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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑪最後のダンジョン配信編
307/322

【第百四十七話】最後の間違い

 Sympass運営である瀬川 沙羅が送るLast配信までに私は確認しておかないといけないことがあると思っていた。

 今、扉の向こうには私が集めた三人が待っているはずだ。

「……皆は、どう考えているんだろうね」

 ちらりと運営権限として与えられたスマートフォンに視線を送る。

 私——船出 道音と、武闘家ストーこと須藤 來夢をRelive配信へと導いた力だ。世界を書き換えるほどの大きな力は持たないが、それでも一度はセイレイ達にとっての脅威だった。

 あのままセイレイが死んでいたら。

 それこそ、本当に世界は終わっていたのだと考えると今でも寒気がする。

「……ふぅ」

 小さく息を吐き、呼吸を整える。

 肺に大きく空気が入り込むのが分かる。体内に巡る血流が、今自分が生きていることを実感できる。

 行こう。


「皆、集まってくれてありがとうね」

 部屋の一室に私が呼んだ三人が、それぞれに時間を過ごして待っていた。

 勇者セイレイ。

 僧侶ディル。

 そして、私の親友かつ吟遊詩人秋狐。

 共通するのは「ホログラムによって存在を維持している」ということだ。

 皆、私が呼びよせた意図を理解していたのだろう。真剣な表情で私の発する言葉を待っていた。


「……えっとね」

 何から切り出そうか。

 考えていたはずなのに、声が出ない。頭が巡らない。

 この話をするということは、これから先に起こる残酷な現実を認識しなくてはいけないということだ。

「……え、っと、えっと……」

 声が震える。

 脳が拒絶する。

「……えと」

 秋狐は、私の言葉を遮って立ち上がり、強く私を抱きしめた。

「——っ……」

「呼ばれた理由は分かるよ。私達、世界を救ったら消えちゃうもんね」

「……うん、うんっ……」

 まさか、向こうからその話をしてくるとは思わなかった。

 だが、それと同時に突き付けられる現実に、頭の中が大きくかき乱される。

「やだ、消えて欲しくない。せっかく皆一つになれたのに、やだ、やだ……!」

「……ごめんね」

 私が紺ちゃんを殺さなければ。

 セイレイ達の敵にならなければ。

 そもそも、皆と仲良くならなければ、こんなに辛い思いをすることはなかったのに。

 後悔が過る。沢山の後悔が脳裏を過ぎる。

 頬から零れる涙も堪えきれず、私は秋狐の身体に顔を埋める。

「ごめん、皆。私のせい、私のせいだ……!紺ちゃんを殺さなければ、セイレイ達を殺そうとしなかったら……私も敵だった、世界の敵だった……っ!!」

 希望を取り戻した世界に、希望を生み出した存在はいない。

 その原因の一環を握っているのは、紛れもなく私だ。

「別に道音のせいじゃねえよ。誰のせいでもない」

 そんな私を気遣ってか、セイレイは胡坐をかいたままそう語り掛けた。

 世界を救う為に剣を振るい続けてきた勇者である彼は、もちろんその先も理解しているのだろう。

 寂しさと、切なさの滲んだ笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「むしろ道音が居なかったら、俺は勇者になってねえし秋狐は俺達の仲間になってねえ。世界の希望すら生まれなかったかもしれないからな」

「でも、それは私が紺ちゃんを殺したことを肯定することになってしまう。やだ……やだ」

「だから結果論だろ、それは。後悔してるんならさ、秋狐……いや、秋城の意思を尊重してやってくれよ」

 セイレイは、そう言って秋狐に改めて視線を送る。

 どうやら彼女に話を促しているようだ。秋狐は私から身体を離し、柔らかな笑みを浮かべた。

「私、道音ちゃんと親友で居られて良かったよ。大好き、ずっと大好きな友達だよ」

「……っ」

「私が白のドローンで居られたのは、道音ちゃんが漆黒のドローンとして、影を背負ってくれたから」

「そんなこと、考えてなかった……私は、私の為に……」

 秋狐の言葉を認めたくなくて、私は何度も首を横に振る。

 だが、それでも彼女は自分の発言を撤回しようとはしなかった。

「でも、実際に私は世界に笑顔を作る存在で居られたんだ。だから、その先の未来は、道音ちゃんが笑顔を作って欲しい」

「……出来るかな、私に」

「もっちろん!道音ちゃんにしか出来ない選択だもん、お願いねっ」

 大切な親友にそう頼まれて、断れる訳が無い。

 ずるい。

 分かってて、そんな残酷なお願いをするんだから。


 ……未来の為に、笑顔を作る。

「分かった、私に任せて」

「うん、お願いね」

 黙って話を聞いていたディルは、苦笑いをして肩を竦めた。

「ま、どうせボクはそもそもが作られた存在だからね。最初から覚悟はしてたさ……ただ」

 そこで言葉を切って、ディルはらしからぬ愁いを帯びた笑みを浮かべた。

「魔物の居なくなった先の日常を、皆と過ごせないのは……ちょっと寂しいけどね」

「……それさ、瀬川 沙羅さんに頼んで、セイレイ達のデータだけ残すことは出来ないの?」

 希望は本当に残っていないのだろうか。

 だが、ディルは確固たる意志を持って首を横に振った。

「出来ないよ。Sympassと、僕達の存在を維持しているサーバーは同一のものだろうから。どれだけ瀬川 沙羅が優秀だろうと管理者が一人である以上、分けているはずがない。単純に労力的な問題だ」

「……そっか。彼女は一人で……ずっと」

 瀬川 沙羅の抱えた事情に思いを馳せようとした途端、ディルは苦笑いして私の思考を遮る。

「同情なんてするなよ。どれだけ孤独だろうが皆を傷つけていい道理はない。一人だから間違える、ボクだって間違えた」

 ディルは、過去を悔やむように自嘲を零す。

 膝に落とした両の手には、強く握りこぶしが作られていた。


 そんなディルの肩を、セイレイは優しく叩く。

「気にすんな、なんて言えねーけど。俺だって沢山間違えた。考えてみろよ、俺達全員……一回は何か間違えてんだ」

「私を含めないでっ、私は間違えてないよっ!」

 話に割り込んで、秋狐は懸命に自身の無実をアピールする。

「お前は存在自体が間違いだ」

「酷くない!?!?」

「ははっ、嘘だって」

 秋狐はむくれた後、それから楽しそうに笑った。

 私の両手を握り、彼女はくすりと微笑む。

「大丈夫、皆世界の為に……消える覚悟はできてるよ。それが、私達が世界の為に出来る最後の間違いだから」

「……うん」

 改めて、皆の目を見る。

 そこに誰一人、瞳から迷いを見出すことは出来なかった。


 ——きっと、私には彼らを止めることなど出来ない。

「分かった。ごめん、話は終わり。おやすみ」

 私はぐちゃぐちゃになった感情を誤魔化すように、一方的にそう言って部屋を後にした。

「うん、おやすみっ!」

 背後から秋狐は、なんて事の無いようにそう言葉を返す。

 その当たり前の返事が、今はとても辛かった。


「……あ」

 電灯の消えた廊下に、ある人影を見つけた。

「……聞いてたの、ほずっち」

「……聞いた」

 穂澄は、今にも泣きだしそうな表情でそう頷く。

 彼女にだけは、聞かせたくない話だった。

「なんで、黙ってたの。知ってて、言わなかったの」

 穂澄は、私を責め立てる。

 かつて私と敵対していた時のような、恨みの籠った目をぶつける。

 そんな彼女の表情に息が詰まるような感覚だった。

「……ごめん。言えなかった」

「魔災が終わるのと引き換えに、セイレイ君達が消えちゃうんでしょ。それで良いの、良いと思ってるの」

「良いわけないでしょ。でも、皆の覚悟を捨ててまで魔災の世界を存続させるの?」

「……それは……」

「私は、過去に紺ちゃんも、セイレイも殺したんだ。やることは、変わらない」

 あえて、非情な言葉選びをする。

 穂澄の瞳が大きく揺れるのが分かる。敵として見るのか、味方として見るのか迷っているのだろう。

 今となっては、彼女も大切な友達だ。

 敵として見ることなど、出来ないのだろう。

「……私は、世界の為に自分の力を使う。それが皆が望む結末だから」

 私は、穂澄に自分の想いをぶつけてからその場を後にする。

 背後では彼女が俯いて、何か葛藤している様子だった。だが、私はそれ以上に掛ける言葉を思いつかない。


 言えなかった。

 本当は、セイレイ達を救う為の第三の選択肢を考えていたなんて。


 だけど、それは。

 魔王セージがやろうとしていた「全人類を死に追いやること」と何が違うというのだろう。


 To Be Continued……

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