【第百四十八話】全ては始まりに還る
[運営からのお知らせ]
Sympassのトップ画面に、大きくメッセージが表示されていた。
穂澄が操作するパソコンの画面を俺達は覗き込む。
いよいよこの時が来たか、と生唾を飲み込まずには居られない。
「……じゃあ、開くね」
穂澄は、そう宣言してからパソコンを操作する。
彼女の表情には、愁いが滲んでいるように見えた。
カチカチ、と単調なマウスを叩く音に連なり、新たにウィンドウが開かれる。
そこには瀬川 沙羅が送信した事務的なメッセージが表示されていた。
[勇者セイレイ ご一行様へ
最終配信であるLast配信の準備が整ったことをお知らせいたします。
本配信は、Sympassの存続を決定づけるものである為、入念な準備を推奨いたします。
また、本配信においては全世界同時中継を企画しております。パソコンやスマートフォンを持たないユーザー各位におきましては、大空に表示されたモニターより配信を視聴することが可能となります。
各自、周知いただきますようお願い申し上げます。
Last配信は4月1日 12時00分開始予定。場所におきましては、勇者セイレイこと瀬川 怜輝が以前過ごしていた集落跡地で行う予定となっております。
それでは、何卒Last配信をよろしくお願いいたします。
瀬川 沙羅]
事務的なメッセージだった。
だが、書き記された単語のどれもが「最後」なのだと知らしめるには十分な情報を持っている。
「最終配信。そっか、これで本当に終わり……終わり、かあ」
有紀はどこか遠い目をして、大きく息を吐く。
感慨深く、達成感にも似た表情だった。
俺達が配信を開始する前からダンジョン攻略をしていた有紀は、俺達よりも長い時間戦い抜いてきたのだ。その達成感もひとしお、と言うものだろう。
だが、そんな傍らで道音の表情は陰りを帯びたままだった。
「……うん。終わりなんだね。これで最後……」
俺達が魔災の終焉と共に世界から消えることを知っている彼女は、しきりに「最後」という言葉を強調する。
Sympassの最後と言うよりも、俺たちと過ごす日々が最後だ、という事実に思いを馳せているようだった。
だが、迷うわけには行かない。
世界の存続をかけた配信なんだ。
「ああ、最後だ。俺と穂澄が先導する」
集落跡地の場所を知っているのは、俺と穂澄の二人だけだ。
そう告げてから、穂澄に視線を送る。だが、彼女はどこか上の空だった。
「……あ、うん」
「穂澄?」
抜け殻のようになっている彼女に声を掛ける。
すると、穂澄は自我を取り戻したようで首を強く横に振った。
「ん、あ!ううん、大丈夫。なんでもない。ついにこの日が来るなんて、って思って……」
「ああ、俺達がずっと望んで止まなかった世界だ」
「……望んで、やまなかった世界……」
俺が返した言葉に、穂澄の表情に再び影が落ちる。
……もしかすると、彼女も理解しているのかもしれない。
俺達が望んで止まない世界の先に、俺が居ないことを。
「穂澄、お前……」
「ごめん。なんでもない、行こう。世界を救う勇者一行として」
穂澄は俺の言葉を遮って、強く言い切った。
勇者一行、か。
世界を救う為だけの存在だった。
世界を救う為に作られ、世界を救う為に育てられ。
そして、世界が救われた先で俺は消える。
「……そうだね、ホズちゃんの言う通りだ。僕達が、世界を始めるんだ」
空莉は俺の言葉に強く頷き、決意を露わにした。
そうだ。世界はまだ始まってすらいない。
「魔災を終わらせるんだ。でなけりゃ、世界はプロローグを迎えることさえ出来ない」
皆の物語は、魔災が終わることによって始まりを迎えるのだから。
冒険の書は、これから作るんだ。
----
それからの時間は、あっという間だった。
長く時間を過ごした、一ノ瀬宅の玄関に俺達は並ぶ。
「思えば、ずっとお世話になっていたね。なんだか寂しいな……」
空莉は、どこか愁いを帯びた表情でそう呟いた。
魔災が終焉を迎えた先の世界では、電気も水道も、ホログラムの力によって保たれていたインフラが全て消失する。
「楽しかったな、もっと居たかったな」
蘭は寂しさの籠った笑みを浮かべる。
だが、楽しい時間はいずれ終わりを迎えるというものだ。
俺達を見送るように立った、一ノ瀬宅を管理していたanotherは静かに有紀へと近づく。
「……俺も連れていけ。もうこれが最後なのだろう、最後まで世界の行く末を見届けてやる」
そう言い放ったanotherに対し、有紀は苦笑いを浮かべながら噴き出す。
「最後の最後まで偉そうなのね、あなたは」
「それがかつての一ノ瀬 有紀だった、というだけだ。傲慢で、意地っ張りで、プライドが高い。だが、お前は違う」
「過去の自分に自己分析されるとちょっと腹が立つね……」
有紀がそうげんなりと言葉を返すと、anotherは「はっ」と鼻で笑った。
「過去の教訓は活かすものだろ。ほら、頼むぞ」
「はいはい」
anotherはそう言って、有紀に手を差しだした。
彼女もそれを受け入れるように、anotherと強く握手する。
次の瞬間、anotherの全身が光の粒子となった。
光の粒子と化した彼が、有紀の中に溶けて消えていく。それと同時に、玄関を照らしていた蛍光灯が消える。
今まで俺達の生活を助けていたホログラムは、完全に世界から消えた。
「……うん。大丈夫、anotherは私の中で生き続けてるよ」
有紀は、自分を強く、強く抱きしめる。
それから、改めて誰も居なくなった家の中を見やった。
もう二度と、彼女の家の電気が付くことはない。
「行ってきます。世界を救いに、ね」
そうして、俺達は一ノ瀬宅を後にした。
大船はもう使わない。
ただひたすらに、徒歩でこれまで歩んだ道、これから進む道を辿りたかったから。
★★★★
桜舞い散る春を迎えた。
爽やかな風が通り過ぎる夏を迎えた。
紅葉舞い散る秋を迎えた。
雪の積もる冬を迎えた。
沢山の季節を通り過ぎて、沢山の人生を巡って。
やがて、俺達は始まりへと還る。
三年前、俺と穂澄、そして千戸が過ごした集落。
そこは魔物の群れが襲撃するのに伴い、ことごとく破壊しつくされた場所だ。
見渡せば、家屋だったはずのそれらは瓦礫と化し、もはや見る影もない。
「俺達は……ここから始まったんだ」
瓦礫を覆い隠すように、いくつもの草木が伸びていた。
それらは、風化していく思い出のように、そこに存在した痕跡を掻き消すように。
「……」
俺はどのような言葉を掛けるべきなのか、分からなかった。
ただ、秋狐はそんな景色を見やりながら、静かに歌を紡いでいた。
「……君が世は……千代に、八千代に……」
それは、君が世だった。
あなたの命が、いつまでも、いつまでも、長く続きますように。
そんな想いが籠った歌を、彼女は感情をこめて紡ぐ。
そうだ、生きるんだ。
どれだけの困難が立ち向かおうと、俺達は生きる。
それが、Live配信に与えられた使命だから。
「……綺麗な歌声だ。待っていたよ、勇者ご一行」
やがて集落の先にある峰の先に、彼女は立っていた。
腰まで伸びた、陽光に照らされて輝く金髪。
身に纏う純白の白衣の隙間から覗く、プリントTシャツとホットパンツが特徴的な女性だ。
瀬川 沙羅。
Sympass運営にして、魔災を生み出した張本人。
彼女は、どこか穏やかな表情を浮かべていた。
「他人の為に企画を考えることなんて、やったことがないから大変だったよ」
「……理解した?他人を楽しませる企画って、難しいんだよ」
秋狐はどこか嬉しそうな笑みを零して、そう言葉を返す。
「さすが、最後の四天王戦でわさび寿司を持ってきた人は一味違うよ。わさびだけにね」
「親父臭いよ。雰囲気を壊さないでよ」
「はは、ちょっとしたジョークさ。そういうのは苦手なんでね」
瀬川 沙羅は砕けたように笑う。
勿論、世界の敵であることは間違いないのだろう。だが、俺はそこに人間としての瀬川 沙羅を見た気がした。
「姉貴、一体どんな配信を用意してきたんだ?最後に相応しいものなんだろうな?」
「まあ焦るなよ。これでも緊張してちびりそうなんだ」
「放送事故になるからやめろ」
先ほどから冗談を絶やさない瀬川 沙羅は、静かに右手を掲げた。
広がる青空に重なるように、無数のモニターが生み出される。
等間隔に、地平線遠くまで生み出されたモニターのいずれにも、俺達の姿が表示されていた。
「さて、放送開始と行こうか。これが、Last配信さ」
瀬川 沙羅がそう言った瞬間。
突如として、地面が激しく揺れ始めた。
「きゃあ!?」
雨天は悲鳴を上げながら、地面にへたり込む。
「……いよいよ、だね」
ディルは静かに、空を高く見上げる。
「っ、なんだ……!?」
須藤は両足を広げて、いつでも動けるような体制を保つ。
「紺ちゃん!」
「うん!」
道音と秋狐は示し合わせたように、お互いの姿をドローンに変える。
それと同時に、ストーの姿がパワードスーツに包まれた。
「沙羅姉……」
クウリは姿勢を引くして、じっと彼女の様子を伺う。
瀬川 沙羅の背後から、徐々に巨大な樹木が伸びていく。
大気を突き破るように、草木を抉りながら。
高く。
高く。
その生み出された樹木は、俺達の想像を絶するほどに巨大だった。
まるで巨大なビルを彷彿とさせる樹木。
そして、入り口を象るように、丁寧にガラスドアが配置されていた。
切り立った峰と、ガラスドアを繋ぐように伸びたスロープの上を瀬川 沙羅は進む。
「言うなれば、世界樹。これが、Sympass最後の配信に相応しい舞台さ」
「世界樹……」
「準備が出来たらおいで。案内しながら進もうではないか」
そう言って、瀬川 沙羅は一足先にガラスドアを開けて、世界樹の中に姿を消した。
俺達は、お互いに顔を見合わせる。
ちらりとドローンに視線を送れば、俺達を応援しているコメントが流れていた。
[お願いします 50000円]
[頑張って、負けるな 50000円]
[お前達が唯一の希望なんだ。頼む 50000円]
[皆で見てます。世界を救ってください。光をともしてください 50000円]
次から次に流れるシステムメッセージと、それに重なる赤色のコメントフレーム。
だが、赤だけではない。
[ごめん、もうお金ないからこれだけしか 20000円]
[俺も。だが応援する気持ちは同じだ 3000円]
[お願いします 1000円]
[頼んだ]
[お金使い切ってしまった。こんなことなら貯蓄しとくんだった]
黄、緑、青、白、と沢山のコメントが並ぶ。
だが、少額しか送れない者がどこか申し訳なさそうな言葉を重ねているのが気になる。
「応援してくれるだけでいいんだ。お金が無くても、応援してくれるだけで嬉しいよ」
お金が無いからと、申し訳なさそうにしなくていいはずなんだ。
応援する気持ちは、皆同じなんだから。
俺は、この時初めて、スパチャと言うシステムを恨めしく思った。
「……皆で、世界を救おう」
ガラスドアに手を掛ける。
最後の配信だからこそ、この言葉で始めるべきだと思った。
大きく深呼吸し、前を見据える。
「……行くぞ。Live配信の時間だ」
そして、ゆっくりとガラスドアは開かれた。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
赤:竜牙
クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
赤:瞬貫通
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:純水の障壁
黄:水纏
赤:クラーケンの触手
ストー
青:Core Jet
緑:Core Gun
黄:Mode Change
赤:千紫万紅
ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏
赤:堕天の光
アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト
黄:ホログラム・ワールド
赤:悟りの書