【第百二十一話(2)】縁(後編)
【配信メンバー】
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・戦士クウリ
・僧侶ディル
・遊び人アラン
【ドローン操作】
・秋狐(白のドローン)
「瀬川 沙羅さん」
代理リーダーであるnoiseは、あくまでも平静を装って問いかけた。
話しかけられた瀬川 沙羅の前には、雨天 水萌が力なくへたり込んでいる。
「ん?なんだい」
だが、肝心の彼女はというと「そんなことどうでもいい」と言わんばかりに、雨天を無視してnoiseに視線を向ける。
「あなたにとって、配信って何ですか」
「何って……」
しばらく物思いに耽るように腕を組んだ後、困ったような苦笑いを浮かべる。
「いや……”娯楽”以外の何があるんだい?」
「——お前は……!」
激昂したnoiseは、躊躇うことなく短剣を構えて駆け出した。
その切っ先は、瀬川 沙羅が纏う白衣のポケットから覗かせているスマートフォンへと向かう。
「……おっと」
だが、彼女は一ノ瀬の狙いに気付き、慌てた様子で身体を引く。
それからすかさず足元から樹根を伸ばす。ひょいとそれに飛び乗った彼女は、noiseと大きく距離を取った。
「随分と観察眼に優れているね。さすが盗賊noise、と言ったところかな」
「……くそっ」
「私だって君達とはいずれ配信をしたいと願っているよ。だが、四天王の残る今では盛り上がりに欠けるだろう」
そう言葉を切り、樹根の上からぐるりと私達を愉悦に満ちた視線で見下ろす。
やがて、彼女の視線はとある人物の前で止まった。
「……そうだと思わないか?なあ、Life配信……緑のドローンよ」
「……え?」
——未だに瀬川 沙羅の放った蔦により足を縛られたままの、青菜 空莉へと。
「……Life配信、だって?僕はLive配信だよ。言い間違えているんじゃないかな、沙羅姉」
クウリは彼女の言う事が信じられないといった様子で愛想笑いを浮かべる。
だが、瀬川 沙羅は楽しそうな表情を崩さない。
「言っただろう。勇者配信は縁のある人物で成り立つんだよ。雨天を除いてな」
そう言って、彼女はちらりと雨天へと視線を向ける。部外者扱いされた彼女は、俯いたままびくりと身体を震わせた。
「な、何を根拠に……」
「くくっ、面白そうなイベントは念入りな準備から始まるんだ。青菜 空莉をここに連れてくることが最終目標だった」
「沙羅姉。さっきから何を言ってるの……」
「今回の勇者配信は公式を介する一大イベントなんだ。今後の配信に繋がる情報は沢山公開しないとさ」
相変わらず、配信になぞらえた言い回しをする瀬川 沙羅。
……しかし、クウリが四天王……だって?
「瀬川 沙羅……あなたはさっきから、何を話しているんですか。クウリ先輩は、勇者一行の戦士……でしょう」
私がそう問いかけると、瀬川 沙羅は「分かってないなあ」と苦笑いを零した。
「イベントの前触れならずっと前からあっただろう?」
そこで言葉を切り、クウリへと改めて視線を向けた。
「青菜 空莉。君はどうして、記憶が無い?」
「なんでって、失った経緯なんて僕にも分からないよ……」
「記憶は”失った”のではなく”自分から捨てた”のではなかったか?」
「……!」
瀬川 沙羅のその言葉に、青菜の目が静かに見開かれる。核心を突いたことにご満悦の彼女は、楽しげな笑みを零す。
「うん。そうだよ、記憶を消したんだ……”アカウントを消去”という手段を使ってな」
「アカウントを……消去?」
「自らの力に恐れをなしたのだろうさ。逃げる形で君はアカウントを消したんだ」
「……」
「だが、Sympass運営のこの私が見逃すと思うかい?こんな面白そうなイベントの布石を」
そう言って、樹根から降りた瀬川 沙羅は次にクウリへと歩み寄る。
「沙羅姉……何をする気なのっ!」
クウリは右手に大鎌を顕現させる。それから足元に絡みつく蔦を斬り裂こうと大鎌を振り下ろそうとした。
だが、瀬川 沙羅はそれを許さない。
「駄目だよ、青菜 空莉。足でも怪我したらどうするんだ」
瀬川 沙羅が右手で指を鳴らす。それと同時にクウリの周辺から伸びる蔦は、今度は彼の両腕に絡みついた。
両腕を掲げたまま縛られたクウリは、忌々しげに彼女を睨む。
「……っ、沙羅姉。君は、変わってしまったね……」
「私は変わっていないさ……また、怜輝と遊んでやってくれよ?」
瀬川 沙羅は柔らかに微笑む。それと同時に、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「させないっ……!」
noiseは瀬川 沙羅の行動を阻止するべく”ふくろ”からダガーを取り出し、素早く投擲。
だが。それはある人物によって弾き返される。
「邪魔はしてもらえないかな。私はあくまでもメインイベントの告知だけの為に居るんだ。今回のダンジョンボスは私じゃないよ」
——その者が持つ、ファルシオンによって。
「……おい。お前、一体何をした」
noiseの目つきが鋭くなる。その全身に纏う空気が、殺気に満ちていく。
ホズミの表情が、驚愕と絶望に滲む。
ディルのチャクラムを握る手が、より一層強くなるのが見える。
私の心の内から、更なる怒りが込み上げてくるのが分かる。
瀬川 沙羅を庇う形で立つのは、無造作に伸びた金色の髪を揺らす、パーカーを着込んだ少年。
勇者配信の中で様々な世界を描いてきた、一筋の希望の光。
[追憶の守護者:勇者セイレイ]
「……倒す……ただ、敵を倒せば、いいんだ」
残酷なシステムメッセージが、私達の眼前に表示された。
「瀬川 沙羅ッッ!お前はどこまで私達を弄ぶつもりなんだっ!?」
「くくっ、はははははっ!!そうだよ、本物の感情こそ配信に求められるもの!娯楽とはこうでなくちゃいけない!嘘から出た実とはこういうことだろう!なあ、共感できるだろう、配信者ランキング2位の秋狐こと秋城 紺よ!」
感情の高ぶりを抑えきれないといった様子で、瀬川 沙羅は大声で笑いだした。
彼女の姿は、かつてのディルを彷彿とさせる。
そして、話しかけられた秋狐はドローンのスピーカーから平静を作ったような声音で言葉を返した。
『こんな悪意で生む配信なんて、配信者の風上にも置けないよ。ヘタクソ、やり直してきて』
「くくっ、やはり上位の配信者となると辛辣だな!すまない、私は配信者のノウハウに疎くてな、こういった手段しかとることしか出来ないのだよ!」
『炎上商法なんてやめなよ。他人を扇動してもロクな末路辿らないよ』
「正論だね。だが、正論がまかり通るほど世界は私達に優しくない。そうだろう、怜輝」
瀬川 沙羅は、ちらりと先輩に視線を向ける。話しかけられた先輩は虚ろな目をして、ただ彼女の言葉にのみ返事を返した。
「うん、そうだね……そうだ、目の前の敵を、倒すだけで……」
「先輩に……何をしたの」
まるで彼女の操り人形と化してしまった先輩。私はそれを平時の彼とは同一人物と取ることは出来ず、瀬川 沙羅へと質問を投げかける。
どうせロクな回答じゃないのだろうと思っていたが、案の定だった。
「くくっ。なに、私が魔災以前より研究してきた”前提の書き換え技術”の応用さ。怜輝の記憶を改竄させてもらったよ」
「前提の書き換え……?」
「一ノ瀬 有紀が女性の姿になったように。全世界に魔物が生まれるようになったように。”無い”を”有る”に……”有る”を”無い”に書き換える技術のことさ」
「ふざけないでよ、返してよ。私達の先輩をっ!」
「生憎、今は私のセイレイさ。さて、文字通りの”勇者配信”、期待しているよ。私は次の配信準備で忙しいんだ」
そう言って、瀬川 沙羅はクウリへと向き直る。クウリは最初こそ抵抗していたが、彼女が何を仕込んだのか……今は力なく項垂れていた。
「セイレイっ!おい、お前何してるのか分からないのか!?なあ、聞こえないのか!!」
「……うん?聞こえてるよ。俺は、姉貴の邪魔をするやつを倒すだけだよ」
「お前の役割はそうじゃないだろうがッッ!」
焦点の定まらない目線で言葉を返し続ける先輩。もはや、そこにかつての彼の面影を見つけることは出来なかった。
「……セイレイ君、私のこと、分かる?」
ホズミは静かに、先輩に問いかける。
だが、彼はしばらく物思いに耽るようにじっとホズミの顔を見つめた後、首を横に振った。
「ごめん、俺……分からない。どこかで会ったかな」
「そう。じゃあ、思い出してもらわないとね」
寂しげな表情を浮かべながら、ホズミは右手に赤色の杖を顕現させた。
彼女の動作を見たnoiseは慌てた様子でホズミの行動を咎める。
「おいっ、ホズミ!?セイレイを傷つけるつもりか!?」
「だって、こうするしかないんでしょ。あのバカをぶん殴ってでも止めないと」
「……っ、くそっ」
ホズミの言葉に否定材料を見出せなかったnoiseは悪態を吐きながら、短剣を構え直す。
「すまない、セイレイ!ちょっと痛い思いをしてもらうぞ!」
「ううん、お互い様だよ……スパチャブースト”青”」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
宣告するのに連なり、表示されるシステムメッセージ。
それと同時に、先輩の両脚に淡く、青い光が纏い始める。
いつもなら私達の希望の一手となったはずのそのスキルは、今は私達を傷つける為の武器となっていた。
徐々に崩壊する勇者一行。
どうしてこうなってしまったのだろう。
総支援額、21500円。
To Be Continued……
[information]
本編:第百十九話「悟りの書」を棒人間バトルでアニメーション化する計画を開始しました。
作画は無論著者である私、砂石 一獄です。毎日更新に加えての労力がキツイですけど、合間を縫って進めていきます。完結までに完成できるかなあ……。
↓進捗です。
【開放スキル一覧】
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏
アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト
黄:ホログラム・ワールド
赤:悟りの書