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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑪最後のダンジョン配信編
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【第百五十六話】世界の選択

 樹根に覆われていた巨人が崩落していく。

 Sympass運営、Last配信こと瀬川 沙羅を覆っていた殻が消えていく。

 いつの間にか俺を纏っていた白銀の鎧は、本来のパーカーへと戻っていた。

「……私は、1人で……」

「……」

 彼女は、力なく俯いていた。

「ユーザーは、運営の想定をいつも上回るんだな……はは……」

「姉貴」

「ずっと、孤独だった。怜輝との過去に交わした夢だけが、私の行動を正当化する唯一の存在だったんだ」

「なあ、姉貴」

 俺は強く、瀬川 沙羅を抱きしめた。

「……っ!」

「姉貴は1人じゃねえ。俺が居る。瀬川 怜輝はずっと居る」

「……だが、お前は……怜輝は」

 瀬川 沙羅の声が震える。

 だが俺は、そんな彼女の震えを押さえつけるように、より一層強く抱きしめた。


 思いのほか、彼女の身体は細かった。

 か弱い、たった一人の女性だった。


「っ、あ……」

「俺さ、姉貴と配信出来て良かった。幸せだった。だからさ……次だよ、次の夢を作ろう」

「……次……あ……ああっ……怜輝……すまない……皆、すまなかった……」

 瀬川 沙羅の頬を伝う涙。

 涙の欠片が、プログラミング言語が迸る大地に零れた。


 俺は静かに彼女から身体を離す。

「……もう、終わった。後は、ホログラムを消し去るだけだ」

「セーちゃん、これで……魔災は終わるの?」

 空莉は、念を押すようにそう問いかける。

 彼は……俺が消えることを知らない。

「ああ。終わる、これで全て」

「そっかぁ……もう、魔物に誰も苦しまなくていいんだね」

「そうだ。未来はこれから始まるんだ」

 改めてそう宣言すると、安堵のコメントが次から次に流れ始めた。


[最高][ありがとう]  [本当に最高の配信をありがとう]

[お前達の配信は忘れない][いつか会いに行くよ]

[また会おうぜ] [オフ会期待してる]


「……ああ。いつかまたさ、会おうぜ」

 俺は、最後の配信で嘘を吐く。


「……セイレイ君……」

 何かを言いたそうに、穂澄は俺の名を呼ぶ。

 だが、あえて俺は何も聞いていないふりをする。

「姉貴、案内してくれよ。魔災を終わらせる場所へ」

「……怜輝。お前は……」

 瀬川 沙羅は、何かを言いたげに口を開く。

 だが、きゅっと固く口を結び、それ以上は何も続けなかった。


 その代わり、俺達に背を向けて再び壁面に手を這わせる。

「皆、こっちへ来てもらおう。案内するつもりはなかったのだがな……」

 すると、壁面を切り取るように空間が生み出された。

 

 それはエレベーターだった。

「屋上へ案内する。そこに追憶のホログラムを配置している」

「追憶のホログラム……」

 最後の、追憶のホログラム。

 今までずっと描いてきた配信は、ついに終わりを迎える。

 

 俺達はもう、何も言葉を交わさなかった。

 ただそれぞれの想いを胸に秘めたまま、瀬川 沙羅の後に続く。


 ☆☆☆☆


 青空が澄み渡る。

 それに重なるのは「全世界同時中継」の為に映し出された、どこまでも遠くまで並ぶ巨大なモニターの数々だ。

 

 足元へ視線を送れば、そこには世界樹の葉がびっしりと敷き詰められていた。

 どこまでも続くような青空の下を埋め尽くすのは、人々の日常の残骸だ。


 かつて生きてきた、俺達の世界だった。

「この世界ともお別れか」

「……ああ」

 瀬川 沙羅は、静かにある方向へと歩みを進める。

 彼女が進む先にあったのは、ひとつの結晶体。

 

 今までに見たことのない大きさの、追憶のホログラムだ。

 俺達の体躯をゆうに上回る。辺り一面を照らす七色の結晶体がそこには存在した。

 瀬川 沙羅は追憶のホログラムを撫でながら、俺達に告げる。

「この追憶のホログラムを破壊することで、私が築き上げたデータは消失する。これで、何もかも終わる」

「……分かった」

 俺は静かに追憶のホログラムに歩み寄る。

「……いいのか?」

「ああ」

 瀬川 沙羅は念を押して確認するが、俺はほぼ無心で答えた。

 意識してしまえば、躊躇ってしまいそうだったから。

 

 本当は、消えたくない。

 皆ともっともっと、一緒に居たかった。


「……やだ」

 

 そんな俺の裾を引き、最後の決断を引き留める人物がいた。

「やだ。やだよ……セイレイ君……」

「穂澄……」

 穂澄は肩を震わせて、涙目で訴える。

「ホログラムで作られたセイレイ君も、ディルも、秋狐さんも。皆、魔災と一緒に存在が消えちゃうんでしょ。嫌だ」

「ばっ……馬鹿……!」

 穂澄が言わなければ、誰もその事実を知ることはなかった。

 何も知らなかった仲間達の目が、大きく見開かれる。


 穂澄は俺の裾を強く引きながら、懸命に己の言葉をぶつける。

「だって!なんで世界を救った英雄が消えないといけないの!なんで、なんで!世界はこれからなんだよ!?人生はこれからなんだよ!?なんで消えちゃうの!こんな仕打ちってない、私はこんな思いをする為に戦ってきたんじゃ……」

「……悪いな、穂澄」

「セイレイ君が消えるくらいなら、魔災が続いたって良い……ずっと、一緒に居たい……」

 肩を震わせて泣きじゃくる。

 穂澄はぺたりと座り込み、もう言葉を続けることは出来なかった。


「……」

 消えていたはずの迷いが、再び呼び起こされる。

「ねえ……セイレイ。消えちゃうの?」

 有紀が、念を押すように確かめる。

「……ああ。俺はホログラムで作られた存在だから。俺の存在と、魔災の終焉は……トレードオフ、だよ」

 トレードオフ。

 いつかディルが発した言葉だ。


 かつて商店街ダンジョンで発した、ディルの言葉が思い出される。


 ——何事も、トレードオフだよ。何事も失うことと得ること。それはイコールだよ。


 有紀は、力なく俯く。

「そんなのって、あんまりだ。せっかく、これから皆と人生を歩けるって思えたのに。これから、皆で……」

「……ごめん」

 もう、謝ることしかできなかった。


 次に、空莉が有紀の前に歩み寄る。

 ヘアピンを外した空莉は、強く拳を握っていた。

「セーちゃん」

「空莉」

 彼が、何をしようとしているのかは分かった。

 だが俺には、それを拒む権限はない。

 

 空莉は何のためらいもなく、俺の左頬を強く殴りつけた。

「——がっ……!」

 体勢を維持することは出来ず、思いっきり右側に倒れ伏す。

 

「セーちゃんの馬鹿っ!!」

 空莉は追い打ちをかけるように、俺の胸倉を掴み上げた。

「なんで隠してたの!なんで黙ってたの!消えるって分かってて、黙ってて!なんで最後にそんな隠し事をするの!」

「お前ら、それを知ったら戦えなかっただろ……だから、言えなかった」

「最悪だよ、最後の最後に僕達を裏切るなんて……こんな、こんなのって……」

 もうそれ以上、言葉にならなかった。

 空莉は肩を震わせて、胸倉を掴んでいた手を離す。

「……割り切れない。割り切れないよ……」

「悪いな……これが、世界にとっての最善なんだ……」

「最善って……僕達のことを、疎かにしないでよ……」

 仲間達の引き留める声を背にして、俺は改めて追憶のホログラムに向き直った。


 それから、瀬川 沙羅に語り掛ける。

「なあ、姉貴。俺さ、勇者になってよかったよ」

「……そうか」

「こんなに皆が慕ってくれてさ。ここまで付いてきてくれた。幸せだよ、幸せだったよ」

「……良かったな、怜輝」

 瀬川 沙羅は穏やかな笑みを浮かべた。

 

 右手に力を籠める。

 光の粒子は俺の願いにこたえるように、ファルシオンを生み出す。


 ——この剣とも、遂にお別れか。

 思えば長きにわたる配信の中で、ずっと俺を導いてくれたな。

「……追憶のホログラムを、破壊する」

 視聴者に向けて、そう宣言した。


 これで……世界は。

 皆の望む世界に。


[嫌だ]


 だが、空を泳ぐコメントが俺の目に留まった。

 空に表示されたいくつものモニターが、書き換わっていく。

 俺達の姿を映し出していたはずの配信画面。

 それが書き換わり、異なる映像を生み出す。


『セイレイさんには消えて欲しくない。一緒に未来を描きたいです』

 空を見上げる、集落の人々が。

『消えて欲しくない。嫌だ。もっと幸せになって欲しい』

 世界各地に生きる視聴者の姿が。

『セイレイ君。君のおかげで、俺達は世界を見ることが出来たんだ。消えるなんてあんまりだろう』

 かつて過ごした、海の家集落の人達が。

『瀬川君。君は十分に頑張りました……次は、私たちが頑張る番です。私達も協力してダンジョンを攻略します。時間はどれだけかかるか分かりませんが……君が消える道理はないですよ』

 空莉と過ごした、山奥の集落の人達が。


「……はは。怜輝は愛されているな」

 空一面を覆いつくすのは、視聴者の声だ。

 皆が、俺が消えて欲しくないと望む。

「……皆……皆……!」

 胸の奥が熱くなる。

 これまで積み重ねてきた戦いを共に進んできた視聴者が、俺が生き続けることを望んでくれる。


 更に空を泳ぐ白抜きのコメントも、次から次に加速する。

[生きろ] [セイレイが消えなくていい選択を探す]

[何か案は無いか]  [いつもの機転を見せてくれ]

  [セイレイにとって最善だとしても、お前らが消えるのは最善じゃねえよ]


 皆が、俺の存在を望んでくれている。

「……俺が、消えなくていい方法……」

 ならば、俺も最後まで諦めるべきではないのかもしれない。


 俺が存在したままで、世界に平和を取り戻す方法を。


「……あるよ。一つだけ」

 そんな中、黙りこくっていた道音が静かに口を開いた。

「……道音?」

「魔災が終わって、かつセイレイ達が消えなくていい方法。ずっと考えてた……一つだけ、ある」

 彼女はどこか躊躇いの滲む声音でそう呟いた。

 だが、覚悟を決めたようだ。

「瀬川 沙羅さん。前提の書き換えを、使わせてもらえる?」

「……船出 道音。一体何を考えている?」

「あなたも考えなかった訳じゃないでしょ?でも、怖くて出来なかったはずだよね。それは、死に等しい行動を選択することだから」

「何の話を……」

 道音は一体、何を考えているのか。


 彼女は俯いていた顔を上げ、俺達に自分の意見を告げた。


「前提の書き換え。それを使って”瀬川 怜輝が交通事故に遭わなかった”という前提に書き換えればいい」

「……っ」

 瀬川 沙羅の息を呑む音が聞こえる。

 だが、道音は構わず言葉を続けた。


「そうすれば、瀬川 怜輝を生き返らせる為にホログラムの実体化技術が開発されることもない。魔災が生まれることもない。全ては、ありのままの世界に還る」


 俺達は、世界の選択を迫られる。


 To Be Continued……

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