【第百五十話(3)】追憶(後編)
【配信メンバー】
・全ての配信者
俺達がエレベーターに乗り込むのを待ってから、瀬川 沙羅は思い立ったように提案する。
「諸君が望むなら、学生服のまま追憶の世界を辿るのもいいが……どうだい?」
ホログラムによって構築されたドローンを指差しつつ、そう語る彼女。
確かに、撮影を瀬川 沙羅が担ってくれるとなれば秋狐や道音がドローンの姿となる必要はない。
その提案を受けた秋城は、自らが前に立って提案に回答する。
「……正直。迷うところだけど……お願いして、良いかな」
瀬川 沙羅は軽く目を見開いた。自ら提案したは良いが、その回答自体は予想外だったのだろう。
「驚いた、秋城 紺は元の配信者の姿に率先して戻るかと思ったが」
「今回の配信でSympassが終わるんだよ。だったら、現実の姿で最後は過ごしたい」
……最後。
その言葉の真意を理解しているものは、そう多くない。
「ふむ。だそうだが、皆は反論無いだろうか。無ければ、この姿のまま追憶を辿ろう」
「むしろ学生服姿の方が自然だよな。本来はこの衣服で辿るべきだった世界ばかりだ」
ブレザーの裾を軽く引っ張りながら、俺はそう言葉を返す。
誰一人、俺と秋城の意見を否定する者はいなかった。
「学生服の方が自然……か。それもそうだな」
瀬川 沙羅はくすりと笑う。
その言葉を合図とするように、再びエレベーターが稼働した。
「さて、一ノ瀬 有紀達の母校を経て、ようやく諸君は世界の核心に近づいたわけだ。私……瀬川 沙羅がこの世界に大きく干渉している、という事実を知ることとなった」
★★★★
エレベーターが止まり、再び追憶の世界が開かれる。
開放的な印象を受けるターミナル・ステーション。いくつものホームに並ぶ電車と、それを覆いつくすいくつもの施設の数々が俺達を迎え入れる。
——敵対していた武闘家ストーと刃を交えた場所だ。
でも、それだけの場所ではない。
「ここは、ボクにとってはあんまり気分の良い場所じゃないな。ロクなもんじゃなかった」
ディルは辟易とした様子で苦笑いを浮かべた。
ホズミの両親だったスケルトンが、俺達の敵となって襲い掛かった場所。
魔王セージが現れ、俺とディルが作られた命なのだと暴露した場所。
「真実っていつも残酷なんだ。知りたいと願うけど、知ってしまった後の自分が怖い。だから、何も知らないまま、何も感じないまま過ごす方が良い。そう願っても、遠ざけても、向こうから近づいてくるからね」
「ディル……」
「あの日、勇者セイレイは死んだ。死とは気付き。気づかなかった自分が死に、気付いた自分が生まれる。ホログラムによって作られたと知らなかったセイレイ君は、作られた存在だと知る。もう、知らなかった自分には戻れない。無知な自分が死んだから。戻れないから……」
何度も俺達を振り回してきた、詭弁染みた言葉。
だが、今は彼の言葉に意味がないと思うことは出来なかった。
ディルは、大きく深呼吸した後に言葉を続ける。
「馬鹿は死ななきゃ治らない。それは、ただ生命活動の終わりを意味するだけじゃない。知らなかった自分が、気付くこと。それもまた一つの死だよ。気付き、生きて、また気付き。その転生を繰り返す中で、馬鹿だった頃の自分は消えていくんだ」
ディルの言葉に、ホズミは頷く。
それから、彼の言葉に続けるように自身の意見を重ねた。
「スパチャブーストの根底にあるのは気付きだった。取り戻したいものがあることに気付いて、でも取り戻せないものもあって。そんな二度と戻らない後悔を繰り返さない為に手に入れた力……それが、スパチャブーストだった」
「そうだね。ボク達は、誰かの助けが無いと生きていけない。スパチャは、そんなボク達を支える力の源だったよ」
「うん。皆の想いがあったから、私達は戦えた」
次に、ディルはストーに視線を送る。
「ストー君。キミは沢山間違えた。周りに流され、自分のやっていることの善悪を見失い。そんな不確かな世界の中……キミは一体何に気づいた?唯一、自らの意思ではなく運営の力を持ってスパチャブーストを扱うキミは」
真っすぐな視線を受けたストーは、どこか自嘲の笑みを浮かべる。
「ディル君の言う通り、俺は自分の意思で何かを選ぶことを拒んできた。何かのせいにしないと、自分を正当化できなかった」
「自分の中の最善を見つけ出すって、難しいことだよね。だから、何かに縋るしかない。それが最善だって思いたいから。簡単に手に入る最善だって……」
「……そうだね。俺は周りに流されない心の強さを持とうともしなかった。きっと、同じ間違いをいつかするんだろうなって思うよ」
「そう思えている内は大丈夫だよ。自分は完璧だから、って思い込むよりはマシさ」
「うん。そう思うようにするよ」
ストーは、ディルの言葉に納得したようだ。
エレベーターに乗り込み、瀬川 沙羅に声を掛ける。
「自分の意思を強く持つって、難しいことだよね。どうしても、自分に自信を持てなくて、何かに縋らないといけない時もある」
「……須藤 來夢の言う通りだ。自分の行動が正しいと思いたくて、縋りたいんだ。縋りたいだけなんだ」
「うん、そうか。君も、縋らないと生きていけなかったんだな」
「……」
須藤は、瀬川 沙羅の何を理解したのだろう。
彼女はどこか陰りを帯びた笑みを浮かべて黙りこくってしまった。
★★★★
次に広がっている世界は、今までと大きく様相が異なっていた。
「……パパ……」
アランは、エレベーターから降りるなりポツリとそう呟く。
彼女にとって、最も思い出の深い場所だ。
まるでホログラムによって構築されたとは思えないほど、広大なビルの数々が俺達を取り囲む。
大都会。
そこは、世界の核心に迫る場所だった。
アランと、彼女の父親——荒川 東二と出会い。
沢山の配信を繰り広げた場所。
そして、瀬川 沙羅と初めて出会った場所だ。
「諸君と私は、初めてここで出会ったのだったな。Sympassの運営、そして、魔災を引き起こした張本人と知った場所だろう」
自ら、魔災を引き起こした張本人であることを宣言する。
自虐にも似たその言葉に、彼女は一体何を考えているのだろうか。
「……私は、あなたを許すことなんて出来ません。パパに皆を傷つけさせて、苦しめて。本当に、酷い配信だったから」
そんな時、アランは、静かに怒りを滲ませた表情でそう語った。
瀬川 沙羅もそれは否定するつもりはないようだ。真剣な表情で頷き、アランに向き直る。
「まあ、許しを請うこと自体が傲慢と言うものだろう。私は弁明する権利を持たないよ」
そこで彼女は言葉を切り、曇った顔で俯く。
「ただ、考えるんだ。父親と娘……対等な瞳を受取っていた荒川 蘭。私も、そんな真っすぐな瞳を受取りたかった、とな」
「瀬川 沙羅さんは、お父さんから愛されたことはなかったんですか?」
「どうだろうな」
その言葉に明確な答えを持たないようだ。瀬川 沙羅は聳え立つビルの数々に視線を送りながら、自分の考えを告げる。
「私はただ、娘として扱われたかったんだ。だが、父が私に向ける目は……上司と部下のようだったよ」
「上司と部下?」
「ああ。私は無心の評価が欲しかっただけなんだ。決して、研究者としての評価を求めた訳じゃない」
「……」
アランは瀬川 沙羅の本心を探るように、彼女の目を見据える。
だが、それ以上のことは語ろうとしなかった。
「どんな事情があろうと、他人を傷つけていい理由づけにはなりません……」
怒りか、悲しみか。
あるいはその両方か。
いくつもの感情の混じった言葉をアランは残して、エレベーターに乗り込んだ。
そんな彼女の後姿を眺めながら、瀬川 沙羅もぽつりと呟く。
「……行こうか」
「ああ」
上階に進むにつれて、瀬川 沙羅の表情に陰りが帯びていく。
沢山の冒険の痕跡。沢山の思い出。
俺達に見せる光景を作ることに、彼女はどのような想いを乗せたのだろう。
★★★★
「……楽しかったな、あの配信は」
秋城は、目の前に広がる光景に懐かしむような笑みを浮かべた。
俺達を迎え入れるように、沢山の風船が浮かび上がる。
色とりどりのポップに、遠くまで通路を挟む形で並ぶ店舗。
ショッピングモールに足を踏み入れた俺達よりも、秋城は先に進んでいく。
「本当は、こんな楽しい配信をずっと、ずっとやりたかったの。皆に楽しんで欲しい、笑って欲しい。そんな思いを込めたんだ」
「ああ、十分に伝わったよ。本当に、四天王戦とは思えない配信だった」
俺は、本心からそう言葉を返した。
これまでの殺伐とした配信を忘れさせる、賑やかな戦いだった。
「だとしたら、私の思い通りだね」
秋城はにこりと嬉しそうに笑う。
それから、同様に懐かしむように遠くを見ていたクウリに駆け寄る。
「クウリ君もっ、楽しかったよね」
いきなり呼ばれると思っていなかったのか、クウリはぎょっとした表情で秋城を見やる。
「えっ、あっ、うん?いや、懐かしいなって思って、ごめん聞いてなかった」
「えー?もうっ、仕方ないなあ。皆で笑ってさ、楽しんでさ、こんな配信がやりたかったんだよね」
「……楽しかった。ただお互いに傷つけ合うだけじゃないんだって思ったよ。本心のぶつけ方も色々あるんだね」
「うんっ。皆で笑顔になるのが一番なんだっ!」
そう言って、秋城は楽しそうに大きくジャンプする。その動きに連なり、ふわりとブレザーが揺れた。
しかし、思い返したように秋城は恥ずかしそうにスカートを抑える。
「わ、わっ。そう言えば今は和服じゃないんだった……あはは」
「……気を付けてね」
クウリはバツが悪そうに、秋城からそっぽを向いた。
「紺ちゃん。気を付けた方が良いよ、多分クウリ君むっつりだよ」
話に割って入るように、道音は悪戯染みた笑みを浮かべた。
「なっ……」
クウリの表情が硬くなった。それから、肯定とも取れるように彼は目を逸らす。
「へえ、クウリ君。そうなんだ、変態さんなんだ?」
「え、男って皆そんなもんじゃ……あ、違」
「最後の最後に面白いこと聞いちゃったっ、ぷぷっ」
重大な秘密を握ったと言わんばかりに、秋城はにやにやと笑う。
彼女の口角が上がるのと比例するように、クウリの顔も赤くなっていく。
「ご、誤解だっ。違う、違うんだって!」
「へーんたいさんっ☆」
「あーもうっ!沙羅姉!次!!」
クウリは逃げ込むようにエレベーターに入り込む。
「おわっ!?もう少し映し出される光景に感動して欲しいものだが……」
不本意な状況だったのか、瀬川 沙羅は困惑の声を漏らす。
「感動とはかけ離れた配信だったよあれはっ!!」
「ぷぷっ、本当にねー」
追いかけてきた秋城はどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
……楽しそうと言うよりは、どこか邪悪な笑みだ。
「さ、瀬川 沙羅さん。ちょっとお土産持ってきましたっ」
「……は?」
「はい、どうぞっ」
秋城はどこから取り出したのか。
瀬川 沙羅の眼前にタッパーに入った稲荷寿司を取り出した。
……おい。
おい。
「お前、ちょっと待て」
その正体が何なのか理解し、俺は慌てて秋城に声を掛ける。
同様に、瀬川 沙羅の表情も固まった。
「はは、冗談だろう?仮にも私はLast配信だぞ。Sympass運営だぞ」
「だからこそだよ。そ、れ、と、も~~?」
そこで言葉を切り、秋城は歪んだ笑みを浮かべる。
「視聴者の期待に応えない、薄情な配信者なんですかーっ、瀬川 沙羅さんはぁぁーっ??」
厭味たっぷりの言葉。
挑発とも取れるそれに、瀬川 沙羅の頬が固まる。
「っ……っ!」
プライドと、恐怖が葛藤している。
今まで以上に人間らしい表情を浮かべる瀬川 沙羅。
「良いぞ秋城。あと一押しだ」
「おい怜輝」
あ、やべ口に出てた。
次に瀬川 沙羅は俺に近づいてきた。
「やるなら怜輝。お前も道連れだ」
「はあ!?なんでだよ!?」
「一緒に配信するのが夢、だったのだろう?」
にやりと瀬川 沙羅は悪質な笑みを浮かべる。
「……っ」
幼き頃の約束をダシに取られて、否定する材料を失った。
だが、それと同時に人間らしい姉貴を見ることが出来て、嬉しいと思う自分も居た。
「あーもうっ、クソッ!分かった、やるよ!」
「おー。さすが勇者セイレイ。ノリが分かっているな」
「陰湿だぞ姉貴……」
もうため息しか出ない。
そんな俺達に、秋城は心底楽しそうな笑みを向けてタッパーを差し出した。
「はいっ、どうぞ!」
「……なんでお前持ってきてるんだよそれ」
「要るかと思って!」
無駄に用意周到だ。
俺と瀬川 沙羅は稲荷寿司を受取り、お互いに顔を見合わせる。
「おい、姉貴。食べるなら同時だぞ」
「はいはい」
「じゃあ、いっせーの……で」
タイミングを合わせ、姉弟は同時に稲荷寿司——もとい、わさび寿司を口の中に放り込んだ。
「ごふっ!?ごふっ!!」
「げふっ!っ!げふぅっ!?」
案の定、俺と姉貴は激しくむせ込んだ。
一体Last配信で何をやっているんだろう。
「おー!姉弟ぴったりのリアクション!!いいねっ」
そんな俺達を見て、秋城は楽しそうに笑っていた。
お前絶対許さねえからな。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
赤:竜牙
クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
赤:瞬貫通
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:純水の障壁
黄:水纏
赤:クラーケンの触手
ストー
青:Core Jet
緑:Core Gun
黄:Mode Change
赤:千紫万紅
ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏
赤:堕天の光
アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト
黄:ホログラム・ワールド
赤:悟りの書