【第百五十一話】死にゆく者こそ
【配信メンバー】
・全ての配信者
「げふっ……さて、諸君。魔災が無ければあった世界を辿ってきて……一体何を想うのか、教えてくれないだろうか……っぅぅ……」
瀬川 沙羅は、含みを持たせた問いを投げかける。
……わさび寿司のダメージが残っているのか、むせたことはあえて無視するとしよう。
本当に、考えることは沢山あった。
学生服に身を包んだ俺達は、互いに顔を見合わせる。
勇者パーティを代表して、俺が皆の前に立った。
「何度も想いを馳せた。平和な世界に生きていたら俺はどんな風に生きていたんだろうって。今の現実と比べたことも一度や二度じゃない」
「ふむ」
「ダンジョンに入ろうとしなかったら。勇者にならなかったら。行動しなかったら。行動していたら。沢山の後悔を重ねた。沢山のたらればを繰り返したよ。でも、過去だ。過ぎ去ったから、過去なんだ。そこにもう、取り戻したいものは存在しない」
「……そうか。ならば怜輝は、何のために戦うんだ?」
「決まってるだろ」
もう、答えに迷わない。
沢山の責任を背負ってきた。
自分の行動が、誰かにとって苦痛を生み出すんじゃないか。誰かにとって、自分の行動は不利益を被るものじゃないかと悩んできた。
でも、何もしないで後悔するくらいなら。
俺は、行動して後悔したい。
「俺が考える、皆にとっての最善だからだ」
ホログラムの消失。
それによって、皆が信じてくれた俺が消えるとしても。
その最善の世界に、俺はいないとしても。
「……そうか。そろそろ、最上階に着く」
瀬川 沙羅は俺から顔を背け、何も反応を示そうとはしなかった。
これ以上の話は、刃を交えつつも語るつもりなのだろう。
★★★★
エレベーターに表示されたモニターは、最上階であることを示していた。
「そう言えば、魔王城は通らないんですね?」
雨天は首を傾げ、そう質問を投げかける。
言われてみれば、世界樹の前には魔王城での配信があったはずだが。
だが、瀬川 沙羅は淡々と質問に答えた。
「魔王城は現実に存在するものじゃなかった。千戸 誠司の世界を、私が表現する気にはならないよ」
「そう、ですか。それは、罪悪感から来るものですか?」
「……」
「都合の悪いことはだんまりですか。社会人ですね」
雨天は皮肉を込めてそう言葉を返す。
だが、彼女の厭味も無視して瀬川 沙羅は一足先に部屋へと進む。
エレベーターから降りた先は、辺り一面真っ白な世界が広がっていた。
壁を、地面を、薄緑に光るプログラミング言語が迸る。
沢山の世界を書き換えてきた言語が、俺達を囲う。
そして、瀬川 沙羅の背後に映し出される巨大なモニター。モニターが描くのは、俺達の配信画面だ。
モニターの右下に表示される[comment]の欄には、俺たちを応援するメッセージが流れていた。
[絶対に勝って 50000円]
[お願いします。世界を取り戻してください]
[勝て]
[もう二度と、魔物が居る世界を作らせないで]
[終わらせろ]
[希望を頼む 50000円]
「……本当に、怜輝達は世界を救う勇者パーティそのものだよ。ただ、戦う前に聞いてもいいかい?」
「なんだよ姉貴、改まってさ」
瀬川 沙羅はちらりと背後に移る配信画面に視線を送る。
それから、改めて俺達に質問を投げかけた。
「……怜輝、いや。勇者セイレイ。お前達はどうして、そこまでもがき、生きるんだ?」
それは、有名なゲームの前口上だった。
「どうして、か。姉貴は一体何を確かめたいんだ」
「なに、確認したいだけだよ。滅びこそ、私が求めた喜びさ。全てをリセットし、書き換える。辛い苦しみも、悲しみも。無かったことにしてしまえば良い」
「自分の不利益になるものを書き換えるだなんて、道理じゃねえだろ」
「だが、道理じゃないことがまかり通るのが世界だ。都合の悪いことを全て消し去ってしまえば、残るのは喜びだけさ」
瀬川 沙羅は右手を高く掲げた。
彼女の周囲に、無数の樹根が盾となるように這い巡る。
「ディル。お前なら分かるだろう?死にゆく者こそ美しいんだ。死をもって、人は完成するからな」
話を振られたディルは「はっ」と鼻で笑う。
「ボクもそれには賛同するよ。ただ、作った死なんて、所詮贋作に過ぎないと思うけどね。懸命に生きた先の死だからこそ美しいんだよ」
「ふむ。同一の存在というのに、どこかで価値観が変わってしまったのだろうか?死とは全て美しいものだよ。人は死をもって完結する。そうさ、完結ブーストが得られるのさ」
「ふざけたこと言わないでよ。何が完結ブーストだよ。みっともなく死ぬくらいなら、ボクは懸命に世界に抗って生きる」
「平行線だな」
「全くだね」
俺達は、各々に武器を顕現させる。
もうこれ以上はお互いの想いをぶつけ合うことでしか、解決しないのだろう。
沢山の人々の想いを経て、繋ぎ合わせて戦ってきた勇者パーティ。
たった一人で、持ち合わせた才覚のみで全世界を支配した天才。
世界の存続を決める為の配信が、今始まる。
瀬川 沙羅は楽しげに笑い、両手を広げて叫んだ。
「さあ、怜輝!おいで!!私の腕の中で終わらせてあげるよ」
「終わらせねえよ!始めるんだっ!!」
俺は声を荒げ、瀬川 沙羅の言葉に反論する。
だが、彼女の言葉は止まらない。
「願っただろう、姉弟として共に配信するのだと!始めようか、Sympass最後の配信をっっ!!」
樹根が四方八方に駆け巡る。
[追憶の創成者:瀬川 沙羅]
モニターに流れるシステムメッセ―ジには、そう表示されていた。
創成者。
その言葉が、俺達にとっての最後の戦いなのだと知らしめる。
「セイレイ君、終わらせよう。願いも、想いも、何もかも繋ぎ合わせるんだ」
ホズミは、覚悟の滲んだ表情で杖を握る。
「俺は、もう流されない。自分の意思で、道を切り開く」
ストーは、両腕を漆黒のガントレットに身を包み、そう決意を露わにした。
「皆との時間を生きたいから。もっと、皆の時間を盗んで生きるの!」
noiseは腰に携えた金色の短剣を引き抜き、毅然と立つ。
「沙羅姉が望んだ世界は、本当にそれだったのかな。何で間違えちゃったんだろうね……」
クウリは大鎌を握りながら、どこか愁いを帯びた表情で呟いた。
「もう閉じこもりませんっ。もう逃げも隠れもしないですっ。終わらせましょう、全部!」
雨天は槍を両手で握り、低く構えた。
「楽しい時間はいつか終わる。幸せな時間は終わるんだよ。分からせよう、伝えるんだ」
アランは真っすぐに瀬川 沙羅を見据えて立つ。
武器を持たない彼女は、後方で支援に徹するようだ。
「間違えるのは当然だよ。正しくない道を選ぶことだってあるよ。だけど、それを肯定するのは違う」
道音は”フック船長”の姿となり、湾曲刀を腰に携えた鞘から引き抜いた。
「辛いことはいっぱいある。でもね、辛い世界を拒んで幸せだけ享受しようだなんて……間違ってる。辛いを、皆でマイナスにするから、幸せなんだっ!!」
配信者ではなく、たった一個人の女子高生として秋城は叫ぶ。
彼女の背後に、巨大なスピーカーが顕現した。
「さて、もう一度転生しようか。そろそろ気付く時間だよ。ねえ、ボクのオリジナル?」
ディルは皮肉染みた笑みを浮かべた。
それから顕現させたチャクラムを人差し指で振り回す。
沢山の死があった。
沢山の生があった。
そんな数々の生き死にを通して、俺達は生きる。
「始めるんだ!俺達のプロローグを!!」
ファルシオンを顕現させ、俺はそう高らかに叫ぶ。
「スパチャブースト”青”っっっっ!!!!」
もう、迷いはしない。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
赤:竜牙
クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
赤:瞬貫通
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:純水の障壁
黄:水纏
赤:クラーケンの触手
ストー
青:Core Jet
緑:Core Gun
黄:Mode Change
赤:千紫万紅
ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏
赤:堕天の光
アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト
黄:ホログラム・ワールド
赤:悟りの書