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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑧大都会編
224/322

【第百八話(1)】全て零から(前編)

【登場人物一覧】

・セイレイ

配信名:セイレイ

瀬川 怜輝の身体を借りているだけの、作り物の存在。

仲間達から姿を消し、たどり着いた先は——。

 ドローンから映し出されるホログラムが、俺達の配信画面を映し出す。

 視聴者の声援を受けて、情報を得て、ホズミが的確に指示を与える。

『セイレイ君、敵の攻撃に警戒して!』

 分かってる。

 俺はホズミの判断に従って、次の行動に移ろうとした。

 ——しかし、身体が動かない。

「……?」

 訳も分からず、俺は自分の身体に視線を送る。


 身体が、ホログラムの欠片となっていた。

 自分という存在が、要素が、めくれ上がっては空に消えていく。

「なっ……俺、は……?」

 懸命に空に舞い上がる俺自身の断片を掻き集めようとするが、まるで(あざけ)り笑うかのように手からすり抜ける。

 どれだけ手繰り寄せようとも、届かない。

 やがて、己の身体は完全に虚空に溶けて消えた。

 もうそこには、何も残らない。

 

『お前は何者だ?』

 ふと、脳裏に叩きつけられるように、そんな声が響いた。

 俺自身の心の声が、そう問いかける。

「……俺は、瀬川 怜輝。勇者セイレイ……だ」

 いつか夢の中で問われた質問だ。だから、今回も俺は同じ言葉を返した。

 その次に返ってくる言葉も、当然理解していてのことだ。

『違う。お前は、瀬川 怜輝ではない。怜輝は……俺だ』

「……じゃあ。俺は、一体何だ?」

 何者か、知りたい。

 そんな思いを胸に、俺は謎の声に向けて問いかける。

 しばらくの沈黙の後、その声は淡々とした口調で言葉を返した。

『……お前は、存在しない人間。世界を救う”希望の種”である勇者セイレイ。お前は、誰からも認められる人間であるが故に、どこにも存在しない人間なんだ』

「どこにも、存在しない……ああ。お前の言う通りさ」

 脳裏を過ぎるのは、魔王セージが行った二度目の”全世界同時生中継”だ。

 空を埋め尽くすモニターを介して魔王セージが伝えたのは、俺が瀬川 沙羅の意思によって生み出された、「作られた存在」ということだった。



『俺が、交通事故に遭わなければ……魔災は起きなかった』

 どこか、心の声は寂しそうにつぶやいた。

 全ての始まりは、瀬川 怜輝……本来の身体の持ち主が交通事故に遭ったことからだ。

 脳死状態となった彼を父が命を救おうとした結果、”ホログラムの実体化技術”は完成した。

 そして、その技術とインターネットのデータを取り込んだ人工知能が合わさった結果——。


 世界中に魔物が生まれた。

 通称”魔災”が発生し、全世界の八割の人口が死に至らしめる結果となった。

 

 俺はその声の主が瀬川 怜輝……本来の、この身体の持ち主だと理解する。

「……お前のせいじゃないだろ」

『俺のせいだよ。相手の居眠り運転とは、いえ、俺の不注意だったんだ』

 瀬川 怜輝は時々言葉を詰まらせながらも悲しそうな声を漏らす。

 ……本当に、誰も幸せにならない末路を辿ったものだ。

 しばらく深呼吸するような吐息が響いた後、瀬川 怜輝は改めて俺に語り掛ける。

『……頼む、セイレイ。世界を取り戻してくれ。こんな技術、後世に残しちゃいけない。こんな、人々を不幸にするだけの技術なんて……』

「分かった」

『ありがとう。お前が描いた”冒険の書”は、この世界の希望となる』

 その言葉と共に、瀬川 怜輝の声は聞こえなくなった。


 ——世界を救う。

 それは、つまりホログラムの消失ということになる。


 世界を救った時、きっと俺はこの世界に居ないのだろう。


 ★★★☆


「……こ。……けな……んだ……」

 どこからともなく、少女の声が聞こえる。

 意識が鮮明になるにつれて、聴覚を介して情報が取り込まれていく。

 ずっと遠くからキーボードを叩く音が聞こえる。ペンがノートの上を走る音が聞こえる。

 呼吸すれば、どこか柔らかな、心地良いシャンプーの匂いが鼻腔を刺激する。

 それに重なるのは、少女の声。今まで聞いたことのない……いや、どこかで聞いた記憶のある声だ。

 だが、どこで聞いたものか思い出せなかった。


 一体彼女が何を言っているのかと、じっくりと耳を澄ませてみる。

「ざぁこ♡こんな女の子に呼ばれないと起きれないなんてよわよわ♡」


「……おい」

「ざぁk……わぁぁっ!?」

 まさか呼ばれると思っていなかったのか、その少女は慌ただしく後ろずあった後に激しく転倒。

 ゲーム機やカセットの散乱した部屋の中に勢い良く尻餅をつく。転倒した先に機器類の1つも置かれていなかったのは不幸中の幸いと言ったところか。

 俺を雑魚呼ばわりした彼女の姿を改めて観察する。

 

 おおよそ雨天と似たような年だろうか?まあ……あいつは10年の月日をあの中学生の姿で過ごしている為、厳密には24歳だが。

 赤みがかった黒髪は、肩ほどまでの長さまで伸びている。可愛らしいサクランボを模した髪留めが側頭部から姿を覗かせていた。

 紺色のシャツにベージュのカーディガン、そして赤色のプリーツスカートと言ったどこか活発な印象を与える衣服に身を包んでいる。

 

 正体不明の少女はゆっくりとお尻をさすりながら体を起こした。

 それから、不服そうに頬を膨らませて俺を睨む。

「……いたた……起きてたのなら先に言ってよっ!?」

「今起きたんだよ。何だお前は唐突にざこざこざこって……」

 初対面で意味も分からずに雑魚呼ばわりされていい気はしない。俺がそう言葉を返すと、彼女は困ったように苦笑いを浮かべる。

「いや、男の人はこう呼べば元気になるって漫画で読んだから」

「んなわけねーだろ」

「え?えー……?」

 明らかにこの少女は前提で間違えている気がするが、それよりも今は情報収集が優先だ。


「なあ……ここは、一体どこだ?」

「どこって、パパの管理してるダンジョンだよ」

「パ……ダ……ん?」

 さらりと返された回答に対し、聞きたい言葉が2つに増えた。

 ダンジョンというには、明らかに生活感が強すぎる空間だ。

 今いるところはちょうど民家の一室程の広さだ。恐らく、目の前の少女の部屋なのだろう。

 雑多に散らかったゲームやカセットの類がそこらかしこに散乱している。

 置き場が無かったのか、アクセサリーや化粧品の類が机の上に雑に並べられていた。

「……ダンジョン、か。もしかして、お前の親父さんはドローンの姿になれたりするのか?」

 組み立てた憶測を元にそう問いかけると、少女は目を丸くして口に手を当てる。

「え、すごい。エスパーの人!?」

「……何度も似たようなやつらと出会ってきたからな。もう慣れたよ」

「さっすが勇者様の名は伊達じゃないねっ!」

 何故か分からないがその少女は嬉しそうに指を鳴らした。

 こんな初対面の少女にさえ”勇者”と素性がバレているのは、良いことなのか悪いことなのか。


 そうこうしていると、ガチャリと部屋のドアが開いた。

 年齢からすれば、おおよそ30代半ばと言ったところか。切れ長の目付きに、整った顎髭。胡散臭さすら感じるほどに清潔感のある男性が、俺の姿を見て驚いたように目を丸くする。

「……ああ、目を覚ましたか。どうだ?身体の調子は問題ないか?」

「もしかして、貴方達が俺をここまで運んでくれたのですか?ありがとうございます」

 とりあえず、俺の命を救ってくれたことに感謝の念を伝えるべく、俺は深々と頭を下げる。

 だが、突如として現れた中年男性は慌てたように首を横に振った。

「いや、肩の力を抜いてくれて構わない。君は勇者だろ?横柄な態度を取ったって良いんだぞ」

「命の恩人に対してそういう訳にもいかないでしょう」

「む、いや冗談のつもりだったのだがな……」

 中年男性は困ったように顎髭を触る。

 実際に対面したのは初めてだが、恐らくその正体自体は見当がつく。

「……あの、間違いだったら申し訳ありません。荒川 東二さん、ですよね?」

「そうだが?俺も大企業のトップとして名を馳せているからな……」

「いや、雨天とみち……船出の四天王2人から聞いたものですから」

「……」

 何か選択肢を間違えただろうか?

 中年男性——改め、荒川 東二は苦笑を漏らす。それから、ばつが悪そうに再びドアを閉めて姿を消した。

 そんなやり取りを見ていた少女は楽しそうに笑う。

「パパ、ギャー殺される―って思ったのかもね。なっさけなーいっ♡」

 挑発は癖なのだろうか?

「蛮族じゃねえんだぞ……てことは、お前は東二さんの娘さんか」

「ふふんっ。そうですっ、私こそが都心に住まう配信者、荒川 蘭ことアランなのですっ!どーだ恐れ入ったか!」

 その荒川 蘭と名乗った少女は得意げに胸を反らす。

 俺としては、その自己紹介よりも気になる言葉があった。

「……都心?ここは、都心か」

「えっ?あ、うん。ちょっと無視されると悲しいな……しょぼん」

「それはすまん。ただ確認したかっただけだ」

「ぶー」

 不服そうに再び頬を膨らませた蘭をスルーして、俺は顎に手を当てて思考することに集中する。


 確か、Tenmei本社も都心にあるという話だったはず。

 どういう理屈か分からないが、光の粒子と化した俺自身はいつの間にか都心まで旅行してしまったようだ。

「そう言えば……」

 ふと思い立った俺は、自分が持っているものを確認する。

 しかし、やはりというか自身が纏っている衣服以外は何ひとつ残っていなかった。スケッチブックや鉛筆さえも、ターミナル・ステーション内でnoiseに預けたままだ。

 本来であれば、勇者としての務めを遂行するべきなのだろう。

 蘭には申し訳ないが、彼女の父親である荒川 東二にも勇者として戦いを仕向けることになるのだろう。


 しかし、今の俺にはこの身以外に、何ひとつ持ち合わせていなかった。

 武器はともかく、ドローン所有者であるホズミも居ない。

 つまり、Live配信を行うことすら出来ないのだ。

「……どうするべきなんだ?俺は……」

「私に聞かれても、って感じかな」

 別に蘭に聞いたわけではないが。


 俺は、配信者として必要な要素を完全に失っているようだった。

 勇者としての役目を遂行することの出来ない俺は、一体どうすればいいのだろう。


 To Be Continued……

【開放スキル一覧】

・セイレイ:

 青:五秒間跳躍力倍加

 緑:自動回復

 黄:雷纏

・アラン

 青:紙吹雪

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