【第百五十四話】色
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
『そもそも、油断する方が悪いと思うんですっ』
『う、うるさいっ!だって仕方ないじゃん、突然「お前四天王な」って言われて何の準備も出来てないよこっちは!』
ただひたすらに無邪気な振る舞いで、俺達を元気づけてくれた雨天 水萌。
「……雨天」
小柄な彼女はいとも容易く樹根の一撃に吹き飛ばされたのか、壁にもたれかかる形で力尽きていた。
『おい、立てよ勇者様』
『……ありがとう、勇者セイレイ。君のおかげで、私は本当の自分を取り戻すことが出来たんだ』
数多の窮地と立ち向かう中で、常に自分自身の存在と向き合い続けた一ノ瀬 有紀。
「有紀……」
自らを囲う樹根の連撃を躱しきることが出来なかったのだろう。いくつも覆い重なった樹根の上に横たわる形で力尽きていた。
『俺は君みたいな子供に命を危険に晒して欲しくないんだ!』
『……セイレイ君、本当にごめんな』
幾度も迷いながら、それでも兄のような存在として寄り添ってくれた須藤 來夢。
「……ストー、兄ちゃん……」
彼は諦めなかったようだ。仁王立ちで倒れることなく。
地面を踏みしめたまま、その命を終えていた。
『たまにはこういう日も大事だよー……とか言ってたら、なんだか眠くなってきちゃった』
『ねえ、セーちゃんは僕と同じように、配信者としての力を得て後悔してる?それともしてない?』
俺と同じく、配信者としての道を選んだ、肩を並べて戦ってきた青菜 空莉。
「……空莉」
彼の周囲には、いくつも斬り払った木屑が散らばっている。懸命に戦い抜いた上で、勝てなかった。
『ふふんっ。そうですっ、私こそが都心に住まう配信者、荒川 蘭ことアランなのですっ!どーだ恐れ入ったか!』
『だから……っ、世界を救って……!もう、誰の命も不条理に奪われることのない世界を……作って……っ……』
お調子者だが、ひたむきに困難と向き合い続けた荒川 蘭。
「蘭……」
武器を持たない彼女だったが、懸命に攻撃を躱そうとしていたようだ。樹根に押し潰される形で力尽きていた。
『さ、説明は此処まで。案ずるよりも生むが易し、だね。セイレイ君、戦うよ?』
『ボクだって、こんな世界を望んでいなかった。セイレイ君が、希望の光となって、魔災から世界を取り戻すこと……それだけで良かったんだ』
詭弁を振りまきながらも、いつだって俺達の配信を導いてくれたディル。
「ディル……」
いつしか仲間達の為に尽力する勇者パーティの一人となっていた彼は、仲間を守ろうとしたのだろう。中央に立つ荒川 蘭の隣で倒れ伏していた。
『正直プロローグとか、ひとつの結末とか私には関係ないし。私はこの力であの日を取り戻したいだけ』
『でもさ。こうやって皆と居て初めて気付いた。まだ未来は描ける。まだ、諦めるのは早かった……すごく今更、だけどね』
かつて失った青春を取り戻す為、悪の道を選んで俺達と敵対していた船出 道音。
「……道音……」
彼女は、有紀と共に立ち向かうことを選んだようだ。有紀と並ぶ形で力尽きていた。
そして、俺の手に重なる細く、しなやかな一つの手。
「……あ」
手の先を辿れば、ずっと寄り添ってくれた彼女の姿がそこにはあった。
「……っ、ほ、ずみ……」
『……というか、セイレイ君はセンセーからの課題は終わったの?』
『だって、下手したらセイレイ君……死んじゃうかもしれないんだよ?嫌だよ、私、そんなの嫌だ』
『ありがとう、セイレイ君がどんな思いで描いたか何となく分かったよ』
数えきれないほどの言葉の数々が、脳裏を過ぎる。
『良い?セイレイ君、今目の前にあるダンジョン化した総合病院は、明らかに規模が大きすぎる。そんな規模を片っ端からしらみつぶしにしていくの?』
『セイレイ君もセイレイ君だよ!!居場所がここじゃないって何!?私達の十年間は何だったの!!ずっと一緒に魔災以降逃げ延びて……一緒に支え合って生きていこうって言ったじゃん!!』
「……っ」
頬から涙があふれる。
”自動回復”を失った今、俺にはもう、再び彼女と会える手段を持ち得なかった。
『ふふ、セイレイ君からそう言われちゃ、使わない訳にはいかないよね。ありがと、大事に使うよ』
『さて、解除……っと。セイレイ君、お願い』
『本当なら、こんな青春を描けてたのかな。私達』
『正しくないと思ったら、いつでも言うよ。いっぱい間違えよう、正解は私達で作るんだ』
「……っ、あ……あああ……っ」
希望は、どこへ。
[ふざけんな]
[俺達がどんな思いでセイレイ達を応援してきたと思ってんだ]
[こんな幕の閉じ方なんて無いだろ]
[返せ]
[馬鹿にするのも大概にしろよ]
瀬川 沙羅の背後に映し出されたモニターから、怒りの言葉が届く。
だが、優位に立った彼女は恍惚の笑みを絶やさなかった。
「ははっ、怜輝達の言うありのままの世界、かい?望み通りの世界に戻しただけなのに文句を言われる筋合いはないね。死んだ者は蘇らない、世界の道理だろ?」
「ふ、ざけ……んな……っ」
はらわたが煮えくり返るような気分だ。
だが、俺自身も全身に傷を負い、もはや立ち上がることも出来なかった。
配信画面に視線を送れば、コメント欄の下部に表示された”総支援額”の部分が消えている。
俺達の希望となっていたスパチャは、もう応えてはくれない。
「ただ、私だってそんな痛ましい姿の諸君を見ているのは心苦しいよ。そこで提案だ」
「提案……?」
瀬川 沙羅は倒れ伏した俺の前に屈みこみ、にやりと歪んだ笑みを浮かべた。
「私の心を満たす為、僕となれ。そうすれば、再び大切な仲間を蘇らせると誓おう」
「——!!」
自分でも驚くほど、心臓が跳ね上がった。
それは正しく、甘言だった。死んだ大切な仲間が戻ってくる、という言葉に激しく心揺さぶられる。
だが、心のどこかで冷静さを保った自分はこうも感じていた。
(……そっか、センセーもこんな気持ちだったんだな)
正しくない行動だと知りながら、それでも求めずには居られなかっただけなんだ。
大切な皆と過ごす時間。大切な居場所を手に入れる手段があると知りながら、どうしてそれを手放せるのだろうか。
「……お、俺は……」
揺らぐ想いのままに言葉を返そうとした時だった。
「……だ……め……」
背後から、掠れた秋城の声が響いた。
へたり込んだままの彼女は涙で濡れた顔を起こし、俺に語り掛ける。
「駄目。皆は、そんな形で生き返っても、きっと……喜ばない……」
「……それは……」
「自分達の為に、世界がめちゃくちゃになった、って知って。胸を張って生きていけるの……」
「……っ」
秋城の言葉は、揺らいだ俺の心を繋ぎ止める。
そんな彼女へと、次に瀬川 沙羅は語り掛ける。
「余計な茶々は入れるなよ、秋城 紺。せっかく自分の思い通りの世界を作れると思ったのに。怜輝が居て、ずっと永遠に配信を繰り広げる、理想の世界をな」
「残念、だったね。誰かが間違えるなら、正す人が必要なんだよ……?これが、Live配信、だもん」
「Live配信、ねえ。だけどもうそんな配信も終わりだよ……希望は潰えた。お前達を助ける人は、誰も居ない」
「ううん。まだ、セイレイ君が居る。彼が居る限り、世界から希望は消えない」
秋城は、不敵な笑みを浮かべた。
——まだ、彼女は俺に希望を抱いている。諦めていない。
ならば、証明しなければ。
世界に希望はあると。
「……希望」
——本当に、希望は無いのだろうか?
これまでずっと、俺達の配信を助けてくれたコメント欄。
俺は縋るように、コメント欄に視線を送る。
もうそこにスパチャはなくとも、言葉の力によって俺達は助けられてきたんだ。
[立って]
[負けないで]
[諦めないで]
——本当に、未来はないのだろうか?
[まだ負けていない]
[ここからだ!]
[まだまだ]
——本当に、スパチャが無いと意味がないのか?
[まだ俺達が居る]
[俺達も戦う]
[頑張れ!俺も戦う]
これまで受け取ってきた、沢山の言葉が駆け巡る。
俺にとって、言葉とは光だった。いつも正しい方向を探し続けては、何度も見失い。
そんな真っ暗闇の中、俺を導いてくれる道標だった。
光が見える。
「……そうだ」
脳裏を駆け巡る、皆の言葉。
その中により一層、俺の心に深々と突き刺さったままの言葉があった。
『変わらないでいてください。セイレイ君は、セイレイ君の、まま……で……』
ライト先生の最期の言葉だ。彼は、俺が俺のままで居てくれることを望んだ。
変わらないもの。
変わらない光。
「光なら、ある……!」
そうだ、これは配信なんだ。視聴者はモニターで、俺達の配信を見ている。
視聴者が見ている端末は?
小さな画面で繰り広げられる戦いの数々を表示するディスプレイは、どうやって俺達の姿を表現しているか?
流れるコメントフレームの色が、俺に答えを示してくれる。
そうだ。
変わらなくて、良かったんだ。
「この色だけで……よかった」
☆☆☆☆
思い切って、足に力を籠める。
もう立てないと思っていたが、想像以上に簡単に立ち上がることが出来た。
「……ほう。まだ立つか」
「まだ、終わってない。まだ……!」
光はある。
俺は、背後に座り込んだままの秋城に語り掛けた。
「……なあ。秋城、歌ってくれないか。”ペンと剣”だ」
秋城に”歌ってみた”のリクエストを提供する。
「……え、あ、うん!」
彼女は呆然とした表情を浮かべながら、それでもハッとしたようだ。
秋城も俺の背後で、ゆっくりと立ち上がる。
それから表情に覚悟を滲ませて、”ペンと剣”をアカペラで歌い始めた。
「……歌に、何の意味があると」
瀬川 沙羅は、見下すように俺をあざ笑う。
だが、これでいい。
やがて、彼女の歌声に誰かの声が混ざり始めた。
誰の声かは分からない。匿名の声が、秋城 紺の歌声に重なる。
一人。
二人。
十人。
百人。
いや、もっともっと。不特定多数の歌声が、秋城の歌と交わる。
「……なんだ。これは」
秋城を中心として繰り広げられる合唱に、瀬川 沙羅は困惑の声を漏らす。
「なあ、姉貴。光の三原色って知ってるか?」
「何の話をしているんだ、お前は……」
希望の光は、ずっと俺達を救ってくれていた。
俺達は、最初からそんな希望の光を持っていた。
スパチャ機能が追加される、ずっとずっと前から。
「赤、青、緑。その三つの色が混ざり合うことで、光を表現できる。黄色だって、その中の一つだ。ディスプレイに表示される画面は、その原理を役立てたものだ」
「……今更、何の話だ?ここに来て、教科書の話か?」
瀬川 沙羅はあくまでおどけたように言葉を返す。
恐らく理解できていないのだろう。ならば、理解できるまで言葉を交わすのみだ。
「スパチャブーストは、俺達にとって希望の光だったよ。なあ、全ての希望が集う先は、何だろうな?」
「……まさか……!!」
そこでハッとしたのだろう。
瀬川 沙羅は大きく目を見開く。
そうだ。
最初から答えは、すぐそこにあった。
最初からあったものに、気付かなかっただけだ。
[来た]
[立ち上がれ!]
[待ってたよ、お前のこと]
[未来を見せて]
真っ白なコメントフレームが、いくつも流れる。
もう、コメントの数々に色は宿らない。
だって、それは。
「スパチャブースト……”白”」
全ての光の集う先だから。
To Be Continued……
世界に、希望を。