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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
①家電量販店ダンジョン編
26/322

【第十二話(1)】 コラボ配信―共同戦線―(前編)

ダンジョンに入るようになってから、セイレイは次から次に自身の固定概念を打ち破られてきた。そんな中でも、彼はまだ人間という名の枠組みで捉えることが出来た。

どちらかというと、理解の範疇で物事を捉えることが出来た。

しかし、今、目の前でセイレイの前に立ちはだかる少年が引き起こす現象は。

現実世界で引き起こすことが出来るものでは無い。


無造作に伸びきった長い黒髪。艶を帯びたそれは、どこか脱力した雰囲気を生み出す垂れ目を隠す。

上下を黒のスウェットで揃え、首元にはぼろきれのようなマントを巻いている。やる気の見られない雰囲気を醸し出す彼。

しかし、彼はその肉体一つでホブゴブリンが棍棒を用いて放った、叩き付け攻撃を片手一つで受け止めて見せた。

「ねーえ?そこのおにーさん?」

眼前の少年は気怠げな表情を浮かべ、攻撃を受け止めたままセイレイの方へと振り返る。

「……な、なんだ……お前は」

セイレイは動転しながらも、辛うじてその台詞だけは発する事が出来た。黒髪の少年は呆然とするセイレイがおかしいようで「ぷっ」と吹き出す。

「あはははっ!そんな困惑しなくてもいーじゃん。ねえー、力、要らない?」

「……は?」

まるで余り物でもおすそわけするかのように気軽にそんな提案をする彼に、セイレイは呆けた表情を浮かべる。

だが、その間にもホブゴブリンは目の前に突如として現れた乱入者に怒り心頭といった様子だ。更に棍棒を激しく振り回し、横薙ぎに振るう一撃でその少年を弾き飛ばそうとする。

『あ、危ない!!』

狼狽したホズミ。叫ぶようにして、その少年に警戒を促す。

だが、少年は「はいはーい」と気の抜けた返事と共に、ひらりと一撃目を回避。続いて、右手から水色の淡い光を突如として顕現させる。やがてその光は収束し、気がつけば彼の手にはチャクラムが握られていた。

[セイレイの剣と同じ出し方だ]

[と言うことはこの男もダンジョン攻略経験があるのか?]

[いや、それよりもスパチャブーストって何だ]

[今までそんな記事流れたことないよな?]

憶測と混乱が錯綜(さくそう)するコメント欄が次から次に流れる。

ホズミも、そしてセイレイも目の前の現象を到底理解できていなかった。

「よっ」

まるで手品でもするような動きでチャクラムを操作し、それをホブゴブリンが放つ横薙ぎに合わせる。本来であれば、軽量であるチャクラムが打ち負けるのは道理に思えた。しかし。

「スパチャブースト”緑”ーっ」

[ディル:単体防御力上昇]

再び、その男は脱力した声音で宣告コールした。その言葉が発せられるのと、コメント欄にシステムメッセージが表示されたのはほぼ同時。すると、彼の持つチャクラムが淡い緑色の光に覆われる。

ホブゴブリンが穿(うが)つ一撃と、彼が振るうチャクラムが激しく火花を散らしながら衝突する。

鬱蒼(うっそう)としたダンジョンを照らす火花の最中。この世の理は、瞬く間に逆転した。

刹那の拮抗は弾ける。その少年が放ったチャクラムが棍棒を弾き、ホブゴブリンは大きく体勢を崩したのだ。

すかさず怯んだ体勢に合わせ、くるりと踊るように身体を捻る。すると彼に呼応するようにチャクラムが円を描き、ホブゴブリンの脚を狙う。

「グガッ!?」

いとも容易く足払いを決められ、耐性を崩されたホブゴブリン。そして、大きな音を立てながら地面に倒れ込む。

その少年は、話すなら今と言わんばかりにセイレイの方へと振り返った。

「言っても選択肢なんて無いんだけどね?力、ほら、欲しいでしょ」

「……お前は」

セイレイは、不可解な力を持つ謎の少年の正体について尋ねたつもりだったのだが、少年は自身の名前を聞かれたと捉えたのだろう。くすくすと楽しげな笑いを浮かべながら、自身の名を告げる。

「僕の名前はディルって言うんだ。ま、本名じゃ無いけどね」

「……ディル」

思わず、その謎の少年の名を復唱する。ディルと名乗った少年は、次に彼自身を撮影しているドローンへと視線を向けた。気怠げな垂れ目が、長く伸びた前髪から覗く。

「さ、そんなことよりも撮影者さん、僕とコラボしないかい?」

『……コラボ、ですか?』

「君達はまだSympassの使い方を理解していないみたいだからね。これはチュートリアルなんだ」

一々鼻につくような言葉選びに、セイレイは怪訝そうに眉をひそめる。だが、ディルは全く気にした様子も無く、のんびりと欠伸をした。

そして、未だに気絶しているのかピクリとも動かないnoiseと、心肺蘇生後であり、未だに意識が鮮明で無いストーの方を交互に見やる。そして、ああ、と何か思いついたようにわざとらしく納得のジェスチャーをした。

「そっかあ、お仲間さんの事が心配だもんね。安心して?……スパチャブースト”黄”」

[ディル:全体回復]

手を高く掲げ、そう宣告コールするディル。例にも漏れず、コメント欄にそのようなメッセージが表示された後その空間一体を淡い薄緑色の光が覆い尽くす。

その光がストーとnoiseを覆うと共に、二人はどこか呆けたような表情を浮かべながらゆっくりと身体を起こし始めた。

彼等の身体からは、負った傷などそもそも存在しなかったかのように消え去っている。

「兄ちゃん、姉ちゃん、大丈夫なの!?」

「あ、ああ、大丈夫だ……。何が起こっているんだ……?」ストーは自分の両手をマジマジと見ながら、そう問を投げかける。

「……っ、私は、ホブゴブリンに弾き飛ばされて……」noiseは頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。

二人は理解不可能な現象に情報処理が追いつくことが出来ず、戸惑う様子を見せた。だが、そんな二人の方に向けて、ディルは不敵な笑みを浮かべて再度宣告(コール)する。

「スパチャブースト”青”」

[ディル:拘束]

そう彼が発すると同時だった。光の帯がストーとnoiseの身体を取り巻くようにして、縛り上げる。

「おわっ!?」

「何だ!?」

仲間の傷を癒やしたかと思うと、次の瞬間には彼等の行動を抑制する。

その理由の分からない行動に対し、セイレイは突っかかるようにして激昂した。

「はぁ!?ディル、てめぇ何してんだっ!?」

「あっははははっっっ!!」

だが、ディルは悪びれることも無くケタケタと笑う。笑いすぎたのか、半ば涙目になった目を擦りながらセイレイの方を見る。

「はぁー……あの二人には悪いけど、君とだけで戦いたいんだよ。あ、ホズミちゃん、だっけ?君もスキルは使わないでね」

ちらりとドローンの方に視線を送りながら彼はそう釘を刺した。ホズミだけが、彼が右手にこっそりと隠し持っている石に気付く。

――()()()()()()()()()()()()()()()()()

暗にその事を示していることに勘づいた彼女は、小さく溜息を付く。

『……分かりました。コラボ配信(共同戦線)、ですね』

「殊勝だね。じゃ、僕は君達の方向性に従って”僧侶”って名乗らせて貰うよ」

手に持った石を瓦礫の上に雑に放り投げ、ディルはその空いた手で指を鳴らす。すると、コメント欄にシステムメッセージが流れた。

[information

セイレイ:スパチャブースト”青”を習得しました。

青:五秒間跳躍力倍加]

[information

スパチャ支援を解放しました]

そのシステムメッセージと共に、コメント欄下部に[総支援額 1500円]という表記が現れる。

[……なあ、どこから突っ込めば良い]

[分からない]

[まず、この男は何なんだ?一体何を知っているんだ?]

[スパチャか、懐かしいな……]

[俺達も送れるのかな?]

[けど、配信と一体何の関係が]

ディルはコメント欄の疑問を読み取ったのか、うんと背伸びしながら説明を始めた。

「スパチャは誰でも送れるよー、魔災前に通帳に入っていたお金がそのまま使えるから、安心してねー」

クルクルとチャクラムを振り回して遊ぶようにしながら、ホブゴブリンの方へと振り返る。ようやく姿勢を立て直すことが出来たのか、ゆっくりとダンジョンボスは立ち上がった。

「さ、説明は此処まで。案ずるよりも産むが易し、だね。セイレイ君、戦うよ?」

「……後で説明しろよ」

苛立った声音でディルを睨むセイレイ。しかし、敵は彼では無く目の前のダンジョンボスだ。

ファルシオンをしっかりと握りしめ、目の前のホブゴブリンのシルエットと剣先を重ね合わせるようにしてアタリを付ける。

そんなセイレイに対し、ディルはニヤリといたずらを思いついた子供のように笑いながら、彼の肩を叩く。

「ね、セイレイ君。戦う前に[スパチャブースト”青”]って言ってみて?面白いことが起こるから」

「……はあ?何で」

「いいからいいからっ」

苛立ったように眉をひそめながらも、セイレイは渋々と言った様子でディルが促した言葉に従う。どこか不機嫌を隠せない声音で宣告コールした。

「……ちっ、スパチャブースト”青”」

その後、ホブゴブリンを迎撃するべく大地を踏みしめるよう脚に力を入れた。だが、次の瞬間、彼は思わず自身の行動に驚愕することとなる。


まさか、その言葉がセイレイの見ている世界の色を変えるとは思わなかった。

[!?]

[は!?]

[嘘だろ]

『これは一体なんですか!?』

『なんだこれは!?』

その配信を見ている者達。そして、ホズミやセンセーも驚愕を隠すことが出来ずに声を漏らす。

「noise、この現象は……?」

「……知るかよ」

そして、ストーやnoiseも、目の前で起こている事象を飲み込むことが出来ない。


[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]

そうシステムメッセージが表示されると共に、セイレイの足元を覆うように淡く青い光が覆う。それと共に、蹴り上げた大地はまるで爆発でも引き起こしたかのように土煙を舞い上げる。

その土煙を飛び越えるようにして、セイレイは高く跳躍した。まるで天井に届かんとするほどに、空高く。

自分の身体のはずなのに、まるで自分の身体では無いような感覚。自身の肉体とリンクしないその跳躍に、セイレイは思わず困惑を隠せない。

「わ、わあっ!?!?」

その現象に驚いたのは敵であるホブゴブリンも同様だった。まさか自身の眼前まで迫るほど一気に跳躍するとは思わなかったのか、驚いた様子で目を見張る。

だが、そうは言っても、相手はダンジョンボスであることに変わりは無い。

素早く臨戦態勢となり、右手に握る棍棒を大振りに振るう。セイレイもそれに適応するように空中で身体を捻り、再度ホブゴブリンの頭部を蹴り上げて跳躍。

「ガッ!?」

顔面を踏みつけられ、ホブゴブリンは苦悶に満ちた表情を浮かべる。

彼が先程まで存在した空間を、ホブゴブリンの棍棒がなぎ払う。身体を捻り、地面に着地したセイレイは楽しげに顔を手で覆いながら笑うディルを睨む。

「おい、どういうことだこれは!?なんだ、この力は!?」

「あははっ、はーおもしろっ……、この戦いが終わったら説明してあげるよ。ほらほら、次来るよ?」

「……くそっ」

セイレイはファルシオンを構え直し、ホブゴブリンに対峙する。ディルは手を組んだままゆっくりと背伸びした。

下ろした手から再びチャクラムを顕現させ、ホブゴブリンを挟み込むように歩みを進める。


「さーて、勇者セイレイの配信が始まった、って感じだね?」

まるでダンジョンボスと対峙しているとも思えない、気楽な発言をするディル。

事実、誰も彼もがセイレイの配信から目が離せなくなっていた。


To Be Continued……

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