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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
①家電量販店ダンジョン編
30/322

【第十四話(2)】 生と死が分かつ二人(後編)

また明日。

まるで、明日も、明後日も、ずっと同じ日が続くようなその言葉。

だが、彼等は知っていた。知っていたのに、目を逸らしていた。

同じ明日が来るとは限らないことを。


----


結論から言えば、一ノ瀬と瀬川がはしゃぎまくったせいで、船がひっくり返った。


「あのさ、一ノ瀬」

「はい」

全身ずぶ濡れになった一ノ瀬が、砂浜の上で正座したまま、力なく項垂れている。彼女の正面に立つのは、同じく全身ずぶ濡れになった須藤だ。

彼はものすごい剣幕で、彼女を睨み付ける。

「お前何歳だよ」

「……二七歳、です」

「セイレイは何歳?」

「……十六歳……」

「十一歳差じゃん。大人げなさ過ぎでしょ」

須藤は呆れたように大きく溜息を付いた。その動きに怯えるように、一ノ瀬の肩がピクリと揺れる。

テントの陰に隠れるようにして、瀬川と前園は遠くからその様子を見守っていた。もちろん二人も全身ずぶ濡れだ。

「なあ、穂澄……荷物置いていって良かったな」

「……そう言う問題?元はと言えばセイレイ君が一ノ瀬さんをからかったのが原因でしょ?」

前園は、瀬川も責任の一端を担っていると考えているようで、ジロリと彼を横目で睨む。

あくまでも、彼女は一ノ瀬の味方らしい。

瀬川は困ったように笑いながら肩をすくめた。

「いやさ、まさかあそこまでやり返されるとは思ってなかったよ、楽しかったから良いけどさー」

「巻き込まれた私は全然楽しくなかったよ!?」

「あははっ、姉ちゃんも活き活きしてきたって証拠じゃん。ほら一番最初に会った時を思い出してよ。『おい、立てよ勇者様』って言ったぁぁぁっ!!」

いつの間にか、瀬川の後ろには一ノ瀬が立っていた。恥ずかしそうに耳を赤くした彼女は、瀬川にげんこつを喰らわせる。

頭を押さえて蹲った瀬川が涙目で一ノ瀬を睨む。しかし、彼女はどこか後ろめたいように目を逸らした。

「……忘れて?」

……どうやら、彼女にとっては黒歴史のようだ。それを悟った瀬川は白々しくよろけた演技をする。

「あ、あー……今の一撃で忘れた!!1、2、3、ぽかん!!」

「……はぁ」

どこから突っ込めば良いのか前園は分からず、溜息を吐くより他なかった。

「全く、本当に無茶苦茶な女だな……次は無いからな?」

須藤はそんな一ノ瀬に向けて、そう釘を刺した。


”次”


「あはは、ごめんって。今度は同じ事をしないように気をつけるよ」

一ノ瀬は苦笑を漏らしながら、そう答える。


”今度”


果たして、その”次”や”今度”が来る保証なんて、誰が担保できるのだろうか。


★☆☆☆


「つっかれたーーーー!!」

瀬川は客室のベッドに何の躊躇(ちゅうちょ)も無く飛び込んだ。そんな彼に対し、前園はくすりと微笑む。

「まあ、今日に関しては本当にお疲れ様。すごく頑張ったもんね」

そう評価を下した前園の言葉を聞いた瀬川。ガバッと布団から身体を起こし、輝やいた目で彼女へと視線を送る。

「穂澄もそう思う!?俺頑張ったよね!?姉ちゃんからもMVPって言われたし!?」

「調子に乗らないの」

困ったように笑いながら前園は瀬川が寝転ぶベッドの端に座る。

「ね、追憶のホログラムのスケッチ見せて貰ってもいい?」

「ん?ああ、良いよ、ほら」

瀬川はベッド下に投げた手提げ鞄から取り出す。寝そべった姿勢のまま、パラパラとスケッチブックをめくり前園へ渡す。

「ここから先がダンジョンでスケッチした分」

「ありがとう……へえ、こんな感じだったんだ、映像で見るのも良かったけど、こうしてスケッチしたものを見ると『ここを見て欲しいんだ』というのが伝わるね」

前園はパラパラとスケッチブックを捲りながら、ダンジョン内でスケッチしたものを一つ一つ確認していく。

ダンジョンの最深部に配置された、追憶のホログラム。それに触れた途端、今やダンジョンと化した施設の本来の姿をホログラムとして映し出した。

瀬川のスケッチからは、その中で特に人々の活き活きとした姿を描こうとしているのが伝わる。なんとなくそこに居るわけではない、目的を持って行動する人々の姿がスケッチに残されていた。

誰も彼もが、自分の人生を歩んでいる。自分の人生を描いている。前園は、瀬川のスケッチからそう読み取った。

「ありがとう、セイレイ君がどんな思いで描いたか何となく分かったよ」

「え、なんか恥ずかしいなそれ」

そう言って瀬川は照れくさそうに顔を枕に埋めた。

まるでそこには、巨大な敵に屈すること無く立ち向かった勇者セイレイの姿など何処にもない。彼は、ただの純粋な少年、瀬川 怜輝でしかなかった。

恥ずかしそうに足をバタバタとさせる瀬川を余所に、前園は自分のベッドに移動する。

リュックサックの中から文庫本を取り出し、(しおり)の挟んだページを開きながら瀬川に問いかけた。

「というかセンセー遅いね?まだ釣りしてるの?」

彼女の質問に、瀬川はむくりと顔だけを起こして答える。

「あー、この時間が狙い目なんだとさ。俺は良くわかんないけど、そう言ってたぜ」

「ふーん……」

「まあダンジョンから魔物もいなくなったし大丈夫だろ。そう言えばSympassのコミュニティはどう?待ってる間に情報(まと)めようぜ」

そう提案する瀬川に対し、前園は同意するように頷いた。しかし、彼女は何かを思い立ったように「でも」と言葉を続ける。

「それなら一ノ瀬さんと須藤さんも呼んだ方が良いよね」

「あ、そうだな。兄ちゃんと姉ちゃん呼んでくるか」

瀬川がそう言うのとほぼ同タイミングだった。

廊下をバタバタと駆ける音が響く。軽快な足音からすると、恐らく一ノ瀬だろう。瀬川はそう思いながら、ドアの方を見やる。

まるで答え合わせをするかのように、一ノ瀬が強くドアを開けた。

「二人とも、大変だ!!」

一ノ瀬は、明らかに血相を変えた様子で二人に声を掛ける。

「一ノ瀬さん、何があったんですか?」

「どうしたの、姉ちゃん?」

明らかにただ事ではない彼女の切羽詰まった様子に、思わず二人の表情も硬くなる。その様子に一ノ瀬は一瞬躊躇(ためら)うような表情を見せるが、直ぐに気を取り直すように首を横に振った。

彼女が発した言葉に、二人は驚愕する。


「須藤を見てない!?突然居なくなったんだけど……!」


----


「セイレイ、何があった」

「センセー!」

クーラーボックスを持って集落へと戻ってきた千戸は、明らかにざわついている人々の様子を見て困惑する。瀬川は千戸へと駆け寄り、慌てた様子で必死に説明しようと言葉を紡ぐ。

「えっと、ストー兄ちゃんが居なくなった……!」

「何?」

怪訝(けげん)な表情を浮かべ、千戸は眉を(ひそ)める。そんな彼の元へと一ノ瀬が駆け寄ってきた。

「私は直前まで須藤の近くに居ました。ですが、ふと目を離した瞬間に忽然(こつぜん)と姿を消していたんです」

集落の人々は懸命に須藤を探している。しかし、一向に待ち望んでいる報告は届かない。

須藤は、何か不可解な現象に巻き込まれた。そう判断せざるを得ない状況に、瀬川の目頭から涙が零れる。

「ストー兄ちゃん……大丈夫、だよね?また会えるよね?」

「……セイレイ、大丈夫だよ。きっと、またひょっこりと姿を現すさ」

「……本当?」

保証なんて何処にもない。一ノ瀬は、それでもその言葉を発せざるを得なかった。

必死に捜索する二人から目を逸らすように、千戸は呟く。

「……二度と、元には戻らないもの……」

ディルが、千戸に向けて言った言葉を反芻する。

その言葉は誰の耳に届くことも無く、虚空に溶けて消えた。


懸命な捜索も虚しく、海の家集落のリーダー、須藤 來夢の姿が再び見えることは無かった。


----


誰も居ないビーチの隅にある岩場。月明かりに照らされるようにして、ディルは腰掛けて佇んでいた。

「live配信、ねえ。セイレイ君も上手いこと言ったもんだよなあ……あははっ」

どこか楽しげな笑いを零し、うんと背伸びをする。

「でも、生きてるだけじゃ駄目だよ。時には死んで貰わないと、死んで生まれ変わって貰わないと。『転生して最強配信者になった俺は、荒廃した世界を無双する』……とでも言うのかな?俺TUEEEして貰わないと困るんだ」

気付けば、彼の手にはチャクラムが握られていた。まるで舞踊でも披露するかのように、岩場の上でくるくると回転しながらチャクラムを泳がせる。その軌道が描く螺旋は、闇夜の中で一段と強く煌めく。

光の螺旋は捻れ、繋がり、そしてまた捻れる。

そして勢いのままにチャクラムを遠くに放り投げた。大気を割くように舞うそれが徐々に光の粒子に分解されていく。

やがて、大気に溶け込むようにして消えた。

「彼がlive配信を描く、って言うのなら僕は“dead配信”を描くよ。僕の名前は”die will”。誰も彼も、いずれ死ぬんだ」

ディルは、”死”を描くことでしか、世界に関わることが出来なかった。


★☆☆☆


海の家のダイニングテーブルの上。瀬川達は陰鬱とした表情を浮かべていた。

この場には、瀬川、前園、千戸の三人しか居ない。

今、海の家には二人、足りなかった。

「センセー……ストー兄ちゃん……何処に行っちゃったんだろ……」

「……分からない」

不安げな表情を浮かべる瀬川の質問に答えることが出来ず、千戸は力なく首を横に振った。

「そっか……」

瀬川はそうポツリと言葉を返す。

再び、静寂がその場を支配した。

前園はリュックサックの中身を真剣な表情で整理整頓している。

「……早く、次の集落に行こうよ。私達は、配信を続けなきゃ」

前園はそうポツリと言葉を漏らした。今までの彼女らしからぬ言葉が耳に入った二人は、驚いた様子で彼女を見る。

彼女の瞳は、涙に潤んでいた。

「だって、色々なものを与えてくれた須藤さんと、意味も分からないまま、はいさよなら、なんて私……嫌だ……まだ何のお礼も出来てないのに……!」

「……穂澄」

「……続けよう、ダンジョン配信を……私が支援するから、私、頑張るから……そしたら、きっと……」

ぽろぽろと、言葉と共に彼女の頬を涙が伝う。リュックサックの布地に、彼女の涙が染み込んだ。

もう誰も、失いたくはない。大切な人達が、二度とこの手から零れるようなことがあってはならない。

瀬川も、千戸も、その意見に否定は無い。覚悟が決まるまで、そう時間は掛からなかった。

「ねえ、私も皆に付いて行っていいかな?」

「有紀姉ちゃん……」

ずっと入口の方から話を聞いていたのだろう。扉を開けて、彼女は静かに入ってきた。

しかし、彼女の表情は静かな怒りに満ちている。歯を食いしばり、悔しそうな表情を隠せずにいた。

「私だって、まだあいつに……須藤に何も返せていないんだ。それに」

そこで言葉を切り、一ノ瀬は辛い気持ちを押し殺すように、にこりと気丈な笑みを浮かべる。

「ダンジョン配信を続けるなら、一人でも戦える人は多い方が良いでしょ?配信を続ければ、きっと須藤に繋がる情報も手に入る」

「……うん。そうだね……きっと、そうだ」

瀬川は強く頷いた。そして、手提げ鞄からスケッチブックを取り出し、家電量販店ダンジョンで描いたスケッチのページをめくる。

「俺は、俺の知らない世界を描かなきゃ。その為に、配信は続けるんだ」

勇者一行の覚悟は、再び固まった。


----


「あは♪まさかこんな簡単に捕まえられるとはね。あの子も高濃度の魔素を一気に体内に取り込むリスクは分かってたくせにさ?……まあ、私としては都合が良いから別に何でも良いけどね♪」

まるで闇の象徴のような、漆黒のドローン。そのスピーカーから、無邪気に弾んだ少女の声が響く。

「じゃ、私も始めようかな。――“relive配信”をね」

世界の歯車は、Sympassを――インターネットを介して大きく狂い始める。


----


[informatiion

武闘家 ストーが 配信メンバーを離脱しました。情報は一時保存されます。]


----


To Be Continued……

次から第二章開幕です。

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