【第九十三話】決戦を前にして
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
世界に影響を及ぼすインフルエンサー。
他人を理解することを諦めない、希望の種。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
瀬川 怜輝の幼馴染として、強い恋情を抱く。
秋狐の熱心なファンでもある。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
男性だった頃の記憶を胸に、女性として生きている。
完璧そうに見えて、結構ボロが多い。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
心穏やかな少年。あまり目立たないが、様々な面から味方のサポートという役割を担っている。
・雨天 水萌
元四天王の少女。健気な部分を持ち、ひたむきに他人と向き合い続ける。
案外撫でられることに弱い。
・another
金色のカブトムシの中に男性の頃の一ノ瀬 有紀のデータがバックアップされた存在。
毅然とした性格で、他人に怖い印象を与えがち。
・ディル
役職:僧侶
瀬川 沙羅の情報をベースに、ホログラムの実体化実験によって生み出された作られた命。詭弁塗れの言葉の中に、どこに真実が紛れているのだろうか。
・船出 道音
元Relive配信を謳っていた少女。過去に執着していたが、セイレイに希望を見出したことにより味方となる。やや気が強い。
・秋城 紺
配信名:秋狐
セイレイ達より前にLive配信を歌っていた少女。運営権限を持ち、世界の真相に近い存在でもあるようだ。
蛇口を捻れば水道水が出る。
スイッチを押せば電気がつく。
かつての世界では、もはや常識と化していた当たり前の光景が目の前で再現されている。
その当たり前を享受できることに、幸せを感じる。
しかし、それと同時にホログラムの実体化とはあまりにもこの世の理を超えたシステムなのだと実感する。
「こんな水道一つでさえ、本当なら沢山の人が携わらないと不可能なんだよね」
蛇口から流れる水道水を眺めながら、有紀は感慨深そうに呟いた。
もし、俺が『魔王を倒すことを止める』とでも言えば、永遠にこのホログラムの実体化による恩恵を享受することが出来るのだろう。
生活のQOLが著しく向上しているからこそ、正直躊躇ってしまう自分がいるのは否定できない。
こうした生活を続けていると、雨天や道音が追憶の世界に閉じこもった理由も何となく理解できてしまう。
そんなことを考えながら、俺は今日も一日を過ごすのだった。
「起きたか、セイレイ。朝食ならもう出来ているぞ」
「……エプロン姿、案外サマになってるよ」
リビングに顔を出した俺に、anotherは開口一番にそう告げた。
料理も出来て、他人を引っ張るリーダーシップを持ち、顔も良い。
ここまで完璧超人だと、俺の立つ瀬が無くなってくるというものだ。
「さっすがanother。仕事が早いね」
「お前も練習した方が良いと思うが。今後損するのはお前自身だぞ?」
「うっ」
本当に、出された朝食に目を輝かせている有紀と同一人物なのか怪しくなってきたが。
そうこうしている内にダイニングテーブルに並んだ俺達は、「いただきます」の声と共に朝食を頬張る。
「ん、んっ。美味しいですっ。anotherさん、さすがです」
「ゆっくり食べろよ。むせるぞ」
「はぁいっ」
もそもそと、懸命に朝食を頬張る小動物のような雰囲気を持つ雨天 水萌。
「おい船出。行儀が悪い。食事中はスマホを置け」
「この動画見終わってからね」
「……はあ」
対して、スマホを触りながら片手間で食事をしている船出 道音。
まさかかつての四天王と同じ食卓を囲む仲になるとは思わなかった。
しかし、四天王というからにはあと二人、同じ存在が居るはずだ。
ひとまず食事をする手を止めて、俺は二人へと問いかける。
「なあ、四天王二人」
「雨天です」
「道音、でしょ」
「どっちでもいいだろ」
四天王という呼称を二人とも気に入っていないらしい。
何度か繰り返したそのやり取りに、ディルが「ぶっ」と吹き出す声が聞こえるが無視することにした。
「お前ら以外の四天王って、俺ら情報持ってないんだけどさ。何か知ってるか?」
その問いかけに、雨天と道音は互いに顔を見合わせる。
まずは雨天が口を開く。
「えっと、赤のドローンの人なら知ってます。というか前にも話しましたけど、どこかの会社のお偉いさん、らしいです。私、苦手なタイプですけどっ」
「あー……私もあの人嫌い。仕事熱心なのは分かるけど、私にもそれを強要しないで欲しい」
便乗するように、苦虫を噛み潰したような表情で船出は呟いた。
どうにも、社会経験のない二人にとっては苦手なタイプのようだ。そんな人物がどうして追憶の世界に閉じこもるのか、というのは甚だ謎であるが。
「その赤のドローン、か?そいつはどこにいるのか分かるか?」
雨天はうーん、と首を傾げた。彼女は恐らくお手上げなようだ。
対して道音は、心当たりがあるのだろう。スマホを操作して俺へとその画面を見せつける。
「多分。都心で社長やってる人だよ。若社長、だってさ」
「あー!その人!その人ですっ」
道音が開いたスマホの画面には、”株式会社 A-T”という企業のページが表示されていた。
会社の社長の名前は”荒川 東二”。
整った顎髭に、切れ長の目付き。確かに、どこかやり手の男、といった雰囲気を醸し出している。
……うさん臭さも正直、あるが。
「……都心、か。そういやあんまり知らねえな」
そう言えば、近辺の情報でほとんど解決していたから忘れていたが。都心の情報というのはほとんど入ってこない。
ふと疑問に感じたのを理解したのだろう。道音はやや曇った表情で、ぽつりと呟いた。
「……セイレイ。都心は、街全てが”ダンジョン”になってる。だから情報が入ってこないの」
「……え?」
何を馬鹿なことを。
そう思いたかったが、道音の表情がそれが真実なのだと物語っていた。
「いや、待て。そんな中から四天王のいる企業を探すのはさすがに無理難題だろ」
「少なくとも、歩いていくのは得策じゃないね。時間が掛かりすぎるし、あまりにも非効率」
まさか、ここに来て新たな難題が生まれるとは思っていなかった。
とは言えども、現状では徒歩以外の移動手段を持たない。空を飛ぶ移動手段を持っているのならまた違ってくるのだが。
……やはり、現状では解決策の見えない話だ。ひとまずその話は置いて、質問を変えることにした。
「とりあえずその話は置いておくか。もう一人の四天王は、二人とも心当たりはあるか?」
「「……」」
何故か、その問いかけには雨天も道音も黙りこくってしまった。
お互いに顔を見合わせては、ばつが悪そうに目を逸らす。
「……なんだよ?」
「うーん、すみません。わかりません」
雨天は首を横に振って、そう言った。
いや、その態度で知らない、は嘘だろう。
「何か知っているのなら、教えて欲しいんだけどな」
「すみません、まだ言えないです」
「言えない?」
言葉の意味が分からず、思わず再度問いかける。
だが、会話に割って入るように道音が「セイレイ」と俺の名を呼ぶ。
「何事も段階があるから。赤のドローンを制する時まで、最後のドローンは現れない。そうなるように、世界が調整しているから」
「どういうことだ?」
「いずれわかる、ってことだよ」
やはり、どうにも答えの見えない回答しか返ってこない。
ひとまず、この二人からこれ以上の情報を引き出すのは困難なようだ。
「ありがとう。食事中に悪かった」
「別にいいよ。まあ気になるよねそりゃ」
道音はそう苦笑を漏らす。
「ん、んっ。知らぬが仏、ですっ」
雨天は話が終わったと判断するや否や、早々に朝食に集中し始めた。本当に自由気ままな子だ。
ある程度続く配信を介して、核心に迫っていると思っていたが——まだ、俺の知らない情報が多いようだ。
次のステージに移行する為にも、ストー兄ちゃんや秋狐とのコラボ配信の準備へと進む必要がある。
「セイレイ君。分かってると思うけど、優先するのはストーさんとの配信だからね。まずはそっちの対策を考えよう」
「分かってる」
穂澄は念のため、といった形で釘を刺したが当然それは理解している。
秋狐は、一大イベントしての俺とのコラボ配信を依頼した。
対して、ストー兄ちゃんは自ら前座としての役割を受け持っている。配信に備えて、相応の準備を怠らないのが配信者としての務めだ。
実際に、ストー兄ちゃんの持つスキルは明らかに常軌を逸しているため、対策は必要不可欠だ。
空莉は既に話の流れを理解していたようで、朝食を食べ終えた後早々にルーズリーフの用紙に何かを書き殴っていた。
「セーちゃん、ストーさんの情報を纏めたけど……ご飯食べてからの方が良い?」
「いや、今見るよ。ありがとう」
「ごめんね」
朝食を食べる手を止めてしまったことに申し訳なさがあるのだろう。空莉は申し訳なさそうに委縮しつつも、ルーズリーフを俺へと手渡した。
空莉が纏めた情報を確認するように、仲間達は一同にそれを覗き込む。
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【須藤 來夢】
元勇者一行の武闘家として活動していた、好青年の風貌を持つ男性。
格闘家の家系として育ち、豪快な一撃で敵を屠る。Relive配信の船出 道音の持つ力により姿を書き換えられてからも、その戦闘技術は保たれていた。
盗賊noiseこと一ノ瀬 有紀の放つ連撃を容易く捌いて見せたことからも、優れた戦闘経験を持ち合わせていることは明確である。
性格としては、慎重派なのだろう。類稀なる戦闘技術を持ち合わせていながらも、安全択を取る傾向にあるようだ。
初回のダンジョン攻略配信においても、ホブゴブリンとの戦闘に消極的な印象を受けていた。現実主義……とも言い換えられるだろう。
スキルについて:
青:CORE JET
背中から伸びた飛行機の翼みたいなもので空を飛ぶ。基本は移動手段として使っているようだが、その速度で突撃されるとまず反応できない。対応としては、ホズちゃんの持つ”障壁展開”が最適か?
緑:CORE GUN
腕が銃の形へと変形し、射撃が可能となる。一度しか見ていないスキルである為その全貌は不明だが、まだ隠し要素があると考えてもいいかもしれない。
黄:不明
赤:千紫万紅
背中に生まれた砲口から、無数の熱光線が放たれる。正直、これに関しては対応策が思いつかない。一時的に防いだとしても、足場を抉られればどうすることも出来ない。使用者のモラルを信用するしかない——というのが現状だ。
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「……厳しいな」
空莉が纏めた情報を一通り読んで、思わず頭を抱えざるを得なかった。
「うん。正直、”千紫万紅”に関してはどうしようもないよ。運営権限であれを連発されるとどうしようもない……デメリットでもない限り」
「……デメリット……か。あの時のディルは何度も”浄化の光”を連発していたが……」
そう言って、俺は食べ終わって退屈しているのか箸で皿を突いているディルの方を向く。明らかに行儀の悪い行動をしているが、こいつはまるで気にする様子を見せない。
皿を突きながら、ディルは会話に参加する。
「んー。まあボクが運営権限で使ってたスキルは回転重視だったからねー。ストー君は火力重視なんだし、デメリットでもないと割に合わないよ。てかそういうのは船出ちゃんに聞いてよ」
まるで興味なさげと言った様子で、それ以上はディルは何も言わなくなった。確かに、ディルの言う事には一理ある。
続いて、俺は視線で道音にも意見を求める。だが、道音は困ったように苦笑いを零すのみだった。
「さすがに自分はともかく、他人のスキルの仕様までは私も把握してないよ。セイレイのスキルの隠し効果も知らなかったし」
「うわ、使えないね四天王さん」
「うっさいあんたに言われたくない」
冷やかしの言葉を掛けるディルに対し、苛立ったように反論する道音。頼むから仲良くして欲しい。
出たとこ勝負を仕掛けるしかない、というのは正直厳しいところだが……。
「まあ、焦らずに案を出していこうよ。セイレイの”五秒間跳躍力倍加”に隠し要素があったみたいに、他のスキルにも新しい使い方があるかも」
「……だな」
有紀が取りまとめる形でそう言ったことで、今回の会議は一先ずお開きとなった。
最初の頃と比較すると、とれる手段は大幅に増えた。
だが、それでもストー兄ちゃんとの決戦に向けた攻略の糸口はつかめずにいた。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
・noise
青:影移動
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:????
・クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
・ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏