神”の力か?」

以前彼と一対一で話をした千戸はそう尋ねるが、ディルは「違うよー」と笑いながら首を横に振った。

「ま、その辺りは自分で見つけることをオススメするよ。成長は”気付き”から生まれるんだよ、あははっ」

のんびりとステップを刻むようにして彼等の座るテーブルへと近づいたディル。彼は、森本が使っているメモ帳を手に取った。

「ディルさん、一体何をしていらっしゃるのですか?」

「へぇ、僕に対しても礼儀正しいんだね。それは何?元から?それともそうしないと誤魔化せないから?」

「……!」

森本は何か核心を突かれたように息を呑む。だが、興味なさげにディルは手に取ったメモ帳に自身もペンを走らせた。

「じゃあ僕からもヒントをあげるよ。ここに行けば、少しは何かを得られるかもね?」

そう言って置いたメモ帳には、一つの簡略化された地図が記されていた。森本はそれを手に取り、じっと見つめる。

「……こ、これは……ディルさん。貴方は一体何を知っているのですか?」

「さあねえ?全ては一つの結末のために。僕がやるべき事は変わらないよ」

答えをはぐらかすように、ディルはのんきにペン回しをしていた。ペン回しは苦手なのか、ほとんど指で挟んでペンを振っているようにしか見えない。

「あっ」

案の定、途中でペンを滑らせ、床に落としてしまった。

軽く跳ねるような音が管理室に響く。

やがて、それはセイレイの足元へと転がる。気付いた彼はそれを拾い上げた。

「ありがとー、セイレイ君」

ディルはペンを受け取ろうと手を差し出すが、瀬川はそのペンをじっと見つめたまま動かない。

しばらくして、ディルの双眸を捉えるようにじっと見据えた。

「おい、ディル」

「ん、なーに?」

「お前は、俺達の味方か?敵か?どっちなんだ?」

瀬川はそう尋ねながらペンを差し出した。ディルはうーん、と首を傾げてからそのペンを受け取る。

「君の言う味方という定義は分からないけど、少なくとも僕はセイレイ君の為を想って行動しているよ?」

「……セイレイの為、だけか?」

千戸はディルの言質を取るように問いかけるが、ディルはクスクスと笑うだけで質問には答えない。

「さあ?どう捉えようと勝手だけど、あんまりモタモタしてると怒られちゃう。じゃ、またね」

掌をひらひらとさせながら、ディルは入口のドアを開けて出て行った。

すぐに一ノ瀬が追いかけてドアを開けるが、やがて忌々しそうに舌打ちする。

「……くそっ、逃げられたか……」

彼の言葉のどこまでが事実で、どこまでが推測なのか。

その答えを出すことが出来る者は、誰一人としていなかった。


To Be Continued……

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