【第百五十三話】生と、死
【配信メンバー】
・全ての配信者
「……素直に驚いたよ。ここに来て誓い、か」
瀬川 沙羅は賞賛の言葉を浴びせる。
それから、小さく咳払いして姿勢を正した。
「戦いの歌」のスキルの発動効果が切れ、俺達を纏っていた純白の光が消える。
楽曲を歌い切った秋城は、息を整えた後に瀬川 沙羅に語り掛けた。
「私達はいつだって、成長し続けるよ。未来を描きたいもん」
「ホログラムの世界に浸っていれば、何も変えなくていい、安寧の日々を過ごせるのにか?」
「あんなのは偽物だよ。未来が見えないものを平和って呼べるはずがない」
「未来とは辛く、苦しいものだ。そんなものを感じ取るくらいなら、いっそ未来なぞ消し去ってしまった方が良いと思うがね?」
「……本当に詭弁が好きだね。ディル君の思考はここからきていたんだね……」
秋城は呆れたようにため息を吐きながら、再び彼女と視線を交える。
「どれだけ現実が辛くても、負けるわけには行かない。手を差し伸べてくれる人が居る限り、私達は戦うんだ」
「……ふうん。相も変わらず美しい生き様だね、諸君の配信は」
そこで言葉を切り、瀬川 沙羅は話題を切り替える。
「雨天 水萌はクラーケン。船出 道音はフック船長。荒川 東二はゴーレム。青菜 空莉は鎌鼬。秋城 紺はハーピー。皆、魔物としての姿を持った配信者だった」
「……一体、何の話?」
ホズミの杖を握る手に力が籠る。警戒の色が、より一層強まる。
「配信者に対して、盲目的となるファンのことを”信者”と呼ぶらしいな。つまり、配信者とは”神”に等しい存在と言えるだろう」
「だから、何の話を……?」
「そして、そんないくつもの配信者が集う場所、世界樹の最上階。つまり神の集うここは”高天原”と言っても遜色ないだろう」
「遜色あるでしょ」
支離滅裂な解釈を続ける瀬川 沙羅。
「私が持つ姿は、一体何か。数多の配信者を生み出したSympass運営。そうだな、沢山の神を生み出した、”イザナミ”と言えるだろう」
「何がイザナミだ。沢山の人々を殺しておいて、何が……!」
俺は瀬川 沙羅のいう事を理解できず、いきりたって反論する。
だが彼女の暴走は止まらない。
樹根が駆け巡る。沢山の命を奪った木々が、瀬川 沙羅を取り囲む。
「生と死を司る存在。私の意思で、私の判断の元、世界は調整される。どうだ、イザナミという名を冠するに相応しいと思わないか?」
「そんな訳ねえだろっ!!姉貴一人の判断で良いようにしていい世界じゃねえっ!!」
「せっかくいいアイデアだと思ったのだがね、残念だよ」
やれやれ、と瀬川 沙羅はため息を吐く。
「ホログラムと言う黄泉の国を作り出して、怜輝に会いに来たんだ。そんな怜輝に突き放されるなんて、残念でままならないよ」
「やりすぎたんだ、姉貴は!黄泉の国だろうが何だろうが、ぶっ壊してありのままの世界に戻す!!また皆が未来を描けるように!!」
「未来、ねえ。全員が等しく未来を歩けるわけではないだろう。不平等、不公平が存在する世界に戻そうというのかい?」
姉貴の言う事は、確かに間違っていないのだろう。
間違える。
正しくない。
どんな世界でだって、きっとそれは存在する。
でも。
「姉貴一人で管理する世界が、正しい世界なんてあってたまるものかよ!」
「それは感情論?理屈じゃないね」
「感情で、何が悪いっ!スパチャブースト”青”!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
感情の迸るままに、俺は淡く、青い光を纏った両脚を駆使して跳躍。一気に樹根を纏った瀬川 沙羅へと距離を縮める。
「……やれやれ。馬鹿はいつまで経っても馬鹿だな」
瀬川 沙羅は何度目になるか分からないため息を吐きながら、樹根を操作する。
やがて彼女を取り囲む形で蠢いていた樹根が、瀬川 沙羅のシルエットに沿うように這い巡る。
まるで、それは鎧のように。
「——っ!?」
彼女が纏う樹根の鎧が、いとも容易く俺が振り下ろす一撃を左腕で受け止めた。
「運動は苦手だからね。これで勘弁してくれよ」
そう言って、彼女は左の掌をゆっくりと開く。
同時に、腕の先から伸びた樹根の槍が俺に襲い掛かる——。
「がっ……!!」
「セイレイ君っ!」
ホズミの悲鳴が聞こえる。
俺の左肩を樹根の槍が貫く。
苦悶の声が漏れるのを実感しつつ、俺はすかさず彼女から距離を取った。
「っ、う……」
「大丈夫?これ使って」
ホズミは慌てて俺に魔素吸入薬を差し出す。
「っ、悪い、助かる……」
それを吸い込むのに伴って減少していた体力ゲージが、一気に回復する。
俺が体力を回復している間に、入れ替わる形でnoiseが駆け出した。
「スパチャブースト”赤”っ!!」
[noise:金色の矛]
noiseの持つ金色の短剣の刀身が伸びる。それは、鋭く天地を穿たんと伸びる光の刃を作り出す。
彼女は毅然とした立ち姿で、瀬川 沙羅と対峙する。
「……ほう。一ノ瀬 有紀。お前なら私の言う事が理解できるのではないか?苦しいことばかりだっただろう。何も考えたくない、と閉じこもろうとしたのだろう?」
「確かに、瀬川 沙羅さんの言う事は理解できるよ。行動しなければ楽なんだ。苦しくないから、怖くないから」
「だとしたら何故、お前は今私に刃を向ける?」
「……時間は、残酷だからだよ」
そう言って、noiseは音もなく駆け出した。
「……っ」
瀬川 沙羅は咄嗟に身構え、その樹根の盾を駆使してnoiseの攻撃を受け止める。
だが、戦闘技術でnoiseに勝てるはずもない。
”金色の矛”を用いた斬撃をブラフとし、死角から的確にダガーを放つ。
「っ、あ……っ!」
針の糸を通すような一撃が、瀬川 沙羅の柔らかな肌に突き刺さる。苦悶の声を上げながら、彼女は慌ててnoiseから距離を取った。
だが、noiseは追撃しない。その代わり、自らの言葉を浴びせる。
「もし、瀬川 沙羅さんが寿命を迎えたら?もし、瀬川 沙羅さんの考えが、時間が経ってから変わってしまったら?取り返しのつかないことが、世界中に起こるんだよ。そうなってしまったらもう遅い。思考を奪われた人類は、本当の意味で終わる」
「う、うるさいうるさいっ……!無能なお前ら如きが、偉そうに私に説教をするなっ!!」
声を荒げながら、瀬川 沙羅は右手を高く掲げる。
その声に応えるように、高く頭上から伸びた樹根の槍が、俺達を狙って襲い掛かる。
「どう足掻いたって、出来ないことはある!ストーの千紫万紅が覚醒していなかったら、お前達はとっくに死んでいただろう!奇跡に救われているだけのお前達に、私の世界を壊されてたまるものか!!」
もう、そこに冷静さは何処にもない。
ただ取ってつけたような理屈のみで、瀬川 沙羅は俺達に猛攻を浴びせているに過ぎない。
だからこそ、俺達は互いの力を合わせるのだ。
「”出来ない”を、”出来る”にする。その為に、皆が集まるんだよ」
クウリは穏やかな笑みを浮かべながら、降り掛かる樹根に視線を送る。
それから大鎌を構え、静かに宣告を放った。
「スパチャブースト”赤”」
[クウリ:瞬貫通]
重なるシステムメッセージと同時に、クウリは大鎌を横に薙ぐ。
次の瞬間、無数に刻む不可視の斬撃が、次から次に降り掛かる樹根を切り裂いた。
「……青菜 空莉。お前まで……」
「沙羅姉はさ、セーちゃんと敵対することが本当の望みだったの?子供の頃さ、三人で遊んだ思い出。それを穢す為に戦うの?」
「過去は過去だ。今は今。理想が叶わないのなら、過去に意味なんてない……!」
ばらばらに砕けた樹根が、木屑の雨となって俺達に降り注ぐ。
そんな中、クウリは静かに語り続ける。
「僕達は理解を諦めない勇者一行だからさ。沙羅姉の本心を聞きたいな」
「本心だとも!これは、私の……!!」
クウリの差し出す掌を拒絶するように、次に瀬川 沙羅は両手を正面に突き出した。
「私から、離れろっ!もう誰も、私に歩み寄るなっ!!」
次の瞬間、瀬川 沙羅の両腕の先から一直線に伸びる樹根。
まるでそれは巨大な杭の如く。
大気を穿ちながら、瞬く間にクウリへと襲い掛かる——。
「拒絶、ねえ。スパチャブースト”赤”」
次に、クウリを庇うようにしてディルが前に立った。そして、迷いなくディルは右手で銃の形を作りながら宣告する。
[ディル:堕天の光]
流れるシステムメッセージと同時に、ディルの指先から収束した漆黒の熱光線が放たれる。
稲妻を帯びた”堕天の光”は、瀬川 沙羅が打ち出した杭の如き一撃を打ち破った。
「あぐっ……!」
貫通した熱光線が、遂に瀬川 沙羅の右肩に直撃する。
苦悶の声を上げ、右肩を抑えながら彼女はディルを睨む。
「……コピー品が、偉そうに私に説教か?」
「一人だから考え方が歪むだけだよ。周りを見てみなよ、色んな考え方があるよね?色んな感じ方があるよね?正解ってさ、本当にキミ一人にしか見つけられないもの?」
「お前にだけは、言われたくない……!」
「本当に頑固者だね。ま、ボクもそうだった、と言われたら否定できないけどね。あははっ」
ディルは苦笑いを浮かべながら、次に俺を見た。
「さて、セイレイ君。この馬鹿を一発ぶん殴ってよ」
「……ああ!」
仲間達の言葉を受けて、俺は瀬川 沙羅へと駆け出す。
「姉貴っ!もう意地張るのはやめろ、こんな世界……間違ってる!!」
右手に力が籠る。
俺は、迸る感情の奔流に身を任せ、宣告する。
「スパチャブースト”赤”あああああああっ!!」
[セイレイ:竜牙]
やがて光が刻む、龍の刻印。
本物の勇者として、世界を救う為。
「……セイレイ君……」
俺の背後で、ホズミはポツリと悲しげな声を漏らしていた。
それに気づかないふりをして。
ファルシオンを握った腕を振り上げる。
「これで、終わらせるっっっっ!!」
光纏う、龍の刻印が描く一撃。
それは、瀬川 沙羅の世界を終わらせるに等しい力を持っていた——
——はずだった。
「スパチャ機能を”削除”する」
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スパチャ が削除されました]
次の瞬間、右手に描かれた龍の刻印が消える。
光が、消える。
「……え?」
「じゃあね、終わりだよ」
フェアな戦いを望むと思っていた。
だけど、それは俺の一方的な思い込みだった。
茫然とする俺や仲間達を他所に、彼女はニヤリと笑う。
「私の、勝ちだ」
振り下ろされる樹根。それは鞭の如く振り下ろされ、俺を、仲間達を、打ち付ける。
「っ、ああああっ……!」
「ぐっ……あ……!」
「きゃああああっ……!」
「うわあああああ……!」
沢山の悲鳴が響く。
今すぐに、仲間達の元へと駆け出したい。
でも、届かない。
ただ無尽蔵に減り続ける体力ゲージが、配信画面に残酷にも表示される。
雨天 水萌の体力ゲージが全損した。
「……あ」
一ノ瀬 有紀の体力ゲージが全損した。
「……あ、あ……」
前園 穂澄の体力ゲージが全損した。
「……嘘、だ」
須藤 來夢の体力ゲージが全損した。
「……なん、で……」
青菜 空莉の体力ゲージが全損した。
「みんな……」
荒川 蘭の体力ゲージが全損した。
「……なんで……なんで……!」
ディルの体力ゲージが全損した。
「俺は、こんなことの為に来たんじゃ……」
船出 道音の体力ゲージが全損した。
「……俺は……」
生き残ったのは、俺と秋城 紺の二人だけ。
「……スパチャブースト”緑”……」
なけなしの望みに掛けて宣告する。
だが、空虚な声が響くのみで、システムは何の意味も持たなかった。
「……なんで、こんなひどいこと……出来るの……!」
秋城は、涙と怒りで顔をぐしゃぐしゃにした表情で瀬川 沙羅を睨む。
「意味なんて無いんだ。所詮システムで生かされているに過ぎない存在と言うことさ、お前達も」
「皆の命を、何だと思ってるの!何の為に皆生きてきたと思ってるの!」
「ははっ、何の為に、か。生に意味を見出そうとするのは哀れだと思うがね。所詮は天の赴くまま。今は私がその権限を握っているに過ぎないのさ」
「ふざけないで、ふざけないで……よ……」
遂に返す言葉を失い、秋城は蹲って泣きじゃくり始めた。
俺は、静かに周りを見渡す。
先ほどまで俺とずっと戦ってきた、仲間達の亡骸。
誰一人として、ぴくりとも動かない。
To Be Continued……
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