【第百十九話(2)】悟りの書(後編)
【配信メンバー】
・盗賊noise
・魔法使いホズミ
・戦士クウリ
・僧侶ディル
・遊び人アラン
【ドローン操作】
・秋狐(白のドローン)
「……悟りの書?」
クウリが流れたシステムメッセージに目を丸くしているのが見える。
「アラン、ちゃん?」
一ノ瀬もじっと私のスキルの仕様を探ろうとしているのか、睨むような目線で私を見据える。
スキルの仕様を感覚的に理解できるのは、私だけだ。
「……開け、悟りの書」
私の呼びかけに応えるように、宙に浮かんだノートブックはパラパラとページをめくっていく。
迸る光が私を取り囲む。
「——緊急対応案件。迎撃モードに移行」
パパは私の続く行動を阻止するべく、その豪強な肉体を私へと向けた。相対するディルを差し置き、私へと駆け抜ける。
「っ、しまった!アランちゃんっ、逃げるんだ!」
ディルは慌てて私に呼びかける。だが、私が次に発する言葉は決まっていた。
「——”Core Jet”」
私は、武闘家ストーが使用したスキル名を宣告する。それと同時に、私の背部に扁平状の翼が生まれた。
[どういうこと!?]
[ストーのスキルだよな!?]
[まさか。アランちゃんの悟りの書って……]
[わからん。ただ応援するべきなのは分かる、使ってくれ 10000円]
パパの攻撃をバックステップで回避した私は、着地の隙をかき消すように背中から伸びた扁平状の翼からジェットエンジンを噴出させる。
瞬く間に火を噴いたそれは、私に飛翔能力を付与。高くからパパを見下ろしながら、左手を高く掲げて再び宣告を重ねた。
「次!炎弾っ!」
私の左手から灼熱の火の玉が生み出される。それをパパへと向けて、迷うことなく発射。
鋭い矢の如く放たれた炎弾が、瞬く間にパパを飲み込む。
「っ、ぐ……!」
苦悶の声を漏らしながら、その姿は土煙に飲まれていく。
「それは、私の……!」
ホズミは驚いた様子で目を見開いた。それから、スキルの仕様を理解したようで私に質問を投げかける。
「アランちゃん!あとスキルは何回使える!?」
「あと3回!」
端的に返事した後、土煙に飲まれたパパを見据える。それからジェット噴射の勢いのままに、右手に顕現させた槍を突き出した。
「たっ!」
「っ、防御態勢っ!」
しかし、さすが四天王というべきか。体勢を立て直したパパは素早く両手をクロスする形で防御の構えを取り、私の攻撃を防ぐ。
身体を纏うレンガが削れるのも厭わずに、私の攻撃を受け止める。
「迎撃モード、移行ッ!」
続いて身体を捻り、私にカウンターの一撃を浴びせんと右フックを繰り出す。
だけど、今の私には対応できる力がある!
「させないっ!金色の盾!」
私は左腕を突き出しながら宣告を放った。左手に纏う金色の盾で、パパの放つ右フックを受け止める。
光の粒子を散らしながら、パパの攻撃をいとも容易くその盾は受け取って見せた。
「パパ!いつも時間を私の為に使ってくれてありがとねっ!」
衝撃を受け止めたことにより、条件を発動した金色の盾から光の蔓が伸びていく。それはまばゆい光を放ちながら、パパの全身を縛り上げる。
「——エネルギー……解放っ!」
パパはその光の蔓に全身を縛り上げられる前に、レンガの隙間から紫色の光を纏ったエネルギーを放出。紫色の光はすぐに蔓を焼き尽くし、行動の抑制を許さない。
素早くバックステップで距離を取ったパパは、続いて右手の握りこぶしを振り上げた。
「衝撃波攻撃、準備——」
「……そうくるんだ」
正面をしっかりと捉えながら、パパは勢いのまま地面を叩きつける。
「——放つッ!」
地面を抉る衝撃波は、鉄骨を巻き込み、アスファルトの欠片を巻き込みながら私へと襲い掛かる。
「っ、アランちゃん!逃げて——」
一度その攻撃に体力を全損された経験のある一ノ瀬は、慌てた様子で叫ぶ。
だが、攻略方法は分かっている。”勇者一行”の配信を観て来たから。
「もうその対処は知ってるのっ!”浮遊”っ!」
「……僕のスキル……!」
クウリは驚愕した様子で目を見開いた。
衝撃波と言ってしまえば物理的に防ぐのは不可能に見えるかもしれないが、要はアスファルトや鉄骨などの欠片を巻き込みながら襲い掛かってくる飛散物に過ぎない。それらを認識していれば”浮遊”で止めることが出来るというのは想像に難くない。
現に、私に襲いかかってきた衝撃波は、飛散した瓦礫として私の眼前で停滞していた。
「終わらせるっ!」
使用できるスキルの数は残り1つ。
——だが、私は既にそれを何に使うのかは決めていた。
「遊び人アラン、接近中。迎撃します」
「機械の言葉でばっか会話しないでよ!自分の言葉で喋れないの!?」
いつしか”Core Jet”の使用時間を終えていたのだろう。背部に生えた扁平状の翼がホログラムとなり、世界から消えていく。
だが、私にとってはもはや、さしたる問題だった。
「——蘭っ!」
激戦に伴い、ずたずたに破壊された渡り廊下を踏み抜いてパパが駆け抜ける。
私もそれに応えるように、最後の宣告を重ねた。
「——五秒間跳躍力倍加っ!!」
その言葉に伴って、両脚に淡く、青い光が纏い始めた。
先輩——勇者セイレイの得意技であるそのスキルを力に変える。
「っ、ああああああっ!」
踏み抜く地面に伴い、大きく足場が揺れる。鉄骨のひしゃげるような音が鳴り響く。
だがそんなことも気にせず、私は懐に飛び込むように跳躍する勢いを重ねて槍を突き出す。
「……げ、迎撃……」
パパの体を覆っていたレンガが、ぼろぼろと零れていく。
元の、スーツを着込んだパパの姿が露わとなる。
「パパ……!」
「……成長したな、蘭」
私の放つ一撃が、パパの胸元を深々と貫いた。
★★★☆
「ねえ、パパ。分かる?」
激戦の跡が残る渡り廊下。ひび割れたアスファルトや鉄骨の欠片が、あちらこちらに散らばっている。炎弾により焼け焦げた側面のパネルが黒く薄汚れていた。
抉れた鉄材で構築された地面が、鋭利な傷を作り出している。
そんな昔の面影を完全に失ってしまった渡り廊下の上で、パパは静かに横たわっていた。
もう、ゴーレムなどではない。ボロボロに黒焦げたスーツを纏った、荒川 東二の姿としてゆっくりと目を開ける。
「……蘭。本当に、成長した、な」
「ごめん。パパ、こんなこと……したくなかった」
パパの胸元は、私が槍で貫いたことによって深々と大きな穴をあけていた。そこから、ポリゴンの欠片として、パパだったものがぽろぽろと空に消えていく。
私はその名残を追い求めるように、何度も掴もうとするがいずれも私の手をすり抜ける。
「置いて、いかないで……ひとりに、しないで……」
気づけば、私の頬を涙が伝っていた。
配信中だというのは分かっていたが、込み上げてくるものを隠すことは出来ない。震える声で、パパに何度も懇願する。
「私、いっぱいイタズラするよ。パパが大事にしてる仕事のデータファイル消すし、スパチャブーストだって無駄遣いする。ゲームしまくって夜更かしもするよ?」
「蘭」
「私が悪い子で居れば!パパは私に構わなくちゃダメだよね?だったらいくらでもイタズラする!だから……!」
「……蘭」
パパは、何度も私の名前を呼び続けた。
私は縋るように、パパに自らの想いを告げる。
「だから、消えないで。消えないでよ……お願いします、大好きなの。パパのことが……」
「……」
「ひとりに、ひとりにしないでよ……」
そんな願いも虚しく、胸元にぽっかりと空いた傷跡は広がっていく。
パパだったものが、世界から消えていく。
「蘭。もう、俺はお前の傍に居てやれない……ごめんな。パパがもう少ししっかりしていれば……」
「悪くない。パパは悪くない、悪いのは——」
瀬川 沙羅だろう。自分の配信の為に、こうして私とパパを引き裂いた諸悪の根源。
そう言いたかったが、パパは静かに首を横に振った。
「彼女を責めないでやってくれ。誰も、悪くないんだ……誰も」
「なに、いってるの……?」
「全部、最悪の方向で歯車がかみ合っただけなんだ——」
その言葉と共に、パパはホログラムとなって。
「……あ、嘘……だ」
世界から、消えた。
「……はは。嘘、だよね。パパが居なくなる、なんて。そんなこと……」
『蘭ちゃん。聞いて』
秋狐が何か言っているが、私はそれを情報として処理できなかった。
「Drive配信、荒川 東二がこんなあっけない最期を迎えるなんて、無いでしょ。また戻ってくるよ。ねえ」
『蘭ちゃん。ねえ、蘭ちゃん』
「おかしい。パパは、また戻ってくるんだ。ねえ、そうじゃないと……」
『蘭ちゃんっ!』
秋狐は、怒鳴り声の如く叫んだ。その彼女の怒りと悲しみを孕んだ声に、思わずびくりと身体が震える。
それから、秋狐は今にも泣きそうな声を白のドローンのスピーカーから零した。
『今、探した。荒川 東二のアカウント……非公開に、なってた』
「……そっか」
アカウントの非公開。
それは、つまり。
荒川 東二は、もうこの世に居ないことを示していた。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
noise
青:影移動(光纏時のみ”光速”に変化)
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:金色の矛
ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏
アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト
黄:ホログラム・ワールド
赤:悟りの書