【第百三十話(1)】生きる為の配信(前編)
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・魔物使い雨天 水萌
【ドローン操作】
・秋狐(白のドローン)
[information
遊び人アランからメッセージが届いています]
先輩、そして勇者一行の皆様、お久しぶりです。荒川 蘭です。
お身体の調子はどうですか?あまり無理しないでくださいね……って言いたいんですけど、無茶するんだろうなあ笑
前園先輩、先輩のフォローお願いしますね。すぐ調子乗って突っ走るので……。
さて、明日は青菜先輩との対決ですね。仲間同士で傷つけあうことはしないと信じています。ただ、視聴者のことも意識してくださいね。
瀬川 沙羅さんは、どうにも「視聴者と盛り上がることの出来る配信」を望んでいるようですので。
ハードルが高いですが、上手く解決してくれると信じています。
平和な世界に戻ったら、先輩とまた配信をしたいです。
遊び人アランこと、荒川 蘭より
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リビングのダイニングテーブルで、俺と穂澄はそのメッセージに目を通した。
「蘭ちゃんも割と律儀だよね」
メッセージを読み終えた穂澄は苦笑いを浮かべる。
都心に残った蘭は今、ディルと共にSympassのサーバー維持の為に尽力している。今は亡き荒川 東二の意思を引き継ぎ、懸命に仕事を担っているのだ。
彼女と会う手段を持たない為、今はこうしてメッセージでしかやり取りすることしかできない。
「また、会いに行こうな」
「そうだね」
俺と穂澄は、そう頷き合った。
今、この有紀の住み家の中に空莉と秋狐は居ない。
彼は、秋狐と共に「先に紺ちゃんとダンジョンに行ってる」と言い俺達の前から消え去ったからだ。
秋狐が居ない今、いつも配信に用いていた白のドローンを使うことは出来ない。
「……私には結構荷が重い話だと思うんだけど」
秋狐の代役を担う形で任された船出が、困り果てた表情でため息を吐く。
「って言われても俺ら、お前に任せるしか出来ねーんだよ」
「プレッシャーでかいなあ」
船出は肩を竦める。
そんな彼女の緊張をほぐすように、雨天がひょこっと顔を出した。
「船出先輩、落ち着いてくださいねっ。ほら、可愛い私の顔でも見て」
「……随分と自分のルックスに自信があるんだね」
「えへへ」
「えへへじゃないよ……」
雨天はニコニコと楽しそうな表情でそう元気づける。と、言うよりも雨天って結構あざといんだな……。
天然そうな見た目によらず、小悪魔じみたところがあるのはこの期に及んで初めて知った。
「でもさ、よかったねセイレイ」
俺の背後に立つ有紀が、唐突にそんな言葉を発する。振り返れば、彼女はにんまりとした笑顔を浮かべていた。
「は?何が」
「次の配信さ、可愛い女の子に囲まれてハーレムじゃん、ハーレム」
有紀に指摘されて気付く。
魔法使いホズミ、盗賊noise、魔物使い雨天 水萌。
——確かに、俺以外は女性だ。
その事実に気付き、思わずげんなりとする。
「……やめろよそんな言い回し……」
「あははっ」
一ノ瀬は楽しそうに、声を上げて笑う。
ひとしきり笑った後、彼女は「はー」と息を吐きながら涙目になった瞼を擦った。
「ハーレムの状況が気に食わないなら、何が何でも空莉を引き戻さないとね」
「俺としてもそのつもりだよ」
配信メンバーの話となったところで、俺はふと気になった疑問をぶつける。
視線を向ける相手は、武闘家ストーこと須藤 來夢だ。
「てかさ、ストー兄ちゃんはもう配信に参加しないのか?」
話を振られると思っていなかったのか、須藤は「ん?ああ」と歯切れの悪い返事を零す。
それから、少し物思いに耽るように間を置いた後に苦笑いを零した。
「さすがにもうセイレイ君の配信について行ける自信はないよ。それに、俺のスキルの仕様……君達は理解しているだろ」
「……あー……」
今の須藤は、配信中は全身にパワードスーツを纏った姿に変化することが出来る。
機械のような身体から繰り出されるスキル。
それはジェット噴射によって空高く飛翔したり、全方位に高出力のビームを放つ……などと強力なもので構成されている。
ただ「スキルを相手に命中させることが出来ない」という仕様の致命的な欠点を持つことを除けば。
俺の曖昧な相槌を理解と取ったのだろう。須藤は肩を竦め、苦笑を漏らした。
「そういう訳だよ。火力特化のスキルだけど、色々と融通が利かないからね。いざという時にボロが出かねない」
「使い方が思いつかない訳じゃねーけどな……」
「まあ本当に必要な戦いになれば参加するさ。ただ今回は、火力で相手を屈服させるのが目的じゃないだろ?」
「……」
須藤の言うことはもっともだ。
ただ力で相手を支配することだけが全てではない、ということを次の配信では示す必要がある。
「普通に戦うよりも、やりづらいな」
つい本音が漏れる。
「……そうだね」
穂澄は苦笑を漏らしながら、俺の言葉に共感した。
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[いつも配信を観てくださり、ありがとうございます。魔法使いのホズミです]
[配信してくれてありがとう]
[さすがに、前回あれだけ散々な配信をされたもんだからどうしたもんかと思ったが]
[もう俺達、お前に賭けるしかないんだよな]
[当事者になって初めて分かったよ。俺達は無力だわ]
[指示厨やるつもりはねーけどさ、頼むぞ。気づいた情報ならいくらでもコメントするからさ]
[皆様が居てくれて初めて成り立つ配信です。頼りにしています]
[分かった]
[切羽詰まった状況だけど、結局俺達が出来ることってその日を暮らすことだけなんだよな]
[残った四天王がクウリだったか。戦士の]
[ちょっと頼りない印象はあるけど]
[でもいざという時は前に立ってくれるから、なんだかんだ助けられた場面もあるよな]
[Life配信、か]
[はい。四天王である緑のドローン、Life配信のクウリですね。今回は、秋狐さんが管理するショッピングモールダンジョンで配信する予定です]
[マジ?]
[マジだよ。こんにちは、嘘から出た実、秋狐です☆]
[うわでた]
[お稲荷捧げます]
[次の配信に合わせて新曲出すからよろしくね。PVはまた後日出すよっ]
[抜かりねえ……]
[宣伝乙]
[ちゃんと仕事して偉い]
[どや]
[宣伝も大事だけど、今回はもう一つお知らせがあるんだ。次の配信は、セイレイ君のアカウントから配信する訳じゃないからよろしくね]
[どのアカウントから配信するの?]
[配信は、Relive配信の船出さんのアカウントを使います]
[リンクはここね→sympass.jp/channel……]
[助かる]
[じゃあ秋狐も配信に参加するってこと?セイレイ達との相手として]
[そゆことー。大規模なコラボ配信企画になるからね。ちゃんと盛り上げてこっ]
[あー、なるほどね。色んなアカウントを交えた巨大な合作にしようって算段か]
[お、鋭い。お稲荷100ポイント上げちゃいます]
[い ら な い]
[秋狐さんが書いてくださった通りです。次回配信は明日13:00~。船出さんのRelive配信を用いますのでよろしくお願いします]
[おけ]
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「とりあえずコミュニティでの宣伝は終わったよ。今日はゆっくりと休もう」
穂澄はパソコンを閉じて、俺達に語り掛ける。
今回の会議はこれで終了とし、俺達は各々寝室へと歩みを運んだ。
★★★☆
……と言っても、なかなか寝付けない。
「いつまで経っても緊張は抜けそうにねえな……」
何となく寝室で寝転がっている気分にはなれなかった為、俺は特に意味もなくリビングに足を運ぶ。
誰も居ない。そう思っていたが。
「……あっ、セイレイ君。眠れないんです?」
「うん?……ああ、雨天か」
「雨天ですっ」
そこには、雨天が居た。
普段はレインコートに身を包んでいるが、今の彼女は可愛らしいパステルカラーのパジャマを着こんでいる。
一瞬、誰だか分からなかった。
「隣に座ります?」
雨天は促すように、ぽんぽんとソファを叩く。
「そうさせてもらうよ」
それを拒む理由もなかった為、俺は雨天の隣に座った。
しばらくの静寂の後、雨天はぽつりと胸の奥に秘めた不安を漏らす。
「やっぱり、緊張します」
「だよな、初陣が四天王戦だ。いくら知り合いと言っても、あいつらだって配信者である以上、手を抜きはしないだろうさ」
別に脅かすつもりはないのだが、念のために釘を刺しておく。
空莉も、秋狐も今やプロの配信者といっても遜色ないのだ。
責任を持って、待っている視聴者の期待に応える為の配信を常に考えている二人だ。
だからこそ、決して手は抜かずに全力でぶつかってくるだろう。
「分かってます」
雨天は、ふるふると小さく首を横に振る。
「ですけど、心のどこかで”手を抜いてくれないかな”って期待してしまう自分が居るんです。逃げ癖って、簡単に治らないものですね」
彼女の表情には、自嘲のそれが滲んでいた。
本気で何かに取り組む、という経験を十分に積んでこれなかったのだろう。だからこそ、今こうして不安に苛まれている。
Dive配信としての力を失い、全て零から始めたのだ。彼女が抱く恐怖や不安は容易に想像できた。
今、彼女が求めている言葉は何か、と思考を巡らせる。
「まあ、手を抜いてくれれば万事解決……って言いたいだろうが、あいつらは納得しないだろうな」
「ですね……ただ惰性で配信を終わる、なんて配信者失格です」
「期待に応える配信を作るってさ、大変だよ」
俺は静かに天井を仰ぐ。
そのまま、自身がこれまでの配信で紡いできた思いを雨天に語る。
「最初はさ、ただの自己表現で良かったんだ。でも、俺の配信を観て”良い”って思ってくれる人が増えてくるとさ……自然と、期待に応えたいって想いが生まれるんだよな。俺の配信が、皆の希望になるのなら手を抜けないなって」
「期待に応える……ですか」
「ああ。俺にしかできない配信がある。秋狐にしか作れない歌がある。空莉にしか語れない想いがある。そんな俺達にしか出来ない作品を、視聴者は求めてる。雨天にだって、きっとあるはずだ。お前にしか表現できないものが」
「……」
雨天は静かに、自分の足元に視線を落とす。
しばらく考え込むように留まった後、ゆっくりと俺に視線を向けた。
「正直、今だって向き合うことは怖いです。批難されたらどうしよう。上手くいかなかったらどうしよう。私のせいで、私がやらかしたから、って想いになるくらいなら……って」
「うん」
「逃げられないのは分かってます。逃げても、後悔という形として、ずっと回り込んでくるんです」
雨天の抱え込んだ不安が、ぽろぽろと溢れていく。
彼女はズボンの裾を強く握りしめた。皺がくしゃりと生み出される。
「怖い、出来ない、でもやらなくちゃ。板挟みで、八方ふさがりで。でも、そんなどうしようもない私でも、認められたいって気持ちもあって」
そこで言葉を切り、雨天は首を再び横に振る。
「……いえ、認められたいとは違いますね。救われたいんです、私は」
「救われたい?」
雨天の言葉を反芻すると、彼女は強く頷いた。
「はい。これだけ辛い思いをしたのだから、これから先は良いことが待っているって思いたいんです。誰かが手を差し伸べてくれて、私は幸せになれるって」
「それが、雨天が抱え込んだ想いか」
「ですっ。話してるうちに考え纏まってきました」
覚悟が決まったのだろう。雨天はソファから飛び降りた。
「ありがとうございますっ。やっぱり経験者から話を聞くに限りますねっ」
「解決したか?」
「はいっ!おやすみなさーいっ!」
そう言って雨天はパタパタと自室に戻っていった。
「俺の話にも付き合って欲しかったけどな……」
俺も正直眠れないのだから、話に付き合って欲しかったというのはある。
だが、まあ雨天の悩みを解決できたというだけでも良かった。
「辛い思いをしたから、これから先は良いことがある、か」
ふと、雨天が発した言葉を繰り返す。
実際に俺達が彼女を救う形となったからこそ、出た言葉だったのだろう。
「……空莉は、どう思っているんだろうか」
明日迎える配信に思いを馳せれば、やはり気になるのはそこだった。
ただ変わらない日常を求めて、手に入れたLife配信としての力。だが、その力をもってしても空莉は救われることなく、挙句全てを失った。
そんな記憶を抹消する為、自らアカウントを削除した——。
「後悔、だよな。やっぱり」
どこか、雨天と空莉は似通ったものがあるのだろう。
ムードメーカーとしての役割もそうだが、二人とも内側に沢山の想いを抱え込んでいる。
そんな取り返しのつかない後悔に対して、どんな言葉をかけたところで意味が無いのだろう。
「……まあ、ぶつかり合うしかないか」
結局のところ、後悔と向き合うしかないのだ。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:???




