【第零話】新たなプロローグ
勇者のいない、世界で。
ずっと、探していた気がする。
それは、天の川を巡る彦星と織姫のように。どれだけ世界が変わろうとも、きっと出会うんだって。
「……やっと見つけた。ついに……」
誓った約束を以て、今日も生きる。
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どこからか遠く、声が聞こえる。
知っているような、知らないような声だ。
『……お前は、セイレイ。勇者セイレイ……だった』
セイレイ?一体、何の話だろう。
「セイレイって、誰の話だ?」
『ああ、作り物の勇者のお話さ。お前は覚えていない、かつて存在した勇者のな』
「ふーん」
『興味なさそうだな……』
「正直、どうでもいいし」
『……はあ』
遠くから響く声は、呆れたようにため息を吐いた。
何故か分からないが、すごく舐められたような気がしてムカつく。
『まあ、別に良いけどな。お前が生きる現実は、ありとあらゆる前提が書き換えられた世界なんだ。誓いと矛盾が入り交じる、かつての名残を残した世界さ』
「……一体、何の話だよ?」
『それは、神のみぞ知るってやつだな』
そう言って、謎の声は遠くへと消えた。
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夢を見た気がする。だけど、その夢の内容は思い出せない。
そんなおぼろげな意識の中、目を覚ます。
「……ん、くあああああ……良く寝た……」
俺はゆっくりと、ふかふかの布団の隙間から身体を滑らせてベッドから降りた。
しかし、その中でふと違和感を抱く。
「……」
誰かが布団の中に入り込んでいた。
いや、誰かは理解している。
「おい、起きろ結衣!」
どこかムカついたので、苛立ちの言葉をぶつけながら俺は布団をひっぺ替えした。
「ひゃっ!さむっ」
すると、布団の中から俺とそう年の変わらないパジャマを着こんだボブカットの黒髪の少女が現れた。
「ちょっと、寒いじゃんお兄」
結衣は不貞腐れたように頬を膨らませて抗議する。
だが、俺としては堪ったものではない。
「早く起きろ。俺だってもう遅刻して空莉に怒られるのは勘弁なんだよ」
「青菜先輩が真面目過ぎるんだよー、もっと時間にルーズに行かなきゃ、ね?」
「結衣はだらけすぎだ。つーかなんで俺の布団に入り込んでんだよ、あっち行けあっち」
「えー、ぼっちつらいし。お兄なんでも許してくれるから嬉しい、好き♡」
そう言って、結衣はわざとらしく媚びを売ってきた。
もう呆れてため息しか出ない。
「はあ、ほら……支度するぞ」
「あっ、待ってよー!」
さっさと着替えてから自室を後にする。
するとバタバタと騒がしい音を奏でながら、結衣は慌てて俺の後についてきた。
結衣は俺のことを「お兄」と呼んでいるが、血筋が繋がっている訳ではない。
俺は、訳あってこの家に居候している身に過ぎないのだ。
階段を下りてリビングに着くと、ダイニングテーブルで新聞を読みながらコーヒーを啜る中年男性が座っていた。
「おはよー、センセー」
「起きたか怜輝。ちょうどパン焼いてるぞ」
「まじ?助かる」
俺が”センセー”と呼んだ中年男性の名は、千戸 誠司。
名前をもじっているということと、俺が通っている高校の教師と言う二つの意味合いを持って、俺は彼をセンセーと呼んでいる。
そんなセンセーは、結衣を冷ややかに睨んだ。
「なあ結衣。お前最近怜輝に甘えすぎじゃないか?」
だが、結衣はそっぽを向いて白を切る。
「そんなことないと思うけどっ。お兄優しいもん、ねーっ」
「センセーも言ってるだろ。お前は自立することを覚えろ」
あくまで俺はセンセーの味方だ。それがセンセーの実の娘だろうと、厳しく行くのが彼女の為だ。
「ぶー。ちょっとくらい甘やかしてくれても良いじゃん」
「お前は甘えすぎ」
「ケチ!」
わざとらしく「いーっ!」と威嚇した後、結衣はもそもそと食パンを貪り始めた。
食事に集中し始めた彼女をよそに、センセーは俺に話を投げかける。
「怜輝、そう言えばお前のお姉さんから手紙が来てたぞ」
「姉貴が?」
「また後で読んでおけ。お前のことを随分と気にかけてたからな。勉強してるのか、テストは大丈夫か、ってな」
「読みたくねえな……」
天才肌の姉貴は、若くして高名な研究者となり世界各地を飛び回っている。
長らく会ってこそいないが、こうして時々手紙をよこしては俺のことを気にかけているようだ。
「ガキの頃は一緒に配信やろ、とか馬鹿なこと言えたんだけどなー」
「お前の両親も仕事で海外を転々としているのだろう。いつかはお前も海外に行く可能性だってあるんだ。お姉さんの言う事は聞いといた方が良いと思うがな」
食事しながら会話を聞いていた結衣が顔を上げる。
「え、お兄海外行くの」
「行かねーよ。俺に勉強は向いてねー」
「だよね。安心した」
”だよね”という言葉にすごく失礼な感想が籠っている気がしたが、あえて無視することにした。
俺の両親は現在姉貴と同様に、仕事の為に海外を転々としている。
だが、そもそも勉学が苦手である俺は正直海外に行く気にはなれなかった。
加えて、両親自身も「日本で学業に励む方が良い」と考えていたようだ。
そんな時、俺を引き取ってくれたのが親父の旧友でもあるセンセー……千戸 誠司だった。
彼は自らの娘——千戸 結衣を育てながらも、俺の世話を焼いてくれている。本当に感謝しかない。
そんな中、キッチンに立つセンセーの奥さん——千戸 真美は俺に声を掛けた。
「ほら、怜輝君。そろそろ青菜君が来る頃じゃない?」
指摘されてテレビに表示された時計に視線を送れば、8:00が近づきつつあった。
映し出される番組は、終盤という事もあり占いコーナーへと移行している。
「うわ、ほんとじゃん!真美さん、ありがとう!」
俺はいそいそとキッチンを離れ、洗面台で雑に歯を磨く。
それから玄関に雑に投げた学生カバンを肩に掛けた。
まるでその動きを見計らっていたかのように、インターホンのチャイムが響く。
だが、あえて俺はしばらく時間をおいてから玄関のドアを開けた。
チャイムが鳴った直後にドアを開けたら、絶対にこいつはビビるからだ。
「よう、空莉。相変わらず時間ぴったりだな」
玄関の前に立つのは、藍色の髪を最低限整えた、大人しい雰囲気を纏う少年だった。
「うん、セーちゃんおはよう。あ、結衣ちゃんもおはよう」
いつの間にか俺の背後に立っていた結衣はにこりと笑い、手をヒラヒラさせた。
「青菜先輩、おはようございますーっ。今日は彼女さんと一緒じゃないんですね?」
「え、あ、うん」
”彼女”という単語に空莉は恥ずかしそうに目を逸らす。
空莉が持つ学生カバンに揺れる狐を模したキーホルダーが、きらりと陽光に照らされる。彼女と揃えたペアキーホルダーらしい。
「かーっ、若いもんが恋愛に現を抜かすなど言語道断っ」
結衣はわざとらしく額に手を当て、仰々しくそう叫ぶ。
空莉はどこか気恥ずかしそうに顔を反らしながら、我先にと通学路を進む。
「あーもうっ、良いでしょ僕の話は!ほら、行くよ!」
「ぷっ、おもろっ」
「陰湿だよ結衣ちゃん……」
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「じゃ、私は違うクラスなのでっ。また後で!」
「はいはい」
俺達は一学年クラスの異なる結衣と別れを告げた。
空莉と肩を並べて歩く中、結衣が居る最中に聞けなかった話を投げかける。
「なー、空莉。見てくれた?俺の動画」
「ん?あー、あれ?”キルクリップ集”って動画?」
「そう!カッコよく撮れたと思うんだけどさ、どうよ?」
それは、俺が昨日動画サイトに投げたキルクリップ集の話だった。
趣味でゲーム配信をやっている最中、取れ高がありそうなシーンを切り取ってはクリップ集を作っている。
個人的には結構自信がある。
だが、空莉は愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
「カッコつけすぎじゃない?無駄なアクション多いよ」
「は!?それがかっけえんじゃん、分かってないな空莉は」
「セーちゃん普通にゲームやったら上手いのに。カッコつけで台無しだよ」
「そりゃお前あれだよ。ロマンだよ」
「はいはい……まあファンが付いているのは良いんじゃない?確か昨日もコメントついてたよね」
なんだかんだ辛辣な意見を出しながらも、空莉はちゃんと動画を見てくれる。
だからこそ、気兼ねなくコイツに話を振れるのだが。
「そうなんだよ!”Hozの魔法使い”さんって人がな、最近動画を見てくれてるみたいでさ。嬉しいったらありゃしねえな」
「良いじゃん。その調子でファン増やしてきなよ」
「絶対有名配信者になってやる、俺の配信で皆の度肝抜いてやるぜっ」
「馬鹿みたいなこと言ってる……」
俺達が他愛なく談笑している中、背後から語りかけてくる声があった。
「まずは勉強、でしょ怜輝君」
「っだっ!?」
突然、後頭部を教科書か何かで引っ叩かれた。
思わず痛みに悶えながら、恨めがましく背後に立つ人物に視線を送る。
「……お前か、穂澄」
「まーたロクに勉強もせずにゲーム、ゲーム、ゲーム……なにやってるの」
前園 穂澄は櫛通りの良さそうな黒髪を掻き分けつつ、呆れたようなため息を吐いた。
「別に赤点取ってねえんだから文句ねえだろ」
「いつもぎりぎりで泣きついてくるのはどこの誰だか」
「……ぐ」
ぐうの音も出ない正論を突かれては返す言葉もない。
穂澄は冷ややかな目で見据えた後、俺の隣を通り抜ける。
「じゃ、私は先生に用があるから。行くね……それと」
そこで彼女は言葉を切り、俺に小さく耳打ちする。
「またね……”残機ゼロ”さん?」
「……は?」
「勉強頑張ってよ。無理ならいつでも手伝うけど、ゲームのやりすぎは自業自得だから」
そう言って、穂澄は長い黒髪を揺らしながら俺達の前から姿を消した。
だが、それどころじゃない。
「セーちゃん、どうしたの?」
空莉は穂澄が囁いた言葉が聞こえなかったようだ。
なんだか、背後から銃口を突きつけられた気分だった。
「……空莉。俺はもうダメかもしれない」
「はい?」
「骨は拾ってくれ……」
「え、あー……うん?そっか……うん?」
唐突にそんなことを言われても、と言わんばかりに空莉は困惑の声を漏らす。
いっそアカウント消そうかな。
そんな思いが過ぎるが、最近はフォロワーとゲーム通話の約束も請け負ったところなのだ。約束を反故に出来ない為、そこはあきらめざるを得ないのだろう。
「……ああー……」
「よく分からないけど、頑張ろ?残機ゼロの動画、楽しみにしてるからさ」
「……あー……おう」
空莉はなにも理解していないなりに励まそうとしたのだろう。
俺の肩にぽんと手を置いた。
今はその慰めが、より心に突き刺さる。
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「はー、着いた着いた」
教室に到着し、自分の座席に腰掛けた。
そんな時、隣に座っていた長い黒髪を編み込んだクラスメイトが、冷ややかに俺を睨む。
「うっわでたよ遅刻魔」
「は?セーフだろ」
「いつも怜輝さ、遅刻してるイメージしかないから」
「うるせえ」
船出 道音はスマホを触りながら「ふんっ」と鼻で笑った。
「相変わらずほずっちに尻敷かれてんの?」
「……あー……」
「黙んないでよ」
道音は大きなため息を吐いた。
「まあ別になんでも良いけど。どうせ勉強の話でしょ。何なら私の特別教師紹介しようか?」
「特別教師?」
「ゆきっちだよ。一ノ瀬先輩」
「まじ?一ノ瀬先輩と会わせてくれんの」
「ん、まあね」
俺の記憶している一ノ瀬 有紀先輩は、いつも毅然とした立ち振る舞いをしているクールな男性だ。
一匹狼と言った雰囲気の彼は、俺の憧れの的だった。
だが、彼女はスマホの画面を突然俺に見せる。
「ま、今は訳あって女の子になってるけどね」
「ん?」
そのスマホに映っているのは、道音と一緒に笑っている栗色のおさげが特徴的な少女。
生真面目そうな雰囲気を纏った少女だったが……今さっきなんて言った?
「道音、お前今何て言ったよ」
「え、だからゆきっちが女の子になったって。スマホに映ってる子」
「……は?この子?……は?」
脳が追い付かない。
意味が分からない。
だが、道音は苦笑を漏らしながらも意見を曲げない。
「今度ゆきっちと会わせてあげるから、話してみなよ。私間違ったこと言ってないからね?」
「あー……まあ、分かった」
「あっ、そろそろ先生来るかな」
道音と談笑している中、スピーカーからチャイムの音が鳴り響いた。
間もなく、授業が開始する時間だ。
「……?」
ふと。そんな時、背後の掃除用具入れのロッカーが動いた気がした。
ちらりとロッカーに視線を送るが、そこに何もある訳ではない。
(気のせいか?)
そう思い直し、俺は教室に入ってくる教師……センセーへと視線を送る。
クラスの担当教師であるセンセーは、わざとらしく咳払いした。
「あー。かなり異例のケースなんだが、今日は……転校生が来ている」
「……え?」
転校生。
その言葉に、教室内がざわついた。
しかし、教師の背後には誰もついてきている様子はない。
「あの、転校生って……」
おずおずと、クラスメイトの一人が質問を投げかける。
だが、センセーは苦笑いをして言葉を返した。
「これから紹介する。ちょっと様変わりな男子生徒だが、仲良くしてやってくれ」
「え、あ、はい……」
どこか含みのある言葉。
それからセンセーはちらりと、教室の背後の方に視線を送った。
「ほら、自己紹介の時間だ。出て来いっ」
次の瞬間。
「はーじめましてっ!!」
ロッカーの中から、1人の少年が飛び出した。
「きゃぁ!?」
隣で道音が甲高い悲鳴を漏らす。
「あっはっはっ!最高のリアクションありがとう!」
いきなり現れた転校生と思しき彼は、高く握り拳を突き上げた。
無造作に伸ばしたやる気のなさそうな黒髪の、独特な雰囲気を纏った男子生徒。
彼は仰天する教室内を見渡した後、げたげたと楽しそうに笑う。
「あはははっ!!そーんな驚かなくて良いじゃん!第一印象を植え付けるには完璧かな!?どうだいっ、ねえそこのキミ!?ねー!?」
「は?俺?」
転校初日から教室をかき乱した彼は、俺を指差した。
「え、こいつやべーなって思ったけど」
反応に困り、率直なコメントを零す。
すると転校生の彼は再びげたげたと笑った。
「ぶっ、あはははははっ!言い得て妙!!確かにねっ!!ボクという天才の思考に誰もついて行くことは出来ないかー!!あはははっ!!」
「なんだこいつ……」
平穏だったはずの学生生活。
そんな中で突然現れた転校生。
何も変わり映えの無かった日々は、突然大きくかき乱されようとしていた。
プロローグは、巡る。
以上を以て「天明のシンパシー」の更新を終了いたします。
長らくお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
正直、色々語りたいはずだったんですけど、何も思いつきません。
というのもこれが終わりではないからです。
むしろ、ここからが始まりです。
え?どういうことかって?
(ちらっ)
……はい。
本作を棒人間バトルとしてアニメーション化する企画がまだ完成していないからです。
そして、本作をベースとした作品をいくつか作ろうかと考えているので、これからが本番感はありますね。
俺達の戦いはこれからだ!(遠目)
またどこかで会う日まで、と綺麗な言葉で締めたいのですがそうは問屋が卸さないというものです。
やることがいっぱいあります。
とりあえず棒人間バトル描きます。
題材に沿って誓います。7月中にセイレイ君を主役とした棒人間バトルをニコ動に出します。誓い破ったらごめん。
あ、ちなみに最近の砂石はdiscordのカクヨム鯖に居ますので見かけたら、そっと腫物を触るように見届けてあげてください。プロにぶん殴られながらお勉強中です。
では、今後ともよろしくです!Xでツイ廃やってるんで割とすぐ見かけると思います!!!!←
https://x.com/saishi_art/status/1939275017675813067?t=HJqw5YPzxwTrNrXQBEIk6g&s=19
↑アニメーション進捗です。もう更新出来ませんので一応……。
砂石 一獄
完結してからが本番なのつらい。
一ノ瀬 有紀が主役の「金色のカブトムシ」と
秋城 紺が主役の「狐色の涙」も良ければ何卒です〜。
7月29日追記:
セイレイ君の棒バト描けてないです……展開ムズい。