【第百三十五話(1)】LiveとLife(前編)
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・魔物使い雨天 水萌
【ドローン操作】
・船出 道音(漆黒のドローン)
見上げれば、一面を覆いつくす青空。
灰色のアスファルトの上に、等間隔で白線が刻まれている。車一台さえない、まっさらな屋外駐車場を俺達は進む。
色鮮やかに飾られた店内とは異なり、装飾など何一つ残っていない。
灰色の敷地内に静かに浮かんでいたのは、緑色のドローンだった。
『……セーちゃん、どうだった?紺ちゃんの企画』
緑色のドローン——四天王、青菜 空莉はそう問いかける。
俺はわざとらしく、おどけるようにして両腕を開きながら答えた。
「最高だったよ、面白かった。いつもと違う配信の形で新鮮だったな」
『そっか、それなら良かった。そう言ってもらえると企画した甲斐があるよ』
空莉がそう言葉を返すと同時に、ドローンにラグが生まれ始めた。
そのラグは、やがてドローン全体を飲み込んでいく。歪んだホログラムが、やがて人の姿へと変わる。
「……僕が望んだ世界だった。ただ、皆が、笑い合える世界。皆が、対等でいられる世界」
藍色の髪を揺らす、ポンチョを羽織った空莉は、静かにそう語り始めた。
空を仰ぎながら、彼は話を続ける。
「魔災で辛いことがあっても、皆で力を合わせれば乗り越えられる……はずなんだ」
「ああ、お前の言う通りだよ。実際に俺達はいくつもの困難を超えて来ただろ」
「うん。それを成し遂げたリーダーの、セーちゃんに聞きたいんだ」
やがて、空莉の周囲に突風が吹き荒ぶ。それはつむじ風となり、空莉を囲っていく。
「生きるって、何だと思う?」
「……難しい質問だな」
唐突に問われたところで、その質問に答えられるだけの考えを持ち合わせていなかった。
「”Live”配信として、考えて欲しいんだ……ただその日を生き延びられれば。ただ心臓を動かしていれば。ただ強者に支配されて、自我を殺したとしても……生きてるって言える?」
「それは……」
空莉の質問に「はい」と答えることは出来なかった。
それは、真の意味で「生きる」とは言えないのだろう。それを分かった上で、空莉はこの質問を投げかけているのだと理解した。
答えに窮しているのを感じ取った空莉は「だよね」と自嘲の滲む笑みを浮かべる。
「僕は皆で生きること……それを成せなかった。力があればできるって信じていたのに、出来なかった……なんでっ、なんで……!」
より一層、空莉を纏う風が強くなる。
大気中の空気を全て吸い込もうとする程にまで吹き荒ぶ風に、俺達の髪や衣服も大きく乱れる。
乱気流の如く巻き起こる突風に、やがて空莉のシルエットが不鮮明となり——。
「なんで、僕は出来なかったの!力を持ってなお、成せなかったの!セーちゃんと僕、何が違うの……!」
大鎌を構えた空莉の臀部から、茶色の尾ひれが長く伸びる。それは彼の怒りに応えるように、激しく揺らめく。
空莉の肌から、まるで早送りするかのように茶色の毛が伸びる。
「……見てよ。これが魔物になった僕の姿……鎌鼬だよ」
「空莉……」
鎌鼬の姿となった空莉は、大鎌を構えて俺達と対峙する。
戦闘前の緊張を感じ取った秋狐は、慌てた様子で俺達の間に割って入った。
「ま、待ってね、ルール説明してないっ!ルールは……」
「お稲荷ポイントを全損されたら負け、でしょっ!」
秋狐の説明を遮って、空莉は大地を蹴った。
次の瞬間、空莉が世界から消える。
「っ!?」
瞬きした次の瞬間には、俺の眼前に大鎌を振りかぶった空莉が飛び掛かっていた。
慌ててファルシオンを顕現させ、防御態勢を取る。
「先手、必勝だよっ!」
眼前に火花が迸る。
視界を埋め尽くすほどの火花に脳を焼かれると同時に、両腕に響くような痺れを感じた。
「クソっ!」
重い一撃に弾き飛ばされ、俺の両足が地面から浮く。
「あああああああもう男子ってなんでこう……」
秋狐はもどかしそうに手をこまねいている。結局どうすることも出来ず、俺達の姿を目で追うことしかできないようだった。
空中で体勢を立て直した俺は、素早く着地する。だが、既に眼前に立つ空莉は空いた左手を高く掲げていた。
「——切り刻め、突風」
[青菜 空莉:風刃]
左手に生み出された真空の刃が、瞬く間に俺に襲い掛かる。
咄嗟の攻撃に、対応することが出来ない——。
「させませんっ!」
俺を庇うように、雨天はその身ひとつで飛び出した。
それから両手を素早く前に構えると共に、彼女は叫ぶ。
「誓いますっ!!」
もはや見慣れた、巨大な水滴が彼女の前に生み出された。それは彼女を庇う盾となり、風刃をいとも容易く受け止めて見せる。
「……水萌ちゃん」
空莉はどこか感慨深そうに、穏やかな表情を浮かべて雨天に視線を送る。
「演じたって良いんですっ、本物じゃなくたっていいんですっ!偽りの繋がりだって、いつかは本物になるんですからっ!だから、私は誓うんです、偽物を本物にして見せるんだってっ!」
「散々演技で振り回した雨天ちゃんが言うと説得力あるなあ」
雨天の誓いの言葉に対し、秋狐が苦笑いを浮かべる。
[information
雨天 水萌がスパチャブースト”緑”を獲得しました。
緑:純水の障壁]
「秋狐ちゃんは黙っててくださいっ!スパチャブースト”緑”っ!」
[雨天:純水の障壁]
やがて、取り戻したのは雨天の本来のスキルだった。風刃を受け止めた水滴を、雨天は手慣れた動作で操作する。
「受け取った想いっ、お返ししますっ!くらえっ!」
「何で私!?」
——何故か、受け取った風刃を秋狐へと返す。弾丸の如き速度で襲い掛かるそれに、秋狐は目を丸くする。
「あっぶな!」
彼女は慌てた様子で高く飛翔し、それを回避。虚空へと溶けて消えた風刃を見届けた後、雨天は口を尖らせた。
「ぶー、つまんないです。当たってくださいよっ」
「こ、こっわ……瀬川 沙羅さんとんでもない配信者を生んだなあ……」
冷や汗を垂らす秋狐は今も見ているであろう運営に対し、恨めしそうに呟きを零した。
雨天の覚醒を見た空莉は、楽しげな笑みを浮かべる。
「雨天ちゃんもようやく皆と対等になれたんだね」
「ふふんっ、空莉君も戻って来てくださいよっ」
「それは……この配信の結果次第、かなっ!」
空莉はターゲットを雨天に切り替える。低い姿勢から、風を纏いながら猛ダッシュ。
雨天もそれを理解していたのか、右手に槍を顕現させてから宣告した。
「スパチャブースト”青”っ!」
[雨天:スタイルチェンジ]
流れるシステムメッセージを確認すると同時に、雨天は再び叫ぶ。
「モードチェンジ、ゴブリンっ!」
彼女の両脚に青い光が纏い始めると同時に、勢いよく駆け出した。
小柄な体で疾走する彼女が放つ槍が、空莉を捉える。
「とりゃっ!」
空莉が振るう大鎌の一撃を躱しながら、雨天は駆ける勢いを利用して彼の肩を深々と貫いた。
「っ!?」
血液の代わりに、空莉の肩からガラス片のようにホログラムの欠片が舞い上がる。痛みこそないのだろうが、慌てた様子で空莉はバックステップして距離を取った。
「……やるね、雨天ちゃん。成長したね?」
「だとしたら皆のおかげですよっ」
嬉しそうに、雨天は仲間達へと視線を送る。その彼女の期待に応えるように、ホズミは赤色の杖を突き出して叫んだ。
「隙だらけだよ、放てっ!」
[ホズミ:炎弾]
そのシステムメッセージが流れると同時に、ホズミの杖先から鋭い矢の如く炎弾が襲い掛かる。
「——っ!」
空莉は慌ててバックステップし、炎弾を回避。彼が先ほどまでいた地点を灼熱の業火が貫き、激しく土煙を舞い上げる。
その煙の中に飛び込むようにnoiseは駆け抜けた。
「空莉っ!どうだ、たった一人では厳しいだろ!」
noiseは空莉に呼びかけながら、流れ星のように次から次へと剣戟を放つ。
相対する空莉は素早く攻撃を受け止めながら、苦悶の声を漏らしていた。
「っ、そんなこと言われても……っ!僕が何とかしないと、何とか……!」
「私もそう思っていた!戦えるのは私だけだから、って!全部背負い込もうとしたんだ!」
「僕の気持ちを分かった気にならないでよっ!一人にしてよっ!!」
苛立ったように叫ぶ空莉。それから、大鎌でnoiseが居た空間を薙ぎ払った。
「っ……!」
「noiseッ!!」
その一撃をnoiseはもろに喰らう。苦悶の声を漏らす彼女に向けて、俺は叫んだ。
ちらりと配信画面を見れば、noiseのお稲荷ポイントは全損していた。
「……あちゃー……有紀ちゃん、退場ね」
秋狐の宣言に対し、noiseは観念したように金色の短剣を鞘に納めた。
「スキルも使ってないのに……油断したなあ、ごめん皆。あとは頼んだよ」
noiseは駄々をこねることもなく、苦笑いを浮かべながら戦線を離脱する。それから「見学席」と書かれた区間の中に自ら入り込んだ。
空莉は、じっと己の大鎌を見つめていた。
「……戦えるのは、僕だけだったんだ。僕だけ……有紀姉と、僕は……同じ、なんかじゃ……同じ……」
ブツブツと葛藤の言葉を漏らす空莉。それから、思いを断ち切るように首を横に振った。
それから、大鎌の切っ先をホズミへと向ける。
「……次はホズちゃん、君を斬るよ」
「へえ、言うじゃん。じゃあ、私も全力で相手するよ……スパチャブースト”赤”」
[ホズミ:形状変化]
宣告すると同時に、ホズミが持つ赤色の杖が形を変える。赤色の杖だったそれは、徐々に空莉が持つ大鎌そっくりの形に変化した。
「相も変わらず合わせてくれるんだね」
「皆と対等でありたいの、私は」
それから、ホズミは更に宣告を重ねる。
「……スパチャブースト”黄”」
[ホズミ:身体能力強化]
そのシステムメッセージと同時に、ホズミの全身を纏う黄色の光。
同時に、ホズミは大鎌を構えて駆け出した。
総支援額、23000円。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:純水の障壁




