【第百三十三話(3)】仲違い(後編)
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・魔物使い雨天 水萌
【ドローン操作】
・船出 道音(漆黒のドローン)
「そもそも、油断する方が悪いと思うんですっ」
「本性現したね」
雨天はしたり顔を浮かべ、小さな身体で大きく威張る。
苦笑いしてやり過ごす秋狐を余所に、雨天は言葉を続けた。
「第一印象が大事って船出先輩言ってましたもんっ」
『まあ……四天王の頃に言った記憶あるけど、解釈間違えた?』
漆黒のドローンの姿でふわりと空を浮かぶ道音は、そのスピーカーから困惑の声を漏らす。
「間違えてないですよっ、弱く見せようとするのは騙し討ちの基本ですっ。これ以上対抗する手段はないって思わせるのが大事なんですっ」
『たち悪いなあ……』
確かに、思い返せば初めて俺達と雨天が出会った時。その時も四天王としての前口上を覚えて居らず、カンペを見ながら語っていた姿が印象に残っている。
「なあ、雨天。お前俺達と初めに出会った時、ボロ出しまくったの……あれも演技か?」
「……今更ですか?」
「お前……」
さも「何を当たり前のことを」と言わんばかりに首を傾げる雨天に対し、思わず頭を抱えざるを得ない。
ここに来て露わとなった雨天の本性。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか分からないが……ひとつ確かなことは。
「雨天、お前間違いなく配信者としての才能はあるよ。どっちかというと秋狐とかのエンタメ方面でさ」
「えー。勇者一行じゃないんですかあーっ」
不満を垂れる雨天。だが、いつまでも彼女とのやりとりに構っている暇はない。
「ほら、最後は俺の番なんだからさっさと控えに戻っとけ」
「ちぇー……」
本性がばれてから、嘘泣きは止めたようだ。
「もう少し可愛がって欲しかったです。ざーんねんっ」
不貞腐れたように頬を膨らませながら、雨天はその場を後にした。
それから、俺は秋狐と対峙する。
「よ、Live配信同士の対面だな」
「そう考えると熱いねっ、貴重なコラボシーンだよね」
俺の呼び掛けに対し、秋狐は嬉しそうに翼をフワリとはためかせた。
存在感をありありと示す翼に視線がいき、それからふと疑問に感じたことをぶつけてみる。
「お前、魔物の姿になったらハーピーなんだな」
「ん?魔物……まあそうかな。吟遊詩人の私にぴったりじゃない?」
茶化すように、秋狐は更に大きく翼をはためかせる。
確かに、歌という繋がりはあるのだろうが。
「鳥なのか狐なのか、どっちか一つにしろよ……」
「面倒くさいなあ、相変わらず神経質だね勇者様はっ」
「うるせぇ」
小言を返しながら、右手に力を込める。その期待に応えるように光の粒子が集い、やがて俺の右手にファルシオンが顕現した。
その切っ先を秋狐に向けようとしたが……さすがに止めた。
「あれ、今日はいつものポーズしないんだ。切っ先を私に向けて『お前は俺が倒す、俺が世界を救う勇者セイレイだ!ぐわっはっは!』みたいな……」
「誰の真似だよそれ。今日は別に敵対してるわけじゃねーからな……いや個人的には結構恨んでるが」
「2回もわさび稲荷食べさせられたもんねっ、3回目行っとく?」
「行かねえよ!?もうさすがに良いだろ!!」
3回目は勘弁願いたいところだ。
リズム感に関しては正直、自信がないが……タイミングに合わせて斬るだけなら何とかなるかも知れない。
大きく深呼吸し、体制を整える。
俺の構えを準備が整ったと捉えたのだろう。秋狐はクスリと笑った後、改めて自身の身体をモニターの中央へ寄せる。
「じゃ、始めるよ。そうだね、私とセイレイ君。言葉と力。2つのLive配信が並んだんだ。だとしたら、選曲はこれで決まりかな」
彼女がそう語ると共に、秋狐を囲うようにホログラムが迸る。
それは徐々に巨大なスピーカーの姿として、世界に生み出された。
「私もセイレイ君も、希望を描く存在。だけど、真に分かり合うなら一度くらい仲違いしないとね」
「仰々しい演出が好きだな、お前も」
スピーカーから、静かにピアノの音が響く。
そして、ベースの音が重なる。次に、ドラムの音が。ギターの音が。
様々な楽器の音が、1つの曲を紡ぎ始める。
「セイレイ君、君はどれだけの言葉を受け取ってきた?どれだけ剣を振るってきた?」
重なる音色が、やがて1つのメロディを生む。たった1つの音色を奏でるために、様々な楽器がそれぞれの役割を担う。
――まるで、俺達と同じだ。
「……行きますっ。”ペンと剣”っ!!」
今まで、noise達に対して与えた課題曲とは異なる。大きく輝きを放つ秋狐を囲うのはメロディを刻む五本線。
音符の形をした弾幕が、リズムを刻みながら俺に襲いかかる。
「っ!」
「――消えてしまった言葉を追い求めて、振るう刃が軌跡を残して」
秋狐が歌に重ねるのは、俺達の戦いの数々。
彼女は、この”ペンと剣”は勇者一行の配信がモチーフになっていると言っていた。秋狐は一体、俺達の配信に何を感じていたのだろう。
次から次に襲いかかる音符の弾幕を切り払う。だが、リズム感に関しては俺も完全に理解できているとは言えない。
「っ、やべ!?」
捌ききることが出来ず、弾幕の直撃を喰らう。
だが、動揺している時間はない。
すぐに体制を立て直し、呼吸を整える。
秋狐が歌っていたのは、希望だった。
全員が全員、同じ想いを抱いているわけじゃない。全ての人が同じ方向へと歩みを進めることは出来ないし、間違えることばかり。
それでも、皆が幸せになる道を探し続ければ、いずれ人は集う。
「……っ」
間奏に差し掛かったところで、秋狐は叫んだ。
「光があるところに闇がある!闇があるところに光がある!人は一側面で成り立つわけじゃない!」
「それを伝える為にこの配信を開いたのか、お前は」
「勇者一行の皆だって、たった一人の人間だからっ、今日はそれを皆に知って欲しかったのっ!」
「……そうか」
あまりにもふざけた四天王戦の配信だと思っていたが、そのような魂胆があったのか。
俺達は勇者一行だ。だが、知らず知らずのうちに周りの期待に応えようとするあまり、完璧な姿を追い求めていたのは事実だった。
何もかも、完璧で、スマートに決めなければならない。視聴者もきっとそれを望んでいるはずだ……と。
だが、秋狐達の求めた姿はそうではなかったのだろう。
俺達も、たった一人の人間であると知って欲しい。そう思って、この配信を開いたのだ。
「随分と気を遣われたものだなっ!」
「世界を救うのは英雄じゃないっ、人間だもんっ!……っと、そろそろ歌詞が始まっちゃう」
間奏の時間が終わるのを感じ取った秋狐は素早く態勢を切替える。
音符の形をした弾幕は、休むことなく俺目がけて襲いかかる。
彼女の悲痛な叫びにも似た思いが、歌詞に乗って響く。
――暗雲に濁っていた、想いが徐々に晴れ渡っていくような感覚を抱いていた。
リズムに乗せた言葉に、いつしか俺は共感を抱いていたのだ。
それは、俺だけではなかったのだろう。
[世界を救うのは人間、か。当たり前の言葉だけど言われないと気付かなかった]
[今日は皆の色んな姿を知ったけど、それも勇者一行も人間ってことですもんね]
[秋狐さんは相変わらず、シンプルな視点だから好き]
[セイレイはかっこ悪い、今日の教訓ね]
宵闇に堕とされた人々の心が晴れ渡っていくのが、コメント欄を介して映し出される。ただ最後のコメントした奴は覚えてろよ。
失われていたはずの思いが、言葉の力によって取り戻されていく。
夜明けの、共鳴が――。
秋狐も同様にコメント欄を確認したのだろう。最後のサビを終えた後、右手を高く掲げて再び叫んだ。
「セイレイ君っ!コメント欄見える!?これが、私が、君達が紡いできた配信が描いた世界!」
「見えるさ、俺達を応援してくれる声の数々が!夜明けを刻む、共鳴の言葉がっ!」
「そう!それこそっ、この曲に乗せた想い!やがて共鳴が生み出す1つの夜明け――」
秋狐の右手に集う光が、七色に輝く巨大な音符を作り出した。
虹色に照らされた世界が、配信画面を色鮮やかに照らす。
「……それが――”天明のシンパシー”だっ!!」
秋狐は、高く右手を振り下ろした。
「スパチャブースト”青”っ!!」
ひときわ激しく鳴り響くドラムの音を聴きながら、俺は宣告しつつ高く跳躍する。
本来は必要ないものだが、視聴者に見せる演出として使った方が良いと判断したものだ。
「ぜああああああああっ!」
七色の光に包まれながら、俺は勢いよく剣を振り抜いた。
刻まれる軌跡が、音符を真っ二つに斬り裂く——。
やがて、それは七色の光の粒子を生み出した。
紙吹雪のように舞い上がった粒子が、ショッピングモール内を色鮮やかに照らす。
すたりと着地した俺に、呆けた表情で俺の姿を見ていたホズミ達に、光の粒子が降り掛かる。
「……綺麗」
雨天は、手のひらに乗せた光の粒子を見てぽつりと呟いた。
”ペンと剣”は最後に、高くギターの音を鳴らす。余韻を残すように響くギターの音を聴きながら、俺は静かに漆黒のドローンを見上げた。
「……これこそが、俺達の描く”Live配信”だ」
——clear.
モニター上には、色鮮やかにその文字が刻まれた。
ただそれはそれとして、noiseと雨天には罰ゲームが待っている。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:???