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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑪最後のダンジョン配信編
311/322

【第百五十話(2)】追憶(中編)

【配信メンバー】

・全ての配信者

 エレベーターから降りた先に広がる世界。それは蒼だった。

 差し込む光が水面に揺れ、水槽を守るアクリルガラスを介して薄暗い室内を照らす。

 水槽の中には色とりどりの海洋生物が、大きく羽を伸ばすように動き回っていた。

 それぞれがそれぞれの場所で、それぞれの生き方を持って存在している。


「これは、私が四天王だった頃に生み出したダンジョンですね」

 雨天は懐かしむように、しかしどこか自嘲の滲んだ笑みでそう語った。

 次に、案内役でもある瀬川 沙羅へと視線を送る。

 すると、彼女はこくりと頷きアクリルガラスに手を添わせた。

「雨天 水萌。何の縁も持たなかったお前が、よくここまでついて来られたものだな」

「それに関しては全くもってその通り、と言いたいですね」

 厭味ったらしい発言をする瀬川 沙羅に負けじと、雨天も言葉を返す。

 かつて頼りなく、弱々しい雰囲気を纏っていた彼女だったが、いつの間にか立派に成長していた。


 雨天はそんな過去を懐かしむように、水槽から差し込む日差しを覗き込むように見上げる。

「私は自分が閉じこもる為の世界を維持したかったから、セイレイ君達と敵になりました。でも……今なら分かるんです、閉じこもってばかりだと駄目だって。新しい縁は自分で作るんだって」

「ふうん。正直想定外だったよ、雨天 水萌が配信者として戻ってくるとはね」

「誉め言葉として受け取っておきますねっ」

 雨天は動じることなく、くすりと微笑んだ。

 それから、続いて俺と空莉を交互に見やる。

「ただ、ここでの配信のメインは私じゃなかったです。セイレイ君とクウリ君、そしてホズミちゃん。幼馴染としての縁が結んだ配信だった、私はそう思ってます」

「そうかもしれないね」

 雨天に話を振られたクウリは、苦笑いしながら雨天の隣に歩み寄る。

「僕だって、安全な環境に身を置いて、変わることを怖がってた。ホログラムの実体化に甘えて、世界を変えようとも思わなかった」

「でも、そんなクウリ君を引っ張り出してくれたのはセイレイ君でしたねっ」

「うん。ただそんなセーちゃんもだいぶメンタル不安定だったけどね」

 にこりとクウリは楽しそうに笑う。

 

 確かに、言われてみれば敵の攻撃を身体で受け止めたり、自ら傷つきに行くようなことを繰り返した記憶がある。

「皆が苦しんでいるんだから、自分も苦しまないと……って思ってたんだよな。痛みを共有したかっただけだ」

「まだそんなこと言うの?もう一回殴ろうか?」

 クウリは悪戯染みた笑みを浮かべながら、ちらりと握りこぶしをこちらに向ける。

「勘弁してくれ。さすがにここまで来てもう迷いはしねえよ……何かを選ぶってことは、何かを切り捨てるってことだからな。そこは割り切るしかねえ」

「そっか。もう、ホログラムに満ちた世界を終わらせないとね」

「……ああ」

 何も知らないクウリは、穏やかな微笑みを俺に向けた。

 

 ……そうだ。何かを切り捨てないといけないんだ。

「……切り捨てる……」

 ホズミは俺が発した言葉を反復しつつ、力なく項垂れる。

 何度も首を横に振り、生唾を飲み込み。葛藤を繰り返し、何かを誤魔化し続けている様子だ。

「ああ。次へ行くぞ」

 あえて彼女の様子に気付かないふりをして、俺達はエレベーターに乗り込んだ。


 ★★★★


 次の階に広がっている光景は、正直懐かしいとは思えなかった。

 と言うよりも、先ほど通ってきた……一ノ瀬宅がある住宅街だ。

「私が住んでいた場所だ……」

 noiseはそうぽつりと呟いた。

 エレベーターから降りると同時に、noiseの全身が光に包まれる。

「……noise、姿が……!?」

 その様子に驚き、息を呑んだのも束の間。

「うん、やっぱり思い出の強い姿かな。これは」

気が付けば、スキルを発動していないにも関わらず、noiseの姿が女子高生のそれになっていた。

 栗色のおさげの隙間から見える、あどけなさの残る顔貌。着込む灰色のブレザーがふわりと揺れる。

 優等生と言える雰囲気を纏う彼女は、懐かしそうに住宅街を模したホログラムの世界を歩く。

「私が過去と向き直った場所。そして、Tenmeiの存在を初めて知ったところ、だね」

 過去と向き直った場所。

 その単語に、noiseは一体どれだけの意味を含ませたのだろう。


 孤独に生きてきた彼女が、皆と共にいる時間を願った場所。

 男性だった頃の自分と、刃を交えた場所。

 魔災を生み出す原因となった企業、Tenmeiの存在を知らしめた場所。


 沢山の過去が、この住宅街の中に残っていた。

 暮れる夕日の中。

 住宅街の中を歩く女子高生の一ノ瀬を映す姿は、そこがダンジョンであるという事を忘れさせる。

「他愛ない日常だったんだ。くだらなくて、皆と馬鹿やって、楽しくて。私だって、そんな平穏な日々を生きた一人だった」

 ちらりとnoiseは自分の両手に視線を落とす。

 細く、しなやかな女性の手がそこにはあった。

「うん、皆と過ごした日々……きっと、忘れない」

 そう言って、noiseはくるりと俺達の方を振り返る。

 正確には、道音と秋狐——白と、漆黒のドローンが浮いている方へと。

「みーちゃん、紺ちゃん。二人がこの世界に居てくれたから、私は生きていけた。ありがとうね」

 noiseの言葉に応えるように、二つのドローンのカメラがじっと彼女の方に向く。

『……そんな。私は……』

 道音は申し訳なさそうに、震えた声を零す。

『……うん』

 秋狐も思う所が多いのだろう。いつもの活気はなく、力ない言葉を返す。

 だが、noiseは柔らかな笑みを浮かべて、二つのドローンの間を抜ける。

「次は、勇者パーティが本来生きるはずだった場所だね」


 映し出される光景を既に予想していたのだろう。

 瀬川 沙羅はその言葉を受け、くすりと微笑む。

「諸君の話を聞いていると、羨ましささえ覚えるよ。積み重ねた思い出を共有できるというのはね」

「失った思い出を取り戻すこと、新しい思い出を作る為に……私達は戦ってきたからね。瀬川 沙羅さんに伝わっているなら本望と言うものかな」

「……それが、諸君の配信だった、と言う訳か」

 寂しげな笑みを浮かべた瀬川 沙羅。

 

 彼女は本当に倒すべき敵なのだろうか。

 真に救われるべきは、彼女だったのではないか。

「姉貴。行くぞ」

「一応、ダンジョンの管理者は私なのだがね……」

 俺の促す言葉に、瀬川 沙羅は苦笑を漏らしながら続く。


 ★★★★


 エレベーターが止まると同時に、俺達の衣服がホログラムによって書き換えられる。

 それは、パワードスーツに身を包んだストーも例外ではない。

「わっ、なにこれ!?」

「俺もか……!?」

 当時noise達の配信に参加していなかったアランとストーは困惑の声を漏らす。

 迸るホログラムが、俺達が本来過ごすはずだった姿に書き換える。


 ——学生服の姿、へと。


「……さすがに俺は学生服にならなかったね」

 20歳であるストーは苦笑いを零す。

 彼はカジュアルなデザインに身を包んだ、大学生と言った雰囲気へと変化した。

「私は雨天ちゃんと同じかぁー」

 14歳であるアランは、見た目年齢が同じである雨天と同じ純白のセーラー服に身を包んでいた。

 恐らく中学生組として揃えられたのだろう。

「お揃いですねっ。魔災が無かったらみんなこの姿で学校に通ってたんですよね」

 雨天は同じセーラー服に身を包んだアランの姿に安心感を覚えたようだ。楽しそうに笑顔を浮かべて駆け寄る。

 二人は楽しそうに両手を合わせた後、仲良くエレベーターから降りた。


 夕日が差し込む、静かな教室だった。

 ふわりと揺れるカーテン。どこか遠くから響くチューニングの音。

 黒板にチョークで書かれた「日直」の名前と、あちこちに残った消し痕が哀愁を生み出す。

「懐かしいや。皆と過ごした、あの日々が……」

 そんな教室の中を、知らぬ少女が先に進む。

 ブレザーに身を包んだ、ウェーブがかった黒髪の少女。大人しい雰囲気を纏った少女は、かつての教室を懐かしむように机を撫でる。


 一瞬、誰だか分からなかった。

「お前……秋狐か?」

「……あ、ほんとだ。久々だな、この姿も」

 指摘されて気付いたようだ。ドローンの姿でもない、配信者の姿でもない。

 たった一人の女子高生としての秋狐——いや、秋城 紺がそこには立っていた。

「紺ちゃん……っ」

「わっ」

 そんな彼女に、いきなり道音は勢いよく抱き着いた。

 秋城は体勢を崩しながらも、彼女をしっかりと受け止める。

 道音は秋城の胸元に顔を埋めて、肩を震わせていた。

「ごめん、ごめんね……紺ちゃん、ね。紺ちゃん……」

「道音ちゃん……ううん。本当に、この姿に戻れるなんて思わなかったよ……あ、でも。カメラが」

 そこで秋城は、撮影班としての役割を思い出したようだ。周囲をぐるりと見渡し、それから瀬川 沙羅に視線を送る。

 

 もちろん織り込み済みだったのだろう。

 瀬川 沙羅は期待に応えるように指を鳴らした。それと同時に、ホログラムによって構築されたドローンを顕現させた。

「安心したまえ、撮影は私が代わるさ。懐かしき光景を存分に満喫するがいい」

「本当にありがとね。すごく嬉しいよ」

 秋城は静かに道音から身体を離す。そして、深々と頭を下げた。

 

 そんな彼女に面食らったように、瀬川 沙羅は目を見開く。

「……本当に同一人物かい?随分と雰囲気が違うじゃないか」

「本来の私は……こうだっただけだよ。引っ込み思案で、他人と接することに怯えてた。そんな私に手を差し伸べてくれたのが、道音ちゃんや有紀ちゃんだったの」

「秋城 紺。お前は随分と自分を偽ってきたのだな?」

「そう、かも。弱いところを誤魔化さないと、どうしようもなかったから。でも、そんな弱いところを一緒に支え合ってきたからこそ勇者パーティは成り立ったんだよ」

「支え合い、か」

 秋城の言葉に思う所があったのだろう。

 瀬川 沙羅は物思いに耽るように顎に手を当てた。


 その傍らで、ホズミはじっと俺を見ていた。

「……どうした?ホズミ」

「セイレイ君と一緒に高校生活……送りたかったな」

「……ああ。皆で一緒に過ごしたかった」

 本当に、ホズミの意見には共感できる思いばかりだった。


 魔災が無ければ、勇者パーティだって平和な世界を生きる学生だったはずだったのに。

 でも、もうそれは叶わない。

「うん、ごめんね。もう大丈夫だよ、行こっか」

 秋城は穏やかな笑みを浮かべて俺達の元へと戻ってきた。

 それから、彼女は一足先にエレベーターに乗り込む。


 軌跡を辿るにつれて、もう二度と戻らない現実があるのだと実感する。

 過去から現在、そして未来。

 数多くのダンジョンを経て、俺達は現実を見据える。


 To Be Continued……

【開放スキル一覧】

セイレイ

青:五秒間跳躍力倍加

緑:自動回復

黄:雷纏

赤:竜牙

クウリ

青:浮遊

緑:衝風

黄:風纏

赤:瞬貫通

noise

青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)

緑:金色の盾

黄:光纏

赤:金色の矛

ホズミ

青:煙幕

緑:障壁展開

黄:身体能力強化

赤:形状変化

雨天 水萌

青:スタイルチェンジ

緑:純水の障壁

黄:水纏

赤:クラーケンの触手

ストー

青:Core Jet

緑:Core Gun

黄:Mode Change

赤:千紫万紅

ディル

青:呪縛

緑:闇の衣

黄:闇纏

赤:堕天の光

アラン

青:紙吹雪

緑:スポットライト

黄:ホログラム・ワールド

赤:悟りの書

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