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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑩魔王城編
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【第百四十五話】皆に伝えたい言葉

 千戸 誠司の名残を追い求めるように、散らばっていく光の粒子に手を伸ばす。

 だが、どれほど触れたくても、取り戻そうとしても。

「……あ……」

 俺の手から、するりと光の粒子はすり抜けていった。


 魔王を倒して、世界を蝕んでいた桜の木々は消え去った。

 魔災に飲まれた世界で生き延びてきた沢山の人々を葬り去った、魔王を倒したんだ。

 なのに、どうしてだろう。

 ——こんなにも、苦しいのは。

 

「……センセー……センセー……っ、あ、ああああ……」

 配信中というのも忘れ、俺はみっともなく蹲る。声を震わせて、子供のように泣きじゃくる。

 泣いたところで、何も解決はしないのだろう。何も戻りはしないのだろう。

「セイレイ君……っ」

 俺に寄り添うように、穂澄がしゃがみ込む。それから、優しく俺の肩をさすった。

 その暖かさが心地良くて、だからこそ苦しくなる。込み上げる嗚咽に、息が詰まるような気分となる。


 そんな中でも、彼女は俺の心をぐちゃぐちゃにかき乱す。

『千戸 誠司……どうにも彼は私の予想を上回ってくれたね。怜輝を本物の勇者に仕立て上げるとは、大した男だ』

「……お前は……お前だけは……!」

 心の奥底から込み上げるどす黒い感情。

 怒りとも、殺意とも取れる感情が俺を飲み込もうとする。

 空から響く、瀬川 沙羅の声音は何処まで行っても娯楽を眺める時のそれだった。

『本当に素晴らしい。皆が力を合わせて困難を乗り越える様は美しいというものだ。これが、私が見たかったものだ』

「ふざけないでよっ!その自分が求める配信の為にどれだけの人が犠牲になったと思っているの!」

 秋狐は込み上げる怒りを隠そうともせずに、空に向けて大声で叫ぶ。

 

 だが、どこ吹く風か。瀬川 沙羅は「くくっ」と楽しげな笑い声を漏らすのみだ。

『ははっ、どれだけの人が犠牲に、か。”作り物の世界”に随分とご執心だな?なあ、秋狐よ』

「作り物の世界?!皆が懸命に生きて、懸命に悩んだ世界を作り物の世界って言ったの!?」

『ああ、そうさ。ホログラムと言う虚像に過ぎない存在に心を動かされて、本当に愚かしいものだ。所詮創作物に過ぎないというのに、よくもまあそこまで一生懸命になれるものなのだな』

「っっっっ!!!!取り消して!!今すぐその発言を撤回して!!あなたに何が分かるの、あなたの作った世界に、どれだけの人々が苦しめられたと思っているの!!!!」

 俺達の神経を逆なでする言葉を重ねる瀬川 沙羅。

 

 そんな中、一ノ瀬が前に立つように歩みを進めた。

「当事者じゃないから、偉そうに言えるだけだよ。1回私達と同じ立場になってみて欲しいな。何かを新たに生み出すことを、あなたはきちんと理解できていないだけだ」

 静かに、諭すように語り掛ける一ノ瀬。そんな彼女に瀬川 沙羅は関心を持ったようだ。

『……ほう。説教かい?』

「そんな大げさなものじゃない。誰かの為に一生懸命考えて、何かを生み出すという責任……あなたにも感じて欲しいだけだよ」

『ふうん。私としては面白い配信を観ることが出来れば満足なのだがね』

「観るだけじゃなくてさ、作ってみることも経験してみなよ。瀬川 沙羅さんが伝えたい想いは無いの?」

 一ノ瀬の言葉に、何か引っかかるものがあったようだ。瀬川 沙羅は「ふむ……」と考え込むように間を置いた。


『……私に配信者になれと言うのか?運営であるこの私に』

「まあ、そういうことかな。世界を救う勇者ことセイレイのお姉さんの本心……私は知りたい」

『自分で言うのも何だが……魔災を引き起こした人物に掛ける言葉じゃないよ。それ』

「だろうね。でも、理解することを諦めないのが勇者パーティだから」

 瀬川 沙羅の呆れたような口調で返す言葉に、一ノ瀬は愛想笑いで誤魔化す。

 俺達は、じっと瀬川 沙羅の続く言葉を待った。


 しばらくして、彼女は観念したようにため息をついた。

『まあ、いいよ。きっと、これが正真正銘のSympassにおける最後の配信となるのだろうね。言うなれば、”Last配信”……とでも名乗ろうか』

「Last配信……確かに、最後に相応しい配信名だ」

 一ノ瀬は納得したように頷いた。


 続いて空莉も天を仰ぎ、瀬川 沙羅に語り掛ける。

「沙羅姉。久しぶり、覚えてる?」

『おや、空莉君。こうして話すのは久しぶりだね?元気にしてた?ご飯食べてる?』

「お母さんみたいなこと言わないでよ。沙羅姉はさ、どうしてそこまでセーちゃんとの配信に執着していたの?」

 その言葉に、瀬川 沙羅は声を詰まらせる。

 しばらく間を置いてから、「執着?」と鸚鵡返しした。それから、たどたどしくも彼女は言葉を紡ぐ。

『……それを聞いて、何になるんだ?』

 瀬川 沙羅の返事に、空莉は首を横に振ってから己の疑問をぶつけた。

「ううん、知りたいだけ。沙羅姉がずっと、セーちゃんと一緒に配信することを願ってたってのは聞いたよ。でも、その為にどうしてここまでする必要があったの?」

『……どうせ、夢を果たすのなら。皆に見て欲しいものだろう。皆に関心を持って欲しいものだと思うのは、当然のことだと思わないか?』

「その結果が、世界を滅茶苦茶にすることだったの……?」

 空莉の表情が悲痛に歪む。

 

 実際に俺達の配信は、世界中の人々が注目する形となっていた。

 完全に瀬川 沙羅の筋書き通りのシナリオに、俺達は導かれていたのだろう。

 

 一体、俺はそんな彼女にどんな言葉をぶつけるべきなのか。

「……なあ、瀬川 沙羅……」

 彼女をフルネームで呼ぼうとした。

 だが、俺はそこで言葉を切り、一度大きく息を吐く。


「……いや、姉貴」

 俺は久しぶりに、彼女を姉と認めた。

 

 俺の代わりに、皆が怒りをぶつけてくれた。皆が悲しみをぶつけてくれた。

 仲間達が感情をぶつける姿を見ている内に、俺が成すべきことが見えてきた気がする。

『……久しぶりに、私を姉と呼んでくれたね』

「まだ完全に割り切れた訳じゃねえ。姉貴のやったことは、到底許されるべきことじゃないからな」

『だとしたらさ。一体、どういう風の吹き回しだい?』

 俺の胸中を測りかねているのだろう。瀬川 沙羅は探るようにそう問いかける。

 だが、俺が返す言葉は決まっていた。


「決まってるだろ。俺は、姉貴と対等でありたいだけだ」

 紛れもなく、彼女は世界にとっての悪だ。

 沢山の人々を死に追いやった、諸悪の根源だ。

 

 ——だからこそ、俺は彼女から本心を引き出さなければならない。

 その為には、敵であってはいけないから。


『対等、か。相変わらず面白いことを言うんだね。怜輝は』

「でなけりゃ勇者なんてやってねえよ。理解を諦めないからこそ、勇者セイレイで居続けることが出来ただけだ」

『強い感情に左右されないところ、私は評価するよ』

「姉貴にそう言ってもらえて光栄だな」

 初めて、俺は瀬川 沙羅と対等に言葉を交わした気がする。

 軽口を叩き合った後、瀬川 沙羅はひとつ咳払いをした。


『そうだな……Last配信まで、少し準備期間をくれないだろうか。なるべく、私の伝えたい世界を表現してみよう』

「ああ、分かった」

『その配信が成功した時、全てのホログラムを消失させると約束しよう。それで、魔災は完全に終焉する』

 ホログラムの消失、という単語に胸の奥がずきりと痛む。

 魔災と、俺の存在は一蓮托生だった。

 

 きっと、これが最後だ。

 瀬川 沙羅の心が満たされる時、俺はこの世から消える。

『また、追って告知するよ』

 そう言って、空から響く声は完全に消えた。


 暗雲は、もう残っていない。

 澄み渡る青空が、どこまでも遠く、遠く広がっている。

 だが、その青空が覆う先は瓦礫の残骸がどこまでも広がる、灰色の世界だ。

 そんな世界で、最後の配信までどう過ごすべきなのか。

「なあ、皆」

 俺は、ホログラムに表示されるコメント欄に視線を送る。

 

[これで最後か]

[あいつのいう事を信じていいのか?魔災が終わるなんて]

[でもセイレイに執着しているのは事実だからな。きっとそこに嘘はない……と信じたいけど]

[俺としてはあの女を許すことは出来ない。けど、どうするかはセイレイ達に任せるしかできない]

[お願いします。世界を救ってください。皆の笑顔を取り戻してください]

 

 沢山の希望に満ちたコメントが流れる。

 この世界の行く末は、もう俺達の手に完全に委ねられたのだ。

 瀬川 沙羅のLast配信までの猶予期間。きっと、沢山の不安を胸に過ごさなければならないはずだ。

 だからこそ、後悔の無いように過ごして欲しいと思う。

 そんな思いを胸に、俺はカメラに向けて自分の想いを告げた。


「いつも通りの日常を送ろうぜ。他愛のない、くだらない毎日で良い。特別じゃない毎日を過ごすんだ」

 そう、特別じゃなくていい。

 無駄に過ごす一日もあって良い。

 そんなどうでもいい、つまらない一日こそ……俺達が求めたものだから。


 To Be Continued……

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