【第百三十二話(1)】インチキ禁止(前編)
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・魔物使い雨天 水萌
【ドローン操作】
・船出 道音(漆黒のドローン)
「ってえ……まだ口の中がヒリヒリしやがる」
未だ口内に残る激痛を堪えるように何度も唾液を飲み込みつつ、俺は楽しそうにスキップをする秋狐の後へ続く。
空莉はどうやら裏口の方から早々に施設内へと移動したようだ。嫌な予感しかしない。
「おい、秋狐……一体お前は何がしたいんだよ」
「んー?」
話しかけられた秋狐は、背中から伸ばした翼を楽しそうにパタパタと動かしながら振り返った。
それから言葉の意図を考えるように首を傾げた後「ぷっ」と小さく噴き出す。
「普段から世界の希望としてカッコよく振る舞う勇者様がさ、ワサビ山盛りの稲荷寿司食べて悶えるの、めっちゃ面白くない?」
「面白くねえよ!?」
思わずそうツッコんでしまった。
だがそれさえも秋狐の思い通りだったのか「ナイスリアクション!」と嬉しそうに指パッチンされた。
「普段とのギャップを楽しむもんだよこういうのはさ」
「って言われてもな……俺そう言うのよく分かんねーんだが……」
「むしろ罰ゲームを回避する為に、全力で知識を振り絞るセイレイ君達絶対面白いから見てみたい」
「悪趣味め……」
「あははっ」
俺達がどんな反応をしたとしても秋狐や空莉の予想の範疇を超えないのだろう。
もう、俺達は観念するより他ない。
「……あの、ちょっといいですかっ」
後ろを歩く雨天が、おずおずと言った様子で手を上げた。
「ん、どうしたの雨天ちゃん」
「お題って、一体何をさせられるんですかっ。ちょっとどう動き回るのが正解なのか分からないんですが……」
それに関しては、俺も同意だった。
言葉の力を借りて、常に全力でスパチャブーストを活用して困難を打開する……といった配信スタンスを持つ俺達にとって、どう意識づけて行動をするべきなのか分からない。
命のやり取りをする訳ではないのだから手を抜いていい、という話ではないのだろうが……。
「ん、そっか。セイレイ君達は実際に武器を手に取って命のやり取りをしてきたもんねっ」
どこか跳ねるような口調で言葉を返す秋狐。だが、その表情はどこか真剣身を帯びていた。
「でもね、私からすればさ。人の命に関わらない仕事なんてない、そう思うよ?」
「……どういうことだ?」
話の意図を掴むことが出来ず、俺は腕を組んでじっと彼女の顔を見据える。
すると、秋狐はわざとらしく両手を頬に当てた。
「そんな見ないでっ、やーん」
「真面目に答えろよ……」
「あははっ、ごめんごめん」
そこで言葉を切ってから、秋狐はショッピングモールの敷地内へ続くガラス扉の前に立った。
秋狐はじっとガラス扉に手をかけて、低い声で呟いた。
「……行くぞ、Live配信の時間だ」
「それ俺のセリフなんだよ」
「私だってLive配信ですぅ―、あははっ」
さっきからなんだこいつは……。
笑いながら秋狐はガラス扉から手を離す。
すると俺達を迎え入れるように、ウィーン、と腑抜けたモーター音を上げながらガラス扉がスライドして開いた。
……押して開ける訳じゃないのかよ。
「ささ、入った入った」
「……ああ」
秋狐に促され、俺はガラス扉を潜ってショッピングモールの敷地内へ入る。
「これは、すごいな」
吹き抜けとなった、開放感あふれる店内。まるで地平線を彷彿とさせるほどに真っすぐに突き抜ける通路が俺達を迎え入れる。
見上げれば、秋狐の楽曲宣伝を兼ねた垂れ幕が、吹き抜けとなった上階から垂れ下がっているのが見える。
ふわりと宙を舞う風船と、色とりどりの紙吹雪が俺達を歓迎していた。
「私の記憶してるショッピングモールと違う……」
ホズミは唖然とした様子で、呆けた表情をして口を開く。それから、答えを求めるように秋狐へと視線を向ける。
すると、秋狐は胸に手を当ててしたり顔を浮かべた。
「私が作りましたっ!」
「知ってるよ……ここまでやる?普通」
「プロですからっ、で、さっきの話するね?」
突如として、コロッと話題を切り替える秋狐。
ホズミは話題が何かを理解することが出来ず、不思議そうに秋狐の目を見つめる。
「さっきの話?」
「人の命に関わらない仕事はないって話です」
「あー……、確かに私もそれは聞いておいた方が良いのかな?」
「うんっ、聞いて聞いて」
それから翼をはためかせ、秋狐はふわりと空に浮かぶ。
「ご飯を作る人が居ます、建物を作る人が居ます、作物を育てる人が居ます、どれもこれも生きる為に大切なものだよね?」
「うん、そうだね。魔災に墜ちた世界で皆、その日を生きる為に精一杯頑張ってきた」
「うんうん、でも大事なものが一つ足りないと思わない?」
「大事なもの?」
言葉の意図が理解できない。俺達はじっと空を舞う彼女に視線を送り、続く言葉を待つ。
すると、秋狐は両頬を摘んで口角を上げながら話を続けた。
「笑顔だよっ、笑顔。笑顔を作る人が居ないのっ」
「笑顔……」
「うん!辛い時こそ、苦しい時こそ笑顔にならなきゃっ。私はその皆の笑顔を作る配信者でありたいのっ」
「そっか……なるほど、ね」
ホズミは秋狐の言葉に納得したように頷いた。
「笑顔……か」
俺には無かった視点だ。
ただ暗雲に堕ちた世界を切り開くことを考えるばかりで、その後の人々が抱く感情には意識など向けたこともなかった。
——ま、たまには肩の力抜いてゆっくりするのも大切だと思うよ。何事も緩急、ね?
そう言えば、空莉と出会った時。あいつもそんなことを言っていた記憶がある。
張り詰めていた俺に対し、柔らかな言葉をかけてくれた空莉のおかげで今の俺が居ると言っても遜色ないだろう。
「なるほどな、よく分かったよ。俺達だってSympass内1位の人気配信者だ。全力でお前達の要望に応えてやるよ」
「よっしゃ来たぁ!それでこそ勇者様、世界に希望をもたらす光だよっ」
俺の返した言葉に対し、秋狐は両手を上げて嬉しそうに空高く飛翔する。
「お、おい!降りてこいっ、俺達どこに向かえばいいか分かんねーんだからっ!」
「あ、ごめんごめん」
慌てて秋狐に声を掛けると、申し訳なさそうに舌を出しながら彼女はふわりと地面に着地した。
それから、再び通路の先を進み始めた。
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辿り着いた先は、元は食品売り場であったであろうスペースだ。
だが今は、食品棚の類は全て脇に寄せられており、代わりに色とりどりの飾りがあちこちに配置されている。
秋狐はそのスペースの中心まで歩みを進めたかと思うと、俺達の方へとくるりと振り返った。それから背後に巨大なモニターを出現させ、両手を大々的に広げる。
「さて、まずは第一戦目!”ホブゴブリンの弾幕を躱せ”だよっ!」
「ほぶ、ごぶりん?」
雨天の表情が引きつるのが見えた。
明るいテンションのまま、えげつないこと言ってるぞこいつ。
秋狐が企画のタイトルコールをしている最中、彼女の背後に構築されていくホログラム。それらが消え去ったかと思うと、場には3体のホブゴブリンが現れていた。
「おい嘘だろ!?」
俺達は慌てて各々に獲物を顕現させ、戦闘態勢を取る。わさび山盛り稲荷寿司とかそう言う次元の話じゃない!
だが、臨戦態勢になるのを見た秋狐は慌てて両手を前に突き出しながら「待って!?」と悲鳴にも似た叫び声を上げた。
「や、だから企画だって!倒しちゃ駄目!」
「いや悠長なこと出来るわけねーだろ!?」
「あああ、もう分からずやめっ!えいっ!」
秋狐はもどかしそうに唸り声を上げた後、両手を大きく自分の前でぱんと叩いた。
すると、眼前に表示された配信画面の左下——俺達の体力ゲージが表示されている箇所だ——に、変化が生じ始める。
「……体力ゲージが変わっていく?」
「これから、皆さんには私の世界で戦ってもらうのでっ。今から皆さんの体力は”お稲荷ポイント”に変わります!」
「だからなんだよお稲荷ポイントって!?」
俺達の配信名と、体力ゲージが表示されていた箇所に稲荷寿司を模したマークが追加される。
「ねえ、紺ちゃん。これってもしかして……」
noiseは何かを理解したのか、引きつった笑みを浮かべながら秋狐に問いかける。
彼女の理解を待っていたのだろう。秋狐は指を大きく鳴らし、企画内容の説明を始めた。
「お、有紀ちゃん分かったかな!?今回の配信では体力が減っても命には関わりませんっ!ですがその代わり、体力が底を尽きた時点で罰ゲームの時間ですっ!」
「嘘でしょ……?」
noiseの表情に困惑が生み出され始める。
それと同時に、縋るように俺へと視線を送った。
「いや、でも体力ゲージが減っても戻す方法なら……」
「駄目に決まってるでしょっ、えいっ!」
noiseの視線の意味を理解する前に、秋狐は大きく右手を掲げた。
「っ、何だよ今度は!?」
すると、俺の周囲に緑色の鎖が生み出され始める。
鎖は俺を縛る訳でもなく、鍵が掛かるような音を鳴らした後に光の粒子となって世界から消えた。
一体何が起きたのか理解できない。
だが、その答えは流れるシステムメッセージとなって現れた。
[information
セイレイ:自動回復 は使用できません]
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回復アイテム は使用できません]
「インチキは禁止、ね」
秋狐は悪戯染みた笑みを浮かべながら、そう宣言した。
……やっぱり、空莉からお稲荷ポイント貰っておけばよかっただろうか?
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
×緑:自動回復
黄:雷纏
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:スタイルチェンジ
緑:???