【第百二十六話(2)】ドローンの姿を持つ者達(中編)
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・魔物使い雨天 水萌
【ドローン操作】
・秋狐(白のドローン)
「うわ、懐かしいな」
穂澄は棍を両手に構え、感慨深そうに握りしめる。それから素振りを何度も繰り返したのち、自然な立ち姿に戻った。
雨天には俺から木刀を手渡す。最初の配信で使ったものだ。
「とりあえず穂澄の攻撃を躱すところから慣れてみろ」
「う、はいっ」
緊張した面持ちを浮かべる雨天。
何はともあれ、まずは生きるところから始めなければいけないのだ。今までは完全に能力だよりだっただけに、戦闘経験としてはほとんど0からのスタートである。
相対する穂澄は役職でこそ魔法使いであるが、最低限自身の攻撃を防ぐ為の自衛能力を兼ね備えている。むしろ、そうでなければ勇者一行としてダンジョン配信を遂行することは困難だ。
俺達のやり取りを聞いていた須藤は、二人の間に立って交互に視線を送る。
「恐らく大丈夫だと思うけど、雨天さんが危ないと思ったら止めるよ。いいね?」
「私の心配はしてくれないのかな」
穂澄は苦笑しながら、意地悪な言葉を返す。だが須藤の表情は崩れないままだった。
「前園さんは正直何の心配もしてないよ。一ノ瀬と肩を並べて戦えるだけの能力を持っているからね」
「まあ、いいけど。じゃあ雨天ちゃん、遠慮はいらないからおいで」
いたって冷静さを崩さない穂澄。まるで余裕綽々と言った様子の彼女に対し、雨天は緊張した面持ちを浮かべる。
大きく深呼吸を繰り返し、真剣な表情を作った。
「怪我させないように、しますねっ」
「うん、まずは攻撃してみよっか」
穂澄がそう促すと、雨天は一瞬引きつったような笑みを浮かべた。
すり足で慎重に穂澄との距離を縮め、それから一直線に駆け出す。
「たあっ!」
大きな掛け声とともに、上段から木刀を振り下ろす。その軌跡は、穂澄の頭上に重なる。
「おっと、危ないな。怪我させないんじゃなかったの?」
だが穂澄は頭上に襲い掛かった振り下ろされる一撃を、身体を捻って雨天から見て左側に回避。
「隙だらけだよ」
それから、手に持った棍で雨天の持つ木刀を叩く。勢いを殺がれ、彼女の手から離れた木刀が地面に叩きつけられる。
乾いた音が響き、雨天の視線が地面に転げ落ちた木刀へ向いた。
「駄目だよ、雨天ちゃん。相手から目を逸らしちゃ」
「わっ」
完全に背を向けた雨天に向けて、穂澄は鋭く突きを放つ。
慌てた様子で雨天はそれを避けつつ距離をとる。それから、武器を失い、恐怖に満ちた視線を向けた。
「……っ、正直舐めてましたっ」
「魔法使いだからって、近接戦を疎かにしていい理由にはならないからね」
「うー……セイレイ君と渡り合えるわけです……」
「じゃあ、次は私の番ね。危ないと思ったら止めるから、躱してみよっか」
穂澄は冷ややかな声で、雨天にそう語り掛ける。
それをきっかけとして、突如彼女の全身からぴりついた雰囲気が生み出される。
「ひっ」
雨天から小さい悲鳴が漏れた。
だが、そんなことも気にせず穂澄は棍を構えて駆け出した。
「これが実戦なら、雨天ちゃんとっくに死んでるよっ」
「わっ、あわわっ」
泣きそうな声を漏らしながら、雨天は必死に攻撃を掻い潜る。地面に手を突き、次から次に降り掛かる攻撃を躱し続けた。
だが、それでも穂澄の連撃は止まらない。
「見てる側だと、案外分からないものなんだ。それがどれほど難しいかって」
「っ、わっ……!」
遂に体力が底を尽きた雨天は、茫然とした表情でへたり込む。
穂澄はとどめと言わんばかりに、冷ややかな目で棍を高く振り上げた。
「ひぅ」
雨天の情けない悲鳴が漏れる。
「はい、雨天ちゃんは死にました……っと」
そう言って、穂澄は棍を振り下ろす——。
雨天の眼前でぴたりと止まる棍。
「あ、はっ……」
勝負の決着はついたと言わんばかりに穂澄はため息を吐く。
それから棍を自身の身体に抱き寄せて、静かに彼女に背を向けた。
「私も、セイレイ君も、何度も危険な戦いに身を曝してきた。本当にもう無理だって思ったことなんか、一回や二回どころじゃない」
「……」
「ダンジョン配信に参加するってこと。改めて、その意味について考えてみてね」
「う、ひゃい……」
曖昧な返事を返すことが出来ず、引きつった笑みを浮かべる雨天。
そんな彼女を一瞥した後、穂澄は静かにその場を去った。
「……セイレイ君」
雨天は、穂澄が姿を消すのを待ってから俺の方を振り向く。
そこには、より一層覚悟の強まった彼女の表情があった。
「私、もっと強くなりたいです。痛いのも、怖いのも受け入れます……ぜひ、指導してくださいっ」
「……あー……」
正直、雨天はあまり危険な場に身を置くのは向いていないタイプに思える。
それだけに、即答することが出来なかった。
(……でも、蘭から槍を託されてるんだよな)
ふと、俺は都会で別れを告げた遊び人アランのことを思い出す。どこか他人をからかうのが好きで、お調子者だった彼女のことを。
もしも雨天の指導を拒もうものなら。
——「女の子1人の指導もちゃんとできない先輩情けないね♪」とか、絶対にあいつは言う。
「……分かった。でも俺も言語化するのは苦手なんだ……ストー兄ちゃん、手伝ってもらっても良いか」
頭を掻きむしりながら、俺は須藤の方を見る。
話しかけられた彼は苦笑を漏らしながら、こくりと頷いた。
「俺もそんな上手く説明できる自信ないけどな……」
「大丈夫だよ。勇者セイレイを育てたのはストー兄ちゃんと有紀だ」
「……まあ、セイレイ君に頼まれたら断れないね」
須藤は観念したように諸手を挙げた。
それから、期待するような目をしている雨天に目線を合わせるように屈む。
「雨天さん。君は正直、まだ戦えるほどのスペックまで到達してないね」
「う」
痛いところを突かれたとばかりに、雨天は引きつった笑みを浮かべる。
「まあ体力は確実につけていくしかないかな。その合間で戦闘技術も磨いて行こう」
「っ、はい!よろしくお願いしますっ」
雨天は健気に大きく頭を下げる。
「ぶっ、よろしくね」
あまりの元気っぷりに須藤は小さく噴き出した。
笑われたことに恥ずかしくなったのか、雨天は「あぅ」と呻きながら顔を赤らめる。
ひとまず、しばらくは雨天が戦えるようになるまで準備期間を設けるべきだろう。
となると、その間に解決すべきはやはり——。
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「あー……」
ここ連日、特に何もせずにぼうっとしている気がする。
セーちゃん達に心配をかけているのは十分に理解している。だが、今は何も話す気にはなれなかった。
今、僕はバルコニーに配置されたベンチの上で日光浴をして過ごしている。
「……誰も、いないね」
ふと、周りに誰も居ないことを確認して右手に意識を向ける。
すると僕の期待に応えるように、光の粒子が徐々に右手に集い始めた。
やがて、顕現したのはお手製のぬいぐるみだ。可愛らしいうさぎをかたどったぬいぐるみだが、魔災の混乱の中で土埃を被ってしまっており、かなりボロボロになっている。
「お母さん……」
思い出すのは、実の両親の顔ではない。魔災の中で、僕を実の子供のように扱ってくれた女性のことだ。
彼女が僕にくれた、手作りのぬいぐるみ。これが僕の持つ、スパチャブースト”赤”の鍵だった。
『へー、可愛らしいぬいぐるみ持ってるね?趣味?』
「っ!?」
突如として頭上から声が響き、僕は慌ててぬいぐるみを抱きかかえる形で隠す。
ふと頭上を見上げれば、そこには白のドローンの姿となった秋狐が居た。
『詰めが甘いよ空莉君っ、ちゃんと頭の上も見ないと』
「さすがにそれは反則だよ……」
『ふふっ』
秋狐は悪戯染みた笑みを浮かべながら、ゆっくりと僕の隣に降り立った。
やがてその姿にラグが走ったかと思うと、彼女の姿は橙色の髪を揺らす少女の姿に変化する。
「第1回ドローン会合ーっ。ぱちぱちっ」
「……え?」
秋狐は拍手しながら唐突にそう宣言した。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
赤:形状変化
雨天 水萌
青:???




