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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑪最後のダンジョン配信編
305/322

【最終章】序幕

 馬鹿と天才は、紙一重だという。


【問.1+1の答えは何か?】 

「田んぼの田!2とか絶対にねーよっ!」

「まずは1という数字の定義をきちんとするべきではないのだろうか?大前提から話が違うんだよ。そこに1があると断言できない以上はこの問いに対する明確な答えは存在しない、と言わざるを得ないよ」


 発する言葉の意味が理解できない、と言う意味で。


「なあ姉貴!声でグラス割る奴動画で見たんだけどさ!あれやってみたい!」

「面白そうだね。やってみようか」


 好奇心旺盛で、思いついたら行動しないと落ち着かないという意味で。


 私と怜輝は正反対のような立ち位置だった。

 だけど、だからこそ。

 お互いに理解し合い、支え合うことが出来たんだ。


 ……でも、何が違ったのだろう。

「親父!見て見て、先生に褒められたやつ!」

「おー、怜輝。上手じゃないか」

「へへっ」

 父は、いつも怜輝の行動を褒めていた。

 それが傍から見たらどれほどに杜撰なものであったとしても、父は盲目に彼を評価していたんだ。


 その瞳を、私にも向けて欲しかった。

「父よ、文献を参考に論文を書いたのだが、見てくれないだろうか?」

「……見せてみろ」

「どうだ、私としてはよく書けていると思うのだが」

「いや、駄目だ。まだ詰めが甘い、サンプルが少なすぎる。再現性はあるのか?どれほどの効果を持つのか、比較対象を設定しろ」

「……分かった」

 それが、どれほどの正論だったとしても、私が望んだのはそんな言葉ではなかった。

 ただ、娘と父親として……対等に接して欲しかっただけだ。



「姉貴っっっっ!!」

 ――本当に、紙一重だった。

 思い返すのは、甲高い悲鳴のようなブレーキ音。

「……怜輝……?」


 立ち位置が違っていれば。


 咄嗟に私を突き飛ばす怜輝の姿が、脳裏を過る。

 次の瞬間、まるで人形のように弾き飛ばされる弟。


 何が違ったのか。


 どうして、私達の関係は引き裂かれなければ行けなかったのか。


☆☆☆☆

 

「……なあ、父よ」

「うるさいっ!今は構っている暇がないんだ!俺は、俺は……」

 あれから、父は私に見向きもしなくなった。

 盲目に自身の研究に没頭し、何か1つの大きな事を成そうとしていたのだろう。

 

 それが何かを知るため、私は父の隙を盗み、ついに資料を得ることに成功した。

 ……私の人格をコピーし、作られた存在であるディルの協力もあってのことだが。

「……ホログラムの、実体化」

 それはまるで、子供の妄想とも捉えられるような研究内容だった。

 

 そんな、妄想の世界を実現できる可能性を秘めた研究内容に、私は心躍るのを抑えられなかった。

 怜輝を救った上で、好奇心をも満たすことが出来る。

「……怜輝、待っていろ。お前もいつか言ってただろう?ゲームの世界に入りたい、と。連れて行ってやる。この世界の主人公は……怜輝だ」

 その日から、世界を書き換えるための計画は始まった。


 思い出すのは、研究所の一室。

 事故の影響により、脳死状態となった怜輝を取り囲む大人達は、忙しなく稼働するモニターの記録を取っている。

「まだホログラムの実体化実験は試験段階。何が起こるか分からないんですよ!?」

 父に語りかける研究員の男性は、理性的だった。

 新たな技術が世に生み出される時、真っ先に人々は未知の世界に恐怖する。それを受け入れることが出来ずに、抵抗するのだろう。

 きっと、その研究員の男性も未知の世界に恐怖していた。

 そうだ、それが普通だ。

 そんな感情が理解できないからこそ、私は馬鹿であり、天才だった。

「今このホログラムの実体化を行わないと、怜輝は死んでしまう!命を救うことが出来るのなら、俺はやる」

「でも……!」

「ホログラムの実体化技術は”希望の種”なんだ。もし、この技術が確立されれば、より多くの命を救えるんだ。その為にも使わなければならない」

「それは社長のわがままも入っているでしょう!?何かが起こったらどうするんですか!?」

 この場においては、研究員の男性が全面的に正しい。

 父は、それらしい文言を並べて怜輝を救う為の口実を作っているに過ぎないのだから。

 それがどれほどのリスクを含有していようと、きっと諦めはしないだろう。

「怜輝。死ぬな!!」

 けたたましくモニターのアラーム音が鳴り響く。警告灯が赤色に照らされる。

 ――そろそろ、頃合いだろう。


「……父よ。私が手を貸そう」

 

 周囲の大人達が、一斉に私へと視線を送る。

 その希望に満ちた目を見た途端、私の心は満たされた。まるで人々の心を掌握したような、拍手喝采でも受け取ったような気分だった。

 ……なんと、美しい世界だろう。

 私の持ち合わせた知識が、希望を生み出したんだ。


 そうか、これが「認められる」ということか。

 

 結果として、怜輝の命は救われた。

 だが、それは怜輝でありながらも怜輝ではなくなっていた。

 

☆☆☆☆

 

「……姉貴、だよね」

「ん、ああ……そうだよ、怜輝。私はお前の姉だ」

「うん、そうだよね……ごめん、俺……なんか、記憶がなくて……」

「……」

 無邪気で、やんちゃだった頃の怜輝は、どこか遠くに行ってしまっていた。

 まるで抜け殻でも見ているようだった。


 考えれば、当然のことだ。

 私の持つ彼の記憶を元として、人工知能を重ねて擬似的に怜輝の人格を構築したに過ぎない。どれだけ似せて造ろうとも、本物にはなれない。

 そう、本物には。

「……ああ、本物さ。怜輝、お前は本物の瀬川 怜輝さ」

「……うん」

 だから、本物にしなければならない。

 本物の感情、本物の心を作り上げないと。

「私とお前は、約束したんだ。一緒にネット配信をするんだって。一緒に配信すればあっと言う間に有名になれるはずだ、とな」

 

 そうだ、配信だ。

 沢山の人の心に触れることが出来る配信を、怜輝に体験させるんだ。


「……配信?配信って、何?」

「自分の想いを、伝えたいことを、動画として伝えることさ。色々な感情に触れる事の出来る媒体だよ」

「へー!面白そう!いつか俺もなれるかな?配信者に」

「なれるさ。そうなれるよう、私が支援するよ」

 運命の歯車は、とっくに狂い始めていた。


 ----


 ある日、私は父に引っ叩かれた。

「沙羅、お前は……とんでもないことをしてくれたな」

「結果として怜輝を救えたんだ。間違ったことはしていないはずだが?」

「……っ、それは、そうだが……」

 父だって、ホログラムの実体化を介して怜輝を助けることを望んだ一人だ。

 どれだけ目を逸らそうと、その事実から逃れることなど出来ない。

「……だが、お前は勝手に俺の研究資料を盗んだだろ。子供が気軽に触れて良い代物ではない」

「管理が甘い父が悪いよ」

「それに関しては俺の落ち度だ。だが、お前は……ホログラムの実体化技術を、悪用しただろ?」

「何のことか、私には分からないな」

 私はあくまでも、何のことか分からないというスタンスを貫く。

 

 この時点で既に、私の計画は実行段階に入っていた。

 全世界の人々を恐怖に陥れる「魔災計画」は始まっていた。


「私は怜輝が希望の存在であって欲しいだけだ。その為なら、私はなんでもするさ」

「……」

 父は、私から顔を背けた。

 どんな罵声でも受け入れるつもりだった。真正面から、全力の感情をぶつけて欲しいとさえ願った。

 だが、どれも叶わない。


「……俺は、正しい道に導くことが出来なかったんだな……」

「……」

 どんな罵声よりも、どんな言葉よりも、その言葉は深く心の奥底に刺さってしまった。

 私の存在そのものを否定されたような気分だった。

 目の前の父が、本当に人間なのか、と疑わしくさえ思えてくる。

 まるで自分を失敗作と言われたような痛みが、心を蝕む。


 ――もう、私に本物の感情をぶつけてくれるのは怜輝しか居ない。

 そう、確信した瞬間でもあった。

 

 ----


 あれから十年の月日が経った。

 瀬川 怜輝は、いつしか本物の人間に、本物の勇者になっていた。

 しかし、対する私――瀬川 沙羅は今や、世界の敵だ。

 魔災を生み出した張本人として、世界から忌み嫌われた存在になっていた。


「なあ、私にはお前しか居ない。本物の感情をぶつけてくれるのは、お前だけなんだ」

 

 認めて欲しかった。

 ただそれだけだったのに。

「私と怜輝、一体何が違ったのだろうな」


 馬鹿と天才は、紙一重。

 その紙一重は、とても小さく、だからこそ……とても遠い。


 To Be Continued……

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