【最終章】終幕――誓いを、残して。
これからの世界。
これから生きるのは、魔災の無かった日常だ。
須藤 來夢は穏やかな笑みを浮かべて、自らの誓いを告げる。
「じゃあ、まずは俺からいいかい?」
「ストー兄ちゃんは、何を誓うんだ?」
「ははっ。俺は、さんざん中途半端な行動を繰り返してきたからね。結局のところ、自分自身を信じることが出来なかった。だから、これからは自分自身を信じると誓うよ」
「期待してるよ。また、兄ちゃんって呼ばせてくれよ」
「ああ、また会おうな」
雨天 水萌は瞳に涙を浮かべながら、ぽつりと誓いを紡ぐ。
「……私、皆と出会って初めて向き合うことを覚えたんです」
「ああ、そうだったな」
「ずっと嫌な言葉を浴びせるお母さんと向き合うことから逃げてました。ですが、一度くらいは向き合ってみたいって思いますっ。差し伸べてくれた手を、次は皆に向けたいです」
「お前一人で抱え込む必要はねえ。いつだって、俺達は仲間だ」
「……はいっ」
荒川 蘭は両手を高く上げて、楽しそうに笑う。
「私は、またパパと一緒に過ごすんだっ!今度こそ楽しい毎日を過ごすって誓うんだよ!」
「ゲームしすぎて怒られないようにな?」
「先輩もゲームに誘うからねっ」
「はいはい、時間あったら付き合ってやるよ」
「やった!」
船出 道音は空に浮かぶモニターを見上げて、瞳に潤む涙を拭う。
「……私ね、今度こそ……皆と青春を取り戻すよ。ゆきっちと、紺ちゃんと、真水先輩。皆で過ごしたあの日々の続きを過ごすんだ」
「もう、自分を見失うなよ?」
「セイレイに言われたくないね」
「うっせ」
「あははっ。どうせならセイレイ達とも一緒に青春したいね」
「ま、そうなるように誓おうぜ」
一ノ瀬 有紀は、そんな船出 道音の隣に立った。
「私だって。もう皆から離れない。逃げない……ずっと、大切な皆のこと、見失わないよ」
道音は有紀にしがみつき、幸せそうに笑みを零す。
「カラオケ!カラオケ行こ!行けなかったもん、紺ちゃんも誘うよ!」
「うん、あの日の続きが私達を待ってるからね」
「だねっ。やっと、皆で笑えるんだ!」
青菜 空莉は俺に優しく微笑みかける。
「セーちゃん。本当にありがとうね……僕は、外の世界に出ることからもう逃げないよ」
「ああ。また遊ぼうぜ。外の世界に連れ出してやるよ」
「うん、楽しみにしてるよ。また明日、かな」
「だな、また明日だ」
ディルはどこか遠くを見つめながら、寂しそうに言葉を紡ぐ。
「ボクは、これからの世界……どうなるのか分からないからね。ただ、もし存在できるのなら、キミ達の隣で笑い合いたい、そう願うよ」
「随分と丸くなったな、ディルも」
「お互い様でしょ」
「まあな」
その中で、前園 穂澄は静かに俯いていた。
「……っ」
それからぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭い、赤くなった顔で俺を見る。
「誓う。私は、誓う!セイレイ君と、また出会うんだって!!どんな世界でも、どれだけ時間が掛かっても!セイレイ君のアカウントを探し出す、見つけるんだ!!!!」
「……ああ、期待してる。俺も、また穂澄と出会う……そう誓うよ」
穂澄は、赤く潤んだ瞳で俺を見つめる。
「誓うなら、形にして欲しいよ」
「……え?」
「誓いの言葉を宣言することで、スパチャブーストとして形になったよね。誓いの言葉は、形にしないと意味が無いんだよ」
「形に……って、どういう意味……?」
穂澄が、一体何を言っているのか分からない。
茫然と彼女の言葉を反復することしかできずに突っ立っていたが、ディルはその言葉の真意を理解したようだ。
ニヤリと悪戯染みた笑みを浮かべながら、俺達の会話に割って入る。
「ねえ、穂澄ちゃん。悲しみ深い時も、喜びに充ちた時も、共に過ごし、愛を持って互いに支え合うことを……誓うかい?」
……それは、誓いの言葉だった。
穂澄は強く頷く。
「誓う。誓います。私は、これからの世界もずっと、セイレイ君と共に生きるって誓う!」
「……だとさ。じゃあ、次はセイレイ君だよ」
他人の人生を背負う意味。
俺は勇者として、沢山の人生を背負ってきた。
……一番最初に背負ったのは、穂澄の人生だった。
「セイレイ君もさ。悲しみ深い時も、喜びに充ちた時も、共に過ごし、愛を持って互いに支え合うことを誓うかい?もう、二度と……穂澄ちゃんにとって最悪になるような選択をしないと、誓うかい?」
「……俺、は……」
過去を見た。
今を戦い抜いた。
だったら、俺が描くのは。
「……誓う。俺は穂澄の為に未来を描くと、誓うよ」
「セイレイ、君……」
穂澄の瞳が潤み、光を反射する。
ディルは、俺の誓いの言葉に満足したようだ。
「じゃ、誓いを形にしてもらおうかな。千戸 誠司の教え子二人が残す、誓いをね」
その言葉に、胸の鼓動が高鳴るのを感じる。
俺は、改めて穂澄と向き直った。
「セイレイ君。私はずっと、一緒だよ」
長く、艶やかなまつ毛。くりくりと大きな、人形のような瞳。
小さく、すっと伸びた鼻筋。
ぷっくりと艶を持った、赤みのある唇。
これほどまでに、彼女と向き合ったのは初めてだった。何気なく見てきたひとつひとつの要素が、彼女が前園 穂澄であると証明する。
潤んだ瞳は、何かを期待するように。静かに瞼を閉ざす。
「ああ、もう二度と離さない。離すもんか」
「うん……」
吐息が重なる。
俺はその小さな彼女の唇に重ねるように、自らの唇を合わせた。
人間だった。
交わる体温と、伝わる心臓の鼓動。唾液の味に至るまでの全てが、穂澄がこの世界に生きる人間なのだと感じさせる。
静かに離した唇から、改めて穂澄の顔を見る。
そこには、涙をぽろぽろと零した彼女が居た。
「やっと、やっと……結ばれた。最後になって、ようやく……」
「……悪い。ずいぶんと遅くなった」
「ううん。これで安心して、セイレイ君を探しに行くことが出来るよ」
……セイレイ、か。
ずっと「勇者セイレイ」だった。
でも、今は違う。
「なあ、俺からも最後の願いを聞いて欲しい」
ずっと、一緒に居てくれた皆に、こう呼んで欲しかった。
俺は。
「俺を、瀬川 怜輝って呼んで欲しい。もう、勇者セイレイじゃない。瀬川 怜輝という一個人として、俺を認めて欲しい」
もう、勇者はいない。
いるのは、瀬川 怜輝という一個人だ。
その願いを受けた皆は、お互いに顔を見合わせる。
しばらくして、それぞれ穏やかな笑みを浮かべて語り掛けた。
「怜輝君。いつか、また会おうな」
須藤は優しく、俺の肩を叩く。
「瀬川君。いつかまた会いに来てくださいっ」
雨天は俺の両手を握り、柔らかに微笑んだ。
「怜輝ね。ま、どーせどこかで会うでしょ」
道音は手をひらひらとさせながら、照れくさそうに微笑む。
「瀬川先輩!ゲーム誘って!ゲーム通話しよ!」
蘭は無邪気に、楽しそうに笑う。
「怜輝。いつだって私を頼ってね。前みたいに姉ちゃんって頼っても良いよ」
有紀は柔らかな笑みを浮かべて、俺の頭を撫でた。
「セーちゃん?レーちゃん……?どっちの方が良いんだろう?」
「お前は変えなくていいよ」
「ん、じゃあセーちゃんのままで!」
空莉は呼び名に戸惑ったようだ。だが、語感の都合で呼び名は変えない方向で決めたらしい。
「セイレイ君」
「空気読めよディル」
「はっ、嫌だね。最後までボクらしさは貫くさ。じゃあね、瀬川 怜輝」
「ああ、またな」
ディルは苦笑いを零し、俺達に背を向けた。
そんな中、黙りこくっていた秋城 紺は俺に歩み寄る。
「ねえ。セイレイ君……じゃなかった。瀬川君。ずっと考えてた事があるんだけどね?」
「どうした、秋城」
「またさ、元の世界でも配信やってよ。コラボしよ、ね、コラボ」
秋城はどこか楽しそうに笑みを零す。
「どうせなら作曲とかやって欲しいな?瀬川君が作曲して、私が歌う。最高のコラボ配信になると思うんだっ」
「ずっと黙ってると思ったらそんなこと考えてたのかよ」
「いつだって私は未来を見据えてるからねっ!いえいっ☆」
秋城は楽しそうにvサインを作って微笑んだ。
……配信者か。
また、やってみようかな。
最後に、穂澄は俺の手を強く握った。
彼女の体温が、俺に伝搬する。
「怜輝君。いつだって私は君を探してるから、見つかりやすい場所に居てね」
「わかったよ、穂澄」
「えへへっ、大好きだよ」
「俺もだ。愛してるよ」
俺と穂澄は、そう愛を誓い合って再び口づけを交わした。
もう、残したものは何もない。
「姉貴、もう大丈夫だ。世界を書き換えてくれ」
瀬川 沙羅は、ぐるりと広がる世界を見渡した。
空一面を覆いつくす白抜きのコメントと、世界中の視聴者を映し出したモニター。
沢山の人々の言葉に包まれて、世界は終わろうとしていた。
「……分かった。ちょうど今、プログラムを書き換えたところだ。追憶のホログラムを壊せば、世界は元通りになる」
「ありがとな、姉貴」
「礼を言うのは私の方さ。お前達のおかげで、大切なことに気付けた。誰かの支えがあって、誰かが与えてくれる言葉があって、私達は生きていけるんだ。前を向ける」
[本当にありがとう] [前を向くよ]
[帰ったらお袋に感謝の言葉を言うよ] [もう一度娘に会うって誓います]
[友達に手紙送るって誓う] [ちょっと外に出てみる]
[配信者になったら告知してくれよ] [絶対見に行く]
空を泳ぐコメントにも、誓いの言葉が混じっていた。
「明日の自分を良くする為の誓いの言葉か……美しいな。皆、懸命に生きている。生きていた」
「ああ。皆の力があったから、俺達はここまで来ることが出来た。未来を変えることが出来た」
「ははっ。本当にとんでもない配信の数々だったな」
そこで瀬川 沙羅は言葉を切り、真剣な表情を作る。
「勇者セイレイの物語はここで終わる。これから先、現実でどんな戦いが待っているのか分からない。将来も不確かで、何が敵か、何が味方か、自分で判断しないといけない。瀬川 怜輝としての戦いが、これから始まるんだ。それだけは……覚えておけよ?」
「ああ。分かってる」
俺は静かに、空を仰いだ。
そうだ。これから始まる。
「……俺達の戦いは、これからだ」
勇者セイレイの物語は、ここで打ち切りなのだから。
「怜輝君、行こっか」
隣で並ぶ穂澄は、右手にファルシオンを生み出した。
「ああ、行こう。穂澄」
俺もそれに倣うように、ファルシオンを生み出す。
互いに並べる刃。
千戸 誠司の教え子二人は、共にそれを頭上高く掲げた。
「今まで、ありがとう!!」
最後に感謝の言葉を告げて、俺と穂澄は追憶のホログラム目掛けてファルシオンを振り下ろした。
まるで、それはケーキ入刀だった。
息を合わせて、追憶のホログラムを叩き割った。
光の欠片が、世界に迸る。
ホログラムと化した世界樹。それら全てを飲み込む光が、何もかもを消し去っていく。
「……ついに、終わる……」
自分という存在が希薄になっていく。
世界から完全に自分自身が消えようとしているのだと、改めて再認識する。
だけど、怖くない。
これから、未来が始まるんだ。
長い戦いだった。
皆の人生を介した物語は、これで終わる。
……だけど。
「なあ、ディル。最後に教えてくれ」
「ん?なんだい」
聞いておきたいことがあった。
「ディルにとって、死とは二度と戻らないことだったよな」
「……うん、それが?」
ディルは、きょとんと呆けた表情を浮かべる。
「お前にとって、生きるって何だよ?」
「……あー……」
ディルはそこで言葉を切り、物思いに耽るように黙り込んだ。
徐々に光が、俺達を包み込む。もう輪郭すらおぼろげとなっていく。
そんな中、彼は最後に俺の問いに答えた。
「……続くこと、だよ。生きることは、続くこと」
「続く、か」
「うん。ずっと、終わらずに続くことなんだ。ボク達が消えても、誓った想いはきっと残る。生き続けるよ、ボク達は」
「……俺達の戦いは、無駄じゃなかったんだな」
「無駄じゃないよ。それが、作り物の世界と言うものさ。長く紡いだ配信だって、変えることが出来るのはたった1つの誓いに過ぎない。でもそんな小さな1つの誓いが大きく世界を変えることだってある。意味はあったさ、きっとね」
「なら、良いんだ。俺達は生きた、戦った」
「だね、生きた。Live配信を貫いたよ」
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魔法使いホズミ が削除されました]
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勇者セイレイ が削除されました]
Sympass が削除されました。
To Be Continued……
そう、続くんだ。
ずっと、ずっと。
いつまでも。
次回……プロローグ。