【第百四十九話】天才の作り上げたダンジョン
【配信メンバー】
・全ての配信者
「やあ、ようこそ。世界樹の中へ」
瀬川 沙羅が招き入れた世界樹。
そこは、大樹の中と言うよりは巨大なサーバーの中に放り込まれたような気分だった。
辺り一面、思わず目を細めてしまうほどに真っ白な空間が広がっている。
大地を、壁面を、次から次へとプログラミング言語の羅列が流れていく。
そんな中、どこからともなくひらひらと降り掛かるのは、大樹の葉だ。
「世界樹の葉、だね」
ディルは何気なく、世界樹の葉を摘まみ上げる。
すると、突然その葉の中に映像が映し出された。
どこの誰なのかは分からない。ただ、家の前に並んだ家族が皆幸せそうな笑顔を浮かべている写真が、葉の中に映し出されていた。
「これは……、写真かい?」
ディルの双眸が、静かに見開かれる。
瀬川 沙羅も、世界樹の葉を手に取り説明を始めた。
「世界樹というのは、様々な歴史。様々な人生の積み重ねで成り立つ世界を樹木として表したものなんだ」
「……思ったよりも、ロマンチストなのね」
ホズミは低い声で、そう話しかけた。
滲む敵意を隠しきれないといった様子の彼女に対し、瀬川 沙羅は困ったような愛想笑いを浮かべる。
「最後の配信に相応しい舞台だろう?沢山の人生を背負った、お前達をモチーフとしているんだ」
「私達勇者パーティをモチーフに、ね。ずいぶんと私達のことを考えているんだね?」
「一人で世界を書き換えた私と、皆の力を借りて世界を作り上げようとしている勇者パーティ。世界の行く末を決める舞台としておあつらえ向きだと思わないか?」
「さあ。私としてはどっちでもいいけどね」
「相も変わらず淡白だな、前園 穂澄は」
「だから本名で呼ばないでよ……」
ホズミは呆れたようにため息を吐く。
元々ゲームが好きなアランも、ひらひらと舞う世界樹の葉を手に取った。
「世界樹の葉ってさ、ゲームだと1枚しか持てないことが多いんだよね」
「ああ、そうだね。荒川 蘭は私の意図が理解できるかい?」
瀬川 沙羅の問いかけに、アランはこくりと頷いた。
「葉は人生を表しているんでしょ。世界樹の葉が一枚しか持てないのは”人生は一度きり”……って説明づけたいんだよね?」
「さすが、ご明察だよ。考察班とか向いているタイプだね」
「この配信が終わったらやってみようかな」
アランは皮肉を交えた上で、そう肩を竦めた。
それから、もう一度世界樹の葉に視線を落とす。
「様々な歴史、様々な人生の積み重ね……まるで、世界樹って巨大な1つのアルバムみたい」
「そうとも捉えられるかもね。さて、上の階へと進む前に……だ」
瀬川 沙羅は、改めて俺達に向き直る。
「なあ、怜輝。そして、彼についてきた皆。”天才”とは……何だと思うか?」
「……天才?」
俺は、とりあえず真っ先に思いついた——戦闘面においての天才——アランへと視線を送る。
視線を受けた彼女は、苦笑いを浮かべて半歩後ろに下がった。
「何で私を見るんです、先輩」
「戦闘面においてのセンスはアランがダントツだったからな」
「んー……って言われてもなあ。直感でビビっと来るだけだし……」
俺達のやり取りを聞いていた瀬川 沙羅が、話に割って入る。
「前園 穂澄は、戦況判断においての才覚を持っている。一ノ瀬 有紀は、勉学において特に突出している。ディルは……私の思考をコピーした存在だ。言うまでもないな。青菜 空莉は受け取ったデータを情報として整える能力が非常に高い」
一人一人、それぞれの持ち合わせた能力について解説していく。
「……須藤 來夢は、体術において特に秀でた能力を持っている。雨天 水萌は、他人の感情を操作する能力が高いな。船出 道音は、親しい人物に限るが、他人を思いやる能力が高いだろう。秋城 紺は他人を楽しませることに突出している。荒川 蘭は怜輝が言ったことに加えて、目の前の出来事を楽しもうという気持ちが強い」
「……全員分のことを、理解しているのか?」
「このダンジョンを作る為に、諸君の配信アーカイブを一通り見直したからね。さて、怜輝」
瀬川 沙羅は、改めて俺に向き直った。
「私は、天才とは”常に正しい方向を向き続ける存在”だと思っているよ」
「……俺やっぱり馬鹿だな。姉貴の言ってること、全然わからねえ」
俺はそう言って諸手を挙げた。
正しい方向性、とは一体何を言っているのだろう。
「馬鹿も天才も、好奇心が強く、行動力に長けている。だが、何故こうも大きく違うのだろうか。答えは簡単だ……行動する先が、人々にとって正しいものか否か。その一点に尽きると考えているよ」
「人々にとって……?」
「人々が間違っている、と判断を下せば馬鹿と扱われる。人々が正しい、と判断を下せば天才と扱われる。所詮は針の向く先さ」
瀬川 沙羅は、天井を仰ぐ。
そこには重ね合わせられた葉が、びっしりと覆っていた。
「今、この行動が間違っていると評価を下されても。数年後、数十年後、はたまた数百年後には”正しい”と再評価されるかもしれない」
「沢山の人を死に追いやる行動が正しい訳ねえだろ」
「そうだ。正しい訳が無い。勇者セイレイが生まれたことをきっかけとして、魔王セージもまた世界に生まれた。それは、正しいことだったのか?間違いだったのか?」
「それは……っ」
胸の奥にズンと、彼女の言葉が突き刺さる。
思い出されるのは、俺の配信をきっかけとして生まれた魔王セージ。彼は世界中を桜の木々で埋め尽くし、魔災で生き延びてきた人々をさらに苦しめた。
直接的な原因ではないにせよ、全ては俺が配信を始めたことがきっかけだった。
だがそんな俺の前に、noiseが庇うように立つ。
毅然とした表情で、彼女は瀬川 沙羅を諭すように語り掛けた。
「話の根幹から目を逸らさないで欲しいな。セイレイが勇者となるように、千戸が魔王になるように仕向けたのは貴方じゃない」
「自分の意思決定の理由を他人に擦り付けるつもりかい?他責思考もほどほどにした方が良いよ」
「ふざけないで……!千戸先生は、取り戻したい世界があったから魔王になった。セイレイも、過去の世界を取り戻したいから勇者になったんだよ」
「うん、そうだね。きっとその決意自体は正しいだろう。だが、私だってこの世界を間違っているとは思っていない」
「なんでっ!?間違ってるよ……!!」
noiseは食って掛かるが、瀬川 沙羅は自分の意見を曲げようとは思わなかった。
「バラバラだった、皆の心が一つになった。沢山の繋がりもあっただろう。勇者パーティの繋がりは、全て魔災をきっかけとしたものだと思うがね?」
「……確かに、私達の中は魔災が無ければ生まれなかったかもしれない。でも、奪われた縁だっていっぱいあった」
静かに項垂れるnoise。後ろに纏めた栗色の髪が、大きく左右に揺れる。
それから、ゆっくりと彼女は再び顔を上げた。
見開く瞳から、絶えることのない光が映し出される。
「私達は、そんないくつもの縁を……もう、何者にも奪わせはしない」
「……そうか」
瀬川 沙羅はひとつ頷き、それから大樹の壁面に手を触れた。
彼女の動作に呼応するように、ホログラムが構築される。
やがて、それは一つのエレベーターを生み出した。
「それじゃあ、辿ろうか。勇者パーティの痕跡を」
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
赤:竜牙
クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
赤:瞬貫通
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:純水の障壁
黄:水纏
赤:クラーケンの触手
ストー
青:Core Jet
緑:Core Gun
黄:Mode Change
赤:千紫万紅
ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏
赤:堕天の光
アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト
黄:ホログラム・ワールド
赤:悟りの書