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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑨ショッピングモールダンジョン編
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【第九章】序幕

 ディル君がいつか言っていたっけ。

『一度人を殺したことがある人は、選択肢の中に”殺すこと”が生まれる』って。


 ……本当に、その通りだと思う。


 僕は、自分の生活を守る為、大好きな皆を守る為、沢山の人を手に掛けた。

 だって、仕方ないじゃん。僕を守ってくれる人達を傷つけるんだから。


 魔災に墜ちた後の生活は、本当に酷いものだった。

 わずかな食料を求めて、沢山の人達が群がり、蹴落とし合った。己の欲望のままに他人を貶め、傷つけ。自尊心すら破壊された人も少なくなかったと思う。

 自らの食料を確保する為、群れを作って他人を蹴落とす。

 自らの遺伝子を後世に残す為、他者の同意も得ないままにその純潔を(けが)す。

 自らの存在を誇示する為に、力を持って他者を屈服させる。


 魔災当時、6歳という幼かった僕でさえも明らかに狂った世界だったのは理解していた。


 両親も魔災の中で命を落とし、途方に暮れていた頃。

 そんな中で、僕に手を差し伸べてくれた人が居た。


「お父さん、お母さんが居ないの?じゃあ私が今日からお母さんになってあげる!」

 僕の母親代わりとなってくれた、大切な人がいた。

 得た僅かな食料を「お腹が空いてないから」と嘘を吐き、僕の為に差し出してくれた。生活を維持する為に、汗水たらして毎日働いていた。

 身体がくたくたになろうとも、愛情を絶やすことなく慈愛に満ちた瞳を僕に向けてくれた。

 愛情を受取る内に、やがて彼女のことを母と呼ぶようになった。

 

 それが、どれだけ僕の心の支えになったのだろう。


 ——そんな、ささやかな幸せでさえもこの世界は許さなかった。


 ある日。僕と母はとある集落に辿り着いた。

 まだ環境も十分に形成されていない中で、十分な食料がある場所というのは珍しかったから。安全が確保できる場所、というのはあまりにも僕達にとってどれほど求めた環境だったのだろうか。

 藁にもすがる思いで、僕達はその集落の一員となった。

 過去に戻れるのなら、僕はここに入ることを止めただろう。


「おう、よく今日まで生き延びてきたな」

 その集落のリーダーは、どこか傲慢さを感じるような男だった。

 第一印象から「偉そうな男だな」と思った。それでも、母は「よろしくお願いします」と礼儀正しく頭を下げた。

 力を持たない自分達は、強者に縋るより他ないのだ。

 

 もちろん、集落の一員となった以上はしっかりと働かないといけない。

 幼い僕でさえも、過酷な労働に駆り出されることが増えた。

「まだこの子は6歳なんですよ!?」と、母は懸命にそれを引き留めようとしてくれた。

 でも、リーダーの「働くもの食うべからず、だ」という言葉で突き返されてはどうすることも出来ない。

 僕は「大丈夫だから」と、幼い身体に鞭打って日々の労働に明け暮れる。

 心配そうに見つめる母も、それから何も言わなくなった。


 そう、何も言わなくなったんだ。

「……あ……大丈夫、だから」

 ある日から、母は明らかにぼうっとした表情をすることが増えた。

 しかし、日々の労働でくたくたに疲れ果てていた僕は、母の表情にちゃんと意識を向けることが出来ていなかった。

「きっとお母さんも疲れているんだろう。労ってあげなきゃ」

 とか、そんなことを考えていた記憶がある。


 だけど、そうじゃなかった。

 仕事の休憩時間、あまりにも疲れ果てていた僕は集落にある小屋の陰で身体を休めていた。

「……ぁ」

 そんな時、小屋の中から吐息の漏れるような声が聞こえる。

 気のせいだと思い、改めて体を休めようとした次の瞬間。男の声が聞こえた。

 その声は、大声で怒鳴りつけるような声で叫ぶ。


「ガキのことが可愛いんだろっ!ここに居させてほしけりゃ、ありがとうございますあなたは私の命の恩人です、謹んで身体を差し上げます……でも言ったらどうだっ!」


「っ……あなたは命の恩人です……」

「声が小さいってんだよクソがっ!!」

「やめて……っ!」

 罵声を浴びせられ続ける声には、聞き覚えがあった。


「お母さんっ!」

 僕は疲れた体に鞭打って、小屋の扉をこじ開けた。

 そこには……。

「……だめ、見ないで」

 衣類をはだけさせ、リーダーの男に組み伏せられた姿の母が居た。

 一体何をしているのかは、当時の僕には理解できなかったが……母が理不尽に傷つけられていることだけは理解できた。

「ねえ、お兄さん。何してるの……」

「チッ、どけ」

 リーダーの男は苛立った様子で母を突き飛ばす。

「やめて!この子は関係ないでしょう!?」

「うるせぇ、ガキに教育するのが大人の務めだろ!」

 母が必死に止めようとするが、リーダーの男は止まらない。

 まるで棍棒のような巨大な腕を、僕の頭上で振り上げる。その動作が、一体何を意味するのか理解できないまま、僕は呆然とそれを見上げていた。

 次の瞬間。

「——っ!?」

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。天地がひっくり返るような、訳の分からない情報がごちゃ混ぜになったまま、あっという間に僕は地面に倒れ伏す。

 痛いとか、気持ち悪いとか、色々な情報がごちゃ混ぜに襲いかかる。

 ただ「このまま死ぬのかな……」ということだけは理解が出来た。


「やめてぇっ!」

 母の悲鳴が聞こえる。

「ゴミが。死んどけ」

 リーダーの男の、まるで汚いものでも見るような目が見える。


 こんな、誰かに踏みにじられる為に生まれた訳じゃない。

 こんな、誰かに支配される為に生きてきた訳じゃない。

 そんな時、どこからともなく声が聞こえた。


『可哀想に。世界には、どれほど君みたいに他人に虐げられる人々がいるのだろうね?くくっ、いいね。なに、幼馴染の縁だ……ちょっと面白いものをあげよう』

 その声には、聞き覚えがある。

「……沙羅、姉ちゃん……?」

 呻くように呟くと、脳裏に響く声から返事が戻ってきた。

『怜輝と仲良くしてくれた礼だ。生活を守りたいのだろう、大切な人を救いたいのだろう。ならば、君には世界の歯車となってもらおう』

 それから、僕の身に一体何が起きたのか……自分でもよく分からない。

 分からないまま、内から込み上げる力を存分に振るった。


「……お母さんを傷つけて、許さない」

「ひっ、あ、ごめんなさいっ、やめ、あああああああああああっ!!」

 ……思い出すのは、リーダーの男が上げる悲鳴。壁一面に飛び散る血飛沫。

 そして、母が僕に向ける畏怖の視線だ。


 だけども、母はそれでも僕を子供として扱ってくれた。

 優しく僕を抱き込んで、静かに涙をこぼす。

「……空莉……ごめん、ごめんね……」

「……母さん」

「ここには居られないね……違うところにいかなきゃね」

 母は優しく僕の手を引き、リーダーの居なくなった集落から逃げるようにして消えた。


 ——一度、人を殺した者は選択肢の中に”殺すこと”が生まれる。

 

 例え、それが育ての親だったとしても。


 To Be Continued……

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