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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑪最後のダンジョン配信編
320/322

【第百五十七話】冒険の書を消す

「魔災が、無かったことになる……?」

 それは、俺達が望んで止まなかった答えだった。

 全人類の約8割の生命を奪った魔災が無かったことになり、かつて存在した世界が戻ってくる。

 そんなたった一つの答えを道音は持ってきた。


[その手があったのか][世界が戻る?]

 [予想外だった]  [本当にうれしい][嘘だろ]

    [え、待って涙止まらん]   [まって]

 

 だけど、そんな意見にさえ納得しないのは……。

「道音ちゃん。なんでそんな酷い言葉、言えるの……?」

「……ほずっち」

 穂澄は、更に声を震わせる。

 怒りとも悲しみとも取れる、苦しみを存分に表現した感情を道音にぶつける。

「一度発してしまった言葉は収拾がつかない。これまでの配信で気付いてきたはずでしょ。ねえ、なんでそんな提案しちゃうの」

「私は……」

 一体彼女が、何を理由にその提案を拒否しているのか分からない。

「なあ、穂澄。それが唯一の世界を救う方法だろ?何が問題なんだ……?」

 恐る恐る、俺は問いかける。


 次の瞬間。

 穂澄は全てを敵だと言わんばかりに、張り裂けんばかりの声音で叫んだ。

「問題だよっ!!どうして!!どうしてっっっ!!!!記憶が消えるんだよ!?セイレイ君と紡いだ思い出全部が!!魔災の中で辛くも、苦しくも辿ってきた思い出がっっっっ!!!!全部、全部なかったことになる!!!!」

「——!!」

「魔災が無ければ、セイレイ君と出会うこともなかった!!セイレイ君を好きになることもなかった!!何で、なんでなんでなんで!!そうやって私からセイレイ君を奪う選択肢しか残らないの!?なんで、どうしてっ!!!!」

「穂澄……」

 彼女は、駄々をこねる子供のように泣きじゃくる。

 懸命に己の怒りをぶつけるように、周りに当たり散らす。

「世界を救った勇者パーティに対する仕打ちがこれ!?!?大好きな人と一緒に居る、なんてささやかな幸せすら許してくれないの!?最悪だよ、道音ちゃん!!”世界を取り戻せるという考えを出す”って言葉の意味を考えなかったの!?その選択肢を取らないなんて出来る!?”でも魔災をなかったことに出来る選択肢があったんだ”って思いながら、心穏やかに崩壊した世界を生きることなんて出来る!?!?」

「ほずっち、私はそんなつもりじゃ……」

「私からセイレイ君を奪わないで……お願い……お願い……」

 穂澄は、泣きじゃくって(うずくま)った。


 どうするのが正解だろうか。

「ねえ……先輩は、どう考えてるの?」

「蘭……」

 蘭は、空に浮かぶモニターを見上げながら話を続けた。

「きっと皆、先輩の言葉を待ってるよ。先輩がどんな選択をするんだろうって」

「……俺は」

「どこまで案を出しても、選べる選択肢は1つだけだから。だったら、最後は世界を救った勇者……先輩に、選んで欲しいな」


 何を選んでも後悔はするし、後悔はしない。

 もうそこに、最善を見出すことは出来なかった。

 

 何を選べば、幸せなんだろう。

 何を選ぶと、納得できるんだろう。

 

 分からない。

 分からないから、前に進まないといけないんだ。


 静かに目を閉じれば、沢山の思い出が蘇る。

 沢山の喜びがあった。

 沢山の怒りがあった。

 沢山の悲しみがあった。

 沢山の楽しみがあった。

 喜怒哀楽を持って、勇者パーティの配信は成り立ってきた。

 感情の欠片は光となって、混ざり合って。


 今、全てを白に変えようとしている。

「……少し、考えさせてくれ」

「怜輝……」

 瀬川 沙羅は静かに、俺の名を呼んだ。


「なあ、皆」


 俺は空を見上げ、視聴者へと問いを投げかける。

「……視聴者の皆はどうだ?お前らは、どう生きたい?」

 知りたかった。

 これまで魔災を生き抜いてきた人々が何を考えて、何を願うのか。


 コメントが流れる。

[俺は魔災を無かったことにして欲しい。お袋を失ってから気づいたよ。もっと家族との時間を大切にすればよかったって、感謝の言葉も言えてないんだ]

[私は……分かりません。魔災の中で失った命もありました。でも、その中で他人と力を合わせる大切さも学んだんです。魔災の無かった世界で、他人と力を合わせられる自信が無いです]

[魔災前まで引きこもりでした。強制的に外の世界に出ざるを得なくなってから、沢山の人と出会いました。変わった、なんて偉そうなことは言えないですが。悪いことばかりじゃなかったです]

[二度と会えない人が居る。新しく出会えた人が居た。正直、どっちが最善なのか分からない……]

[暴力に支配された世界を見てきた。でも、魔災前の世界でもそんな理不尽はまかり通ってた。どっちもどっち]

[魔災の中で、子供を持ったんです。どれだけ世界が悲惨でも、この子と生きていきたいです]

[やっぱり何かを切り捨てねえといけないんだろうな。自分が自分じゃなくなるのは怖いけど、でも。やっぱりあの世界でまた生きたい]


「……皆、意見をくれてありがとうな」

 この世界を残すも、残さないも、どっちの意見もある。

 

 誰の意見を尊重すべきなのか、誰の意見を切り捨てるべきなのか、迷いが生まれる。

 かつては、そんな選択の狭間で苦しんだ。

「セイレイ君。キミはキミの描きたい道を選べばいい。正しさなんてないんだ」

「……ディル。でも、どの選択肢でもお前は……」

 ディルも空に浮かぶコメントの数々に視線を送りながら、俺の言葉を遮って語った。

「ボクのことは気にしないでいいよ。まず、キミが描きたい世界は一体なんだい?」

「……描きたい世界。そうだな……」

 左手に力を籠める。

 やがて、俺の願いに応えるように、一冊のスケッチブックが顕現した。

 

 ページをめくれば、沢山のデッサンがそこに残っている。

 これまで描いてきた光景。

 過去を映し出す追憶のホログラムを介して、描いてきた世界。

 しかし、過去の世界は終わりを告げる。

「……俺は、未来を描きたい。だから……」

 ファルシオンとスケッチブックを光の粒子へと変え、静かに空を見上げる。皆を見る。

 深く深呼吸し、俺は自らの決断を宣告(コール)した。



「この魔災の世界を”なかったこと”にする」

 全ては、白に還るんだ。


「そうか。それが、怜輝の選択か」

 瀬川 沙羅は、穏やかな笑みを浮かべた。

「ああ。皆で生きよう。次会う時は、魔物のいない日常で、だ」

「何が待ち受けているか分からない、過酷な現実かも知れない。何が敵で、何が味方か分からない。そんな世界が待ち受けているのに、怜輝は戦うというんだな?」

「戦って見せるさ。何せ俺は、勇者セイレイ……だからな」

 もう、迷いはない。


 次に生きる世界は、何が敵で何が味方か分からない現実だ。

 魔災よりも過酷かも知れないし、そうじゃないかもしれない。

 

 だけど、魔災に生きた俺達は……困難を乗り越える言葉を知っている。


「なあ、皆」

 俺は、仲間達を見渡した。

 次に、配信を観ている視聴者に視線を送る。

 

 最後の配信を介して伝えるべきだと思ったのは、これしかなかった。

「誓おうぜ。魔災のない世界で、俺達はどんな言葉を持って困難を乗り越えるか……誓いを残すんだ」


 逆境を超える為の言葉だった。

 新たなスパチャブーストを開花させる為の言葉だった。

 

 次の世界で、皆はどう生きるのか。

 最後のLive配信は、いよいよ幕を閉じる。


 To Be Continued……

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