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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
①家電量販店ダンジョン編
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【第十一話(2)】 弾けるシュプレヒコール(後編)

その体躯は、近づけば近づくほど巨大であることを実感する。

ダンジョンボスであり、追憶のホログラムの守護者であるホブゴブリン。果敢(かかん)にも立ち向かわんとする勇者一行が突撃する姿にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

ホブゴブリンは、ゆっくりと1mもある巨大な棍棒を高く振り上げる。

[振り下ろし攻撃]

[横に避けろ!]

[多分、衝撃波を考えると前斜めの方が良いかも]

『総員、斜め方向に回避!!上段からの攻撃警戒!!』

彼女の合図をきっかけとして、素早く彼等はホブゴブリンを挟撃するような形でサイドステップ。

弾けたホブゴブリンの一撃が地面を抉ったのは、その行動とほぼ同時だった。

鈍い唸り声を上げながら地面に叩き付けられた棍棒が、コンクリートの地面を抉る。瓦礫が崩れ落ち、迷路は更に複雑なものとなった。

土煙を巻き上げ、ドローンが映し出す映像が一瞬不鮮明になる。

[まさか、こいつの攻撃でこのダンジョンが形成されてるんじゃ]

[エスカレーターが傾いていたのも、こいつが殴ったからってこと?]

[だとしたら喰らったら一発で終わりだろ……]

「……っ」

ストーは、自身の脇を通り抜けた爆発にも似た一撃に背筋が凍るような思いをした。万が一にも、この一撃を食らってしまえば、自らの命は瞬く間に死に近づくだろう。

この瞬間、彼はダンジョン潜入に参加したこと――いや、そもそもセイレイ達をダンジョンに招き入れたことを後悔していた。

「……俺が招いたこと、か」

邪念を振り払うように大きく首を横に振り、ホブゴブリンの死角に回り込む。身体を捻り、鋭い右ストレートを放つ。

「……グガ?」

しかし、その一撃はホブゴブリンの逞しい筋肉の鎧に(はば)まれた。ストーは素早く身を引きホブゴブリンの動きに合わせるように回り込む。

「ストー!私に任せろ」

彼に入れ替わるようにして、noiseが素早くホブゴブリンの視界に立つ。

「ほら、やれるもんならやってみろよ」

言葉が通じているのかどうかは分らないが、noiseはわざとらしく嘲笑(あざわら)うような表情を作り、挑発のジェスチャーを行う。

彼女の挑発にまんまと引っかかったホブゴブリン。その巨大な棍棒を力のままに大きく振り回し始めた。

「グガアアアアッ!!」

「単純なヤツめ」

ほくそ笑んだnoiseはホブゴブリンの一撃を予見し、回避行動を行う。

上段から振り下ろされる一撃をサイドステップで躱す。

大振りに繰り出される攻撃を屈んで避ける。

下段から地面を抉るようにして繰り出される、かち上げ攻撃を距離を取るようにして回避。

「今だ、やれっ」

noiseの合図に合わせるように、セイレイが後ろから飛び掛かる。ファルシオンを大振りに構え、上段から斬りかかった。

「ぜあああああああああっ!!」

流星の如く振り下ろされる一撃。だが、それでもホブゴブリンを致命傷に至らすには届かない。

ダメージさえもほとんど受けた様子も無く、セイレイの方へと不躾(ぶしつけ)な視線を向ける。

「セイレイっ!!逃げろ!!」

noiseの叫び声に、セイレイは慌てるように前方を見上げた。しかし、次の瞬間彼は硬直する。

ホブゴブリンがその持て余す筋肉に任せるように、棍棒を上段に構えた姿を目の当たりにする。

「……あ、あ」

その瞬間、セイレイの全身を死が支配した。眼前に迫る死に、思わず全身が硬直する。まるで蟲が這うような、身体にへばりついて離れない恐怖が彼の思考を支配する。

やがて、ゆっくりと棍棒は、まるでスローモーションのように振り下ろされた。

彼の脳裏を過るのは、三年前のあの日。そして、初配信の日、死が眼前に迫っていたあの日。


彼のフラッシュバックに割って入ったのは、ストーだった。

突き飛ばされたセイレイは、アスファルトで覆われた地面を転がる。痛みが全身をのたうち回るが、彼の意識はそこには無かった。

何故なら、ストーがホブゴブリンの一撃に伴い、弾き飛ばされたのを目の当たりにしてしまったからだ。


「兄ちゃんっっっっ!!!!!!」

かち上げられたストーがコンクリートの天井へと強く叩きつけられ、灰色の土煙が彼を覆うように舞い上がる。土煙の中から鈍く、思わず不快になるような落下音が響いた。

ドローンからホズミの上擦(うわず)った悲鳴にも似た声音で報告が舞い降りる。

『武闘家、体力九割減少。非常にき……ッ、危険な状態です……』

「セイレイっっっ!!使い方は分かるな!!!!」

「う、うん!!!!」

noiseはすかさずセイレイへと魔素吸入薬を投げた。それをキャッチしたセイレイは素早く戦線を離れ、ストーの元へと駆け寄る。

土煙の中を飛び込むようにして、倒れ込むストーの顔を見たセイレイ。彼から、不穏な報告が届く。

「姉ちゃん!!ねえ、ストー兄ちゃん、変な呼吸してる!!!!形だけ息してる、みたいな……!!」

「っ……()()()()()か!?」

noiseの目が驚愕に見開く。彼女はストーの心臓が止まり、呼吸機能が正常に働かないほど危険な状態にあると判断した。

眼前に迫るホブゴブリンの攻撃を避けながら、彼女はセイレイに向けて叫ぶ。

「noise姉ちゃん、ストー兄ちゃんが死んじゃう、助けて……!」

「っ、セイレイ!!落ち着いて私の指示に従え!!」

自身は魔物の注意を引きながら、彼女は的確に指示を行う。

「ストーを仰向けにして心臓マッサージを行え!!そして私が許可する、吸入薬を砕いて中の粉末魔素をストーの口の中に突っ込めっ!!」

「う、うん……!ストー兄ちゃん、死んじゃ駄目だ!!」

何故自らの生命が危険に晒されることに怯えていたストーが、セイレイを(かば)ったのか分からなかった。

その理由を尋ねる為にも、ストーをこの場で死なせるわけには行かない。

すかさずセイレイはnoiseの指示に従い、ストーを仰向けにする。胸骨の部分に両手を重ねるようにして、体重を掛けて心臓マッサージを行う。

百回ほど繰り返した後、セイレイは吸入薬を捻るようにして壊し、中から零れだした粉末魔素をストーの口の中にねじ込んだ。

「くそっ、死ぬなよ……!」

noiseはホブゴブリンの攻撃を回避することに専念しながらも、ストーの生存を願う。彼女自身も、自身に関わる者達が死ぬことは本望では無い。

セイレイはその後も懸命に、ストーを死なせまいと心臓マッサージを繰り返していた。


そうしている内に、やがてドローンからホズミの報告が届く。

『……武闘家、体力五割まで回復。窮地(きゅうち)は脱したと言って良いでしょう』

「……そうか」

安堵の溜息を吐いたnoise。しかし、戦況が改善したわけではない。ホブゴブリンには未だにまともなダメージ一つさえ与えられていないのだ。

「ぐ、かはっ……!」

「兄ちゃん!!!!大丈夫!?」

心拍再開し、目を覚ましたストー。しかし、全身に残るダメージは消えず、苦痛に悶える。

必死に彼の肩を支え、心配そうに顔を覗き込むセイレイを止めるように手を彼の眼前に向けた。

「俺よりも、noiseを……助けて、やれ……ゲホッ、ゴホッ……」

「っ、わ、分かった……!」

その言葉にハッとしたセイレイは、すかさずホブゴブリンの方面へと足を向けた。大地を蹴り上げ、戦線に合流するべく駆け出す。

「noise姉ちゃん!!」

戦線に参加したセイレイに対し、驚いた様子でnoiseは振り向く。

「セイレイ!ストーは!?」

「意識は戻った!!でも、これ以上無理はさせられない!!」

「……そうか、なら私たち二人でやるしか無いな」

『私達も支援します。二人は戦闘に集中を』

二人の背後に、ドローンがゆっくりと舞い降りる。戦況は依然として不利なままだ。

[勝てるのか、これ]

[ダメージリソース一人減るの厳しくないか……]

[どうすんだこれ……]

勇者達が対峙するは、彼等の体躯をゆうに超えるホブゴブリン。


だが、その魔物のターゲットは二人には無い。地面に項垂れるストーの方へと視線が向けられている事に気付く。

――戦える二人を相手取るよりも、確実に頭数を減らすことを優先したホブゴブリン。

「っ!!」

「おい!!相手はこっちだろ!!」

その事に気付いたセイレイとnoiseは素早く駆け出す。ストーの方を向くホブゴブリンの注意を引くべく、それぞれの刃がホブゴブリンを切り裂く。

――だが、そのいずれも魔物には致命傷に至るほどの深さまでは届かない。

二人が放つ刃はホブゴブリンの筋肉に阻まれ、刃先が留まったのみだった。ホブゴブリンはセイレイの剣をグッと握り、引き抜こうとする。

「……わ、わっ」

それに気付いたセイレイは剣の柄を離し、後方にバックステップ。彼から手を離れたファルシオンが光の粒子となりやがて世界から消えた。

「グガッ?」

ホブゴブリンは、まるで手品のような現象に一瞬驚いた様子を見せる。だが、些細なことだと気にも留めずに再びストーの元へと歩みを進め始めた。

セイレイが次の攻撃を警戒する最中、noiseは懸命に、何度も、何度も刃を突き立てる。

「おい!!こっちを見ろっっ!!なあ、敵はここに居るぞ!?」

あの日。自らの師を殺めた事がnoiseの脳裏を覆う。だが、そんな記憶を塗りつぶすように何度も、何度も何度も何度も刃を鋭く振り下ろす。大切なものを失わないように、守るべきものを守る為に、彼女は刃を振り下ろす。

だが、その刃はどれほど突き立てようとも、守りたいものには届かない。

「……ガァ」

ホブゴブリンは呆れたように、noiseをジロリと見下ろす。そして、まるで腕に張り付いた蚊でも振り払うように、noiseをその大きな腕で振り払った。

比較的小柄な体躯であるnoiseは、簡単にその一撃で吹き飛んだ。勢いよくコンクリートの支柱に叩き付けられる。

「がっ……!」

「姉ちゃんっっっ!!!!」

ずるりと滑るように、コンクリートの柱からnoiseが倒れ込む。彼女の腰に巻き付けられていた”ふくろ”の紐が千切れ、床に投げ出された。

セイレイの悲鳴も届かず、彼女はピクリとも動かなくなる。

『っ、サポートスキル ”支援射撃”!!』

ホズミは上擦った声で宣告(コール)しつつ、ドローンから射撃を放つ。その銃弾はホブゴブリンの左目に直撃した。

「グガッ……!」

一瞬、ホブゴブリンは苦しげに悶えるが、すぐに体勢を取り戻す。忌々しげにドローンを睨み付け、それに向けて床に落ちていた石をドローン目がけて投げつける。

『わっ!?』

ホズミは慌ててドローンを旋回させ、投石を回避。万が一、ドローンが破損するようなことがあれば、その時点で配信は中断。彼等を救うことは不可能となることはホズミ自身が十分に理解していた。

懸命にキーボードを叩く音と共に、ホズミの悲鳴にも似た叫び声が響く。

『皆さん、教えてください……!どうすればこの窮地を脱せますか!?このままでは……皆……!!』

[どうしたら、って]

[ごめんなさい、わかりません……]

[むりむりむりむり]

[……]

セイレイは倒れ込んだストーを庇うように立ちはだかる。

「兄ちゃんっ!!姉ちゃんっ!!」

戦える者は、もはやセイレイ一人だけになっていた。noiseはピクリとも動かず、地面に倒れ伏した。ストーは、苦しげに呻きながらもセイレイに話し掛ける。

「セ、セ……イレ……お、前だけ……は……」

だが、切れ切れの息で発せられた、消え入りそうな声はセイレイの耳には届かない。

もはや、ホブゴブリンにとってそれは掃除でしか無かった。面倒くさそうな表情を浮かべ、気怠げな動きで棍棒を上段に構える。

セイレイの脚が思わず恐怖に震えた。強大な力に為す術もない。


卓越した観察眼も。

卓越した戦闘技術も。

卓越した腕力でさえも。

その、強大な力の前では、無いに等しいものだった。


セイレイは顕現させたファルシオンを正面に構えたまま、泣きそうな表情を浮かべて叫ぶ。

「嫌だ、嫌だ」

何度も首を横に振り、強く眼前のホブゴブリンを睨む。

信じたくない。今まで描いてきた希望が空想だったなんて。

「俺は……皆を守るって、決めたんだよっっっ!!!!」

だが、現実は無情だ。ホブゴブリンは呆れた表情を浮かべながら、上段から棍棒を振り下ろす。


「――スパチャブースト”緑”」

『ディル:単体防御力上昇』

突如として、コメント欄にそのシステムメッセージが流れた。


To Be Continued……

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