【第百十話(3)】繰り返される始まり(後編)
【配信メンバー】
・セイレイ
・アラン
【ドローン操作】
・荒川 東二(四天王:赤のドローン)
『セイレイ君!振り下ろし攻撃来る!』
穂澄が居たなら、きっと状況を分析して的確に俺に指示をくれるはずだ。
だが現に今、彼女は居ない。
「っ!?」
故に俺は、己の反射神経に丸投げする形で攻撃を回避せざるを得ない。
『私が気を引く!セイレイは背後に回り込め!』
一ノ瀬が居たなら、きっと己の卓越した戦闘技術を持って陽動を担っていたのだろう。
だが現に今、彼女は隣に居ない。
「グオオオオオオッ!」
「くっそ、隙が見当たらねえ……っ」
故に俺は、ホブゴブリンの攻撃を攪乱するように動き回りつつ、隙を窺うより他になかった。
『セーちゃん一人に無茶はさせないっ!』
青菜が居たなら、きっと俺と共に強力な一撃を叩き込んでくれたのだろう。
だが現に今、彼は俺と行動を共にしていない。
「ぜあああああっ!」
「……グア?」
「傷が浅いかッ……!」
故に俺は、ホブゴブリンに十分なダメージを与える手段を持ち合わせていなかった。
……いや、ダメージソースならある。
「……すまん東二さん!スパチャブースト”黄”!」
直接他人のお金を使う、ということにためらいを覚えたが状況が状況だ。ホブゴブリンへと接近しつつ宣告を放つ。
青白い稲妻が視界の端に移ったかと思うと、徐々にそれは腕から身体、全身を這い巡り始めた。それによって「雷纏」の発現が成功したことを確認する。
「はああああああっ!」
「グオッ……!?」
ファルシオンを構えて放つ突きを介して、ホブゴブリンに電流が走る。苦悶の表情を浮かべつつ、ホブゴブリンは呻くように身体を縮こまらせた。
その隙を逃すわけには行かない。
「まだだっ!」
返す刃で更に剣戟を叩き込む。稲妻と共に舞い上がる灰燼が、明確にダメージを与えているのだと実感できる。
しかし、それでも完全にホブゴブリンの動きを留めるには至らない。
『あははっ!相も変わらず無茶が好きだねえセイレイ君はさっ!でも任せなよ、ボクがいる限りセイレイ君を傷つけさせはしないよっ!ばーんっ!』
……きっと、ディルが居たなら詭弁染みた言葉と同時に、容易く敵の行動を抑制してみせただろう。
脳内でもうるさいイマジナリーディルの言葉に辟易としながらも、俺は怯むことなく攻撃を叩き込む。
稲妻が新たな光源となり、壁面を覆うガラスに反射してより目映く世界を照らす。
舞い上がる稲妻が、大気に散らされて掻き消えていく。
「ガアアアアッ……」
「——っ!」
ホブゴブリンは迸る電流に抗うように、ゆっくりと俺を見下ろす。嫌な予感を感じ取った俺は瞬時に身を引こうとした。
——その時、突如として周囲から光が消えた。
「なっ——」
俺から迸る稲妻以外に世界を照らすものが無くなったことに思わず困惑の声が漏れる。このようなことが出来る能力を持ち合わせた配信者を、俺は一人しか知らない。
その答え合わせをするように、たった一人「スポットライト」により光に照らされた少女、アランが息も絶え絶えと言った様子でガラスドアに手をかけていた。
「先輩っ!」
「馬鹿野郎!何で戻ってきた!」
「先輩を置いて行けるわけないじゃん!ほら、私を見てっ!私はここにいるよっ」
生まれたての小鹿を思わせるほど震えた足で、それでも正面を見据えるアラン。場所こそ確認できないが、恐らくホブゴブリンの方を見ているのだろう。
「グアアアアアアアッ!」
「きゃあ!?」
ホブゴブリンの咆哮に思わずアランが悲鳴を漏らす。次の瞬間には、ホブゴブリンと思われる足音が遠ざかっていくのが聞こえる。
俺は己の聴覚だけを頼りに、ホブゴブリンの足音がする方へと駆け出した。
「アランに近寄んじゃねえっ!」
「……先輩っ」
おおよそホブゴブリンがいると推測できる一目掛けてファルシオンを薙ぐ。その振るう腕に引っかかったような重みを感じ取り、その攻撃が直撃したことを理解する。
「グアッ!?」
「てめえの相手はこの俺だろうがっ!」
バックステップでアランが放つ「スポットライト」によって描かれた光の中へと入り込む。光に照らされたアランの頬が、やや赤くなっている気がするが今はそれに触れている余裕はない。
「グルオオオオオオオッ!」
「はっ、余裕のなさがにじみ出てるぜ」
数多ものダメージを受け続け、ついに怒り狂ったホブゴブリン。やつはゆっくりとスポットライトの中に入り込み、右手に構えた棍棒を振り上げる。
アランを庇うように立ちつつも、俺はちらりと彼女へと目配せした。
「……なるべく、ホブゴブリンがスポットライトの外に離れるように動け」
「う、うんっ」
彼女のスキルを有効活用するには、こうするしかないのだろう。アランは周囲を警戒しつつ、慎重に後ろずさりを繰り返す。
そうしているうちに、俺の「雷纏」の効果時間も切れたようだ。自身から離れるように、稲妻が虚空へと溶けていく。
『セイレイ君。アランがどうしても戻るんだって言って聞かなくてね……』
「いや、助かった。俺一人じゃ厳しかったよ」
俺の傍らに浮かぶドローンから、東二の申し訳なさそうな声が響く。
だが、現状二人が戻って来てくれて助かったのは事実だ。一人じゃどうにもならなかった。
「すまん、アラン!頼んだ!」
「先輩、気を付けてねっ」
「当たり前だっっ!」
彼女が下がる動きに連なってスポットライトも移動。それに伴い、ホブゴブリンが暗闇の中へと姿を隠す。
徐々に困惑の顔色を浮かべつつも消えていくホブゴブリンへ向けて、俺は迷うことなくファルシオンを薙いだ。
「はああああっ!」
「グガッ」
明順応と暗順応を繰り返し、大きく視界は乱されているのだろう。斬撃が直撃するのに連なって苦悶の声が漏れる。
——だが、攻撃が読めないのはこちらも同じだった。
「ガアアアアッ!!」
「かはっ——」
ホブゴブリンの横薙ぎの攻撃が、突如として俺の脇腹を貫く。
か細い声が、俺の喉から漏れる。乱れた視界と共に、ホブゴブリンのシルエットが遠ざかっていくのを感じる。
——あ?
今、何を食らった?
痛い。
「……は、っ……」
「先輩っ!!」
アランの悲鳴にも似た声が聞こえる。涙に滲む声で、ホブゴブリンと吹き飛んで横たわる俺を交互に見やる。
伝えなければ。
「……に、げ……」
「やだ、やだっっ!先輩、先輩!」
必死の声音で、何度もアランは俺を呼ぶ。だがそれを阻止するように、ドローンが彼女の眼前に浮かび上がった。
『駄目だ。アラン』
「なんでっ!?先輩が……先輩が!」
『……すまない』
「……ッ!」
最後まで躊躇するような表情を見せていたが、アランは涙を拭った。いつしか「スポットライト」の効果が切れ、彼女は明るくなっていた家電量販店の出入り口のガラスドアを開いてダンジョンを後にする。
残されたのは、俺と深手を負ったホブゴブリンのみだ。
激痛に悶えながら、俺は体の感覚を確かめる。
……大丈夫だ。痛みがある内は、生きてるんだ。
「……っ、ふぅ……スパチャブースト”緑”……っ」
俺は声も絶え絶えに、宣告した。やがて緑色の光が俺の全身を包み込む。本来なら傷が癒えるまで待つべきなのだろうが、今はその時間さえも惜しい。
「……っ、最後の一撃と、行こう……ぜ」
「グオオオオッ……!」
ホブゴブリンも己の限界を感じ取っているのだろう。俺の声に返事するように、静かに棍棒を構えた。
傷だらけの身体で、おぼつかない足取りでホブゴブリン目掛けて駆け出す。
ホブゴブリンも、スローモーションになったように棍棒を振り上げた。
振るう切っ先が。
振り下ろす棍棒が。
同時に、俺達の身体を貫いた。
★★★☆
もう、この感覚にも慣れてきてしまった。
全身が希薄になり、世界から俺という存在が消えていく感覚。
どこか遠くから、ため息が響く。
『情けない。本当に情けないよ……。三度目はさすがにないわ……』
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・アラン
青:紙吹雪
緑:スポットライト