【第百二十六話(3)】ドローンの姿を持つ者達(後編)
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・魔物使い雨天 水萌
【ドローン操作】
・秋狐(白のドローン)
「ドローン会合って、何?」
僕は手に持ったぬいぐるみを隠す形で光の粒子と変えつつ、秋狐に言葉を返す。
彼女はニマニマと意地悪な笑みを浮かべたまま話を続けた。
「やー、最近空莉君、ジメジメとしてるからね。ちょっとドローンの姿を持つ者同士交流しない?って思ってさ」
秋狐はあくまでものんびりとした口調を崩そうとしないままだ。
「……いや、僕は別に……」
だが、僕は正直彼女達に自分の悩みを打ち明ける気にはなれず、静かに目を逸らす。
大切な人を守る為に、他人を殺めたり傷付けた自分のことなんて。
勇者一行の戦士として、あまりにも相応しくない過去を持つなんて、口が裂けても——。
「分かるよ。何もかもなかったことにしたい、って思ったんだよね」
「……っ!」
その言葉に顔を向ければ、どこか泣きそうな表情を浮かべた秋狐が居た。
彼女は僕の隣へ静かに座り、そのつぶらな瞳を向けた。透き通るガラスのような瞳に、呆けた表情を浮かべる僕自身の顔が映る。
「自分の過ちも、後悔も何もかも無かったことにしたい、忘れてしまいたい。上手くいかなかったことばかりが頭の中でぐるぐると何度も巡って、繰り返す」
「しゅ……紺ちゃんは一体、何を知ってるの?」
あえて、彼女のことを「紺ちゃん」と言い直す。すると彼女は遠い目をして苦笑を浮かべた。
「ちょっとした魔災前の話だよ」
「……魔災前の」
秋狐は「ふう」と細い息を吐き、それからバルコニーへ続く出入り口に視線を向けた。
「道音ちゃん、もう出てきていいよ。一緒にお話ししよ」
誰も姿の見えない出入口に声を掛けると、しばらくしてばつが悪そうに愛想笑いを浮かべる船出が現れた。
「何か気まずいんだけど、紺ちゃん。何がしたいの」
「相手の本心を知りたいならまずこっちから、ね。セイレイ君はちょっとそう言う部分弱いから」
「セイレイは失敗談のスケールがちょっと参考にならないというか……」
船出は肩を竦めて笑う。それから、秋狐の背中へのしかかるようにして僕の顔を覗き込む。
「ちょっと重いよ道音ちゃん」
だが、不服そうに秋狐は頬を膨らませた。
「重い」と言われた船出はニヤリと笑った後更に体重をかける。
「誰が重いって?このっこのっ」
「ぎゃー潰される―っ!」
僕を他所にじゃれ合う女子二人。
ちょっと気まずいので黙ってその様子を見守っていると、秋狐は申し訳なさそうに眉をひそめつつも笑みを浮かべた。
「っと、ごめんね」
「いや、僕は別に気にしてな……」
「百合の間に挟まるってや……いたたたたた」
更にふざけた言葉を重ねようとした秋狐を咎めるように、船出は彼女のこめかみを拳で押さえつけた。
しばらくして、こめかみを抑えながら秋狐は苦笑いを浮かべる。
「……どう?仲良いでしょ?」
「まあ、うん……」
こめかみの痛みを抑えるように何度も揉み込んだ後、秋狐は途端に真剣な表情を作った。
「私、こう見えても昔は引っ込み思案でね」
「こう見えても」
「道音ちゃんは黙って?私ね、ちょっと知り合いとトラブル起こして、居場所を失って孤立したことがあったの」
そこで言葉を切り、自分の背中にのしかかっている船出を叩く。
「その時に手を差し伸べてくれたのが今、私の漬物石になってる道音ちゃんです」
「ぶい」
船出は楽しそうに右手でピースを作り、無邪気な笑みを浮かべる。
その表情には、かつて僕達と敵対していた頃の雰囲気などどこにもない。
しかし、しばらくすると船出の表情は徐々に曇り始めた。
「……ずっと魔災が起きてからも一緒だったのに。私、紺ちゃんを守らないとって、かなり他の人を殺したり傷つけたりした」
「道音ちゃん、いいから」
「挙句その事を知った紺ちゃんさえ、もう知られちゃったのなら守る意味ないなって思って殺しちゃったし」
「大丈夫だから、ねっ」
秋狐は懸命にフォローの言葉をかけ、彼女に寄り添い続ける。
それでも船出は自身の想いを吐露することを止めなかった。
「忘れちゃ駄目なことだよ。きっと私が手に掛けた人の中に、本心から助けようとしてくれた人も居たかも知れないんだ。だから私は、償い続けなければならない……誰が覚えていなくてもね」
「償い……」
船出の言葉が、鋭利なナイフのように心の奥底に突き刺さる。
僕の表情の変化に気づいたのだろう、秋狐がじっと僕の目を覗き込んでいることに気づいた。
だが過去を語り続ける船出はまだ気付いていない。
「殺しちゃった紺ちゃんのデータを復元したって言ってもね、殺した事実には変わりないから」
「ん、道音ちゃんストップ。空莉君、何か引っかかることあった?」
「え?」
まさか話を振られるとは思わず、どきりとしてしまう。
船出が自分の話を打ち明けてくれたのだ。自分も過去の話を語るというのが道理なのだろう。
「……思い出したんだ。僕も大切な人……お母さんを守る為に、何度も他人を殺した時の話を」
「え、青菜君も?」
船出は目を大きく見開き、驚いた様子でずいと顔を近づける。
「ぎゃあっ」
船出がのしかかったまま顔を近づけたものだから、秋狐は情けない悲鳴を上げた。
その距離があまりにも近く、僕は慌てて船出から目を逸らす。すると船出もばつが悪くなったのか「ごめん」と首を静かに引いた。
再び船出が秋狐の肩の上に乗りかかり直すのを待って、それから僕は言葉を続けた。
「償い……そうだよね。本当は、奪った命とも向き合わないと駄目なんだ。それが僕の罪……うん、罪だ」
小さく虚空に向けて息を吐く。日差しが照らす埃が、空に舞い上がりながら光沢を生み出すのが見えた。
僕にとって、魔災とは。
「……魔災が生み出した世界は”何もかも巻き返しが効く世界”……僕はずっと、そう思ってた」
「巻き返し?」
秋狐は言葉の意味を探るように首を傾げる。
ひとつ頷いてから、ずっと感じてきた持論をぶつける。
「うん。どれだけ罪を重ねても、どれだけ自分の本能のままに他人を蹂躙したり虐げたりしても。やり直せてしまうんだ、無かったことに出来てしまう」
「……空莉君は、一体どんな世界を見てきたの」
その問いかけへと答える前に、右手に再び光の粒子を集める。想いに応えて、ぬいぐるみは再びすっぽりと右手の中に納まった。
薄汚れたぬいぐるみを静かに体に抱き寄せながら言葉を続ける。
「酷い世界だった。ハッキリ言って、セーちゃんは随分と幸せな方だ」
「……私もそれは同感だよ」
船出は僕の抱いた感想に共感できるのか、強く頷いた。
ぬいぐるみを抱く力が強くなる。
「昨日僕に優しく微笑みかけてくれたおじさんが殺された。昨日僕に優しくしてくれた女の子が男の人にめちゃくちゃにされた。昨日僕にご飯をくれたおばさんの家に強盗が押し入って、何もかもを奪っていった。それが魔災が起きた後の常で、法も国家も機能なんてしちゃいなかった」
「青菜君……」
「うん、そうだ。それが僕がLife配信……配信者となることを望んだきっかけ。他愛ない日常を守ることが出来るだけでいい、誰も苦しめられることのない、平穏な世界を作ることが出来るだけでいい。そんな当たり前の幸せを伝えることを願って、配信者になったんだ」
語れば語るほど、思い出していく。
自分はどうして、Life配信の青菜 空莉となったのか。
塞いでいたパンドラの箱と化した記憶が、蘇る。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:???




