【第百二十五話】楽しい時間はいつか終わりが来る
【配信メンバー】
・勇者セイレイ
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・僧侶ディル
・遊び人アラン
【ドローン操作】
・秋狐(白のドローン)
「……もう、現実と向き合わないといけないのかぁ……」
どこか遠い目をして、そうぽつりと語るアラン。
空から差し込む日差しが、彼女の全身を照らしていた。
「お別れ、ってのは」
あえて、彼女の真意を分かっていないふりをして、俺は言葉の意味を話すように促した。
その問いかけに、アランは寂しげな視線をドローンへと送りつつも答える。
「瀬川 沙羅の意思に沿うのは嫌、だけどね。Sympassの運営サーバーを維持していたパパ——荒川 東二が居なくなった以上、誰かがその役割を担わないと駄目だから」
「それは、アランじゃないと駄目なのか?」
踏み入った質問だとは理解していたが、そう尋ねてみる。
すると、彼女はセミロングの赤みがかった黒髪を揺らしながら首を横に振った。
「パパが守ってきた場所だから、私が守らないと」
「……そっか」
彼女の本心は、しっかりと伝わってきた。
本当に、アラン——蘭は、東二によって大切に育てられてきたのだろう。
「……東二さんに、お別れの言葉言いたかったな」
「先輩にそう思ってもらえるだけでも、喜ぶはずだよ」
「そうだといいな……悪いな」
アランに頭を下げると、彼女はわざとらしく挑発的な笑みを浮かべた。
「……ふふっ♪情けない先輩の代わりに私がちゃんと支援するからねっ。だから……」
しかし、その表情は瞬く間に悲哀に歪む。
ぽろぽろと零れる涙も気にせずに、彼女は言葉を続けた。
「だから……っ、世界を救って……!もう、誰の命も不条理に奪われることのない世界を……作って……っ……」
「ああ、任せとけ」
縋るように泣きじゃくるアランの頭を優しくなでる。
すると、堪えきれなくなった彼女は、配信中というのも気にせずに慟哭する。
「ううっ、あ、ああああ……っ、パパ……なんで……なんでよぉ……!」
「……」
「なんで、なんで……嫌だ、嫌だっ……」
俺のパーカーの裾に顔を埋め、あふれ出る感情を形としてぽろぽろと零していく。
どれだけ気丈に振る舞おうとも、彼女はまだ14歳の幼い少女なのだ。
そんなアランの隣にディルが並ぶ。
「……セイレイ君」
「ディル?どうした」
「僕もここに残るよ」
「え?」
突拍子もない宣言に、思わず呆けた声が漏れる。配信画面は見ていないが、視聴者は俺の情けない顔を見ていることだろう。
あまりに俺の表情がおかしかったのか、ディルは「ふっ」と小さく噴き出しながら言葉を続けた。
「アランちゃん一人にさせられないでしょ。それに、彼女だけで出来る仕事とは思えないからね」
「……なるほどな」
「元々ボクは瀬川 沙羅の人格から生み出されたんだ。ある程度ならボクにも理解できる」
ディルの言葉には説得力がある。だからこそ、反論を重ねることは出来なかった。
言葉に詰まる俺の肩を、彼はポンと叩く。
「楽しい時間はいつか終わるものさ。ボクはセイレイ君と短い時間でも配信ができて楽しかったよ……本当に、満たされた」
「俺も、お前と出会えてよかった。最初こそなんだこいつと思ったけどな」
「くくっ……そう言ってもらえると配信者冥利に尽きるよ」
満足そうにディルは笑う。
それから、ふと真剣な表情を浮かべてディルは俺に言葉を託した。
「……頼んだよ、セイレイ君。瀬川 沙羅に言葉を届かせることが出来るのは、キミだけだ」
「ああ、分かってる」
「それから……魔王セージ——千戸 誠司も救ってくれ。彼も、瀬川 沙羅に踊らされた一個人なんだ」
「……センセー……」
ターミナル・ステーションで出会った魔王セージの姿を思い出す。
様々な真相をひた隠しにしながら、十年も俺と穂澄を育ててきたセンセー。一体、彼はどのような思惑の元に行動してきたのか。
ホズミは、千戸の話が出るや否や、俺の隣に並んで話に入ってきた。
「どんな想いがあったとしても、それが他人を傷つける理由にはならない。千戸には、その清算をきっちりとしてもらわないと」
彼女の言葉に、ディルは眉をひそめて苦笑を漏らす。
「キミは変わらずに辛辣だね」
「セイレイ君は優しすぎるからね。誰か一人は明確に罰を与える役割が必要だよ」
「でも、そんなセイレイ君をキミは好きになった」
やれやれと言わんばかりに呆れた様子で返したディルの言葉に、ホズミは笑みを零す。
「まあね」
「ホズミちゃんがブレなくて助かるよ。そんなキミだからこそセイレイ君を任せられるんだ」
「ありがとう、ディルの期待に応えて見せるよ」
真っすぐな表情でホズミが己の覚悟を示している最中、胸元で泣きじゃくっていたアランが顔を上げる。
「……先輩、ちょっと離れます」
「ん?」
アランは小走りで、配信画面に映らないように端でこじんまりとしている雨天の元へと駆け寄った。
「雨天ちゃん、ちょっといい?」
「な、なんですか……?」
どこか怯えた様子の雨天に、アランは柔らかな表情で語り掛ける。
「雨天ちゃんは配信者に戻りたいって思う?」
「……っ、あ、それは……」
「いいよ、本心で話そう」
彼女にそう促された雨天は、小さく首をふるふると横に振って自分の想いを明かす。
「戻りたい、ですっ……!私に手を差し伸べてくれた、皆の力になりたいんです。ただぼうっと、何もせずに突っ立ってるだけなのは嫌なんです」
「うん、良く言えましたっ」
そう言ってアランは雨天の頭を撫でる。
雨天はむず痒そうに「あう……」と鳴きながらも、それを受け入れる。
彼女の覚悟を受取ったアランは、右手に自身が持つ武器である槍を顕現させた。
「雨天ちゃんにこれをあげる」
「ふぇ?」
恐る恐ると言った様子で、雨天はその槍を受取った。
じっと物珍しそうに柄を眺める彼女に、アランは話を続ける。
「私は配信者を卒業するからね。雨天ちゃんに私の意思を託したいんだ」
「あっ、でも、いいんですか」
「うんっ。雨天ちゃんは触手を武器にしてたから……”魔物使い”辺りが良いんじゃないかな」
「……魔物使い……」
逡巡するように、顔を伏せる雨天。
それから一つ頷いて、アランへと真剣な表情を向けた。
「分かりましたっ!私、皆の力になれるように頑張りますっ」
「ふふっ、期待してるね」
「はいっ!」
そんな彼女達のやり取りを聞いていたnoiseは、たった一人皆から離れて遠い目をして空を眺めていた。
「本当に、変化しないものなんて無いんだね」
彼女の呟きを耳聡く聞き取った秋狐が、ドローンの姿としてふわりと空を泳ぐ。
それから、自身の姿をウェーブがかった髪の、和服を身に纏う少女の姿へと変化させてnoiseの隣に立った。
「楽しい時間も、辛い時間も、苦しい時間もいつかは終わるよ。私達はその限られた時間をより満たされたものに持って行かなくちゃ」
「うん、それが私達……配信者の役割、か」
「そう言うこと、有紀ちゃんもだいぶ分かってきたみたいだね?」
「お陰様で」
noiseの言葉に、秋狐はこくりと頷いた。
それから、彼女はちらりと緑のドローンとして宙に浮かぶクウリへと視線を向ける。
「空莉君」
『うん?どうしたの……?』
「また戻ったら打ち合わせをするよ?私が居る限り、辛く苦しい配信にさせはしないから」
『……信じていい?』
不安げなクウリの言葉を聞いた秋狐は、自身の胸元に手を当ててしたり顔を浮かべた。
「コラボ配信を散々後回しにされてきたからねっ、空いた時間でアイデアはある程度練ってきたんだっ」
『なら、頼りにしてるよ』
少しだけ安堵した様子のクウリの返事が返ってきた。
一体秋狐が何を考えているのか分からないが、俺達は彼女の意見に従うより他ないのだろう。
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Tenmei本社を出て、都心の街並みを歩く。
アランの言う通り、都心に住み着いていた魔物は完全に姿を消していた。
「……」
静寂に包まれた、ビル群に挟む形で舗装された通路を進む。
時折ビルの間を突き抜ける風が、甲高い悲鳴のような音を響かせる。歩みを進めれば、床に転がった瓦礫の欠片が擦れ合って不快な音を響かせる。
そこに、俺達は何も言葉を交わすことはなかった。
ひとつ言葉を発してしまえば、様々な想いが溢れると思ったから。
荒川 蘭。
荒川 東二。
二人と共に配信を繰り広げたスクランブル交差点が広がっていた。
魔物の消えたそれは「こんなに広かったんだ」と改めて再認識させられるほどに広大だった。
本当に、俺達はちっぽけな存在なのだと再認識させられるほどの空間が広がる。
「……っ」
隣からは、アランがすすり泣く声が聞こえた。
強く振る舞ってこそいるが、彼女の心に生み出された傷がどれほど大きなものだったのかは想像に難くない。
(二度と、こんな配信をさせる訳には行かない)
アランの表情に、俺は改めて胸に誓った。
魔物のいない帰路は、本当にあっという間だった。
かつて塔出高校の配信で船出が体育館を削る形で生み出した大船が、俺達を迎え入れる。
そこには、ストーと船出が複雑そうな表情で待っていた。
「……おかえり」
船出は、静かに目を伏せてそう語り掛けた。
「ただいま」
「本当に、大変だったね。突然運営にここに連れ去られてさ」
「全くだ。ロクでもない配信をさせやがったあいつを、もう許せはしない」
「私もだよ」
それから、船出はアランの元に歩み寄る。
「えっと、アランちゃんかな」
「あっ、はい」
話しかけられたアランは、驚きながらも背筋を正した。
どこか生真面目な態度の彼女の様子に、船出は柔らかな笑みを零す。
「かしこまらなくてもいいよ。初めまして、元四天王の船出 道音です。荒川 東二さんとは一回しか会ってなかったけどね」
「……船出さんから見て、パパはどういう印象を受けました?」
アランは思い立ったようにそう問いかける。恐らく特に深い意味はなく、聞いておきたいだけだろう。
彼女の問いかけに対して船出は「うーん」と考え込む様子を見せた後、苦笑いを浮かべた。
「正直、堅苦しい印象しかなかったな。私はちょっと合わないタイプだなってのは思ってた」
「確かに、仕事熱心なのはありました」
「責任感が強いんだろうね。まあ大企業の社長ってくらいだし、そりゃそっか」
一人で納得したように頷く船出。それから、彼女はアランの肩を叩いた。
「本当にありがとうね、セイレイと一緒に居てくれて。また世界を救い終わったら遊びにいこう」
「……待ってますっ」
「うん、じゃあまたね」
こうして、俺達はディルとアランと別れを告げた。
次に会えるとしたら、全ての配信を終える時だろう。
……その時、俺はこの世界にいるだろうか。
To Be Continued……
【おまけ】
投稿遅れた理由です。棒人間版セイレイ君描いてました。
すっぽかしかけてごめんなさい。




