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天明のシンパシー【最終章進行中】  作者: 砂石 一獄
⑪最後のダンジョン配信編
306/310

【第百四十六話】日常

「……ん?」

 硬いフローリングの上で目が覚めた俺は、ゆっくりと辺りを見渡す。

 

 パーティ開けをしたは良いものの、食べきれずに残ってしまったポテトチップスの残骸。

 ごちゃごちゃと絡まったまま投げ出されたゲーム機から伸びるいくつものケーブル。

 カーテンの隙間から差し込む日差しを台無しにする、爛々と煌めく蛍光灯。

 どうやら、ゲーム大会を開催している最中に眠ってしまったらしい。俺以外の皆も、それぞれの場所でぐっすりと眠っている。

「……あー……起きるか」

 歯磨きもせずに寝落ちたものだから、口の中が気持ち悪い。

 ゆっくりと立ち上がり、そのままふらふらとリビングを後にしようとした。

 だが。


「ぎゃっ」

 何やら、足元から悲鳴が聞こえた。

 ちらりと視線を足元に送れば、恨めしそうに俺を見上げる青菜 空莉が居た。

「……セーちゃん、足元見て」

「すまん」

 俺は形だけの謝罪をした後、そそくさと逃げるようにその場を後にする。

 リビングを出る前にちらりとキッチンへと視線を送れば、手慣れた動作で料理しているanotherが居た。

「セイレイ、起きたか。さっさと顔を洗ってこい」

「相変わらず有紀と同一人物に見えねえな、お前」

「あいつは甘えることを覚えてしまったからな。徹底的に教育するつもりだ」

「……ほどほどにな」

 anotherは苦笑いを零しながら、リビングに視線を送る。

「ん……」

 同様に寝落ちたであろう一ノ瀬 有紀は、お腹を出しながらだらしなくソファの上で横になっていた。

「あれが俺と同一人物とは考えたくないが」

「まあ、あれはひどいな」

 ”あれ”扱いされている当の本人は、どんな夢を見ているのか。時々「んふふ」と不気味な笑いを浮かべながら眠っていた。


 洗面室に着いた俺は、並んで立てかけられた歯ブラシの中から自分のものを手に取った。

 水道水で雑に口をゆすいだ後、鏡で自分の姿を見ながら歯磨きする。

 すると、奥の浴室からシャワーの音が響いていることに気づいた。

「すまん、洗面台使ってる!出るのは待ってくれ」

「あっ、はいっ。まだ体を洗ってるので大丈夫ですよっ」

 浴室の奥から響いた声の正体は雨天 水萌だった。

 思わず彼女のシャワー姿を想像してしまったことに罪悪感を覚える。そんな邪念を振り払うように、俺は無心に歯磨きを続けた。


「……先輩のスケベ」

「うおっ!?」

 いつの間に隣に居たのだろうか、荒川 蘭はニヤニヤと楽しそうに笑っていた。

 俺達と一緒にゲーム大会に参加していたはずの彼女は、とっくにセットを済ませていた髪をさらりと撫でた。

「先輩だって男だもんね、分かる、分かるよ?」

「う、うるせぇ!」

「ぷぷーっ、面白いなあ先輩。やっぱりからかいがいあるーっ」

 ずっと彼女にからかわれ続けるのは精神的にダメージが重なる。俺はさっさと歯磨きを終え、洗面台を後にする。

「あっ、逃げた」

 蘭は楽しそうに笑う。

「……なんだか気まずいですね」

 浴室にいる雨天の、困ったような声音が反響していた。


 再びリビングに戻ると、いつの間に起きたのか。前園 穂澄は不貞腐れたような表情で掃除をしていた。

「ああ、もうっ。散らかしすぎ!ほら、朝ごはんの時間でしょ!起きた起きた!」

 穂澄は声を出しながら、寝落ちている面々に呼びかける。

「んー……あ、ほあよ……」

 船出 道音はまどろんだ目で、どこか遠くを見ていた。目を離すとすぐ眠りこけてしまいそうな彼女を、穂澄は無理矢理引っ張る。

「道音ちゃんも起きるっ!」

「あう」

 何度も激しく身体を揺さぶる穂澄と、まるで赤べこのようにがくんがくんと揺れ続ける道音。

 そんな漫才のようなやり取りをしている中、活発な声が響いた。

「こっけこー!みーなさん、おはよーございますっ!有名配信者の秋狐ですっ、いえい☆」

 橙色のウェーブがかった髪を揺らし、サイバーチックなデザインの和服を着こんだ秋狐が元気に飛び跳ねながら現れた。

「おい秋城。お前いつになったらフローリングを傷つけるような行動を止めてくれるんだ?」

 彼女の行動をanotherは咎める。

 完全に彼の表情は鬼のそれだ。

 だが、秋狐は楽しそうに体を揺らして、ろくに話を聞こうとしない。

「一ノ瀬先輩かたーいっ。頑固だよっ、何事も柔軟に行こう!ねっ」

「お前が自由人過ぎるだけだろ」

「自由でこそ、だよ!それが秋狐の生き様だっ」

「もう好きにしろ……」

 まるで話の通じない秋狐に観念したようだ。anotherは大きなため息を吐きながら頭を抱えた。


「っ、はっ!」

 窓から見える外の景色に視線を送れば、須藤 來夢が正拳突きを繰り返しているのが見える。

「え、ストー兄ちゃんずっとあれやってんの」

「あ、ほんとだ」

 俺と視界を共有するように隣に並んだ蘭は、感心したように目を見開いた。

「ストイックだねー、ちょっと尊敬するなあ」

「なんだか身体を動かさないと落ち着かないみたいだよ」

 いつの間にか起きたのだろう。有紀はソファの上で胡坐をかきながら、楽しそうに笑っていた。

「ま、後で私も混ぜてもらおうかな。と、その前に朝ご飯だね」

「ほら、冷める前に食べろ……おい、須藤!お前も来い」

 anotherは外にいる須藤に呼びかけながら、ダイニングテーブルの上に朝食を並べていく。

 毎日食事を準備するのは大変だろうに、本当によくもまあ続けられるものだ。


「さすがanother君だ。いつもありがとうな」

 机の上に並んだ豪華な朝食の数々に、須藤は感心しながらもanotherに礼を言う。

「何事も健康な肉体から、だ……そう言えば、ディルの姿が見えないが」

 ふと辺りを見渡せば、ディルの姿がどこにもいないことに気づいた。

「っはー……ディル君も相変わらず自由人だねえ」

「お前にだけは言われたくないと思うぞ」

 秋狐の言葉に間髪入れずにツッコむ。

 「むー!」と秋狐は不貞腐れていたが、あえて無視することに決めた。


 そんな中、話題の彼が姿を現した。

「全くだよ、秋狐ちゃん程の自由人はそういないと思うけど」

「ディル。どこに行ってたんだ?」

「散歩だよ。外の空気を吸うのは良いもんだよ?」

 大きく背伸びしながら、ディルは我先にとダイニングテーブルに腰掛けた。

 彼の動きに倣って、俺達も朝食を囲むようにテーブルに腰掛ける。


 こんな何気ない一日を手に入れる為に、沢山の戦いを続けてきた。

 勇者一行も、配信と言う殻を外せばただの一個人に過ぎない。


「よし、じゃあ両手を合わせて」

 俺が先導して、周りに呼びかける。


「いただきますっ!」


 ずっと望んで止まなかった日常。

 最終決戦を前に、俺達はついに手に入れることが出来たんだ。


 To Be Continued……

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