【第百二十七話】辿った道筋
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・魔物使い雨天 水萌
【ドローン操作】
・秋狐(白のドローン)
「綺麗ごとで成り立たないことばっかりだった」
空を仰げば、遠くまで澄み渡るような青が無限に広がっていた。
とても綺麗なはずの青空だが、今はとても不快な気分だ。
静かに目を閉ざせば、思い出すのは僕を育ててくれた母親代わりの女性の面影。
「魔災の中で両親を喪った僕を育ててくれた人が居たんだ」
「もしかして、そのぬいぐるみ……」
秋狐はじっと、僕が抱きかかえているぬいぐるみを見つめる。
「そう、お母さん……その人が、作ってくれたものだよ。これが、僕の大切なスパチャブースト”赤”の鍵だった」
「最初から、空莉君はそれを持っていたんだね。思い出していなかっただけで……」
「うん、僕はお母さんとずっとあちこちを転々としていたんだ。辛いこともあったけど、我が子のように可愛がってくれて幸せだった。幸せだったんだ」
語れば、語るほど胸の奥底から奔流のように込み上げる熱い思いが零れていく。
声音が震えていることに気づいたのだろう。秋狐はその細い手を、僕の手に重ねる。
「辛かったら、語らなくていいよ。おおよそなら抱えて来たもの、捨てたいと思ったこと……分かるから」
懸命に寄り添ってくれる。ただ、その温かさに甘えたくなる。
だが、僕は静かに首を横に振った。
「ううん、語らせて。魔災が起きた後の世界が散々だったのは、紺ちゃんや船出ちゃんは分かるよね」
あえて、含みを持たせた言い回しを選んだ。
セイレイや、前園も相応に酷い世界を見てきたのだろう。
しかし、僕からすれば本当の地獄は見ていない。そう言い切れるからだ。
僕の言葉の意図を理解したのだろう。秋狐と船出は互いに目配せした後、静かに頷いた。
「うん。暴動なんて日常茶飯事。環境に適応できなかった人間から淘汰されて、死んだ。まるでふるいにでも掛けられてるような気分だった」
船出は淡々と、そう語る。
どこか冷たい鋭利なナイフのような口調だ。
「僕達はどれだけ国家や法という存在に守られていたのか、失うまで気づかなかった。セーちゃんは、こんな世界でも正しさを貫こうとしてる……でも、正しいじゃまかり通らなかった」
「……力が、結局のところ正義だったよね。力を持たない、ただ周りに流されるだけの人間は簡単に誰かの道具になった」
力。
そうだ、力が結局のところ全てを左右したんだ。
「当時子供だった僕だって、何度も悪意を持った大人の手によって連れ去られそうになった。抵抗する力の持たない労働力として使い潰そうとする魂胆だったらしい」
「……酷い」
秋狐は静かに目を伏せる。その伏せた瞼から伸びるまつ毛がとても綺麗だと思った。
「お母さんが守ってくれなかったら今、僕は生きていない。でも……僕が生きたせいで、お母さんが」
「自分が悪い、みたいに言わないで……誰も、悪くなんてない」
「本当に暖かいね、紺ちゃんの言葉は」
最悪の歯車が、最悪の方向で噛み合っただけ。
分かってはいるが、どうしても自分の奥底に残る黒い靄のような負の感情は消えそうになかった。
「お母さんが、集落のリーダーの男に乱暴されてるって知った時、守らなきゃって思った。もう、この男の命を奪うより他に方法はない、だから殺さなきゃって……そう思った時、沙羅姉の声が聞こえてね」
「それで、青菜君はLife配信として力を得た。ささやかな幸せを守る為……」
船出は僕の言葉を先回りする。
「うん、守りたかっただけなんだ。ただ僕はささやかな幸せが欲しかっただけ。こんな酷い世界だから、守る力を求めるのは当然だと思った……でも、力を得た僕に対する周りの反応は違った」
「……力を得た者には、それ相応の責任が勝手について回る」
秋狐はどこか心当たりがあったのだろう。ぽつりと、聞こえるか聞こえないかの狭間の声量でそう呟いた。
僕はあえて聞こえなかったふりをして話を続ける。
「僕はお母さんを守ることが出来るだけで良かった。でも、僕の力を見た人達が、その力にあやかろうとするんだ。自分も守ってくれ、自分も救ってくれって……中には昔、僕達に酷いことをした連中もいた。身勝手なもんだよね」
「あー……」
どこかばつが悪そうに、元四天王の船出は静かに目を逸らした。かつて勇者一行を殺そうと、敵対していた時のことを思い出しているのだろう。
「今は船出ちゃんの話はしてないよ。大切な人を守りたいはずの力なのに、大切な人を守ることに使えなくなっていく……本当に、望んだ結末を得られることってご都合主義なんだなって思ったよ」
目を閉じれば、思い出すのはまだ幼かった頃の僕に群がる群衆だ。
——俺も助けてくれないか、子供がいるんだ。
——なあ。あんたは神様だよ。俺も是非あやからせてくれよ。
——お願いします。私も守ってください。
この救いを求める人達を拒むのは、あまりにも身勝手が過ぎると理解していた自分が居た。
だからこそ、断ることは出来なかった。
でも、本当は受け入れたくなかった。
「人が集まって、やがて僕を中心として集落が作られた。一度請け負った以上は、ちゃんと皆を守らなくちゃ……そう思ったよ」
「責任感が強かったんだね」
秋狐は今にも泣きだしそうな表情で、それでも健気に笑顔を浮かべていた。
真摯に僕の話を聞いて、反応をくれるだけでどこか救われる気持ちになる。
「そう、なのかな。でも……結局は上手くいかなかったよ。ある日、集落の中に魔物が現れたんだ。何もないところから突然……」
「魔物が?ダンジョンでもないのに?」
船出は信じられないといった様子で、関心深く顔を近づける。
「多分、沙羅姉が何かしたんだろうね。僕は皆を守らなきゃ、って思って存分に力を振るった。沢山の魔物を吹き飛ばして、切り刻んで。もう無我夢中で……集落の人達も僕の力に巻き込まれてるなんて気付きもしなかった」
「……っ」
秋狐は固唾を飲んで僕の話を静かに待つ。
「……」
船出は目を伏せて、きゅっと小さく口を結んだ。
「幼かった、だなんて言い訳だけど。無我夢中になった僕は、人と魔物の分別さえも付いていなかった。動くものは全て敵……そう思って、何度も斬り裂いた。何度も……何度も、何度も……っ」
舞い上がる血飛沫が脳裏にフラッシュバックする。
度重なる悲鳴が鼓膜の内に呼び起こされる。
消したかった記憶が、蘇る。
「助ける為の力で、他人を傷つけた。殺した……その中には、お母さん、も……」
手に持ったぬいぐるみへ視線を落とす。そこには、微かに血が酸化し、黒ずんだ痕跡が残っていた。
「僕の力に巻き込まれて、息も絶え絶えになったお母さんがね、僕にこれをくれたんだ。少しだけ早いけど誕生日プレゼントにこれを。いつか正しく力を使えるようになって、って……そして、そのまま」
「……そう」
船出はぽつりとその言葉だけを漏らす。
「でも、もう僕は限界だった。僕が守るはずだった集落には、いつしか誰も居なくなってた。全員死んだんだ、僕のせいで……僕の、僕の……」
次の瞬間には、秋狐が勢いよく僕に抱き着いていた。
「わっ」
後ろで秋狐に体重を預けていた船出がバランスを崩していた。
「もう、いいよ……大丈夫。辛かったよね、苦しかったよね……っ。記憶を消したくなるのも当然だよ……」
「……うん」
秋狐は強く、強く僕に抱き着いた。少しだけ冷たいその身体に、心が温かくなっていく。
これだけ他人が寄り添ってくれるのは、いつ以来のことだろうか。
抑えていたはずの感情の奔流が、溢れていく。
「もう、無かったことにしたかった。全部、何もかも消したかったんだ。だから、だから僕はアカウントを……っ……」
みっともないところを見せたくない。そう思って堪えていたはずの涙が、頬を伝う。
縋るように、僕も秋狐の背中に手を回す。
「大丈夫だよ、っ、私が……私達が、君を救うから……」
何故だか、僕よりも彼女の方が大粒の涙を流して泣いていた。密着した身体から、彼女が震えているのが分かる。
思っていたよりも細い身体と、それを覆う着物の擦れる感覚。その情報の一つ一つが、秋狐が今ここにいるのだと確かなものとして伝わる。
「……あー、私……お邪魔かな?」
突如として蚊帳の外に追い出された船出は頬を掻きながら、明後日の方向を見ていた。
「あっ」
それから何かを思い出したように、パタパタとその場を後にする。
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「……気づかなかったふり、してあげてね」
彼女は人差し指を立てて、「静かに」のジェスチャーを取る。
「分かったよ」
俺——セイレイは、それを否定する理由もなく頷いた。
空莉が自ら捨てたかつての記憶。それは俺の経験してきたものよりもあまりに凄惨なものだった。
『ハッキリ言って、セーちゃんは随分と幸せな方だ』
「……幸せ、か」
五十歩百歩とは言うが、簡単に割り切れる話ではないのだろう。
ここに来て、かつての幼馴染——かつ、行動を共にしてきた空莉と距離を感じるようになるとは思いもしなかった。
To Be Continued……
昨日は執筆中に寝落ちました。
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:???




