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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑧大都会編
239/322

【第百十四話(1)】役割分担の理解(前編)

【配信メンバー】

・セイレイ

・アラン

【ドローン操作】

・荒川 東二(四天王:赤のドローン)

「……穂澄」

 思わず、パソコンの画面に映る幼馴染みの名前を呼ぶ。だが、当然と言えば当然だが俺の言葉は彼女には届かない。

 今、俺は東二が管理するダンジョン――と言ってもオフィスビルの一室に過ぎないが――に配置されたパソコンと向き合っている。Sympassを起動し「勇者一行」の配信を確認していた。

 俺の代わりに一ノ瀬がリーダーを務め、仲間達を仕切っているようだ。なるほど、確かに彼女の知恵と統率力ならば仲間達を率いることは可能だろう。

 統率、という側面においては問題ないのかも知れない。

 だが、問題なのは穂澄――俺の幼馴染みだ。


 穂澄は、スイッチが容易に入りやすいタイプだというのは、とっくに理解していた。

 自惚れでも何でも無く、穂澄は俺の為ならば手段を選ばない。

 魔災に伴って両親を失い、更には育ての親である千戸の裏切り。長い時間を共に過ごしてきたからこそ、彼女にとっての心の拠り所はもう俺にしかないのだろう。

「……あいつの為にも、戻らないとな」

 俺は「勇者一行」の配信アーカイブを閉じ、うんと背伸びした。

 背もたれに体重を預けるようにして背筋を逸らすと「ひゃ」と小さな悲鳴が背後から漏れる。

「あ、悪い。居たのか」

「う、ううん、こっちこそごめんね。びっくりさせた」

 荒川 蘭は申し訳ないとばかりに首を横に振る。それから、抱えたノートブックを静かにデスクの上に置いた。

「やっぱり穂澄さんのこと心配?」

「……ああ」

 胸中をとっくに見透かされていたのか。

 蘭は俺の回答を聞くと同時に、身を乗り出してキーボードを叩き始めた。ふわりと柔らかなシャンプーの匂いが鼻腔を刺激する。

 彼女は先ほど俺が閉じたSympassを起動しつつ、困ったように眉を(ひそ)める。

「合理性重視って感じだよね。先輩の幼馴染みさん」

「実際そうだと思うが。配信で何度もあいつの言葉には助けられた」

 穂澄の最善を見つける能力は俺達の中でもずば抜けている。

 配信ナビゲーターとしての役割がメインだった頃の彼女は、コメント欄の中から最善の一手を見つけ出すことに関して特に秀でていた。

 現在はどう言う風の吹き回しか、元祖”Live配信”である秋狐がその役割を務めているが。

 

 俺の話を聞いた蘭は、うんと小さくひとつ頷いた。

「穂澄さん……というか、勇者一行はTenmei本社を目指してるんだよね。ここから徒歩で行けない距離じゃないけど……」

 一週間前より都心部での配信を繰り返していると言うことは、それなりに目的地へと近づきつつあるのだろう。

 だとすれば、俺が次にするべき行動はひとつだ。


 何やらパソコンとにらめっこしている東二へと声を掛ける。

「東二さん」

「駄目だ」

 東二は何か言う前に、即答で俺の意見を拒絶した。

 あまりにもさも当然、と言わんばかりに返事をするものだがら脳の処理が追いつかなかった。

「……え?」

「ごめんセイレイ君。言っただろう?徒歩30分だろうと、それは魔災以前の話だ。危険すぎる」

「だけど。行かないと」

 しぶとく粘ってみるが、東二は強く首を横に振るのみで聞く耳を持たない。

「すまない。大人としての責務があるんだ」

「パパ!なんで!?」

 蘭は俺を助けるべく、鋭い目つきで父親を睨む。

 一瞬東二はたじろぐ様子を見せたが、直ぐに元の毅然とした表情に戻った。

「俺はセイレイ君よりも、どっちかというと蘭の方が心配なんだよ」

「……っ」蘭はその言葉にきゅっと小さな口を結んだ。

「家電量販店の時みたいに、今まで見たことのない強敵と出会ったらどうするつもりだ?またセイレイ君を見殺しにして逃げるのか?」

「それは……」

()()()()()()()()()、また人の命を犠牲にして逃げるのか」

「……」


 それ以上何も言葉を返すことはなく、蘭は静かに自室へと戻った。

 彼女の背中を見送った東二は、ふうと大きなため息を付いてデスクの上に片肘を突く。


 ……家庭の事情に首を突っ込んで良いものだろうか。

 そんな視線を送っていることに気付いたのだろう。東二は申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべた。

「すまないね。情けないところを見せたよ」

「……聞いても良いのか?」

 おおよそ主語は理解できるだろうと思い、その問いだけを投げかけた。

 東二は逡巡する様子を見せたが、やがて覚悟を決めたように再び大きく息を吐く。

「……言葉の通りだよ。俺が四天王……というよりもSympassの運営業務を任される前だな。俺達も、皆と同様に避難先を転々としていたんだ」

「運営業務を任される前」

 その発した単語を反復すると、東二はこくりと頷いた。

「うん。蘭もその時は4歳と幼くていつも怯えてた。母さんはそんな蘭の息抜きになればって、動画サイトから保存したものをよく見せて気を紛らわせてた」

「それが、蘭が配信に触れるきっかけだった」

「……本当に子供というのは単純だよね。蘭は辛い現実から気を紛らわすかのように、配信動画に夢中になった。あっと言う間だったよ……繰り返し、繰り返し同じ動画を見返してた」

「……」

 しかし、魔災の中で保存した動画を見ていた4歳の子供……と言う話はどこかで聞いた記憶があるような……?

 疑問の残る話ではあったが、今は蘭の過去を聞くのが先だろう。

「食料を求めて各地を転々とした中、恐れていたことが起きた。ダンジョン化している施設の中に入ってしまったんだ」

「……それが……」

 俺が静かにその言葉だけを返すと、東二は悲しそうに俯いた。

「セイレイ君の想像の通りさ。逃げ遅れた母さんが、魔物の餌食となった」

「……っ!」

「母さんは、最後まで蘭のことを案じていた。蘭をお願い、絶対に不幸にさせちゃ駄目……なんてさ。惚れた弱みかな……はは」

 そう語る東二の瞳は涙に潤んでいた。

 改めて彼の左手を見れば、薬指にキラリと光る指輪が嵌っているのが見える。

 

「……セイレイ君。君にとって、俺は情けない親に見えるだろう」

 突然そんな質問を投げかけられ、俺はドキリとする。

「……いや、そんなことは……」

 正直、無いとは言えなかった。

 最初から、東二は蘭の顔色を窺うような雰囲気を醸し出していた。蘭に嫌われないように振る舞っているように見えたから。

「取り繕わなくて良いよ、俺が一番分かってる。親としての俺と、娘に嫌われたくないってエゴを持つ俺と、いつも迷っているからね」

「でも、蘭を14まで育てたのは東二さんだろ」

「はは。勇者の君にそう言ってもらえると嬉しいけど、複雑な心境だなあ」

 東二は乾いた笑いを浮かべ、それからブラインドに隠された窓へと視線を移す。

「セイレイ君という勇者が現れて、俺は四天王になって。いつかはセイレイ君に倒される存在だって思うと、ね」

「……倒す気はねえよ」

「だとしても、蘭の前から消えるかも知れない。いつまでも親として彼女の側に居てやれないんだ」

「……」

「セイレイ君がここに現れたことは、俺にとって大きな転機なんだよ」

 東二はそこで言葉を切った後、俺の側に歩み寄り深々と頭を下げた。

「お、おい?」

「頼む、セイレイ君。蘭と沢山関わってやってくれないか?あの子が同年代の誰かと接するのは初めてなんだ」

「言われなくても、蘭とは色々話をしたいからな」

 その頼みに、俺は苦笑を漏らしながら言葉を返す。

 すると頭を上げた東二は困ったように頭を掻いた。

「はは。蘭のことでも好きになったかい?母さんに似たのか、美人に育ってな」

「恋愛対象として見てるわけじゃねえよ」

 どうしてそういう話に持って行くのかこの父親は。

「む。そうか……君には魔法使いの女の子がいるからか」

「……あー……まあ」

 急に穂澄の話が出て歯切れが悪くなる。

 確かに、もっとも恋愛対象として近しい存在なのは穂澄に違いないが、俺はその問いかけに即答することが出来なかった。

 俺の反応に違和感を抱いたのか、東二は首を傾げる。

「違うのか?」

「いや、穂澄は縋る先が俺しかないからな……視野を広げりゃ俺より良い奴はごまんといるはずだぜ」

「……君は、彼女のことをどう思っているんだい?付き合いたいのか?」

 ――何度も考えてきた話だ。

 もし、魔災がなければ俺は穂澄と一体どう言う関係になっていたのだろう。他人だったのかも知れないし、付き合っていたのかも知れない。

 たらればの話ではある。無論俺を好いてくれているのは嬉しいことだが……。

「依存先として俺を見ているだけなら付き合わない方がマシだよ」

「……そうか」

 今はそんな言葉しか返すことが出来なかった。

 穂澄が最も幸せになる為には、いつかホログラムとして消えるかも知れない俺とは恋愛関係に持ち込むべきではない。

 東二はどこか期待外れと言わんばかりに肩を落とす。すまん期待した答えを出せなくて。


To Be Continued……

【開放スキル一覧】

セイレイ

青:五秒間跳躍力倍加

緑:自動回復

黄:雷纏

アラン

青:紙吹雪

緑:スポットライト

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