【第百五十話(1)】追憶(前編)
【配信メンバー】
・全ての配信者
見渡す限り一面に並べられた、展示品としての家電機器。
色鮮やかなポップが、自分達の存在をアピールするようにそれぞれ描かれている。
「……コレハ……」
エレベーターから降りたストーは、どこか呆然とした様子で呟いた。
同様に、noiseも、ホズミも懐かしむように辺りを見渡す。
「懐かしいね。私とセイレイが出会ったところだ」
「うん、ここは……私達の配信が、始まったところ……」
忘れるはずもなかった。
ホログラムによって構築された家電量販店。その内装は、紛れもなく俺達がかつて最初に配信を繰り広げた場所そのものだったから。
追憶のホログラムによって描かれた光景が、今俺達の目の前に蘇る。
それから、ふと思い出して右手に力を込めた。
俺の期待に応えるように、光の粒子が集い……やがて、一冊のスケッチブックが顕現する。
「これは、そうか。勇者パーティの配信の痕跡を辿ろうって魂胆か」
俺の確認する問いかけに、瀬川 沙羅はこくりと頷く。
「ああ、そうだよ。この家電量販店をきっかけとして、怜輝は初めて勇者セイレイになっただろう?」
「そうだな。noiseに助けられたのが懐かしいよ」
スケッチブックを開けば、そこには追憶のホログラムに映し出された家電量販店内で買い物する人達の光景が描かれていた。
俺が、残したいと願い描いたものだ。
「あの頃は、過去の世界を見ることが出来るだけで幸せだった。こんな世界があったんだ、こんなに人々は幸せな日々を送っていたはずだって」
「あの頃……そうだね」
ホズミが、俺の隣に立つ。
過去を懐かしむように、それでいてどこか寂しそうな表情を浮かべる。少し油断すれば、今にも涙をこぼしてしまいそうな程に瞳を潤ませていた。
「私の隣には、センセーが居てくれた。私がドローンを操作するのを、見守ってくれていたんだ……」
「……そっか」
それから、俺は次にディルへと視線を送った。
「ここで、俺はディルとも初めて出会ったんだったな。散々配信を荒らしまくってさ」
「あははっ、懐かしいね。沢山引っかき回したなあ」
ディルは、どこか遠い目をして微笑んだ。
「……ボクは、瀬川 沙羅の望みを果たしたに過ぎなかったからね。あの時初めて、ボクはセイレイ君と一緒に配信するという目的を果たせたんだ」
「ディルからしても、これは始まりだった……と」
そこで言葉を切り、改めてこのダンジョンへの感想を纏める。
「この配信がなかったら、何も始まらなかった……でも」
俺は、ちらりとストーに視線を送った。
彼も俺の視線の意味を理解していただろう。どこか申し訳なさそうに、俺から視線を外した。
「さて、もういいかい。次の階へ進もう」
そう言って、瀬川 沙羅は次の階へと促した。
★★★★
エレベーターから降りた先に広がるのは、どこまでも澄渡る青空。
それがホログラムによって作られた虚像の空間だというのに、どこか爽やかな気持ちになるのは止められない。
映し出されるのは、病院の中に造られた屋上庭園だった。
……本当に、色々と思い出の多い場所だ。
「私がかつて男性だった、という事実を初めて伝えられた場所だったな。ここに来なければ、きっと皆が知るきっかけもなかった」
noiseは、どこか遠い目をしてそう語る。
崩落事故に巻き込まれた一ノ瀬は、この病院に運ばれた。そこで、彼女……いや、彼は自分が女性の姿になっていることに気付いたのだ。
そんな彼女の隣に漆黒のドローンの姿として浮かぶ道音は、申し訳なさそうにカメラを下に向ける。
『ゆきっち、本当にあの時はごめん。嫌な思い……すごくさせた』
「……うん。今だから言えるけど、とても辛かった。敵対したと知ったあの時はね……」
『だよね。ストーにも、酷いことをさせたんだ。本当に反省してる』
道音はそう言って、ストーに視線を送る。
視線を受けたストーは、改まった様子で俺達の前に向き直った。
「セイレイ、ソシテ皆。本当ニ、悪イコトヲシタ……スマナカッタ」
パワードスーツに身を包んだまま、彼は深々と頭を下げた。
そんな彼に、ディルはニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「あははっ、ずいぶんと丸くなったねえ、ストー君。セイレイ君を一回殺した恨み、完全に消えたわけじゃないからね?」
「……心得テイル。ドレダケ時間ガ経トウガ、俺ハコノ罪ヲ忘レナイ」
どこまでも堅苦しく頭を下げるストーに対し、ディルは困ったように肩を叩く。
「まあ、ストー君も間違えたってことだね。沢山の過ちを残した場所だね、ここは」
「……ソウダナ……。セイレイ、ホズミ、noise、ディル……そして……」
ストーはそこで言葉を切る。
彼が何を言おうとしているのかは何となく理解できた。
俺達の他に居た配信者、森本 頼人ことライトのことだ。
「……ライト、先生。先生はこの病院で勤めていた医者だった」
瞳を閉じれば、今でも彼の面影を思い出すことが出来る。
全身をぴっちりとスーツで整えた、オールバックの若々しさを保った初老の男性。ハンドガンを武器とし、俺達の配信を後方から支援してくれた存在だ。
彼の言葉のお陰で、俺は責任を背負うことの意味を知った。
「俺だけが両手を広げても、意味がない。救えきれずに零れる命も多いから……だから、皆で広げるんだ。皆で救うんだ」
勇者として戦うことの意味を、初めて理解した。
……でも、それを教えてくれたライト先生は。
「次は特に怜輝にとっては思うところが多い場所だろうね。さて、行こうか」
瀬川 沙羅に促され、俺達は次の階へと移動する。
★★★★
次に訪れた場所は……全ての始まりの場所だ。
元より人の気配が少ない、寂れた商店街。大きな川を繋げる、レンガ造りの橋がそこには存在した。
「……っ」
ホズミは、その光景を見ただけで表情を強ばらせた。
俺だって同じ気持ちだ。
沢山のものを失った場所だった。
魔災が始まった場所。そして、魔王セージが生み出された場所だった。
そして、ここでライト先生は……殺された。
「俺は、この場所で初めて……雷纏を開花した。それと同時に、初めて本来の人格が生まれたんだ」
「セイレイ君……」
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
人工知能として作られた瀬川 怜輝の人格は、魔王セージの登場をきっかけとして、本物の人格へと生まれ変わった。
口が悪く、がさつで、やんちゃだった瀬川 怜輝の人格が。
クウリは悲しみの混じった、それでいて懐かしむような表情で語りかける。
「僕もこの配信で、セーちゃんが生きていることを知った。全世界同時生中継……本当に、とんでもない配信だったね」
「センセーのやったことは、沢山の人を苦しめる行動だ。例えそれが俺の為だとしても、正しくなんかねえ、間違いだ……」
「セーちゃん……」
俺は、静かにレンガ造りの橋の上に置かれたベンチを撫でる。
追憶のホログラムに映し出されていた昔の俺は、このベンチの上に腰掛けていた。
あのまま、何も知らない純真無垢のままだったら、何か変わっていただろうか。
そう思わずにはいられなかった。
「この配信をきっかけに、私は魔法使いになった。セイレイ君と肩を並べて戦ったのも、この日が初めてだったな……」
ホズミは思い出したように、右手に赤色の杖を顕現させる。
それは配信中に戦った魔物から手に入れたものだ。
「いつだって、この杖が私に力をくれた。戦う力を与えてくれたのは、セイレイ君だった」
「ホズミ……」
「……うん。先に進もっか。思うことは沢山ある。後悔だってもっと、もっとあるよ」
そう言って、ホズミは先にエレベーターへ入り込んだ。
ふと、商店街で配信を繰り広げた際に描いたページを開く。
魔災が引き起こされた当時の、人々の阿鼻叫喚に苦しんだ光景だ。
見ているだけで苦しくなるそのスケッチに、胸の奥が締め付けられるような気分になる。
――だが、目を逸らすわけには行かない。
「背負ってきた。皆の命を背負って、俺は前を向いているんだ」
スケッチブックを光の粒子に変える。
深く深呼吸し、思考を切替える。
俺達は次の階へと移動するためにエレベーターに乗り込んだ。
To Be Continued……
あと、おおよそ10話ほどで本小説は完結します。
最後まで何卒お付き合い頂ければ幸いです。
ただし、この小説が完結したところでまだ「本ストーリーを模した棒人間バトル」の制作が待っておりますので、恐らく完全に物語が終わることはありません。
ひえっ……。
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
赤:竜牙
クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
赤:瞬貫通
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:純水の障壁
黄:水纏
赤:クラーケンの触手
ストー
青:Core Jet
緑:Core Gun
黄:Mode Change
赤:千紫万紅
ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏
赤:堕天の光
アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト
黄:ホログラム・ワールド
赤:悟りの書